創世樹の外

第47話 暑くて溶けそうだよ、クロエ

 あの日、リンが人との関わりを諦めたあの時から少し経ち、季節は移り変わった。


 四季の概念があるのかは不明だが、少し前から気温の上昇を感じつつあったが、最近はもはや夏と呼んで差し支えない程になっていた。


 太陽によって熱された地面は歩くだけで体力を消耗させ、やる気の低下を誘う。

 この時代の人間ならば川に飛び込んだりして涼を取るのだろう。


 獣人だからだろうか、リンもこの季節にすっかりやられてしまっているようで、今や三日に一回は馬車でだらんとして過ごしている。


 そして今日はそのだらんとする日だ。


「ゔぁー・・・、うにゃぁ〜・・・クエロはいいよねぇ、人形だからひんやりしてるしぃ・・・」


「んぅっ・・・、っちょっとリンっ!そこに手を入れないでっ!くすぐったいってば!」


 私?私はまぁ・・・人形だから。


 この体は暑さでやられたり、寒さで体が上手く動かないなどという事とは無縁だ。

 今はその体の特性というか、無機物故の熱を持たないところをリンに存分に活用されている。


「付与でエアコンは作ったのだから馬車内はどこでも涼しいでしょうが・・・さすがにひっつきすぎよ・・・」


 ここまでうだる様な季節になる遥かに前から、私はこの馬車にエアコンを付与で付けていた。


 見た目こそただの箱だがこれには二つの付与を施し、現代地球のエアコンと何ら変わらない性能になっている。


 触れながら希望の温度をイメージすればその温度の風が出るという付与と、それを馬車内に満遍なく行き渡らせるように風が吹くという付与だ。


「いやぁ、やっぱり便利だよねぇクロエの故郷のギジュツはぁ・・・クロエに拾われてあたし幸せだよぉ」


「まぁリンが幸せならそれでいいのだけれど・・・、流石にだらけすぎしゃないかしら?」


「んぅ?」


 普段のダンジョンでの活動や元々リンがどちらかと言うとアウトドア寄りなので別段体つきがだらしくなくなってきている、という訳では無いが・・・。


 それにしたってこうも朝から晩までごろごろうにゃうにゃとしているのは良くない気がする。


 だらけ癖というのは一度付くと中々抜けない。

 これは経験談だから間違い無い。こんなに幼い内からそんな風に育つのは良くない。


「あぁ、そうだわ。ねぇリン?」


「なぁにぃ〜・・・」


「だいぶ前に言っていたリンの銃、作らない?」


 んぇー?とベッドに寝転んだまま私を見上げ、気の抜けきった声を出すリン。


 未だに暑さで快適空間の馬車から出ようとしないリンの手を少し強引に引っ張って外に出る。

 扉を開けた瞬間に湿気を多分に含んだ熱波が襲い、ひゃあ、と慌てて馬車に逆戻りしようとするリンを止める。


 ・・・いや、確かにこれはキッツい。


 リンの気持ちも分からないでも無い、なによりカラッとした暑さでは無くジメっとした蒸し暑いという表現が似合う暑さなのが本当に不快だ。


 リンには悪いが人形の体の利点、五感のON/OFF機能を活かさせて貰おう。


 暑さと肌の感覚を遮断し、この不愉快な外の気温から逃げる。


「ねぇ、クロエ。今暑さ感じない様にして自分だけ逃げたでしょ」


「・・・なんでバレたのかしら」


「こんな暑いのにクロエだけそんな平気そうにしてたら誰でも分かるよっ!ずるいっ!」


 リンの言い分は尤もか。

 ならリンの着ている服に対して何か付与魔法を試してみようか、それならばリンも快適でお互い幸せなはずだ。


「分かったわよ、じゃあリンの服にも何か付与を施してあげるからそれでいい?」


 元気なリンからの返答を聞いた後、私はリンの服に付与魔法を使うべくイメージを固める。


 付与とはざっくりと言ってしまえばイメージだ。

 どうしたいのか?どんなふうに?どれくらいの強さで?

 それらをしっかりとイメージして付与をすればコストが安く済む。

 まぁイメージが曖昧でも出来る事には出来るがコストが重いのだ。


 例えば私達の馬車、あれも【認識阻害】という文言だけで付与しようとすれば恐らくコストが掛かりすぎて失敗していただろう。

 【漫画のモブの様なそこにいるけれど気にならない、背景でしか無いくらいの認知レベルまで低下させる】としっかりとどう認識を阻害しているのかイメージしているから成功したのだ。


