第26話 チェスと逃げの一手
生産魔法で亀の死骸から肉とそれ以外のあれやこれやを選り分けていると、リンが何かに気付いたと言わんばかりの声を上げる。
そして私に
「ねえねえっ!ステータスカード見せてよクロエっ!」
「・・・?いいけれど、はい」
ポケットからステータスカードを取り出してリンに渡し、気になるので私もリンのステータスを一緒に見る。
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リン Lv8
種族 獣人
HP:260/260
MP:180/180
技能:水魔法(初級) 植物魔法(中級、品種改良、成長促進)
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ダンジョンでの戦闘と先程の亀との狩りで経験値の様なものが溜まりきったのかレベルが一つだけ上がっていた。
「やった!これでまた力が上がったねっ!」
「あぁ、何かと思ったらそういう事?確かにレベルが上がれば身体能力が上がるけど・・・、一つだけなら誤差よ?」
誤差でもいいのっ!と上昇した事自体を喜ぶリンに生産魔法で選り分けた亀の肉を持ってもらう。
生産魔法の効果範囲が広すぎる気もしなくもないが、死骸を素材として肉を生産している・・・、と言えなくも無いか?と無理矢理に自分を納得させリンに持たせた以外の使えるかも知れない部位を持ち運ぶ。
「人形の体ってこういう時に便利だよね、そうやってたくさんの腕でいろんなもの運べるし」
右腕の一本の腕で弓を、残った二本と左腕の一本で選り分け終わった部位を運ぶ私を羨ましがるリン。
持つだけ、全部同じ動きをするだけ、などであれば負荷はそこまで掛からない為軽い頭痛で済んでいるが、そこまで良いものでもない。
だが人形の体で無いリンに対してそんな現実的かつ夢の無い事を教える必要は感じず、私はリンに、
「いいでしょ〜?やろうと思えば直接体におっきい入れ物生やしてもいいしねー見た目さえ気にしなければ〜」
とおどけて言ってみせる。
「うーずるいなぁ、あたしもこんな生きてる体よりもクロエと同じ種族に生まれたかったなぁ・・・」
「ふふ、でも私はリンの生身の体も良いと思うわよ?食事は幸せの元よ」
当たり障りのない会話をしながらもリンの会話から生物に対する忌避感と無機物、無生物に対する憧れのような物を感じ少し不安になる。
そのうち手足だけでも人形のものに換装出来ないかな?とか言わないよね?
なんだか「無機物であるクロエはこんなに優しいのにヒトカスってほんと・・・。自分の体が有機物である事に嫌悪感抱くわ」とかにならないで欲しいのだけれど・・・。
森の入り口、馬車を止めたあたりまで戻ってきた私はリンの背中を見つめながら、私と自分自身だけでも好きになってもらうように彼女の為にしてあげれる事は無いかと思案する。
「クロエー、もうお昼んなっちゃったけどこれからどーしよー?」
呑気なリンの声で現実に戻され、私はなるべく楽しいこと、幸せな事で彼女を満たしてあげるか、と結論付けた。
子育て経験はおろか、対人関係ダメダメ元人間が思いつく事など、所詮はこの程度でしかない。
だが思いついたからには全力で遂行しようと思う。地球由来の娯楽はごまんとある。
それこそネットに頼らずともアナログで遊べるゲームだけでも多岐にわたるだろう。
「そうね・・・、リンさえよければちょっとした故郷のゲームをしない?」
そう誘ってみればリンはいつぞやに話したチェスの事を思い出したのか嬉しそうな表情になる。
「わーいっ!あたしゲームとかしたこと無いからたのしみー!」
馬車内に戻り一旦荷物を馬車の上、ちょっとした倉庫の様な場所に仕舞い込む。
チェスの材料だが、先程倒した亀の魔物が身につけていた岩を使おうと思っている。
大盾の素材に使おうと思っていたのだがそれでも余りそうだったので倉庫の圧迫を回避する意味も兼ねて生産魔法で造形していく。
作っていく最中、折角だからオリジナルの造形に出来ないかと思ってデザインを考えてみる。
最初に思いついたのがポーン、これはゴブリンでいいんじゃないか?
数も多く、動きも素人目線だが弱いポーンに最適なはずだ。プロが使えばポーンも強い駒なのかね?
