第126話 脱出経路発見?
峡谷の底、亜人達が暮らすその街から下水道が外へ伸びている。
いくつもの汚物の支川はやがて一本の本川となって街の離れた場所に無遠慮に、環境や周囲への影響を憂慮する事なく放たれ、峡谷の一部を汚し続ける。
ここが生命にあふれる森やただの平原ならある程度は分解されたり栄養になったり、その土地の持つ自浄作用により軽減されるのだろうが、如何せん場所が悪い。
汚物溜まりと正しく表現出来るそれは峡谷の更に深い亀裂へと吸い込まれている。
大地の奥底に注がれる淀みは誰にも救われる事なく浄化される事もなく溜まり続けていた。
「汚物は汚物でも一部の生き物にとっては立派な栄養源……とはいっても流石にこんな峡谷にわざわざ足を運ぶ生命はいないわね」
「小さい虫やさっきの魔物がたまに来るくらいですよね」
下水道が流れていない方向に逃げる事になるだろう、あっちは更に下へと峡谷が広がっているだけだ。
私とは違う、反対側を調査していたリリエルからこの街に来てやっと嬉しいニュースが来た。
「これは……坂?」
「はい。でも渡れないように大穴掘ってありますね……」
反対側の峡谷はやがて緩やかな坂道となり、この唾棄すべき街からの二つ目の通用口となっていた。
坂道は地表に広がる深い森へと繋がっている……恐らくは古く、あの地表に顔を出してまだ満足していない歪んだ大樹が出来る前はここを出入り口として利用していたのだろう。
今でこそあの街は大樹に絡みつくようにして通路をぐるりと敷設しているのでこの坂道は必要無くなったのだろう。
むしろ外敵の侵入経路になりかねないと判断したのか容易には通行出来ないように大穴が掘られていた。
「深い上に広いわねー。これ橋作るのはだるいわね」
「でも他に入り口は……」
これを渡す橋を作るにしても、あるいは別の作戦をするにも時間と大掛かりな仕掛けがいる。
そうなれば必ず街の目にも停まってしまう……。
「ま、なんとかしてみせるわ」
とりあえず言ってみる。が、実際はまだ何の草案も浮かんでいない。
「最悪、この馬車は囮ね……」
リリエルに聞かれないようにこっそりと言う。
私達は街で暴れた。
それはもう見せつけるように、派手に。
その力と謎は十二分に知るところだろう。
今や私のみならず私の持つあらゆる物品が彼らの押収の対象だ。
なればこそこちらにも手札が増えるというもの。
餌としてこの馬車が利用出来るなら、存分にくれてやろう。
それも爆弾付きの罠として。
「戦場で撤退した敵の食べ物に罠や毒を仕掛けていたなんてよくある事だしね」
撤退し、放棄された敵拠点の物資の多くに爆弾や毒などを混ぜたり設置し、略奪や押収した物に相応の報酬をくれてやるというのはよく聞く話だ。
チョコレートの中に爆弾、無造作に立てかけてあるライフルが実はワイヤーと繋がっていて取ろうとすれば……。
奪えないどころか素敵な置土産に手を噛まれ、その戦意を大きく損なう仕掛けは戦場ではよく見られるものだ。
「ま、そんな事にならないのが一番だけれどねっ」
「……?どうしました、クロエさん?」
「ん、ああ!なんでもないわ」
誤魔化す為にリリエルの頭を撫でて気にしないように言い、話題を変える。
「それにしても……本当にどうしようかしら」
いっそ馬車の下部にロケットでも付けてみる?
