第18話 遠く離れて

 翌朝、昨日リンの告白めいた言葉を聞いた私はリンに見つめられながら起きる事となった。


「おはよぅ・・・クロエ。今日出発だよね?」


 じっと私の瞳を見つめながら確認を取る。

 青と緑のオッドアイは楽しげにこちらを見つめ、踊っている。


 昨日の事が頭をよぎる。


 今更リンと一緒に生きていく気持ちが揺らぐ訳もないが改めて言われると年甲斐もなく心が弾んでしまう。

 恋人のような、親子のような、明確な言葉を持たないこの関係に私は幸せを感じる。


「ええ、今日ここを出るわ。道中の邪魔な木々は切り倒しながら進めばいいでしょう。道も生産魔法で整えながら行けば快適でしょうしね」


 とはいえいつまでもその幸せを享受したいならするべき事はまず快適な生活と二人きりで生きれる力だ。


 リンの過去が過去でなければどこぞの街で一般人のように生きていければいいだろう。


 だが彼女には過去がある。人間不信となり他者と会うだけで吐いてしまう程の過去が。


「まあ一応今の付与の練度で出来るだけの付与は掛けたから大丈夫だとは思うわ、そろそろ起きて朝ごはん食べましょう」


「んー・・・もうちょっといちゃいちゃしちゃわない?クロエ」


 昨日思いを告げて吹っ切れたのかリンがいつもより積極的だ。

 前々から巫山戯て馬乗りしてきたり、鼻と鼻をくっつけてキスの真似事をしたりなどじゃれ合いは多かった。


 だがそれも話の流れの中でなんとなくそうなった、というだけで明確に言葉でこうしたい、ああしたい、と甘えられた事は無かった。

 元々近かったような気がする距離が更に近付いた事によるリンからの提案は私を悩ませるには十分な威力を持っていた。


 リンの提案は魅力的だったのだが私たちにはやるべき事がある。

 決して焦る事では無いだろうがそれでも動くべきだろう。


 なによりいちゃつくなら移動中でも出来る。


「そんなに可愛い提案しても駄目よ?それに移動している間特に問題が無ければ暇なのだしそこでゆっくりすればいいでしょう?」


 もとからそこまで本気のお願いでは無かったのだろう。

 あっさりと引き、はーい、と間延びした返事を返したリンはのそのそベッドから降りる。


 リンが品種改良を施したピューロスはかなりの数でまだ食卓に食パンが無くなる心配は無い。

 リンが眠気でぽやぽやしている間に馬車の内部に足りない部分を少し足す。

 

 天井部分に少しだけ大きい倉庫を作る。

 イメージするのは飛行機などの上に荷物を置けるスペース。それをもう少し広くしたような形状だ。


 そこにピューロスを原料とする小麦粉の入った袋をかなりの量。

 これは生産魔法で場所を取らないように加工したものだ。

 私達二人の武器と少量の肉を入れる。まだ上部倉庫には余裕が少しあるので、狩りなどで手に入れたものがあっても多少は入れられる。


 馬車も周囲を見れるように細長い覗き窓を全周に開けておくのを忘れていたので追加する。

 これで敵の襲撃があるかは不明だが対策は出来た。

 外からは見えづらく角度のついたそれは中を覗かれる心配もないだろう。


 あとは御者台に繋がる扉を開け放して中にすぐ戻れるようにする。

 馬がおらずMPで動く馬車だが、どれだけ付与の効果が効いてくれるかに掛かっているな。


 食べ終えたらしいリンは私が改良が終わるまで待っていたのか、ニコニコとしながら馬車の入り口で脚をぷらぷらと遊ばせていた。

 

「このツリーハウスともお別れなんだねー」


 馬車からツリーハウスを見上げて呟くリン。


 ツリーハウス、当初はただの仮拠点のつもりがそこそこの期間世話になっていた。

 あの背の角度の浅い椅子、座り心地が良かったので気に入っていたのだが。


 あのツリーハウスにはリンとの思い出が詰まっている。

 村での扱い故に教養や知識が無く、食事の作法を恥ずかしがったリンに簡単なテーブルマナーを教えた時もあった。

 独りを寂しがったリンの為に添い寝してあげてから何かしらのご褒美の為に何度も添い寝を強請られた。

 大盾の訓練中、うまく扱えなくて逆に振り回されるのをバルコニーから笑いながら眺めたものだ。


 寂しいかと私が聞くとちがうよー、と返ってくる。


「あたしはもう多分クロエ以外といても安心は出来ないと思うの。だからクロエがいないツリーハウスに意味はないかな」


 リンも自分の心の傷をある程度自覚しているのか少し沈んだ声で答える。

 

「でもね、クロエと一緒にいるときは楽しいし趣味や未来について考えれるの。クロエといるときだけ、ね」


 歪で間違った在り方ではあるのだろうが、そんなことを言うのは彼女の人間との対話での一連のやりとりを見ていない者だけが言う無責任な発言だ。

 私にはとてもじゃないが無理だ。


 それに無理矢理に人にも良い人がいると教えて何が良いのだ?

