第56話 精算

「さて、うるさい口はとりあえず一時的にだけど黙ったし・・・リン!復讐の時よ、私かやり方を教えるからこっちに来て?」


 リンの手をとって椅子に縛り付けた賊の前まで誘導する。

 ぴったりと密着した為かリンの鼓動をはっきりと感じる。その鼓動は早く、不安という感情は体温を通じて私に流れてくるようだった。


 これから行う事に一応目的はある。

 賊の本拠点、そこの特定。


 だがそれは一割程度の物だ。

 これから行う事は拷問、それも目的がほぼ無いと言ってもいい。

 リンの過去の精算、自身を傷つけ、命令し、尊厳を陵辱する存在などもはやいないのだと心で理解する為に必要な作業だ。


「復讐は何も産まないと言うけれど、とんでもないわ。スッキリするし、ざまぁみろって気持ちで溢れて最高の気分になれるじゃない?」


「く、クロエ・・・?」


「そんな事誰も望んでいないなんて綺麗事を言うヤツもいるわ。でもね、今回に限って言えば私が望んでいるから気にしなくてもいいのよ?貴女がコレに復讐をして、苦しめて、貴女に酷い事をするヤツがもうこの世にいないって確信して欲しいの」


「クロエぇ、ちょっと怖いよ・・・?」


 あら、いけないわ。私とした事が。

 どうやら本人よりやる気になっちゃってたみたい。


「あら、ごめんなさいね。リンに酷い事したヤツだってわかったら許せなくて、貴女と同じくらい私も怒ってるの」


「あ、うん。その、そんなに怒ってるクロエ初めて見たからちょっとびっくりしただけだよ?あたしの為に怒ってくれてうれしい」


 当たり前じゃない、と返してから私は縛り付けられている賊ごと椅子を後ろに倒す。


 仰向けで、抵抗出来ず。これからどんな事でも出来てしまう賊の完成だ。


 私は賊の顔に普段使っている生産魔法製品のタオルを被せる。


「さて、準備は整ったわ。リン、水魔法でたくさんお水を出してあげなさい?それだけでコイツは息が出来なくて窒息するわ。いい感じになったら私がタオルをどけるから」


「?それだけでいいの?」


「ええ、この状態で水が肺に入るとね、体がびっくりして空気を全部出しちゃうの、その状態で水が入れば陸の上で溺れる感覚を味わえるのよ」


 さ、と促してあげればリンはこれから自分の手で自分を苦しめた相手を好きに出来る興奮を隠せないわくわくとした表情で倒れた賊の口あたりに手を添える。


 そうしていつものように水魔法を使うべくMPを使えば、リンの掌から最初は滲むように、けれど段々と勢いを増し、蛇口を全開に開いたように水が絶え間なく湧き出して来た。


 賊はその間も醜く開放しろ、だとかリンに向かってケガレモノが!命令を聞け!と喚いていた。


 だがそれもリンが水を肺を満たしそれでもなお溢れる程に恵んでやれば、ごぽり、と濁った咳き込むような痙攣するような反応だけが返ってきた。


「っ!ふふ、ふふふ。これ、楽しいねっ!」


 じわじわと実感がこみ上げて来たのか、緊張していた表示は今や完全に無くなり、リンは笑顔で水を放出し続けていた。


「あぁ、ちょっと楽しいのは分かるけれどそんなに強く蹴ったら死ぬわよ?長く使いたいんだったらある程度大事にしなきゃ」


 そろそろ頃合いか。


 リンに水魔法を止めるよう指示し、賊の顔からタオルを取り、椅子を立てる。

 激しく咳き込み、わずかに汚物が混じった唾液が口の端から垂れる。


 掠れ、十分に肺に酸素を取り込めぬまま賊は私達に吠える。


「巫山戯んなっ!てめぇら、こんな事しやがってタダで――」


 反抗の意思がまだあると判断した私は即座に椅子を蹴って倒し、タオルをそっと添える。


「どうぞ?リン」


 とだけ言ってあげればリンは待ってました、やっと出番だ。と実に嬉しそうに水魔法の使用を再開した。


 自分の持っている魔法で、力で、過去苦しめてきた相手へ復讐する。

 これがリンの心を癒やしてくれるといいのだが。


 これで私が代わりにやってしまえばリンの復讐の機会が減ってしまう。

 なによりこんなに楽しそうなリンが見られなくなったかもしれないと思うと、私が拷問しなくて良かったと心底思う。


 それからは水責めと、小休止のサイクルを数回繰り返し、その回数がそろそろ二桁を迎えようとした頃。


