第25話 新武器のお味は?

 リンの言うとおり確かにこれはうひゃー、だ。


「これ使って今日の晩御飯取りにいこーよっ!あたし、兎食べたいっ!」


 興奮気味のリンの相手をしつつこの弓の運用を考える。

 遠距離で後衛に徹するのはいいが、そうなると問題は誤射の可能性だ。


 威力が高いと言う事はそれだけ誤射した時取り返しのつかない事となる。

 私はその辺をしっかりと今回の狩りで連携を高める必要があると感じ、リンにそれを伝える。


「いい?私が後ろからこの弓を撃つときは必ず動かないで欲しいの。撃つときは撃つ、と必ず宣言するから。もし当たったら大事よ、これ」


 それを聞いたリンはその場面を想像したのか、試射した木に視線をやる。


「うへぇ、確かに真っ二つはやだもんねえー・・・。分かった、ちゃんと言う事きくね」


 返事を聞いた私は近場の森へと二人で向かうべく馬車に乗りこむ。


 MPを使い馬車を走らせる事数時間、創世樹街からほどよく離れた馬車の森まで、私達は来ていた。


 時刻は昼間だが森の中は枝に遮られて明かりはたいして届かず、昼でなければ完全な闇が広がっているのではと確信させるほどのものだ。


 森の側に馬車を止め、二人して馬車から降りる。


 今までは前衛と遊撃の私、前衛と防御のリンというバランスの悪い構成だったが今は後衛の私と前衛のリンと形だけを見ればバランスが取れた構成で森へと足を進める。


「足場はツリーハウスのあった帰れずの森に比べればまだマシね」


 私のぼやきに反応してリンも感想をこぼす。


「たしかにねー、あそこ段差がたくさんあったり草があたしの首くらいまであったり視界がめちゃくちゃ悪かったからねー」


 良くも悪くも植物と動物の食物バランスが植物寄りだったのかもしれない。

 食虫植物の類もあの森ではよくら見られたし、道と呼べるものは無く景色が全く変わらず目印に出来るものが無い。


 それに比べてここの森は視界こそ暗いが地面が平坦というだけで見通しがよく奇襲を警戒する必要がぐっと下がる。


 そんな探索に優しい森を歩き続けてようやく、今晩の夕食に足る魔物を発見した。


「おっきいー、それに正面岩で覆われててかたそー。クロエー、これどーするー?」


 二足歩行で歩く亀に似たそれは、リンが先程言ったように正面を分厚い岩が覆った手の無い魔物だった。


 体高は190cm近い私の身長をギリギリ越すほどで、背後はそこそこ厚い皮のみで守られているようだった。

 私が試しに回り込もうとすると下がって距離を取りつつ私とリンを正面に相手取れるように立ち回る。


 ・・・正面から撃ち抜けるか試してみるか?


