第132話 大穴にて

「後はもう突っ込むだけー?」


 やや馬車を進め、ドローンによる自爆特攻その跡地まで進んだところでリンが尋ねる。


「えー……っと、そうね。うん。後はリリエルがあの大穴に根を渡して橋にするのだけれど……」


 いけるかしら?リリエルの方を見る。


 じっと私を見つめるリリエルは顔色が悪そうだが、自分の出番だと理解しなんとか立ち上がろうとしている。


「あ……リリエルの出番、ですよね?大丈夫です」


「本当に大丈夫?」


 私の側まで来たリリエル、その眉間には皺が寄ってこそいるが先程よりも幾分か楽そうにしていた。


 それはもうすぐ、ほんのすぐに脱出の兆しが見えている為か。


「大丈夫です、ただちょっと……疲れました」


 この街に来てからロクでも無いものばかり見てきた私にもリリエルの言葉は理解できた。


 いわんやリリエルはまだ幼子、あるいは少女と呼んで差し支えない年齢だ。私よりもずっと多感である。

 精神的なショックは私の比ではないだろう。


 自分よりも遥かに年を取った者らが自分よりも幼稚で、よりケダモノに近い所業を進んで行っているこの街の有様はリリエルにどう写ったか、仔細は想像の域を出ないがいずれも苦痛を伴う物である筈だ。


「リリエル、貴女の役目が終わったら休んでていいわよ。全部終わったら、私達も休むから。その時は一緒に、いつも通り寝ましょ?」


 こくり、と頷いたリリエルは小さくよしっ、とつぶやいて無理矢理に気合を入れた。


 後は現地に向かうだけだ。


 大通りを進み、街の外れまで馬車を進めたその先にリリエルの役目でもある大穴と小規模ではあるが野営の跡地らしきものが見えてきた。


 映像越しで確認もし、実際に密やかに現地に赴き小細工の類を何度もしてきたが、やはりいつ見ても深い穴だ。

 その闇い様に底は無く、またこの街の有様を示しているかの様に思えてならない。


 私はその穴を一瞥し、鼻で笑う。


「リリエル、頼んでもいいかしら?」


「はい、やります。ですけど……」


「どうしたの?」


 リリエルの手から、あるいはその周囲から湧き出るように植物の根が伸び、絡み合い幾つも合わさる。


 成長する様が何かを必死に求める手のようでもあり、その様を見つめながらリリエルの話を聞く。


「もっと街からの妨害があると思ったんですけど……」


「そうねぇ……少なくとも人攫いの連中は来ないでしょうね。来ても仕事をしているフリだけじゃないかしら?」


 あのドワーフの責任者が他者の懐柔という回りくどい方法を取った事からもそれは想像がつく。

 通常であればその様な方法を取るよりももっと原始的かつ簡単な方法があるのだから。


 そういった方法を取らない理由は大抵、その方法が失敗に終わったかそういった方法に明るくないかだ。

 今回で言えば、私達がそれに勝る暴力を見せた事……すなわち前者によって回りくどい方法を取らざるを得なかったからだ。


 あれほどに手痛い仕打ちにあったのだ。そう安安とまた暴力や武力に訴える事もあるまい。


 だが問題は教会、とこの街で呼ばれる存在だ。

 果たしてそれらが私達をどう認識しているのか。脅威であり手出しすべきでない存在か、はたまた勝てぬ程ではない存在か……。


「あぁ……こんな事なら封鎖していた教会兵の会話くらい盗聴してから爆殺すべきだったわ……」


「でもそれだと時間掛かりすぎてほうい?されちゃってたんじゃないー?」


「ん……それもそうね。いずれにせよ多分来るのは教会からの派遣だけだと思うわ」


 リリエルによる橋の建設は順調に進んでいる。

 今やその植物の橋は半分ほどまで進む……がそこまでだった。


 街からの妨害だ。予想はしていたし対策はしているので焦る事は無いが、何故こうも事が上手く運ばないかと辟易とした思いを抱えずにはいられない。


 最初にそれに気付いたのはリンだった。やはり獣人、あるいは亜人という事か、はたまた彼女の過去に起因する警戒心や殺意の高さがなせる業なのか、彼女の愛用する大盾を街の方角……私達が進んできた方へと向ける。


