第13話 文化水準はどのあたり

 いつも通り無事に家に辿り着く。


 そこにはいつもと変わり無いツリーハウスと最近色が付き始めそろそろ収穫出来るピューロスと言う地球の麦にあたる植物。


 リンは尻尾が千切れんばかりに振りながら私に尋ねる。


「そろそろこれ収穫しちゃっていいんだよね!楽しみだなあ」


 小麦色、という表現があるがなるほどと実感をもって理解した。

 美しい金色に、異世界特有なのだろうか淡く発光しているその様はなんとも不可思議だ。


「荷物を降ろして、それから収穫しちゃいましょうか。次の種蒔きの分だけ残したとしてもかなりの量よ、これ」


 リンの植物魔法にある品種改良と成長促進のおかげでそこまでの量を植えていないのに一つ一つに実った麦の量が異様に多い。


「ほら見なさいな、あなたの技能は十分に約に立つ素晴らしいものなのよ」


「うんっ!クロエはウソついてなかったねっ!あのときはちょっと不安だったけど」


「今日であたしが正直者だって証明できたわね?」


 軽口を言いつつ二人で収穫したピューロスは二人で食べるなら・・・いやリンが食べるなら十分と言える量だった。

 人形は食事の必要が無いのを忘れていた。3ヶ月この人形の体と付き合ってきたが未だに慣れない。


 この体で人間の時にしていた事と縁遠くなるのを少し悲しんだり気分が沈む事もあったがリンが常に隣にいてくれたおかげでそこまで深刻にならずに済んでいる。

 やはり孤独は人を狂わせる。おかしくさせる。人の精神を持つ以上一人では肉体的や生存的な意味はともかく精神的には生きられない。


「クロエ?これ取ったあとはどーするのー?」


 リンに尋ねられ思考の渦から戻る。

 