 これから行う付与もそうだ。

 ただ【涼しく】だけじゃ駄目なのだ。


「そうねぇ、魔法で熱を遮断するシールドを体を覆う形で薄く・・・こんな感じかしら」


 MPを消費している間熱を通さない様にする、そんなイメージだ。


「服にMPを使ってみて、涼しくなるはずよ」


「わぁっ!すごーいっ!すずしーっ!」


 鬱陶しい程の暑さから開放された喜びからか、最近ではすっかり見なくなった外で元気なリンが見れた。


「これすごいねーっ!これがあれば・・・」


 弾んだ声が急に止まり、私を見つめる。


「どうしたの?」


「ねぇ、服にこんな付与出来るなら二階層のジメっとした感じをジョキョする付与も出来たんじゃないの?」


「・・・おいマジかよ」


 思わず前世の口調が出てしまう程度には驚いてしまった。

 確かにそうだ。全くもってそのとおり過ぎて、何も言えねぇ。


「ごめんなさいね、全く思いつかなかったわ」


「クロエって頼りになって完璧っぽそうで、そうじゃないよねー」


 やめなさい、リン。

 私だって元はただの人なのよ、しょうがないじゃない。


 実際私は結構な頻度でやらかして、その都度リンにその現場を見られている。

 閃光手榴弾でお手玉してたらうっかり起爆してしまい、情けない悲鳴を上げている場面だとか。

 ゲームで見た弓の連続撃ちを真似ようとして盛大に失敗し、腕がすっぱ抜けてリンの後頭部に見事に当たったりだとか。


 基本的にリンの教育や勉強を教えたりなど、保護者としての面が多いが、それ以外の友人であったり、あるいは姉妹の様な近しい距離で気にせずはっちゃけたりもしている。


「ま、まぁいいじゃないそれは。次二階層に行く時までにそれも用意しておくから、今はリンの銃よ銃」


「はーい」


 無理矢理に話題を変えて、リンもそれに「あ、話逸したな〜?」という表情で付き合ってくれる。


 さて、銃を作ると言ったのは一体いつだったか・・・、滑車弓を初めて作ってそれで狩りに行った時?


 確か片手で扱える銃が・・・とか言っていた様な気がする・・・多分。


「ええと・・・、付与と生産で作れると思うけれど、リンはどんな銃がいい?」


「んー?どんなのが作れるの?」


「連射出来たり、あるいはでっかい一撃を撃ち込めたり、色々よ?」


 暫く悩んだ後に、いっぱい連射したいっ!という元気な返事が返ってきたので、私は要望通りの武器を作り初める。


 リンは獣人なので多少重くとも片手で保持は出来るだろう・・・大盾の性質上交戦距離は至近なので命中率や精度はそこまで要らない・・・はず。


 私は銃にはあまり明るく無い。ゲームで何度か見てはいるがマニアという程では無いのでなんちゃっての銃モドキになる。

 以前使っていた銃でノウハウは分かっていたので、付与で銃の機構を擬似再現は出来る。

 

 要は勢い良く弾が飛びゃいいんだ、銃なんて。

 

 弾丸一発一発に付与で薬莢内部が爆発を起こし火薬の代わりになるように付与したりなど、色々と付与を使った・・・なにかが出来た。


 全身が鉄製のサブマシンガンは円盤の様な形のマガジンを採用し、弾丸の尖端には切れ込みを入れる。

 何かで見た様な気がする、弾頭部の鉛を露出させたり尖端に縦の切れ込みを入れると当たった時に茸状に開いて普通以上に傷口が広がる・・・とかなんとか。


「わぁっ!あははー!おもしろーいっ!」


 片手で制御する素振りも見せずにフルオートしては大盾の端で無理矢理マガジンを引っぺがしては装填を繰り返すリンを横目にあることを思う。


 マフィアの下っ端みてぇだな、と。


 ドラムマガジンなのと制御してないのがもう完全にそれにしか見えず、生産魔法で弾丸の生産片手に眺める。


 今更に過ぎるがこんな幼子に殺しの手段を多く作るのはどうかと一瞬思いが過るが、時代が違えば在り方も価値観も変わる物だと思い直す。


 異世界特有の魔物という存在がいる以上、死は確実に地球よりも身近だと思う。


 魔物に関しては私なりに法則があるので、リンにもそれを教えているので問題無いのだ。


 殺したなら食う。食わぬなら殺さぬ。


 自然に生きる多くの生物がそうであるように、食事の為以外の殺しは御法度であり、楽しみで殺すのは獣以下のケダモノである。と。


 もちろん。ダンジョンの魔物も基本的にすべて捨てずに素材変換や生産魔法を活用して余すことなく命を頂いている。


 これをリンにも教え、守らせているが、人の場合は?


 獣とは違う法則、道理で動く人間はどうすべきか?

 私達には心があり社会と道徳がある。自然界の様に単純には通らない。


「クロエっ!これ使いたいっ!今から今日の晩御飯の狩りに行こっ!」


 呑気にそんな事を言うリンに私はそうね、とだけ言ってどうしたものかと考え続けていた。


 

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