第2話 死後の処理

 視界がチカチカと明滅している気がする。体の制御が覚束ない。


「なにが起きたんだ……。体が……いてぇのか?体、私の体……どこだ……」


 一番今の感覚を説明するなら全身麻酔、あるいは局部麻酔、あの時の感覚に似ている。脳から「こうやって体動かしてほしいねんなあ」と指示が出されてはいるが、体がその指示に従ってくれない。あるいは指示が届かない。


 加えて視界の明滅とくれば、私は私の体が本当に存在しているのかという平時であれば笑ってしまうような考えをしてしまうのも無理はないはずだ。


「起きたか」


 そう声を掛けられる。その声は年老いて、ひどく疲れているように聞こえる。


 私は明滅が収まりつつある視界を声のしたほうに向ける。


 そこにはトレンチコートに旅行鞄を持った老年の紳士がいた。

 背はやや曲がっているように思えるが全体的に鍛えているのだろうと素人目にも分かる体格をした紳士は、こちらを見ている。


「ここは?私はいったい……」


「君は死んだ。不幸な事もあるものだ。列車同士の衝突事故とはね。君を含めた大勢が死んだよ」


 別段気にした風でも無く、一応そう言うべきだから言っただけ。

 そんな印象を抱かせる口調で紳士は事務的に答える。


「あんたは?」


「私かい?人の言葉で言えば神だろうね。実際は賃貸の管理人の様なものだ。ゴミが出れば掃除をするし、破損があれば修復をする。そんなことよりも君の今後について説明したいのだが?」


「神だって?おい冗談は……ッ!?」


 荒唐無稽な話に思わず声を荒げたが、それよりも私は驚くべき事を発見し、言葉を呑み込んでしまう。


 


 私は今何も無かった。比喩などではなく本当に。手や足などの本来あるべきものがなく視界と意識だけが目の前の老紳士と相対していた。


「君が信じようがどうしようが私にはどうでもいいが、そうだね。君の境遇を考えれば少々哀れだ。故に質問があれば答えよう」


 異様な状況と混乱を落ち着ける為、私は暫く老紳士にやや一方的な会話を続けた。

 わかった事は、

・ここが死後の世界であるという事

・私はたまたま運良く(あるいは運悪く)この老紳士に輪廻するところを回収されてここにいるという事

・彼は私に頼みたい事があってここに呼んだという事


 ……現実的ではない、有り得ないと言いたいが私の今の状況や周囲には整理番号がつけられた人魂が列をなしてどこかへ消えていく光景など、とてもではないが現実では有り得ない光景を見せらては信じざるを得ない。


「さて、だいたいは答えたと思うが・・・まだあるかね?」


「いえ、結構です。どうしたって信じる他無いようですし。それよりも私に頼みたい事とは?」


「ああ、そうだね。それこそが本題だ。君には少しだけ配達員の真似事をしてもらいたい。どうにもこっちの世界にはあるべきではないのものが混ざってしまったようでね。それを元の世界に返してもらいたい。」


 老紳士はそう言って旅行鞄にうんざりしたような視線を向ける。


「まあと言っても簡単な話だ、君をその別の世界へ転生させる。その時君の体にそのあるべきではないものをスーパーの半額シールみたく貼り付けておくから、君はただ転生されればいいのだ、あとは転生されれば勝手に粘着が弱まったシールのようにあるべきでないものはひとりでに剥がれてその世界に溶け込むよ」


「分かりました。このような状況で何かできるわけでも無いですし、肉体が手に入るのであればこちらからお願いしたい」


 少し形式などが違う気がしなくもないが、これはいわゆる異世界転生モノというやつなのだと曖昧に理解しておく。

 暇な時などや休憩時間などで少なく無い数のそういった読み物を読んでいるので状況の把握などは容易であった。


 不謹慎ではあるが平穏無事な平凡な毎日を望んでいる私だが少々ワクワクしている自分がいる。

 人間とは不思議なものだ、日頃あれほどまでに落ち着いた人生を、などと思っているもののやはり心のどこかでは冒険や挑戦を待っている。

 矛盾しているかもしれないが人間案外そのようなものなのだろうか?


