第20話 リンの大盾

 創世樹と呼ばれる大樹の根本、そこには下へと続く階段が暗闇に向かって消えていっている。


 ここが創世樹のダンジョンの入り口だ。


 私達は登録を済ました後、街の外まで戻り一日しっかりと長旅の疲れを癒やした翌日にこのダンジョンへと続く階段に立っている。


「んー、見えないー。クロエ、松明あって良かったね」


「暗いのは最初だけで階段を降りきったら別世界が広がっているらしいわ」


 べつせかいー?と私の発言にオウム返しで聞くリンに答える。


「なんでも階段を降りたらどこかの文明なのかも分からない遺跡群に出るそうよ。空があって気候も、昼夜の概念もあって別世界としか思えない、ですって」


 異世界あるある、とはいえ謎である。

 そもダンジョンとは、という話だが残念ながらそれを解き明かせるほどの知能は私には無いしそれほど興味がある訳ではない。


 ダンジョン自体には興味はあるがそれはゲームのようでワクワクするという話で、内部システムを知りたいという訳ではないのだ。


「ふーん、まあ降りてみたらわかるよねっ」


 大盾を油断無く構え階段を降りるリンに続く。

 

 私も腰に新たに生やした腕で閃光手榴弾モドキの付与石を掴んでいつでも投擲出来るようにしておく。


 初めてのダンジョン探索という事で数回の戦闘で帰還しようと事前に打ち合わせしているが、果たしてダンジョンとはどれほどの脅威と可能性を孕んでいるのか・・・。


 やがて階段を降りきると両開きの扉が現れる。

 一度リンと視線を合わせ覚悟を決めるとリンが扉を開く。


 そこには街で情報収集をした通り、遺跡群が広がっていた。


 石造りの頑丈そうな建造物に蔓や枯れ枝が絡み、遺跡と化している。

 建造物は様々な形をしており、いくつも死角を作り、更には上にも歩けそうな通路も確認でき、奇襲を警戒したいなら視線を上にも向けるべきだろう。


 どれも窓が大きく取られており、遺跡一つ一つはどうやら住居が多いように見えた。


「うわぁっ、お空が見えるっ!変なの、上ってあの大きい樹があったはずだよねっ?なんでなんでー!?」


 リンが大盾を地面に軽く突き刺して上を見上げ感想をこぼす。

 私も聞くのと見るのでは違うというのを実感し開けた扉から数歩先で足を止める。


「これは・・・、すごいわね。風も感じるわ。ダンジョンってなんなのかしらね」


 そうして暫く空を見上げていたが飽きたのか満足したのか、リンが「よいしょっ」と大盾を持ち上げてこちらを見る。


 釣られて私も視線を下げ目の前の遺跡群を観察する。


「死角が多すぎよ、これ。上に行ったり下に行ったり・・・、上にも通路がいくつか見えるわ」


「上から攻撃はされたくないねー」


 ねー、と緩く同調しながらも近くの遺跡の一つに近づく。

 それはどうやら昔は二階建ての住居だったらしく二階へ続く階段のみを残して上階は崩れて開放感に溢れてしまっているようだ。


 試しに片足を乗せてみるが以外に頑丈そうでそのまま屋上と化した二階に上がる。


 視界が少し上がっただけでもこの遺跡群の大きさを改めて確認できる。

 視界の遥か先までアップダウンの激しい遺跡群が延々続いている光景は壮観としか言いようが無かった。


 後ろを付いてきたリンが


「うわー、広いねぇここ。でもあたしこういうのなんか好きー」


 と以外にも肯定的な感想を漏らす。

 どうやらリンはこういった退廃感を感じるものが好きらしく、この蔓の絡んだところおもしろーい、と遺跡に絡んだ蔓を眺めている。


 無邪気に観察や考察をしていた私達だが、私の顔面に向かって石が飛んできた事でその時間は突如として終わってしまう。


 私が回避行動を取る前にリンの大盾が飛んできた石を防ぐ。

 さっきまでのふわふわのんびりした雰囲気はお互い霧散し、狩りの雰囲気に変わる。


「・・・クロエ。あたしの鼻と耳に反応。7匹?だと思う」


 リンは獣人特有の五感の鋭さを遺憾なく発揮し、現状分かる範囲での索敵と情報共有を行う。


