第73話 ステータスカード
「そういえばリリエル自身のステータスのカードは持っていない、でいいのよね?」
「はい、リリエルのは無いです」
今更も今更だが、このステータスが記載されているカードはどういったものなのだろうか。
リリエルの発言からして、どこかで貰えるものなのだろうか?
私の場合はこの世界へと飛ばされた時にポケットに入っていたが、これは参考にはならないと見ていいはず。
言うまでも無く私はこの世界では異物であり不穏分子に他ならない。
あらゆる法則やこの世界の既存の種族や常識に正面から助走を付けた上で草葉の付いた糞を投げつけているのが私という意思人形なのだから。
「ねえ、このステータスカードってみんな持ってるのよね、普通なら」
「ん?んー……人形ってそこも違うの?」
いまいち分からないリンの返答に私は首を傾げる。
「えっとね、普通なら歳を取ると体の内側から生えてくるんだよ」
「体の内側ですって?」
思わずオウム返しに聞いてしまう。
うん、と何でもないように答えたリンは自身のお腹、へそのちょっと下のあたりを指し
「あたしの時はここから生えてきたんだよ」
と言う。
「痛くなかったの?」
リンと視線を合わせる様にしゃがんで彼女の小さな両手を取る。
「もちろん痛かったよ、けどすぐ治ったし大丈夫。でも村の人間たちはあたし以外の人間の子供にそれが起きた時は喜んでたよ?へんなの」
リンとお風呂に入っていた時に体のどこも傷痕の類も無く、美しく健康な体なのは勿論知っている。
私が見逃すはずがないのだ、しっかりと健康と美容に気を使った現代知識を織り交ぜた生活に抜かりはないのだから。
だがそれでも心配で一応聞いたが、問題無かったようで良かった。
「ならいいのだけれど……」
「心配しすぎだよクロエ。人間とか亜人関係無くみんなそうやってカード持ってるんだよ?まあ盗まれたりしたらそれでおしまいだけど」
手を胸に当てて一息つく。
それにしても、現代の価値からすれば少々絵面がよろしく無い方法でのステータスカードの入手じゃないかしら?
一定の歳を取ると体の内側から生えてくる……歯みたいなものかしら。
言い方を変えれば成人になった証とか転換期だとか、幼年期の一つの区切りとして現地の人間が捉えているのならそれは確かに目出度いのかもしれないけれど……。
「リリエル、貴女もそんな風に?」
「あ、はい。リリエルの場合はここでした」
そういってリリエルは左脇の下あたりを指す。
「痛かったの?」
リリエルの指した箇所に手をそっと添えて聞く。
僅かだがそこには確かに縦に伸びる傷痕の様な物がある。
恐らくここから出たのか、痕になってしまっている所をみると、私にはとてもじゃないが目出度い出来事には思えない。
「んんぅ、くすぐったいですクロエさん」
慎重に触ったのが逆効果だったのか、身をよじって逃げる。
ごめんなさいね、と一言謝る。
「それで、リリエルのカードは盗まれたとか?」
「あ、いえ。売ったんです」
どういう事かと問えば、リリエルは目線を外して続ける。
曰く、生きる為の資金の為にそうしたと。
ステータスカードとは生涯で一つ、一定の時期になると体から生える。
つまり生産数の限られた品と言える。
何らかの理由により無くせばそれまでであり、需要は高いのだとか。
犯罪者や前科持ちの中で、投獄や拘留経験のあるものの大半はその際、自分のカードを押収されている。
そういった後ろ暗い劣等種どもにカードは密かに売買されるのだとか。
リリエルもそうした裏側のうち、カードの密売人に自身のカードを売りつけたらしい。
「よく無事だったわね?」
「運が良かっただけですね。リリエルは女ですから、もしかしたら生産所に連れて行かれてもおかしくなかったかもです」
生産所、というワードに一瞬反応しそうになるが、やめておいた。
今の話の流れで出てくる生産所など、想像するのは容易でしかない。
どうせ孕ませて産ませて、子供がステータスカードを吐き出す期間まで管理して、出てきたら廃棄するとかだろう。
「随分と詳しいのね」
「綺麗事で生きれるならそうしたいですけど、リリエルはこんなですから。クロエさんと家族になるまでに色んな事をしてきましたから」
「なるほどね。じゃあ自分の能力も確認はしていないのね」
「はい、混ざっているリリエルの能力なんて、って思って……」
リリエルの言葉を受けて私はポケットに入れていたステータスカードを取り出す。
「それじゃっ、実際に確認してみましょうか。案外、そんな事はないかもしれないわよ?」
リリエルと一緒にカードを覗き込むような立ち位置になってリリエルにカードを持つように促す。
リリエルはそれに特に気負う事もなくカードを取る。
最初から諦めているのかしら、自分なんてどうせって。
私はそんな事は無いと思ってるのだけれどね……。
要は混血って違う種族の特徴を二つも貰えるって事じゃない?
