第55話 賊との関係性
自家製馬車のすぐそば、街道から少し逸れたそこで暫く休んでいると、リンが馬車に括り付けた半死半生の賊に視線をやる
「ところでクロエー?これなぁにー?顔を袋で隠してるしなんか死にかけじゃないコレ?」
「あぁ、それね。駆除対象の賊の一部よ。どこかに巣があると思うからこれから聞こうと思って」
だらんとするのはここいらにするか。
私は生産魔法で即席で作った椅子から立ち上がり、馬車に括った賊を下ろす。
「どーやって聞くの?」
リンが興味津々といった風に私の近くに寄ってきて腕に抱き着いてくる。
リンは聡い娘だからこれから行う事をなんとなく察しているはずなのだが・・・怖がったり忌避する事なく楽しそうに聞いてくる姿になんとも言えない気持ちになってしまう。
人間によって傷つけられた過去がそうさせているのか、他者の、人間の傷つく様を見て愉悦を感じる様な感性はお世辞にも良いとは言えないのだが、頭ごなしに否定するのも違う気がする。
ここはその感性はそのままに、そんな事するより私と遊んだり私といた方が楽しいし幸せだよ?とさり気なく誘導して忘れてもらうのがいいだろうか。
リンへの教育内容の試算はそのままに、私は下ろした賊をさっきまで私が座っていた椅子に両手両足をしっかりとロープで固定する。
「えっと、リン手伝って欲しい事、というかこれからやる事には貴女の魔法が無ければ出来ない事なの、お願いしてもいい?」
「え、なになにー?」
嬉しそうに顔を輝かせてなんでもやっちゃうよー!と張り切るリンを連れて賊の前に立つ。
だが、袋を取り賊の顔を見た瞬間、リンの態度は私でも一度だって見たこと無いモノへと変わってしまった。
「リン、貴女にやってもらいたい事は――リン?リンッ!?」
賊の顔を確認したリンは迷うことなく私が作ってあげた銃を賊の顔面に正確に向けたままトリガーを引いた。
いかん!このままでは貴重な情報源が死ぬ!
私は咄嗟リンの前に踊り出て、つんざくその慟哭と弾丸の衝撃とを受ける。
リリエルはそれを聞くのは初めてだったからか、短い悲鳴を上げて地面に蹲ってしまった。
時間にすればほんの数秒にも満たない、生産魔法で作ったあのサブマシンガンは考えなしにフルで撃てば長くは保たない。
胴体に寸分違わず吸い込まれた弾丸は生産魔法で作られたモノだ。
コストの関係上や銃としての機構を真似ただけのなんちゃって銃モドキな事もあり石を生産魔法で強化しただけの物だがそれでも威力は大なり、人を殺すには十分だが人形を殺すには不十分、木製の体からは幾つも木片が舞いリンの綺麗な顔にいくつかは突き刺さってしまった。
ああ、せっかく毎日綺麗に手入れしていたのに、可愛いリンの顔に傷が着いてしまっている。
「・・・っ!クロエぇ!そこどいてっ!」
私を攻撃してしまった事と、理由は分からないが捉えた賊を殺し損ねた事、その他様々な感情が混ざった表情で私に退くように要求する。
リンは引き金を引いても弾が出ないと分かると、私から視線を外すことなく非常に滑らかに円盤の様な形のドラムマガジンを交換した。
「いいえ、コイツからは賊の残りの場所を聞かなければいけないの。だから殺しはしないわ、死を望む程に苦しめはするけれどね」
「いやっ!殺したいっ!ソイツは、ソイツはあたしを・・・」
銃口に手を伸ばして掴み、そのままリンを引き寄せて抱きしめる。
最初はもがもがと抵抗していたがやがて大人しくなり、固く銃を握りしめていた手は弛緩しついには完全に銃を手放す。
「落ち着いた?」
返事は無かったが私の腕の中で小さく頷くのが見える。
「原因は・・・あいつね。貴女がそこまで憎くて、殺したい相手・・・」
私の発言に私を抱きしめる力が強くなる。
「リン、あれは貴女が元いた村の人間ね?」
めしり、と人形の体が悲鳴を上げる。