 このあとの事なら考えがあった。生産魔法、これを使えばパンを作る上で麦以外の必要な過程や不足している素材をMPで補填出来るだろう。


 日本での柔らかく美味しい食パンをイメージして生産魔法を麦に掛ける。

 ゆっくりと形を変える麦束はやがて私がよく知る食パンに姿を変えた。


 MPが今ので残り2になってしまった。今の私のレベルが9でMPが190、188も使ってしまったのか。


 これは・・・私が目的としている現代地球クオリティの住居は思ったよりも遠い目標になりそうだ。

 ただふわふわのパンをリンに食べさせて上げたかっただけなのに・・・。 

 パンでこれなら家はいったい・・・?いや、考えるのはやめよう。


 焦る必要も無いのだからゆっくりと目標に近付けばいいのだ。


「これがクロエの言っていた故郷のパン?すっごいふわふわだね、村のパンはもっと固くて平べったかったから不思議」


「味は保証するわ。さあ、家の中でゆっくりと食べるといいわ」


 ツリーハウスの中に戻ってリンをソファーに座らせてから食パンをすすめる。

 味は間違いなく保証できるので心配はない。


 リンの小さな口が食パンを食む。口に入れた途端恐らくはその柔らかさに驚く。

 感想を口にしようとしたのをそっと止めて咀嚼を続けさせる。

 口の中の物が無くなってから喋りましょう。これは常識以前に人として生きたいなら守るべきルールだ。

 出来ないやつは犬畜生と変わらん。


 まあそれはいいとしてリンは咀嚼を続ける。

 その顔は幸せで一杯という風で、作った甲斐があったというものだ。


 暫くして飲み込んだのだろうリンは


「すっっごくおいしいっ!クロエの故郷はこんなにたくさんの美味しいものであふれているのっ?」


 と食パンの感想を伝える。

 そんな嬉しそうな顔をしてくれたのなら作った側としては報われた思いだ。


 ああ、そうだ。せっかくならリンにジャムを塗った焼いたパンも食べてもらおう。


 ・・・MPはゆっくりとだが回復しているが今から完成品まで生産魔法で無理矢理作るのは厳しいだろう。


 せっかくだ、作るか。生産魔法を使わない、使ったとしてもほんの少しの料理もたまにはいいだろう。


「リン、ちょっと一緒に料理してみない?食パンがもっと美味しくなるわきっと」


「クロエといっしょっ!?やったー!やるやるっ!」


 食パンを1枚食べ終えてふにゃふにゃとソファーにもたれ掛かっているリンに声を掛ける。

 リンは私の提案にソファーから飛び上がらんばかりの勢いで私のいる調理場までやってくる。


 思えば調理はずっと私がやるばかりでリンには座って待っていてもらってばかりだったな。

 今まで退屈させてしまっていただろうか?これからは二人で一緒に何かをやる。というのを増やしてみるのもいいかもしれない。


 リンはまだ恐らく12〜13ほどの年齢だ。父親はおろか母親すらおらず一人で孤独に世界を恨んでいたのだろう。


 今日の戦闘の時に私と一緒に寝ようと強請ったのも家族と一緒にいたい気持ちの表れかもしれない。

 リンが私の事をどういうふうに思っているかは分からないが、母親として求められているのであればそうなるのも悪くはないのかもしれない。


 友人であり、家族であり、恋人である。リンが私をどう求めようとも私は別段構わないと思う。

 単純で最悪な話してしまえば私元男の地球の人間だしね。


 リンみたいな美少女に好かれて嬉しくないはずない。というのもある。


 生殖器、というより性別の概念が無くなってから性欲云々は無いが人間としての感性はリンの事を好いている。


 今も外に狩りに出た時に取ってきた果実と水に生産魔法で加工を加え砂糖水にしたものを鼻歌交じりに混ぜているリンを眺めながら改めて彼女の存在が私にとって日常であり大切なものだと再認識する。


 水を砂糖水に変える程度なら少ないMPで出来る。食パンはおそらく酵母だったり作成期間だったりその他の様々な材料が事があれほどのMPバカ食いの原因なのだろう。


 私が細かく切った果実をリンに鍋で煮てもらう。

 たまにアドバイスをしてあげながら基本的には二人並んで鍋を覗く。


 脚に絡む尻尾を撫でながら私はリンの鍋の掻き混ぜ方にひとつだけ指示を出す。


「そうそう・・・そうやって底から掻き混ぜてあげて、上手ね。さすがリン」


 鍋の中でくつくつ、と音を立てながら形を崩していく果実を眺める。


 ジャムってこの作り方でいいのだろうか?生産魔法はその工程すら飛ばしてしまうからよく分からない。


 しかしまあこの生産魔法は本当に便利だ。不足している部分などをMPで補えるこの特性は知識やイメージがしっかりしていれば何でも作れる。


 問題はこの世界の人たちにそこまで豊かなイメージがあるかどうか、だ。

 よくある異世界あるある中世文明くらいの場合、私が想像するのは人間は矢よりも安い、法律?権力ある人たちのもので庶民は畑から取れるべ?

 庶民が知恵付けて反逆されたら嫌だから知識や文化は全部貴族で独占!お前らは搾取されてる事実すら分からず無知なままでいてね♡というイメージしかない。


 となってくると技術や文明、知識は個人や村で別々に発展し、情報伝達の手段は行商や旅人、吟遊詩人からの嘘八割程度の詩くらいだろう。


 うーんこの・・・。


「これは・・・、間違いなく私達の存在は異物であり警戒すべき対象でしょうね」


 独占しているはずの知識や裕福が他の場所から急に湧いたらまず何を思うか。


 すわ別国からの不穏分子か、そうでなくともわかるのは穏便な対応は無いだろうということだ。


「クロエー?これで完成でいいのー?」


 剣呑かつネガティブな考察と妄想に反してリンは平和だ。

 これで完成か分からずこちらにジャムの入った鍋を傾けて見せてくれている。


「うん、これでいいわね。さて、これをまだ残っているパンにつけて食べてみて?パンを焼いてから塗ってもきっとおいしいわ?」


「うんっ!たのしみだなぁ〜クロエのパン〜♪」


 んー、可愛いなリン。

 これは絶対くそったれな有権力者に目をつけられないように水面下での活動をするべきだな。


 この時代で賢王や善良な権力者がいる訳が無いのは地球の歴史が証明している。

 じゃなきゃあんなに革命バンバン起きへんわ。


 焼いたパンにジャムを塗ったものを食べて尻尾をぶんぶん振り回し幸せそうにしているリンを見ながら改めてこの子と生きていく重たい責任と幸せを自覚する。


 とりあえずはもう少しこの森で暮らすか。

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