 直後、リンが大盾を構えたその場所に矢が一本、飛んでくる。

 それ自体は大盾によってなんら脅威にならず防がれ、場違いな程に軽い音と共に地面に落ちた。


 だがそれを皮切りに次々と矢が飛来する。

 ただの一人として亜人は来る事なく、ただ遠距離に徹したその攻撃は止む気配を見せず、リンはリリエルを守る為に側を離れられなくなる。


「クロエ、あいつらなんとか出来ないっ!?」


「遠いわね……前回機関銃でこっぴどくやられた事がそんなに怖いかしら?」


 遥かに遠方、機関銃ですらその有効射程から離れた遠くより亜人の集団が見える。暗い色合いの服に急所を中心に鉄板を縫い付け、眼深に帽子を被ったその連中に私は見覚えがあった。

 人攫い、そう呼ばれる連中だ。


「学習能力が……いえ、それは無いわね。盗聴の内容からして私達を十分以上の脅威と認識しているはずよ。なら、何故?」


「クロエってば!こーさつ考察好きな悪い所がでてるってば!早くたいしょしてよー」


 リンからの注意が入ってしまい思考は霧散する。

 だが正しいのはリンだ。確かにこの場で呑気に考え込むべきではない。


 とす、とす。と体に刺さる矢も気にせず呆けて考えるよりもするべき事がある。

 思考を一旦空にし、事前に仕込んでいたちょっとした悪戯を発動させる。


 手元の起爆装置を二回打ち鳴らせば亜人の街の丁度上あたりの崖が爆発を起こし、決して小さくないサイズの瓦礫が街を襲う。


 それと時を同じくして、雨かと見紛う程の矢の襲来が止まる。


 私の仕込み、と言っていたものはこれだ。

 崖の一部に遠隔で爆破出来るようにした。本来これは交渉のための物であったが、此度は仕方あるまい。


 付与魔法で自身の声を大きく、そして遠くまで聞こえるように変え遠くにいる人攫い共によく聞かせる。


「次は街の中心あたりの崖を崩そうかしら?どう思う?」


 遠すぎて反応が分からないわね。でも攻撃の手が止まっているのを見るに効いてる……のかしらね?


 戦場に似つかわしく無い程に静かになったこの場には、リリエルの操る根の音だけが聞こえる。

 膠着した戦場を一人の男が歩いてくる。


 御者台、銃座に着いたままに姿勢を少し崩してその男を見る。

 曲がった背に、岩で出来た鱗……そして手にメイスを持った男……。


「撃たれ足りなかったかしら?責任者さん?」


「……そんな訳ある物か。あのような悍ましいモノ、本来であれば貴殿の前にこうして立ちたくなどある訳がなかろう」


「であれば何故?」


 ドワーフの彼は亜人の街を、そしてその次に自らが率いる部下達を見やる。


 メイスを地面に突き立て、杖に模して両手を置いてため息をつく。


「こちらにも面子と言う物がある。一介の亜人ごときに街を破壊され、求める物すら手に入れられない……それでは我ら……引いては教会の威信に関わる」


「へぇ……一介、ねぇ?」


「貴殿がそのような存在では無いと確信しておる。じゃが……民からすればやはり一介の亜人だ」


 教会が全ての罪業は人間にあり、とし人間への拷訊を扇動するのであれば、当然そこに人間への需要が発生する……しからば供給を担う人攫いが教会の下部組織たるは自明の理……か。


 そして人間こそ絶対悪であり我らの行いこそが正義と狂言を騙り民を率いるのであれば、自らの威信の為異なる意見や考え、不穏分子など許容されない……ましてそれらに負けるなど。


 要は民から「なんやあいつらよそ者一匹に負けてんか?ほんまにこいつら指導者としてどうなん?」となり兼ねない以上常勝を強いられているって訳ね。

 俺らさいきょーやし力あるからついて来い、ってしてる以上ただの一度の敗北が街の崩壊への呼び水となるわけだ。面白いわね。


「それで?態々そんなくだらない言い訳しに来た訳じゃないでしょ?何しに来た訳?」

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