いや、だめね。
イギリスだかどっかの国が実際戦車に付けて塹壕とか地雷を飛び越えようとしてたはずだわ。
……結果はお察し、ひっくり返るしそもそもあんなクソ重いものジャンプさせようと思ったらコストが掛かりすぎるわでお蔵入りだったはずよ。
ああでもないと頭をひねるが、良案は思いつかない。
「リリエルの根で橋を作るのはどうです?」
「んぅ……試してみてもいいけれど、馬車の重さが心配ね」
それが可能なら是非そうしたい。
いつも私か解決するのでは良くない。
成長とは常に多くの失敗と成功で構成されているのだから。
リリエルの力が必要不可欠だった。彼女のおかげで上手く行った。
そうなればリリエルの自信にも繋がるのだが……。
問題は強度だ。
この馬車は普通の馬車では無い。
それは付与魔法という意味でもあるが、単純に生活するのに問題無いクオリティに仕上げているという意味でもある。
「たくさん根を出して……絡めれば、無理ですかね?」
「どこかで試してみましょうか」
生活が出来る、という事はそれ相応に家具や食材、武器の類の関係で、普通のそれよりも重いという事だ。
通常の馬車ですら試した事が無いことを、通常でない馬車でやろうとしているのだ。
間違えれば底が見えぬ穴に落ちる。
「そうですね……後は事前にこっそりと根を張っておきたいです」
「奴らは多分この通りを監視していると思うから、こっそりと出来る手段を探しましょうね」
私達がこの街から出ようとしているのは当然理解している。
ならば逃げ道となりうるものは全て見張っている前提で進めなければいけない。
秘密裏の工事など妨害され破壊される可能性しか無い以上、対策を立てねば。
脱出のルートの選定があらかた決まった。
肩の力をちょっと抜いて窓から亜人の街を見る。
換装したまま忘れていた聴力に優れた耳から聞きたくもない亜人どもの会話が聞こえる。
大抵はくだらぬ雑談の類だ。
それは例えば、
「なあ、本当に俺の息子は人攫いに参加しなゃいけないのか?」
「なんだ同志よ、まさか我らが受けた屈辱を忘れた訳ではあるまいな?」
「いや……だがよ。何も争う必要は……。放っておいて俺達で勝手に幸せに裕福になりゃ……」
「同志よ……よもや同志は人間に与する者か?」
「っ……いや、俺が間違っていたよ」
とかいう会話とか。
その他は、
「最近、食べ物が市に出回らねぇな……」
「そう言えばそうだなぁ、最近はやたらと炭鉱に力を入れろってお上が五月蝿いし、なんか景気わりぃよな」
だとかの別段気にならない会話しか無かった。
耳を外し、通常の人間程度の聴力の物へと換装して雑音から自身を遠ざける。
「何が起きようと歴史の一ページだし、私の関与する所じゃないわよね」
「ねぇ、クロエ!」
「ん?」
今度はリンの方で進展があったようで、呼ばれるがままリンの隣に座り直す。
リンが見せてくれた映像は少し前に私達が防衛戦で使った人攫い共が詰めている建物の一室だった。
なにかの資料が山と積まれ、壁面に貼り付けられた地図が……元々あったであろう半壊した部屋。
天井の一部に穴が空いたその部屋に、責任者たるあのドワーフの男がいた。
彼は彼の部下と思しき者たち数人と私達への次なる妨害の内容を話し合っていた。
「あたしの手柄、でしょ?」
「そうね、ありがとうリン」
得意になるリンを褒めながら、その映像内の会話を見逃すことの無いように注視する。
ドワーフの男は岩の鱗に包まれたその顔を少し歪ませて息をついた。
「よいかお主ら……くれぐれもあの人形に対して手荒な手段を使うでないぞ。この部屋……そしてその扉を開けてすぐに見える通路を見れば、そんな事分かりきっているだろうが……」
「しかしっ……!あの女は我々の同志を」
ドワーフが部下の発言を無理矢理に止め、なぜわからぬ、と一喝する。
「もしあの人形が大切にする子らに手を出してみろ……もはや見境など無く、この街を滅ぼすと思っていいぞ」
故に、と続け、
「別の方法であの人形から武器の情報だけでも聞くのだ……これは教会からの指示でもある」
一息に捲し立て、きつく言いつけたドワーフは興奮を落ち着ける為か近くにあった椅子に座る。
「へぇ……教会、ね。随分とでかい顔できる宗教らしいわね、ここのは」
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