まぁもちろん、悪い部分を引き継ぐ可能性もあるけれど……。
亜人としての特徴、今回の場合ならドライアドとてしの特徴……つまるところ植物や自然関連の魔法や特性がステータスに出ているかもしれないし。
人間の特徴は、あー……人間って何がいいのかしら。
弱い癖に群れる所?短命な所?
いえ、人間の特徴について考えるのはやめましょう。
ドライアドとしての特徴である自分だけの半身たる樹を持たずに自由に活動出来るという点を引き継いでいると考えれば、まぁそれでよいだろう。
果たして浮かび上がったリリエルのステータスは一部を除いて見慣れた物だった。
レベルは七で、リンと同じく上がり幅が均一では無い。
MPの上がり方が一つ上がるごとに二十上がっており、リンとは逆のステータスの偏りとなっていた。
「んぅ?これなぁに。植物魔法……の、シュコン?」
「主根ね、ようは植物の根の内、まっすぐ下に伸びる根っこの事よ」
気になって私の反対側から覗き込んだリンからステータスの見慣れない部分を読み上げる。
植物魔法まではリンのステータスで知っていた。
今までもお世話になっているあれだ。
成長促進と品種改良、これによって様々な種をMPとイメージの強固さという制約こそつくもののある程度自由に野菜や種を作れる。
だがこれは?
主根とはなにか。どう運用されるものなのか気になってしまう。
私はリリエルにこの魔法を試して欲しくて、視線をやる。
その本人、私とリンに挟まれる形となったリリエルは大きく眼を開き、まだ傷が目立つ絹糸もかくやという程に細い指を口に当てて固まってしまっていた。
「うそ……リリエルみたいな混ざりモノにも魔法が?」
ほんとに……?と信じられないようで繰り返すリリエルの肩に手を置いて
「ほら、言ったじゃない。リリエルみたいな良い子に魔法が無いなんてあり得ないのよ」
「で、でもリリエルの眼はっ……!眼の色はっ!」
リリエル自身が語ってくれた、眼の色と扱える魔法は相関関係にあり、程度の差こそあれどそれは瞳の色に表れるという話か……。
ふむ、憶測になるが。眼は父親、つまりリリエルの母親を無理矢理に犯し、孕ませた人間側の遺伝が強く表れてしまったのだろう。
神から見放されたという、祝福無き黒い瞳として。
「……程度の差があるって、リリエルは言ったわよね?なら貴女が混血である事が災いして瞳に全く色がつかなかったのかもしれないわ」
「ま、また混ざったこの人間の血が……?またリリエルの幸せを邪魔するこの血が」
リリエルが自身の腕、その中ほどに見える血管を泣きそうな、あるいは忌まわしいモノを見るような表情で眺める。
うちの子達はほんと、人間嫌いが多いわ。
きちんとした理由も、過去もあるから仕方ないけれど。
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