第71話 絆、あるいは家族
二人に作った指輪を見せたが、その反応はあまり良くなかった。
「うー……ん。そのー……ね?」
普段割と私の意見に肯定的であったり隠す事なく好意を寄せてくれているリンですら、言葉を濁し最後まで言おうとしない。
リリエルはどう回答すべきか困っている様で、リンの方を見ている。
「やっぱり駄目かしら?こういうセンスは無いからよく分からないのよ。正直な感想をちょうだい?」
「え、クロエおこんない?」
ちょっと待って前置き必要なくらいの事言おうとしてるのリン?
「大丈夫よ、約束するわ」
「……ダサい」
顔を歪めて崩れ落ち、膝で止まる。
「えっと……独特なセンスがー……。あー……いえ、クロエさんすみません。リリエルもちょっとその見た目はあまり好みでは無いです」
リリエルも隠す事なく、少しだけリンの側に寄りながら私に素直な感想をくれる。
「う……仕方ないわね。じゃあ二人の意見を聞くわ」
私に美的、あるいは芸術と呼ばれるセンスや才能はまるっきり無いとは自覚しているつもりではある。
だがやはり忌憚の無い意見というのは心に来るものだ。
けれどこの指輪そんなに駄目かしら?
指輪を掌に乗せじっくりと観察する。
私、クロエを表す球体関節人形の指をリングとし、リンとリリエルの瞳の色の宝石が入っている……。
これ以上無いくらいに私達三人を表していると思うのだが……。
「あークロエ?その、ごめんね?」
「え?あぁ、大丈夫よ。改めて私にそういうセンスが無いのを自覚しただけよ」
リリエルが控えめに手を上げて発言する。
「あの……、指輪の形なんですけど。青い宝石を嵌めるのはどうでしょうか」
リリエルがそう提案する。
「青い宝石?それはまたどうしてかしら」
「あの……昔行ったことがある街では、家族とか絆とか、そういうのを表すって言われてて、それで……」
詳しく聞けばその街は海に面した、いわゆる港街だそうで。
その街では海とは万物の母であり、いずれ還るべき場所であると信じられているのだとか。
海に底は無く、海に終わりは無く、故にすべてを受け入れる
とはそこの街での信仰の一説にもあるらしく、転じて全てを受け入れる母。
母からの連想で、家族だとか絆等の言葉へと発展した……らしい。
それ故に海の青とは母であり家族である。
リリエルはその話から指輪には青の宝石をどうかと提案したらしい。
「なるほど?うん……私はいいと思うわ。というより、今回の話には私は全く意見を言えないからほぼリンがいいと思うかね」
センスが死んでるので全く参考にならないわ、と締めくくってからリンを見る。
しかし……海がすべてを受け入れるなんて素敵な習慣の街もあったものね。
海といえば私の知識では陸では見られない独特な宗教観というか信仰があったり、漂着物等を神界からの流れ者として奉ったりなどか。
その街の成り立ちで如何様にも変わるが、信仰というのは街と共に育つものだ。
だが私の勝手な憶測だが海の信仰とは二面性を持つ神を信奉している印象がある。
それは海が豊穣をもたらす反面、常に死の危険性も確かにある所に起因するのか。
昔は今ほど造船技術も、船旅での安全面や食糧事情もよくない、船に乗るとは今とは違ってそれこそ決死の覚悟で挑まねばならないものだと聞く。
保存食の技術が今より発展しておらず、また保存食に選べる食べ物も限られる。
それ故に偏った栄養バランスによる病気や、慣れない不安定に揺れ続ける船の上という生活に、体と精神の両面からの死亡率が高かったという。
確か船酔いによって死んだ女王が過去にいなかったかしら?
