第70話 家族の証
リリエルを落ち着かせた後、私はどうしたらいいか思案していた。
リリエル本人が必死に否定していた事から、十割全部信用していない、で埋まっている訳では無いのだろう。
だが私の行い……必要とあれば躊躇せず外部の存在を排除する姿が、リリエルには恐怖として映ってしまっている様だった。
「あの……そこまで考え込まないで……ください。リリエルの悪い癖なんです。もしもを考えて対策しちゃうの」
「あぁ、いえ、そこはむしろリリエル、貴女の利点よ。危険性を考えて、慎重に動けるのはいい事よ」
さて、どうしたものか。
以前から言ってはいるが、精神的な、いわゆる心の病とでも形容するべきものに特効薬なんて無い、というのが持論である。
つまりは、一瞬でこの場でリリエルが信用してくれる方法なんて当然ながら存在しない。
「貴女が私を信じれる方法ねぇ……、と言っても時間をかけて、それこそ何年もゆっくりと普段の行動で示していくのが堅実で一番なのよねぇ」
「や、やっぱり怒ってます……?」
リリエルが怯えた様にこちらを見る。
深緑の長髪から覗く黄色と紺色のオッドアイは、溢れる寸前の涙によってひどく潤っていた。
「そんな事無いわ、そんなに簡単に信じてくれるだなんて私は思っていないもの。リリエルが私を信頼していない前提で、私は貴女と接しているのよ」
とはいえ、とりあえず腰を据えて一回ちゃんと話し合いは必要かもしれない。
特効薬は無いが、処方箋程度の気休めの薬はある。
それは話し合いであったり、疑問の解消、意見の衝突など、本音でのぶつかり合いがそれに相当する。
劇的に病状を緩和する物ではないが、効果はある。というやつだ。
「リン、悪いのだけれど、その魔物はとりあえず殺して貰ってもいいかしら?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
リンが未だに大盾の重量故に潰されたままの猿の魔物に近付く。
そして片足を大きく上げ、気合いの篭った声と共に真下に振り下ろし、頭を潰す。
「ねぇ、リリエル?少しだけ貴女の不安に思っている事について、私とお話しない?」
生産魔法で遺跡の一部を素材として椅子を三人分、用意する。
「お話……ですか」
「あぁ、ありがとうリン。いつも助かっているわ。……えぇ、そうよ。貴女は私が必要ならどんな外道な行為も躊躇う事無く行える事に対して不安を覚えている、ここまで合っていて?」
リリエルが私の座った椅子の対面に座る。
手は膝の上に置かれ、強く握られている。
「うっ……はい、そうです。クロエさんは、厳しい人、に見えます。価値があるかどうか、で判断してる様に見えて、それで……」
「あぁ……初対面での発言の数々が不味かったかしら。私なりの誠実さだったのだけれど……。裏目に出たわ。ごめんなさい」
人間、というより理性や心を持つ存在との対話って難しいわね。
誠実に、正直にいれば信用が得られると昔聞いた気がしたのだけれど、そうじゃないのかしら?
リンが私の作った椅子で足をふらふらと遊べせながら呟く。
「あたしもだけどさぁ、クロエもクロエでちょっとこっち側?だよね。壊れてるって言うとちょっと違うかもしれないけどさ」
「む?どういう事よ、私は正常に、普通に見えているはずよ?一般人の反応だらけでしょ?」
「……本気で言ってる?クロエ」
この手の話題では何故かいつもリンに負けてる気がする。
何故なのか。
リンはクロエはそのままでもいいかもねー、と適当な事を言ってからリリエルに向き直って言葉を掛ける。
「えと、リリエルはさ、どうしたらクロエの事信じれるの?クロエは確かにそういう心を持ってないような冷静な判断が出来るけど、身内……つまりあたしやリリエルには優しいよ?」
「わかっては、いるんです。理屈、というか頭では。でもリリエルがクロエさんの身内だっていうのが信じられなくて……」
苦しげに吐き出したリリエルの視線は私に向いており、その眼差しは縋るようだった。
身内だと証明出来るもの……、それを提示出来ればいいのだけれど、あいにくと私にそんな物は持っていない。
さてはて、どうしたものか……。
「そう、ね……身内、家族だっていう証があればいいのよね?お揃いの指輪でも作ってみる?どうかしら」
制服にしろ徽章にしろ、それは自身がどこに所属し、帰るのかを示すものであり、団結力や一体感、絆を生む効果もあると聞く。
今回の提案もそれを思っての事だ。
特別な効果も無い、ただの指輪、だが確かに私達を繋ぐ効果のある指輪。
自己満足ではあるが、それこそが納得には必要不可欠であるはずだ。
「指輪……ですか?」
「そう、私達が確かに家族であるという証よ。これを渡すという事は私、クロエの身内であり家族である。っていう事よ。逆にこれが無ければどんな高潔な人物でも必要であれば排除するわ」
貴女は排除される側では無く、確かにこちら側だと伝わる様に敢えて外部は排除すると伝える。
「家族の証?いいねそれっ!はやく作ろっ!」
リンもノリ気な様でどんなのにするのー、と無邪気に聞いてくる。
「リリエルはどうかしら?別段特別な効果も無い、ともすればただの自己満足かもしれないけれど、私から渡せる証明なのだけれど」
「家族の証……」
じっくりと味わう様に考え込むリリエルを見、以外と好感触か?とリリエルの様子を観察する。
私やリン、それにリリエルの様な人間は、そんなあやふやな物よりも確実に安心出来る……それこそ命や契約の方が安心や信ずるに足るのではと考えてしまう。
そうやって甘い言葉で騙して、結局ただのガラクタ指輪でしか無いじゃないか。
そう思われたらどうしようか。
やはり今からでも別の方法でリリエルを家族だと思っていると証明すべきか?
「その……家族の証は、本当に家族として扱ってくれますか?」
リリエルは最後に確認する様にこちらに問い掛ける。
それは偽物じゃないか?と。
「ええ、誓うわ」
「じゃあ、その……。リリエルを、家族にしてくれませんか?」
「もちろんよ」
「あ、でも家族としてはあたしが先だからあたしがお姉ちゃんだからね!」
リンが話が纏まった後、リリエルにそう宣言する。
それを聞きながら指輪のデザインを決める。
指に嵌める部分……名称なんでしたっけ、アーム?輪っか?を人差し指と親指が輪を作っている形状にする。
「分かってますよ、クロエさんの一番はリンさんですから」
指は球体関節人形のそれで作っており、緑と青、黄色と紺色の宝石がそこには嵌められている。
「う、いや、そーゆのじゃないけど……。ほんとだって!」
「大丈夫ですよ、なんとなく分かりますから……。あんまりクロエさんと仲が良いとリンさんは嫌でしょう?」
やっぱりアーム部分が人形の指なのは悪趣味かしら?
でもここを普通にすると私要素が無くなるわ……。どうしようかしら。
「確かにそりゃあ……ちょっとヤだけど。あ、あたしと一緒にクロエにひっつくのはいいから!」
「リンさんは優しいですね、本当なら二人きりでいたいと思ってるはずなのに……」
「うぅ、なんでわかるの……」
二人の会話を聞くともなく聞いていた私は、リン達の方へ近付いて作った指輪を見せる。
「お話中ごめんなさいね、指輪を作ってみたのだけれど、どうかしら?」
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