 賊の口から反抗的ないつもの口調ではなく、許し、懇願する言葉が漏れた。


「もう……やめてくれぇ。頼む……」


「……」


 椅子を蹴り倒し、タオルを被せる。


 もう一度だけ水責めを行い、完全に心を折り、椅子を戻す。


 私は努めてガラが悪く、交渉も懇願も無駄だと思わせる演技をしつつ賊に問い詰める。

 ええと、昔見た映画のチンピラが確かこんな感じで……。


「おい、いいかぁ?聞きてぇ事は一つだ、嘘は無しだ」


 文化的な生活とは程遠く、略奪に明け暮れていたのか荒れ果てた髪を乱雑に掴んで無理矢理リンと視線が合うようにさせる。


「さ、リン?尋問もやってみないかしら?楽しいわよ?」


 命令する視点、そういうのも含めて過去にやられたであろう事すべてをそのまんま返してやる。

 賊からしたら悔しいだろうなぁ、ケガレだと言っていた存在から見下されるのは。


「命令する側ってとっても気持ちいいわよ?自分の掌に相手の命があるの。貴女が過去にやられた事よ。遠慮なくやってしまいなさい」


「分かったっ!えーっと、何を聞けばいいんだっけ?」


 段々と興奮してきているのか、口から漏れる様にしてふーっ、ふーっ、という息遣いが聞こえる。

 きっとリンの脳内は今楽しい事になっているだろう。


 復讐の快感に酔っているのか、少し煽りすぎたかしら?


「もう、ちゃんと覚えててほしいわ。賊の拠点の場所よ」


「あ、そうだった。オマエらどこに住んでるの?」


 心も折れているとあってか賊は最初こそ仲間を、村の仲間を売れるかといっていたが椅子が僅かに後ろに倒れただけであっさりと吐いた。


 



「お疲れ様〜、賊の本拠地もわかったしちょっと休んだら行きましょうか」


 生産魔法で作った簡易休憩所で私とリリエルの二人で並んでこのあとの予定を話す。


「えっと、はい。リリエルもご一緒して大丈夫なのですか?」


「ええ、もちろんよ。リンが許したのだから私としては異論は無いわ」


「その、リンさんはまだ?」


「ええ」


 リンはこの場にいない。


 正確な表現をすれば近くにはいるのだが、まだあの賊で遊んでいる。

 殺しだけはだめよ、とだけ伝えてあるので大丈夫だとは思うが、延々と目的も無く拷問を受ける賊と嬉々として水責めを続けるリンによくやるわーと思う。


「クロエさんは本当にリンさんが好きなんですね」


「ずっと一緒にいる内に好きになってね。今ではこの世界で最も大切な存在よ」


「そう……ですか」


「あぁ、そうそう。これは私からのお願いなのだけれどね?リンと出来れば仲良くしてあげて欲しいの」


 私の発言に俯いていたリリエルは少しびっくりして顔を上げる。


「あの子には同じ年齢の友達がいるべきだわ。だから気に掛けて上げてほしいの、リンと仲良くなればあの子から一緒にいたいと言ってくれるかもしれないわよ?」


 そうしたら一人で生きる必要も無いし、そちらにとっても悪い話じゃないわよ、と続け提案する。


「そうしたら……リリエルも愛してくれますか?リンさんみたいに、大切に思ってくれますか?」


「……羨ましいの?私と、リンが」


「リリエルは混ざり者です。誰にも愛された事なんてないです。母は私を汚らしい存在の血が入っていると言って殴りつけてばかりでした」


 それからリリエルの身の上話を纏めれば、なんともまぁ、な話のオンパレードであった。


 父親が人間で、母がドライアド、と呼ばれる自然と樹木と共に生きると言われている亜人種らしい。

 人間に杭で太ももを深く突き刺し固定され、無理矢理に犯されて孕んだのがリリエルだという。


 流れる赤と白の液体に塗れ、人間の街で監禁され終いまで故郷の地を踏むこと無く母はリリエルと強姦魔であり父である人間を恨み、憎みながら死んでいったという。


 戦争で街が破壊された際、混乱に紛れるようにして逃げたはいいが、力も学も無いリリエルは流される様に無力に生きて、そして私達と出会ったらしい。


「リリエルは……、リンさんとクロエさんの姿を見てひどく心が荒れました。誰でもいいから愛して欲しい。リリエルを見てほしい、と」

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