第10話 良くない兆候と本心の吐露

「じゃあ、次はリンのステータスね。これを――」


 そう言ってステータスカードを渡そうとするのだが、当の本人の顔は強ばって緊張していた。


「リン?」


「えっ?な、なに。」


 私はリンの柔らかな髪を梳き


「大丈夫よ、あんなに頑張ったのだから。それにね?今回Lvが上がっていなくても次頑張ればいいじゃない?私がいつでも手伝ってあげるから」


 私の下手な慰めか、あるいは撫でられて落ち着いたのかどちらかは分からなかったがリンの顔からはいくらか緊張は見られなくなっていた。


 最初はただ現地の人間との情報交換が出来れば程度だったはずが、何故かは上手く説明出来ないがリンの事をそこそこに大事な存在だと思ってしまっている。

 これだけ一緒に行動していてなおかつ、相手がこんなにも素直でいい子なら当然と言えば当然なのだろうか。


「う、うん。分かった」


 私からステータスカードを受け取り、二人で確認する。


_______________________________


リン Lv2


種族 獣人


HP:120/120

MP:110/110


技能:水魔法(初級) 植物魔法(中級、品種改良、成長促進)


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 目を引いたのは体力が一度のLvの上昇で20上がっているという点だ。

 ・・・これは人間と獣人の差別や溝になるだろうなぁ。

 もしLvでのステータスの上がり方が一定なのだとしたら同じLvでも獣人の方が体力の面で優れているという事になるだろう。

 

 人間とは基本的に努力せず結果を求めたり自分にないものを妬み、僻むものだ。

 これが獣人の方が数が多いなら問題無いだろうが、獣人と人間の割合が人間側に傾いていた場合、数が多い方が色々と利点だ。

 世界の情勢や種族毎への風当たりなど、その利点は様々な場所で遺憾なく発揮される事だろう。


 これは・・・、面倒だな。だから人間は基本的に好きになれない。

 個人個人を見ればそうでも無いのだろうが数が集まればおかしな方向に向かって歩き出す。

 人間だった前世でも基本一人でいる方が落ち着いたものだ。どうにも気疲れしてしまう。


「・・・!クロエ!やった!Lvあがってるよ!」


 無邪気にLvが上がって喜ぶリンを見つめながら褒める傍ら私はこの世界の差別や偏見がどのようになっているか知る必要があるのだろうと思う。


「良かったわねリン。この調子で二人で頑張っていきましょう?とりあえずはこの猪を家に持って帰って今日は休みましょう。色々とあなたと話したい事もあるの」


 今猪は生産魔法で血抜きその他の処理を完璧に終えた肉とこれまた処理を終えた大きめの皮に別れている。

 骨ももしかしら魔物のものということで今使っている石製よりも優秀だった場合を考えて持って帰るつもりだ。



 大盾を横倒しにしてその上に各種素材を載せ即席荷台のようにして帰る道中、リンから今日はあれが楽しかった、さっきの戦闘のクロエがかっこよかったなど話題が尽きないリンの話しを聞く。

 大盾の下に履帯部分を移動させたので多少重いがそれでも移動は出来る。生産魔法の応用性の高さには感謝しかない。


 そんな中ふとあれほどまでに喋っていたリンの話し声が止む。どうしたのかとリンの方を見れば真剣な表情のリンがこちらを見ている。


「あのね、クロエ・・・。あたし村では人間にいじめられてばかりでひどい扱いだった、て言ったよね。でね、あたし人間なんて、ううんあたし以外のぜんぶなんてきらいだったの。クロエに会うまでは」


 脚を止めリンの言葉を聞く。


「クロエはいつも優しくしてくれよね。最初こそけいかいして扉ごしに攻撃して他にだれかいないか疑ったりしたけど・・・」


「うん」


「でも、それでもそれからはあたしの話を聞いてくれたし、あたしの事を認めて、褒めて、頼ってくれた。こんなことぜんぶ初めてであたし嬉しかったの。世界ぜんぶきらいだけど、クロエの事だけは大好きだよ、まだ知り合って二日だけどそう思うの。あたしに人としての生活を与えてくれてありがとっ」