 彼女には私がいる。


 独りでは無く、私が。

 

「じゃあ私と生きる楽しさを味わって行きましょうか。これからはもっとたくさんの遊びや楽しみをリンに教えてあげるわ」


 私はそう答えながら馬車にMPを流した。

 命を吹き込まれたように周り出す車輪は木々の間を縫うようにして自由に動き出す。


 ツリーハウスがゆっくりと小さなシルエットへと変わっていく。

 御者台に座り周囲を一応警戒する私のすぐ後ろでベッドに寝転び鼻歌を歌うリンがいる。


 長方形の車体は細長く、木々の妨害をものともせず進み出す。

 

 のんびりとした代わり映えのしない景色の中、私たちは様々な話をした。

 ほとんどが地球でのゲームのストーリーや小説の内容をぼかしたものだがリンは楽しそうに聞き、時に息の詰まる展開に驚き、悲しい結末に涙を流す。

 

 時々ゴブリンやその他の魔物などが私たちを捕捉しかけたが、どれもが私達に気付きたいのに気付けないという感じだった。


 どうしても車体が引っかかる時だけ私達は馬車から降り木々の伐採をする。

 

 そんな日を数回繰り返し、景色は森から街道に変わった。

 景色以外はほとんど何も変わりはしなかったがそれでも転生してから森以外を見ていなかったので新鮮に映る。


 途中、馬車の一団を見たがこちらを認識したが特に何も言うことはなくすれ違った。

 おそらくは付与の、認識されづらくなる効果が聞いているのだと思う。

 馬も無く動く馬車など、見つけた瞬間に奇っ怪な物を見るような視線を受けるはずだ。


 相手は普通に二頭の馬に牽引される馬車に数人の武装した人間を周りに随行させた一団だった。

 あれが普通の光景なのだろう。なんとも不便な事だ。


 木々を避ける必要が無くなった私は最低限周囲の様子を見る以外はリンと過ごした。


 そうして数日過ぎたある夕方、私達の視界に大きい、という言葉で足りないほどの大樹が見え始めた。


「あれが創世樹、というやつね?随分と壮観ねぇ」


「おっきいねっ!すごいすごいっ!あんなのが世界にはあるんだね!」


 まだ距離はあるがここらで休んでもいい。

 私はリンにここで一旦休憩しようと提案し街道から少し逸れた場所に馬車を置いた。


 念の為付与で石ころに


【人間程の温度を感知したら大きな音を出す】


 という内容を付与して数個馬車の周りに置いた。

 本当は破裂して小さな破片となって周囲に飛び散れ、としたかったのだが付与の内容が複雑にすぎたのか弾かれた。

 これが出来れば簡易的な地雷の設置が出来たのだが。


 そのあとは他愛の無い話をしながら少し早い夕食を作る。


「・・・えっと、確認させて?間に他の駒が無くてキングとルークがいるときゃすりんぐ?が出来るんだね?」


「そう、キャスリングよ。他にも条件はあるけれどまあ最初は特殊な動きを気にしなくてもいいと思うわ。さて、夕食が出来たから一旦話は中断して食べちゃいなさい」


 食パンに先程街道に迷い込んだ兎を捌いた肉、それらをサンドイッチのように挟んで渡す。


 話の内容はいつもこんな感じのもので、人形となってからの記憶力の高さを活かして地球で一度だけ見て

記憶の片隅で忘れかけていたものを掘り起こしながら話す。


 今回はチェスに関してで、どこかで一度だけ調べたものを人形の利点をフル活用で伝える。

 問題は人間故に記憶はしているがそれを忘れている事だ。


 例えるなら図書館にはその本が確実にあるがそれがどの本棚にあるかうろ覚えなのだ。

 体がいくら優秀でもスペックは人間のそれ故の限界、というやつなのだろう。

 思考回路の増設など人形の体故に出来たりしないだろうか?

 

 木材さえあれば作れるだろうからチェスを作ってみるのもいいかもしれない。


 リンとの会話にもバリエーションが増えていいだろう。

 小さな口がサンドイッチにこれまた小さな食べ跡を残す。

 ここにコーヒーかココアがあればいいのだが。


 やりたい事は多い。

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