「リン、ちょっとあの子の目を潰してくれない?」


「分かったっ!その後弓で撃ち抜いてみるんだね?」


 リンは私が撃つから動かないで欲しいと言う前に先んじて言いたい事を察してくれる。

 私にはもったいないくらいに察しが良くて良い子だ。


 亀は防御性能の高さ故か俊敏には動けないようで、こちらの出方を窺うようにして少し離れた位置に立っている。


 リンが少しだけ接近し、大盾からまばゆい発光が一度。


 だが亀はリンが接近してきた時点で首を縮め岩の中に頭を隠してしまい閃光による封じ込めは失敗に終わる。


「んぅー、なまいきっ!クロエ、もういいから弓でやっちゃわない?動き遅いから目潰ししなくてもいいよ多分」


 念には念を入れての行動だったがリンの言う事も最もだ。


「分かったわ。リン、撃つから少し離れていてちょうだい」


 この弓の特徴として引き切ると抵抗が軽くなるというのがあるので、亀と接敵してから今までずっと撃てる状態で保持していた。

 後は狙いを定めて放つだけとなった弓を構え、リンに一応警告しておく。


 ぼっ!と特徴的な音共に矢が放たれ三本の右腕から衝撃が伝わる。


 岩と矢が激突するその音はさながら車同士がぶつかるような歪な音で、思わず顔を顰めてしまう。


 矢は半ばまで貫通したようで亀の苦悶の声があたりにこだまする。


「あっ!逃げたっ!」


 流石に野生を生きるだけあってか機を見るに敏なようで、最後の力かあるいは火事場のなんとやらかその巨体に見合わぬ速度で撤退を始める。


 私はさっきまで亀がいた場所の地面をしゃかんで観察する。


「血が出ているってことは肉まで一応届いているのね。良かったわ。体の大半が岩で身が少ないかもと心配したけれど、そこまで岩は分厚くないみたい」


「クロエっ!そんなのいいじゃんっ!はやくあいつシメて晩御飯にしよっ!」


 察しが良くて賢いはずなのだが、リンは考えるよりも動いた方がいいと考えるようで私を急かして点々と続く血痕を追う。


 置いていかれないようにその後を追い掛ける。

 

 巨体に見合わぬ速度、と言えどその速度はたかが知れており、暫く平坦な森を追いかけっ子するうちに体力が尽きたのかこちらに向き直りぎゅっと体を縮こまる亀。


 流れた血があたりに飛び散り、周囲は独特の血の匂いと亀の尽きかけの荒い最後の息遣いだけが聞こえる。

 このまま時間を掛けてしまうと肉の状態が落ちてしまう。右肩の三本の腕が弦を引き絞る。


「リン、とどめを刺すわ、だから――」


「ねえねえっ!私もそれ引いてみたいっ!」


 いざとどめを刺そうとした時リンから急にそう言われる。


「ええっと・・・、もちろんそれはいいのだけれど・・・。引けるのかしら?」


 人形の体、三本の腕、レベル9の身体能力で引いているこの弓を、獣人の膂力が凄まじいとは言え引けるとは思い難くそう返してしまう。


 リンは心外だ、と言わんばかりに自身の大盾をぶんぶん振ってアピールする。


「あたしいつもこんなの振り回してるんだよっ!クロエの細腕で引けるなら大丈夫だもんっ!」


 細腕て・・・、いや太いよりは見た目は綺麗だからそれはいいのだが、リンから見ても細いか、この腕。


 弓は大きいので支えだけしてあげてリンに引いてごらん?と促す。


 リンがやったー!と勇んで弦を引きにかかる。

 が、半分ほどを過ぎたあたりで引く腕は止まり、プルプルとリンの腕が震える。


「ふふっ」


 ぷるぷると弾む二の腕に思わず笑ってしまう。

 咄嗟に片手で口元を覆って隠すが遅かったようで、リンから睨まれてしまう。


 いやまあ、私とて三本の腕を使って苦労して引ける張力の物を半分とはいえ引けるという点でさすが獣人という所なのだが。


 あるいはリンの種族故、か?

 異世界ものだと獣人と一口に言っても、猫ベースの、狼ベースの、と様々に枝分かれしているものだと思う。

 となるとリンの種族は・・・?確かに耳は着いている、尻尾も。だがそれがなんの生物をモチーフとした物なのか判然としない。


「くろえぇー・・・、もうむりー!」


 ちょっと思考が逸れていた間にリンは力の限界が来たようで半分引いた状態を保持するのもきつくなっていた。


「はいはい、今度またリン用の遠距離武器も作ってあげましょうね」


 リンから弓を返してもらい再度弦を引いていく。

 滑車が弦を巻き取り、番えた矢の照準が虫の息の亀に合わさる。


 いよいよくたばる寸前なのか、喘息の時のような呼吸のなりそこないのような音の呼吸をしながらもこちらを睨む事だけはやめない。


「亀ってどんな味がするのかな?クロエ」


「さあ?食べてみてのお楽しみね」


 そう言って最後の一射を放つ。


 死にかけという事もあり対して苦労せずに一度目に撃った場所に撃ち込み、なるべくそこ以外の損傷無く亀の様な魔物の死体を得られた。


「その音だけはまだ慣れないねー、すっごいおと」


「これからの私の主武装なんだから慣れてもらわないと困るわ」


 生産魔法をかけるべく亀の死体に近づきながら今回の成果と新武器の性能検証について話し合う。


 結論は音がうるさいが威力は充分以上、だ。

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