 話すうちに今までのあれこれを思い出したのだろうか、唐突にそう言ったリンは暫くしてから恥ずかしくなったのか二人で引いていた荷台を勢い良く一人で押し始めた。

 私はその後をついて行きながら先程の言葉を思い出していた。


 もしかしなくてもこれ依存コースだよなぁ。というか多分だけど私が人形なのも一因だと思う。

 人間にいじめられ奴隷扱いされてきて、人カスこの野郎ってなってる所に人よりも人らしく優しい人外がいて、そいつに色々して貰った幼少期を持つ獣人とか人間差別主義まっしぐらだよなあ。

 

 これが私が種族が人ならまだリンはきっと心を開くどころか会話も最低限になっていたろうなぁ。

 まずい気もしなくもないが、うーん。


 彼女の受けた仕打ちを直接見ていた訳では無いが度々彼女から聞かされる話からしてそりゃ人が大嫌いになるだろうとは容易に想像出来る以上、安易に馬鹿のような顔して「人にも良いやついるんだよお」とか言えん。

 

 というか、私個人の感性から言わせてもらうとそれの何がいけない?という話だ。

 最悪表面上取り繕えれば内心でどう思ってようと自由だろうとは思う。


 私が問題視しているのは私さえいればいいという依存の始まりとも取れるリンの発言のほうが心配だ。


 私に依存するあまり私の意見には全肯定とかよろしくない。自分の意思を持って生きてくれると嬉しいのだが。

 別に二人だけで生きていくのは全然ありだとは思う。

 暫く考えた後、私はリンに忠告めいた言葉をかけるのみにした。


「リン」


「なぁに、クロエ?」


「あなたの過去を考えれば人を、私以外の全てを嫌っても仕方がない、それを否定するつもりはないわ。でもこれだけは覚えておいて、世界とは悲劇でしかないとは思わない事。現に私という希望とあなたは出会えた。そんな希望や喜びがこの世界にも少ないけれどあるという事を」


「・・・うん」


「それと、私は自分で考えれる人が好きよ。間違っている、悪いことだと思ったのならそれが例え好きな人でも止めれる意思を持った人がね」

 

 リンのオッドアイが私のオッドアイを覗く、短い付き合いだがこれは彼女が悩んだり考えているときの仕草なのだろうとなんとなく分かってきた。


「・・・クロエがそういうなら、分かった。がんばる」


 どちらもまだ幼く、そして酷い環境から逃げれたばかりのリンには難しい話だろう。

 だが今は頑張るという意思を見せてくれただけで私には十分だった。


 そこからは打って変わってお互い口数少なくツリーハウスまで戻ってきた。

 と言っても気まずい沈黙という訳では無かった。彼女が沈黙していた理由は恐らくだが私が言った言葉を自分なりに解釈しようとしている故なのだろう。


 難しい問題を解く苦学生のようなリンの表情を小さく笑い隣に立って荷台を押していった、


 ツリーハウスに荷物を運ぶ為のスロープを一時的ではあるが作ったりなど些事があったがやっと一息つける。


 時刻は夕方あたりで開け放した窓から入るオレンジ色の夕陽が眩しく家の中を照らす。


 二人で座れるようにソファーのように変えた元椅子に二人で座り少しだけ何もしない時間を楽しむ。


 リンはその間私の手を握ったり、握った手を自身の頬に持っていきスリスリとしたりこちらも自由に過ごしている。

 泣いて抱き付いたり、本心も吐露した事でふっきれたのかリンの振る舞いは気を許した猫のようでつい私も構いたくなってしまった。

 初戦闘という吊り橋効果もあったのだろうが、それでも私としてはリンが私に気を許してくれた事を嬉しく思う。


 そんな時間を暫く堪能した後、私はリンに一つだけ決めておこうと思っていた事を話す。


「ねえ、リン?」


「なあに?クロエ」


 名前を呼ばれた事がそんなに嬉しかったのか、青と緑の綺麗な瞳がこちらを見つめる。


「私たちこれからどうしよっか」

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