それはもはや悪夢やトラウマから現実逃避するようにそうしているようで、私は椅子に縛られて意識を失っている賊に視線を投げる。
正直に言えば、リンの怒りの原因を知った今あの賊を私も殺してやりたくて堪らない。
だがそれでは駄目なのだ、簡単に人を殺めれば今回私によって殺された賊の様に、何処かの人間が私達を殺しに来るだろう。
そうして無様で醜い屍が晒されるのだ、あの街道で私がしたように・・・。
最悪を言えば私以外を大切に思えなくてもまぁいいのだ。
人間の命を奪うという行為のリスクと厄介さだけでも学んでくれれば。
「リン、殺しは駄目だけれど、とっても苦しめれる方法あるのだけれど、やりたくない?」
とりあえず今はリンのメンタルケアを優先だがね。
この賊を利用させて貰おう。賊は全員同じ村の出身だと言うし、内々での結束は強いのだろうから。
「んんぅっ・・・ぐぅっ!っはっ!なっ、んだこれっ、おいテメェっ!これを解きやがれっ!」
諸々の準備を整えたのと縛り付けた賊が目を覚ますのは大体同時期であった。
口の悪さはやはり恫喝の類もしている関係か、やはり賊か。
「お話の前に一つだけ確認しましょうか。あの娘に見覚えは?」
私は賊から見て左側に立ち、正面に立ったリンを指す。
「あぁっ!?・・・はっ、何かと思えばケガレモノじゃないのさっ!おいっ、ケガレ!この縄解きやがれっ!」
賊はリンを見た瞬間偉そうな態度でリンに命令する。
リンはあの村にいた時からずっとこの調子で命令されてきたのか。
リンは賊の縄を解くべく脚を動かしてしまう。
条件反射レベルにまで刷り込まれた記憶が意識とは反して勝手に動いてしまっているのだろう。
「そうだっ!こっちに来っ――「黙れ」」
賊の指を切り落とし、その発言を遮る。
汚い悲鳴を上げたのでついでに空いている大口を下からすくい上げる様にして無理矢理閉じさせる。
途中で舌を噛んでしまったようで曇った五月蝿く無い呻き声が今度は出る。
「リン」
「あぅっ、く、くろえぇ・・・」
私を呼ぶ声にすら覇気は無く、泣きそうな表情で私を見つめる。
「あ、あの・・・失礼しますね?」
と、先程まで事の成り行きを見ているだけだったリリエルがリンの手をそっと取って心臓の方へと持っていく。
「り、リリエルも昔差別されたり迫害されたりして、辛くて頭が割れそうな時があって・・・、それで、こうすると落ち着くんです。だから、その」
不器用に、纏まり無くそう告げるリリエルに最初こそ面食らったリンだったが、こちらを気遣う気持ちだけは伝わったのか幾分か和らいだ表情になった。
私はリリエルに続くようにリンの頬に両手を添えて彼女の視界に私以外映らない程に接近する。
「リン、大丈夫よ。もう昔みたいに独りじゃないわ。私がいる。貴女だけを愛し、貴女だけにすべてを捧げる貴女だけの私が」
リリエルはそっとリンの手を離して、羨ましそうな表情で私達を見てから少し後ろに下がる。
「クロエ、ありがと。もう大丈夫・・・、その、リリエル?もありがと」
「大丈夫です、その、リリエル達の境遇はきっと似ているので、気持ちは分かりますし・・・」
「他者を思い遣る事が出来るのは良い事よ、リリエルは優しいのね。以外だわ」
虐げられたものはいずれどこかが歪んでいる事が多い。
そんな中他者を思い遣る気持ちを忘れていないのは貴重だ。
「以外って、本当にクロエさんは包み隠す事をしないですね」
「ごめんなさいね、リン以外は切り捨てるし、特に気にしないと決めているの。全員を救える程私、万能では無いので」
「いいですね、リンさんは。羨ましい」
リリエルの発言を聞いて咄嗟に私を庇うようにして抱きしめるリンを見た彼女は、寂しそうに笑って「別に取りませんよ」と言ってそっぽ向いてしまった。
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