第53話 純血ではない
弟子に、と唐突に言われても困る。それが第一の私の感想であった。
色々と理由はあるのだ、所詮私はレベルで言えば一六、それ以上の存在など履いて捨てる程にいるだとか。
あるいは人に教えるのは得意では無いだとか・・・。
だが一番の理由はリンの存在だ。
私の一番大切な存在であり愛しい私だけの小さな娘の様なものである。
その彼女が、他者を私以外を嫌う、私以外を受け付けれない。
彼女がそうなのだから私としても他人を受け容れる訳にはいかないのだ。
「申し訳ないのだけれど、他を当たって頂戴」
「混ざり物のリリエルは、人からも亜人からも遠ざけられ、居場所などありません。助けて貰って図々しいと分かってますが、ここでお姉さんに縋りつかないと」
待っている結末は底辺のまま野垂れ死ぬ未来だけ、と続けるリリエル。
深緑の長髪から僅かに覗く黒い目は、決して引くつもりは無いと語っているように見える。
胴に比べ些か長く比率のおかしい手足を折りたたむようにして深く頭を下げるリリエル。
「そんな事言われても無理よ、野垂れ死になさいな」
「っ・・・、お願い、します・・・」
「執拗いわ。それに・・・」
「クロエぇっ!おーいっ!」
普段使う事も無い普通の馬車だと誤認させる為の御者台、そこに乗って馬車を操作するリンが見える。
手を降ってそれに応じながらどうしてここにと問えば、帰りが遅く心配で迎えに来た、との事だった。
「馬車の留守を任されたのに置いてく訳にもいかないしー、じゃあ馬車で移動しながら探せばいーじゃんっ!って思って」
そう言って「あたし、賢いでしょー?褒めて褒めて」と言わんばかりの表情でこちらを見、そして・・・私の隣にいる生き残りの冒険者、リリエルを見る。
その目は誰だろう、だとかの一般的な緩めの警戒を超え、その視線は手、腰、そして体全身をゆっくりと眺める完全に彼我の戦力差を確認する視線であった。
私とリリエル側からは大盾に隠れて見えないが、その片手には確実にサブマシンガンが握られているのだろう。
「クロエ、ソレ、何?」
「生き残りの冒険者らしいわ」
「生き残りって何?大体クロエはあの村に情報収集しに行ってただけなんだよね?なんでこんな所にいるの?」
あたし、だいぶ探したんだよ?と続くリンの言葉に返す言葉も無くごめんね?と返す。
確かに冒険者の命など考えれば大して大事では無かったな、一度リンの所に戻って事情を話して二人で向かうべきだっただろうか。
だがそれをすると救える命を軽視し、ゆっくりと相方に相談しに行ったと判断されかねないだろうか・・・。
私はここにいる経緯を簡単にリンに伝える。
村での情報収集で分かった事、近くの領地が軽い戦争状態にある事、賊はその余波を喰らい男手と食い物を根こそぎ取られた女共が賊落ちしたのではという事。
そして粗方聞いたところに賊に襲われて逃げてきた男の救援を受けてここに来た事。
そして、
最後に、これからの生存の為に師事して欲しいとリリエルから言われた事も。
「・・・むぅ」
リンはいやーな顔して御者台からじっと動かずにリリエルを見る。
「あの・・・、その。お姉さんの仲間の方、ですか?」
「お姉さんってクロエどういう事?」
「いや、知らないわよ。名乗ってないしそう呼ぶしか無いだけでしょ」
なんで浮気がバレて詰められているみたいな雰囲気で会話しなきゃならんのよ。
ちゃんと私は断ったわよ?