そうして置き換えれそうな部分だけ異世界の魔物に置き換えたチェスが完成した。
「わあっ!ポーンがゴブリンになってるっ!ルークはリンが最初に戦ったイノシシ?すごーい!」
「他はちょっと思いつかなかったから普通の駒だけれど、そこはこれから二人で冒険していく内にその駒にぴったりな魔物もいるはずよ。それまで我慢ね」
完成したチェス盤を前にリンが感想を漏らし、それに応じながら馬車に設けられたテーブルに着く私。
私がおいでと手招きすればリンはL字のソファー故に完全な対面とはいかないがほぼ反対側に座る。
「それじゃあ、まあ。ルールを確認しながらゆっくりやっていきましょうか?」
緩い開戦の合図と共にゴブリンを象ったポーンの一つを進める。
戦局はほぼ互角だった。
やはりリンは地頭は良いのだ。教養は無いが知性、知能は高いという奴だ。
私が食事作法や常識の類を伝えられる範囲で伝えているので教養の方も最近は身につきつつあるが。
「こうやってのんびり考えるのも、いいねー」
ねー、と同意しながらイノシシをイメージしたルークを前へ進める。
「あのツリーハウスから出てそれから少しドタバタしていたものね」
「ほんとだよー、でもこうやってクロエがお休みしてくれてあたしうれしいなぁ」
盤面はリンのナイトが戦場を掻き回し私がその対応に追われている。といった感じだ。
しかし、やはり事を急ぎすたか。私自身そうならないように努めて「のんびりいこう」と口に出し宣言することで焦らないようにしていたが、どこか急いでしまっていたのかもしれない。
とういうより他者に対して悲観的な物の見方をしていたのかもしれない。
権力者に目を付けられるだの、なのだの。
まあだからといって方針を変えたりはしないが、要はそんな今日、明日にでも厄介事が起こるなど早々無いのだから心配のしすぎという話なのだ。
「クロエって色んな面白いものしってるよねー、クロエの故郷のニホン?ってこういうものでいっぱいなんでしょー?」
私のビショップをナイトで奪いながら質問してくる。
「ええ、まあ。そうね?」
「いいなー、いつかクロエの故郷につれてってよー」
何気ないリンの発言にルークを進める手が止まってしまう。
この場合、何と言えば・・・?
滅んでしまってもうないとでも言えばいいのだろうか、それは確かに簡単な事だが嘘をつく事になる。
だが本当の事を言って信じてもらえるだろうか?
「クロエ?どうしたの?」
「ん?んーん、そうねぇいつか帰れるといいわねぇ」
曖昧な発言で誤魔化す。いずれは話さないといけないのだろうがなんと説明するべきか分からないでいる。そも転生など荒唐無稽すぎでは・・・。
私はそれに関連して前から気になっていた事を話題を逸らす為にも遠回しに聞いてみる
「ところでリン?私がもし人間だったらリンは私の事を今でも信用していなかったのかしら?」
私は元とはいえ人間だ。リンの嫌いな、人間。
確かに人形の体に転生こそしているが心は人間の者だ。
それがリンを騙しているようで少し気になりいつか聞こうと思っていた。
「え?んー・・・どうだろ」
今度はリンのチェスを差す手が止まる。
腕組みして唸ること数十秒、リンはゆっくりと口を開く。
「多分だけど、最後には信じて今みたいになってるよ?人間だから多分長い間信用せずにいるとは思うけど、元々あたしクロエの美しさに一目惚れしちゃったからねー、変な事聞くねクロエ?」
「えっと・・・、ちょっと気になってね?」
元人間とカミングアウトした時に嫌われる可能性は減ったが心に罪悪感の様なものを更に背負った気がする。
事前に聞いておいて予防線やリスク管理する様な真似をしただけで結局元人間と打ち明けた時の予想がある程度立っただけで進展は無い。
「そのうち私がリンに隠している事も話すわ。でももう少しだけ内緒にさせて?臆病な私でごめんね?」
「ん?んー、分かった?」
曖昧な言い方を唐突にされあまり分かっていないリンはそう答えてから私の言葉の意味を考えていたがやがてチェスに思考を戻していった。
少しだけ妙な空気感になってしまったがリンが気にせず対戦に戻っているので私も無理に気持ちを切り替えてチェスに向き直る。
応用や柔軟な思考が得意な事と、昔から娯楽や遊戯を知っていて戦略を知っている私とで膠着状態が続く。
だがそんな状態も二、三手先まで進んだところで勝敗がついてしまう。すなわち、
「んぅ・・・、まいったわ」
私の負けだ。
思考はいつ打ち明けるべきか、に支配されていたのが良くなかったのだろう。
敗因は分かりきっている。
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