吐瀉物が気管に詰まったとか、なんとか。
誰だったかしら?あれは。
そういった事もあり、船……ひいては海とは常に人の命を喰らう、奪う恐ろしい存在であると同時に、無限に近しい豊穣を約束するものであるとされる事が多い……らしい。
信仰の始まりは畏怖であり、未知への昔なりの解釈の仕方と言うし、そういった経緯で海への信仰が芽生えるのはなんとなくわかる。
今回の話では私は力になれないのをいい事に存分に他ごとを考え込む。
そんな私をよそにリンは明るく快諾した。
「あたしもそれでいいよ。というか理由を聞いたらあたし達にぴったりだと思うし」
「んう?あぁ、分かったわ。じゃあ作り直しましょうか」
思考を妄想から現実に引き戻し、私は生産魔法で指輪の形を変える。
普通の、ごく一般的な指輪に、海を思わせる透明感のある青い宝石を一つだけ入れる。
宝石は大きすぎず、控えめなサイズだが決して存在感がない訳ではない。
ちょうどいいサイズのそれを、三つ。
「よし、これでいいわね。さ、手を出して」
その言葉にまずはリンが右手を差し出す。
「じゃあ、改めて。リン、私の家族になってくれる?」
「うんっ!……えへへ、なんか恥ずかしいや」
口元を必死に抑えてニヤけるのを我慢するリン。
それには敢えて触れずに右手の薬指に指輪を嵌める。
私のリン。私だけの愛しいリン。
こうして形として家族だと再確認すれば、この小さな隣人が私を愛して、私の隣を歩いてくれるから、私は孤独にならず、狂わずに済んでる。
思えば色々とリンには迷惑を掛けてしまっている。
初めてこの一階層に来た時、ヤドカリの魔物に腕を切り落とされた。
それ自体は別に問題は無く、人形の体だから大丈夫だとそのまま戦闘を再開しようとした。
その時初めてちゃんとリンに叱られた。
いくら傷つかない、換えの効く体だからといって無茶をしないで、と。
あれを言ってくれなければ私は人形だから、で足を複数生えしたり、目玉を増設して視界を複数設けたりなど、もはや人では無いカスタムを躊躇無くしまくっていただろう。
私を心配してくれる存在のなんと貴重な事か。
「はい、付けれたわ。私のは、リンが付けてくれると嬉しいのだけれど?」
リンの右手に付けた指輪を人差し指で撫でながらそうお願いする。
リンはそれに
「いいのっ!?うんっ、あたしがつけるっ!」
とやや乱暴に私の掌から指輪を取る。
いくら嬉しいからってそんなのは嫌なのだけれど……?
少しだけ諌めてあげる必要があるわね。
甘やかすだけでは今後の性格が終わってる奴になってしまうもの。
悪い事をすれば叱るし、褒めるところはちゃんと褒める。
それがまともになるのには必要不可欠だ。
「もぅっ、ひったくるみたいなのは感心しないわよ?リン」
「あっ、ごめん……」
「大丈夫よ、次からは気をつけてね。……ほら、つけて?」
右手を差し出して薬指をいたずらに上下に軽く揺する。
無言の催促にリンは緊張した表情で指輪を嵌める。
「ん、ありがと。これで私達は家族よ」
「昔からそうだけどねぇ」
「まぁ、そうだけれど。さて、後はリリエル。貴女の番よ」
リンと私、二人の家族の証、指輪の交換は終わった。
次はリリエルだ。
「あ……はい」
「……やっぱり不安かしら」
私が聞けばリリエルは少し迷った末にこくん、と頷く。
「その……指輪自体は、あんまりな言い方になりますけど、その……」
「大丈夫よ、言ってみて」
優しく促してリリエルが話しやすい様にする。
少しだけ申し訳なさそうにしながらリンを見れば、察したのかリンは少しだけ周りを見てくる、と言って離れてくれた。
ごめんね、リン。あとで埋め合わせするから。
「指輪には、意味が無いと思ってます。言ってしまえば、これはただの鉄。捨てようと思えば捨てれてしまうものです」
「ええ、そうね」
「でも、リリエルの為に動いてくれた。こうしよう、と行動してくれたという事に、意味があると思ってます」
リリエルは私の掌から指輪を取る。
一度それをじっと見つめると、指輪を右手の人差し指につけた。
「リリエルはこれまでのクロエさんの行動に何も返せてないです。今まで信じる事よりも疑う事のが多くて、そのせいでクロエさんを信じれなかったです」
「でもここまでクロエさんは色々な事をしてくれました。それを無視してまだ疑い続けれる程リリエルは人間に近くないです」
リリエルは指輪に視線を一度やり、その次に自身の目を触る。
私が付与で付けた二つの異なる色を確認するように触った後、リリエルは震える声で続ける。
「本音を言うと怖いです。でもリリエルは二人を、二人なら心から信じれるようになりたいです。例え無理をしてでもこれからはお二人の近くにいますから、見捨てないでくださいね?」
「もちろんよ、これからはリリエルも家族ね」
リリエルから迷いは無くなって、少しずつこちらに歩む決心がついたのか、恐る恐るこちらに手を伸ばしてきたその手を握ってあげた。
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