リリエルは胴に比べて縮尺のおかしい長い手を祈るようにして組み、リンに頼む。
「お願いします、なにも混ざっていない貴女方の仲間になりたいと願う訳では無いのです。一人で騙されず奪われず生きれる様にして欲しいだけなのです」
「いや、クロエはあたしのだもん」
リンはまるで交渉の余地が無い態度を崩さずにして突っぱねる。
私を取られたくないからかしら。
自分の大切にしているものに近付いて欲しく無いという思いからか、それがたとえ師事であれなんであれ、私の関心が自分から別の存在に移ってしまうかもと不安なのだろうか。
「っ、いいじゃないですか。リリエルと違って混ざっていない純血の亜人様は何でも持っていて満たされているのですから、少しくらいリリエルにも恵みをくれても」
「は?」
うっわ。お互いに地雷踏んだわねこれ。
隣にいる私の人形の木製の肌に悪寒が伝わる。
リリエルは随分と自分が混血児だという事をコンプレックスに感じているようだ。
人間と亜人の間に深くて底すら見えないレベルの溝があるこの異世界の情勢を考えれば混血児はどちらにも属せず、純血というのは眩しく、妬ましく、羨ましいのだろう。
人間からは迫害され、亜人と同等かそれ以下の扱いを受け、亜人からも似たり寄ったりの待遇。
リリエルがリンについ言い返したくなるのもまぁ、分からないでも無い。
あと多分リリエルは身長こそ高く、腕や脚は更に長いが亜人側が背の高い種族だとか体格に恵まれた種族からの遺伝なのだろう、見た目とは違い彼女もまた実年齢は見た目よりも低いのだろう。
大人の様に冷静にしっかりと交渉する事は得意では無いのやも知れぬ。
「貴女の様な純血の亜人様はリリエルみたいに苦労した事無いでしょうっ!村の男連中数人でマワされた事あるの?ないでしょうねっ、リリエルと違って!」
「はっ!その程度?あたしなんて数十よ、数十っ!オマエこそ物置小屋で寝起きした経験あるわけ?」
「あら、自分の部屋があったの?さすが純血様っ、リリエルなんて雨が降っても地面がベットだったのです」
リンは御者台から大盾と共に飛び降り、地面に派手な音を立てて着地する。
そして一歩一歩わざと音を立てて威嚇するようにしてリリエルに近付く。
リリエルも最初こそ怯んだ様だが、まっすぐリンを睨んで誰も幸せにならないどっちが不幸で辛い思いをしたかのマウントの取り合いをしている。
お前が私の何を知っている、お前の経験など私の万分の一にもならない、そうお互いに譲らず醜い言い争いをそろそろ止めるかと私は思案し始める。
「自分の分のご飯に糞を混ぜられた事あるっ!?」
「自分の分のご飯ぅ!?虫でも糞でも自分で調達していた私と比べて随分幸せな生活を送っていたのね、死ねっ!」
それからも延々と似たような耳を塞ぎたくなるような凄惨な性体験やら人間どもからの非人間扱いでマウント合戦をし続けていた。
まぁお互い似たような経験しているからといって仲良くできるかって言われたら必ずしもそうとは限らないわよねぇ。
「何も奪うだなんて言ってないじゃないっ!一人でも生きていけるように戦い方を教えて欲しいってだけなのにっ」
それにしてもリンってば私に依存し過ぎかしら、でも自立を促す年齢はまだ遠い気もするし・・・、けれど幼い内からしっかりと教育してた方がいいのかしら。
はぁ、そろそろあの不毛な会話を中断させなきゃいけないわね。
「リリエル、と言ったわね?それ以上私のリンに酷い事言わないで頂戴、そして帰ってくれる?」
そう私が声を掛けるとリンは嬉しそうな、あたしの味方だよねやっぱりという表情。
一方でリリエルは人間の様な黒一色の両目をいっぱいに広げ、両手で貫頭衣やワンピースに近い簡単な構造の服の裾をぎゅっと握って俯いてしまった。
「どこに・・・どこに帰れって言うんですか。リリエルに居場所なんて、帰る場所なんてないんです。独りぼっちで、世界全部が敵で、混ざり者のリリエルはっ・・・リリエルはっ」
ついにそのままその場に蹲って泣きじゃくってしまったリリエルから視線を外し、リンに声を掛ける。
「さ、帰りましょ?」
「え、あ、うん。その、クロエ?」
「なぁに?」
リンは何故かリリエルの方へ何度か視線をやり、何かを言いたそうにしていた。
「その、クロエがいつもあたしに教えてくれる教育とか道徳のお話だったらこういう時、助けるっていつも言ってた様な気がして」
「それにね?その、あの子も昔のあたしみたいになってるなぁって」
「あら、さっきまであんなに死ね死ね言っていたのに?」
さっきのは向こうが喧嘩売ってきたんだもんっ!と抗議するリンの言葉を聞き流して考える。
ふむ、売られた喧嘩に勝って精神的に余裕が出来たからか・・・。
レベルも順調にアップしていて、自分よりも弱者なのがわかっているというのもリンの精神安定に一役買っているのだろう。
「じゃあ、リンはどうしたいの?あたしとあの子が仲良くしてるのは嫌なんでしょ?」
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