「まあ頼み事である以上、対価が必要なのは理解しているつもりだよ、ある程度ではあるが願いを叶えて転生させよう」


 あるある、ではあるのだろう提案に私は様々な思考を巡らせてしまう。


 生産モノ、単純に武力、あるいは魔法、さまざまな思考が巡るが私はふと思ってしまう。

 なんか、たいてい人がいない僻地だったり森の中だったりとか結構な危険地帯に転移されるパターン、多くないか?と。

 食料や寝床の確保やその他ついて回る諸問題に対してどうやって解決策を見い出せばいいのか?

 生産系にするか?いやだがなんだが勿体無い気もする。


 少しばかり悩んだ末に私はという答えを出した。


「……人形、それも換装やある程度のカスタムが出来る球体関節人形の体にして貰える事は、可能でしょうか?」


「ほう?なるほど、臓器やらなにやらを用意するよりもよほど安上がりで助かる提案だ。それならばもう少しだけ要望があれば聞く事にしよう」


 私が考えたのはそもそもとして食事や睡眠を必要としない体になるというものだった。

 その他にも現地で危険な生物に出会ったとしてもやり過ごせるだろうという考えもあってのことだった。

 いわゆる異世界にはさまざまな生き物がいる事だろう、だが生き物である以上は食事の為、縄張り争いの為、などの理由で襲ってきたりはあるだろうが、理由も無く攻撃する事はないだろう、という考えがあっての事だ。


 可食部などどこにも無い、ましてや無機物である人形を襲っても彼らになんのメリットも無い。

 狩りというのは案外と体力を使うものだ。野生で生きるのであれば尚の事、無駄な事や生存や繁殖に繋がらない行為を積極的に行う理由は、無い……はずだ。


「であるならば、ある程度の生産や錬金、それに類する能力を貰えないでしょうか?」


 これは私が先程いったある程度カスタム可能な人形の体、という部分に関するものだ、人形故に腕ごと挿げ替えたりなどして状況に応じて腕力がある腕であったり、可能、不可能かはさておき多腕、多脚、逆関節などのさまざまなカスタマイズを自分自身に施してどのような環境でも生きられないか?という考えからきている。


「ふむ、まあ対価としてはギリギリオーバーな気がしなくもないが、まあよかろう。たいていはもっとゴネるものと思っていたが、案外仕事がすんなり終わってくれた礼という事にしよう。」


「ゴネるものなんですね……」


「ああ、地球に返せ、とか。あるいはまあ、話すのも面倒だ。察してくれ」


 しかめっ面して老紳士はそれ以上言わない。


「今更ではありますが、やはり地球へは帰れないと?」


「ああ、死ぬべきものは死に、循環すべきだ。あそこで並んでいる魂達のようにね。あれらはこのあとシュレッダーにかけられるんだよ。そうして細かな破片になったものをまた魂の形に形成して現世のこれから生まれる肉体に与えていくんだよ」


 随分乱暴な方法だと思ったがなんでも死後の世界も日々アップデートしているらしく短縮できる部分は短縮し、自動化などが進んでいるらしい。

 整理番号は発見機から発券だし、魂はシュレッダーの後は工場の様にライン作業で順番に形成していくらしい。

 

 なんともまあ、お役所仕事というか。と思わないでもないが、向こうも仕事だというのだから、私達人間の会社などと案外そう変わらないのかもしれない。


 そんな事を思っていると老紳士が

 

「さて、長々と話したが君への対価はこれでいいだろう。後はこちらで勝手に君の体に依頼の品を貼り付けておくから、少し目を閉じていなさい。」


 言って私にそう促してくる。

 私は特にこれといって反対するような理由もないので目を閉じる。


 奇妙な浮遊感の後、私は深い森の中にいた。


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