第9話 リンの初戦闘と結果
準備に時間が掛かったが、ようやく出発だ。
「どっちにいくの?」
「とりあえずはそうね・・・、私が昨日ゴブリンと戦闘した場所へ行きましょうか。他に手掛かりや行きたい所もないですし」
陣形、と呼べるほどの立派なものではないが先頭を私、少し離れてリンと続く。
逐一後方を振り返りリンが疲れていないか、緊張や不安がっていないかと確認する。
その度リンは律儀に自分の体調等を簡潔に報告してくれる。
それは私が人形故に疲労や空腹の概念が無いから気付かぬ内にリンに無茶をさせてしまうかもしれないからと事前に伝えておいたからというのもあるが。
そうやって二人で「これ村で育ててた作物に似てるかも?」「ちょっと舌で味を確認してみるわ」「えっ」などと植物の毒味を私がしたりそれに驚いたリンが死んじゃうよっ!と慌てたりなど楽しく探索を進める事数時間、魔物と遭遇した。
時刻は不明だが木々からかろうじて見える太陽の位置が真上のあたりなので昼頃と仮定。
視界は良好、足場に関しても比較的悪くはない。問題があるとするならば・・・。
「クロエ、大きいイノシシだね。どうしよう・・・」
ゴブリンと戦うものだとばかり思っていた。見通しが甘かったと言わざるを得ない。
目の前の猪は体高は優に2mは届く巨体に六本の足でその巨体を支え、今はその視線を私達に向けていた。
「リン、初戦は守りに徹して欲しいと言ったのを撤回させて頂戴。あなたの力が必要だわ。槍を盾の収納ラックに預けて全力で盾を構えて。私と二人で突進を受け止めて。後は私がやるわ」
獣人であるリンの膂力と私の力の二人で掛かれば恐らくはきっと止められる、はずだ。まあ最悪私が囮になればいい。
「・・・!うん!任せてっ!あたしがんばるっ!」
前言を撤回してしまって申し訳ないと考える私に反して、リンは自分が頼りにされている事実に奮起し盾を構える。
本当に大きな猪だ、あの巨体を支える為に足を二本も増やしたのだろうか?
巨大猪が大きな咆哮を上げこちらに突撃してくる。
「ク、クロエっ!」
先程は頑張ると言っていたがリンは初の戦闘なのだ。猪の突進を前に勇気よりも恐怖が湧き始めている。
「リン、大丈夫よ」
私はリンを落ち着かせる為になるべく落ち着いた声で声を掛ける。これはもうひと工夫必要か。
パイルバンカーを装備していない方の左腕を私は取りばすし生産魔法で杭のように変化させる。
杭となった左腕を盾の下部に装着させ深く地面に打ち付け盾と地面を硬く固定する。
これでも駄目ならいよいよだなぁ・・・。人形の体に汗などかくはずもない。だが私は自身の頬に汗が一筋流れているのではと錯覚してしまった。
ドォンッ!!
連想したのは太鼓などを近くで聞いた時、その凄まじさに心臓までをも揺さぶられていると勘違いするほどの轟音、それとなんら遜色の無い音を響かせ大盾と猪の巨体とがぶつかり合う。
・・・なんとか止まった。私はその事実に安堵する。
だが安心してもいられない。攻撃を受け止めただけで目の前の脅威は未だ健在だ。
完全に動きを止めた猪が再びの突進をする前に大盾の前に躍り出る。まだ殺せていない。
狙うは目、生き物である以上どうしても鍛えられない部分というのは存在するはずだ、地球の基準で物を言うのであれば。
突進は猪自身にも少なくない衝撃を与えたようで、まだ動けていない。
恐らくはあれほどまで硬く頑丈なものに突進した事が無かったのだろう。猪にとってはいつも通り獲物に突撃したと思ったら恐ろしく頑丈な岩だった。という所だろう。
ガワは頑丈でもその衝撃はある程度内部に伝わる。脳が揺れているのだろうか?
その隙をつき全力でパイルバンカーを目に突き刺す。
「ギィィっ!?ブオオオォっ!」
痛みに首をめちゃくちゃに振り回す猪に構わず私は突き刺したパイルバンカーを抉り込み、左右に振りたくる。
少しでも多く、突き刺したパイルバンカーの先端が目をやすやすと貫通しその奥の脳を破壊してくれるように。少しでも多くの傷を、少しでも・・・。
だが、そんな無茶な使い方をすれば流石にガタが来る。
メキャァッ!