 ほどなくして、私達が立っている遺跡から少し離れた位置に数匹の魔物が表れた。


「・・・猿ね。石を持っているのを見るにあいつらが攻撃してきたらしいわね」


 緑と黒の模様が不規則に入り交じる体毛の小柄な猿が三匹、遺跡の柱や遺跡の角に半分隠れるようにしてこちらを見ている。


「昨日馬車で話してくれたダンジョン一層の魔物ってあれのこと?」


「たぶんね。力は弱くても数で押してくる上に遺跡をうまく利用して奇襲を多く仕掛けてくるらしいわ」


 今見えているのは三匹だが時間を掛ければ他の魔物と合流するやもしれない。

 さて、どうするべきか。なるべくなら先手は取りたいのだが・・・。


「クロエ、閃光手榴弾?だっけ。あれ、投げちゃおう?今ならあの三匹以外は匂いが遠いの」


 正確には閃光手榴弾と同じ効果を再現した石だがまあいいか。


「ん、分かったわ。投げて爆発したら一気に距離を詰めてちょうだい。あとに続いてリンの背後を守るわ」


 リンが頷いたのを確認してから腰の三本目の腕で閃光手榴弾を投擲。


 三匹はそこそこに近くに固まってカバーしていたのも相まって一気に無力化出来そうだ。

 

 キィンッ!!と閃光手榴弾が破裂し一瞬だけ猿達のいた場所が白く輝く。

 五感のうちの二つ、視覚と聴覚を同時に奪われるという経験は無かったのだろう。

 猿達はうずくまって呻いている。

 

 そこに「ついてきてっ!」と私に合図し突撃するリン。

 二階から直接ジャンプして猿の一匹に肉薄、大盾を上から下へと振り下ろし大盾の下部に並んで配置された杭達が猿の体を地面に縫い付ける。


「一匹っ!」


 相も変わらずリンの攻撃は派手だ。大盾でシールドバッシュをすれば前面に生え揃えた棘が磔にし、振り下ろせば断頭台と見紛うほどの破壊力を出す。


 今も猿の体に数個の穴を開けた大盾を少し地面から浮かせて杭にくっついたままの猿を足で乱雑に抜いて周囲を警戒する。


「・・・少しは私の分も残して貰えると嬉しいのだけれど。これで二匹よ」


 私は柱に隠れていた猿の四肢を銃モドキで撃ち抜き無力化してからパイルバンカーを撃ち込む。


 最後の一匹を倒して未だ遠くにいるという魔物に備えようとしたのだが、野生動物特有の回復力や生命力の高さか視力のみだが回復したらしくこちらにフラフラと向き直り威嚇する猿。


 三半規管は回復しきっていないようだが猿は構わずこちらに鋭い爪を振りかぶり向かってくる。


「ジャマっ!」


 リンが大盾を構え持ち手の部分に付いているボタンを押す。


 以前に大盾に施した改良をリンは十全に扱えているようで、前面に取り付けた付与石が激しく発光する。


 一瞬瞼を焼くほどの光が出るアタッチメント盾についていたら嫌じゃね?という発想からつけた発光の効果を付与をした石だったが実戦で何度も無理矢理有利な状況を作り出すのに役立っていた。


「えいっ!」


 攻撃を発光で潰され攻撃態勢を大きく崩した猿にリンは大盾を思いっきり押し付ける。

 ハンバーグを手で叩いて空気を抜いている時のような音が一回だけ鳴り、猿の磔が完成する。


「とりあえずこれで近くの敵はおっけーだねっ!次いこー?」


「ええ、もう遅れてきた子たちは近くに来てるの?」


 閃光手榴弾の投擲から今までで僅かに三十秒ほどだろうが、野性を生きる魔物や動物には十分な時間だうろ。


「うん、残りの四匹全部だね。上の通路に一匹待機してるっぽい?気を付けて」


 ゴブリンと同じくらいかそれより少し強いくらい?と猿達の強さに当たりを付けて大盾を構えたリンの斜め後ろに付く。


 道具や毒を使わないこと、奇襲しやすい地形に住み、それを利用する学習をしていること。

 差し引きでギリギリこいつらの方が上か?


「上のは閃光手榴弾で黙らせてその間に下のをやってしまいましょう」


 この戦闘の後、一旦初ダンジョンという事で帰還した方がいいだろうか?


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る