「っ!くそっ、パイルバンカーが!ああくそ、また作りゃあいいんだろうがよぉ。気に入ってたんだぜそれ?」
裂けるようにして壊れたせいかパイルバンカーを装備していた右手も少しだけ破損してしまった。
そしてその衝撃に負け私も吹き飛ばされ近くの木に体を打ち付けらる。
「ぐぅっ!?・・・んの野郎ぉ、お?」
猪の様子がおかしい。恐らくは脳の重要などこかを損傷させたからか、意味不明な行動を取り出した。
猪はしばらく私達がいるわけでもない場所に突進したり転んだり、その場を暴れまわっていたがやがて足をガクガクと震わせて倒れた。
パイルバンカーを突き刺した片目から血がとめどなく流れ、あたりに独特の匂いが立ち込める。
周囲は酷い有様だ、猪があちらこちら暴れまわったおかげで木々は倒れ放題で地面も所々抉れている。暴れている最中も出血していた為あたりはあたかも殺人現場のような惨状だった。
戦闘にしてはほんの数十分なのだろうが、なんとも濃い数十分だった。
「クロエっ!大丈夫!?ひどい・・・ケガ?でいいのかなこれ・・・。大丈夫?」
「ええ、大丈夫よリン。ごめんなさい地面に突き刺した杭を持ってきてくれない?あれ私の左腕だから。」
リンは泣きそうな顔で「わかった」と言って生産魔法で杭にした腕を持ってきてくれた。
その後は破損した腕の修復や猪の死体を生産魔法で肉と皮に綺麗に分けたりなど、事後処理を一通り終える。
そうしてステータスの確認をしようとしたのだがリンがまだ初戦闘に感じた様々な感情の処理が自分の中で上手く出来ていないらしく、泣きそうな顔をしている。
「リン?」
「うぅ・・・ひっ、ぐぅ。なあに?クロエぇ」
「おいで?」
幼子のあやし方など知らぬ。特に初めての殺しを間接的とはいえしたあとのあやし方なんて地球で習わんかった。
なのでとりあえず私は両手を広げ彼女に大丈夫?ハグする?と人肌、いや人形肌で安心してもらおうとした。
リンは勢い良く私の体にぶつかりぎゅっと抱きしめてくる。獣人の力での全力ハグは・・・人形の体だし痛覚OFFにすればいいか。
「あたしぃ・・・怖かったよぉ。クロエが死んじゃうかもって、クロエの武器がこわれてあいつがずっと暴れまわっている間ずっとふあんでぇ、それでぇ・・・」
「うん、そうだね。怖かったね」
下手な慰めをすること数分、その間リンは抱きついたまま私の事をじっと見上げ、決して視線を外そうとしなかった。
異世界なら死や殺しは現代よりももっと近しいと思ったが案外そうでもないのだな。
どこそこの誰々が狩りから戻ってきてねぇ、とかこれ以上は飯が持たんから年寄り数人連れて村から出よう、とかわりかし必要だから辛くないわけでは無いがしなきゃならん。と割り切って生きてる印象だったが・・・。
リンの背中を優しく撫でながら異世界事情について思いを馳せる。もう少し現代感覚で気にしてあげるべきか?だがそれでは生きれるものも生きられんだろう。
まず間違いなくそれでは死ぬだろう。異世界が優しいわけが無い。
慣れの問題かね。これから先二人で生きるのであればある程度の力は必要だ。
リンの事を慰めながら今後の方針を修正していく。まあ色々と考えたが結局は楽しく生きれてたらそれで言うことは無しなのだが・・・。
ようやく落ち着いてきたのかリンは情けない所を見せた羞恥からか今度は私の抱擁の中で居心地悪そうに身じろぎする。腕に絡みつかせていた尻尾も今は離れている。
「えっと、クロエ?」
「なあに?」
「あの、ありがとう。あたし、もう大丈夫だから、そのぉ・・・」
「そっか、じゃあ次はステータスの確認一緒にしよっか。二人であれだけ頑張ったんだからLvも上がってるわきっと」
ハグを解きステータスカードを取り出し、リンと一緒に並んで確認する。
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クロエ Lv3
種族 意思人形
HP:120/120
MP:120/120
技能:生産魔法(初級、性能強化) 錬金(初級) 付与(初級)
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私のステータスはLvが上がったのと、生産魔法の欄が少し変化している。性能強化と来たか。要検討、検証が必要だな。
ずっと埃を被っている二つの技能に関してもなにかしらのアプローチをするべきだろう。出来る事は多いに越した事は無い。
まだ私の性能に関しての未知が多く、それが私をワクワクさせてくれる。一体なにが出来てくれると言うのか。
「クロエはすごいね、体もべんりで一人で生きるのにくろうしない。ちょっとずるい」
「あら?でも私は食事の楽しみが無いわ。味を舌で確認出来てもそこまでよ、喉がないもの。それに私からしたらあなたの植物魔法の方が羨ましいわ、それこそちょっとずるい、ってやつよ」
隣の芝生はなんとやらだ。拗ねたようなリンにそう伝えると「そ、そう?ふーん」と嬉しそうにはにかんで笑う。
褒められたくてわざとそう言ったのか?
リンくらいの歳であれば褒められて認められて自己を形成していくものだ。それが今まで無かったのだろう、その反動が来ているのか?
いずれにせよ可愛らしい事だ。これからは気付いてあげ、認め、やらせてみせるように意識しよう。
その為にまずやるべきことは彼女の先程の戦闘の結果の確認と、それがどんな結果であれうんと褒めてあげる事だろう。
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