第35話 2016年 ゲーム大会
【告知】ゲーム大会を開催します!【企画説明生放送!】
上位チャット:待機
上位チャット:待機
上位チャット:こんにちはー
上位チャット:お前ら早すぎだろ
上位チャット:待機
白い空間の中に、大きな赤いリボンを下ろした少女が現れる。
「こんにちは、人類。彩羽根トーカです」
上位チャット:こんにちは!
上位チャット:キター!
上位チャット:こんばんは!
上位チャット:トーカちゃん!
「久しぶりの生放送ですね。いやあ、あれやこれやと忙しかったです」
あれやこれや、に合わせて企業案件の動画のサムネイルなどが後ろをカッ飛んでいく。
上位チャット:あれやこれ
上位チャット:おかげでいつも以上に動画あって嬉しい
上位チャット:忙しそう
上位チャット:量wwww
上位チャット:活動の幅が広がったなあ
上位チャット:ソシャゲCM見たわ
上位チャット:ガジェットのやつ見た
「うんうん。そうなんですよ。やっぱりね、バーチャルの可能性をもっと広げていかないといけないと思うんです。いろいろインタビューとかでもね、お話ししましたが、いろんな活動ができるぞってことを知ってもらう段階だと思っていて。特にね、バーチャルラウンジなんてものも待ってますし!」
上位チャット:インタビュー読んだよ!
上位チャット:あんな未来が来るといいねえ
上位チャット:Vtuberっていろいろできると思う
上位チャット:バーチャルラウンジは可能性ある
「そう、Vtuber、Vtuberですよ皆さん。見てますか? 増えましたね! もう毎日が忙しいですよ! みんなね、楽しい時間を提供してくれて本当にうれしい。だから、恩返しがしたいんです」
上位チャット:オタク~!
上位チャット:イキイキしはじめた
上位チャット:楽しそうでなにより
「人類、Vtuber見てますか?」
上位チャット:見てるぞ!
上位チャット:トーカちゃん見てるよ
上位チャット:毎日投稿助かる
「私を見てくれるのは嬉しいけど、もっといろいろな出会いをしてほしい! 私はね、いつでもここにいますから。だからたくさんの推しを見つけて、心を豊かにしてほしい……つまり、皆さんにも知ってもらう段階だと思っているんですよ! Vtuberを!」
上位チャット:お、おう
上位チャット:まだ布教したいのかオタク
上位チャット:まあ確かに増えたよね
上位チャット:増えたし追い切れてないな
上位チャット:まだ語りたりないのかオタク
「ということで、人類にVtuberを知ってもらうための企画として! 彩羽根トーカ主催のゲーム大会、彩羽根トーカ杯を開催しようと思います! 私とゲームで遊ぶ大会です!」
上位チャット:ゲーム大会!
上位チャット:トーカ杯とな
上位チャット:え、つまりトーカちゃんとゲームできるってこと?
上位チャット:トーカちゃんとCOOPしたい!
上位チャット:やったー!
「うんうん……あ、すいません。わかる、わかります。人類も私と遊びたい。とてもありがたいです。がッ、今回は趣旨としてね、Vtuberさんをみんなに紹介したい、ということなので……参加者はVtuberさんに限定させていただきます」
上位チャット:なるほどね
上位チャット:把握
上位チャット:それなら仕方ないね
ぺこりと頭を下げ――
「っていうか」
頭を上げてまくしたて始める。
「いいんですよ人類! これからバーチャルに来たっていいんです! 締め切りまでにVtuberになっていればいいんですよ! そんなやる気のある人はそれこそ大歓迎です! マシン? 技術? いいからとにかく私に魂の輝きを見せるんだよ!」
上位チャット:早口wwww
上位チャット:急に言われましても
上位チャット:マジ? なっちゃおうかな
上位チャット:見せるんだよは草
「はぁはぁ……失礼しました。ゴホン。えー、まず日程ですね。3月! 3月5日土曜日、午後8時からです!」
上位チャット:おい近いぞ
上位チャット:もうすぐじゃんwww
上位チャット:Vtuberになれよ! 開催は3月5日な!
上位チャット:本気が問われている・・・
「終了予定は参加人数次第ですね。まあ長くても日付が変わるまでには終わるかなっと。運営がグダグダしたらすみません。日曜を予備日ということで、この2日間予定が取れる方でお願いします」
上位チャット:どれだけ来るかな
上位チャット:予備日で足りるんですかねえ
「参加希望のVtuberさんは、私のTwitterをフォローしていただいて、ダイレクトメッセージでお名前、最近の動画のURL、一言メッセージを添えて送ってください! もし私が追い切れていないVtuberさんだったら……@を飛ばしてくれれば! フォロー! しますので!」
上位チャット:トーカちゃんがフォローしてないVtuberなんているの?
上位チャット:トーカにフォローされてないとかモグリか?
上位チャット:フォローされたい
「で、ですね。大会というからには優勝者を決定したいと思います。で、優勝したからには何か欲しいですよね?」
上位チャット:欲しい
上位チャット:優勝する!!!
上位チャット:トーカちゃんが欲しい
上位チャット:賞金とか? 難しくね?
「ということで優勝した人には! 私が! ファンアートを描いて贈らせていただきます!」
上位チャット:うおおおお!
上位チャット:FA!?
上位チャット:描いてもらえるのか!
上位チャット:いうて結構描いてるが
上位チャット:もしかして描きたいだけでは?
「え、いや、ほら、いつものはね、そこそこ……そこそこの全力しか入れてないので。これは本気の全力で描きますね!」
上位チャット:結局全力じゃねーか
上位チャット:言い訳ワロタ
上位チャット:サイン入れてください
上位チャット:サインいいね
上位チャット:何のゲームやるの?
「あーサイン……考えておきます。ゲーム? あ、そうでしたね。ゲームは用意していただく必要があります。Vtuberで、大会のゲームを所有していることが参加条件です。配信については必須ではないですよ、あとで動画にしていただいても!」
上位チャット:ゲームしながら配信が難しい人もいるだろうしね
上位チャット:対戦系だと配信してたら不利とかあるからな
上位チャット:なんだろう。今月厳しいんだけど
「はい、で、ゲームでしたね。実はね、紹介しようと思って裏で起動していたんですよ。はい、これです!」
ゲームのタイトルロゴの映った画面が、トーカの背後に表示される。
「第一回、彩羽根トーカ杯で遊ぶゲームは――Outerlightという会社の開発した『The Ship』です!」
上位チャット:Shipwwwww
上位チャット:Shipじゃねーか!
上位チャット:なにこれ
上位チャット:???
上位チャット:乗り込めー!
上位チャット:なんでこういうゲーム選ぶのトーカちゃん
上位チャット:まあ安いからかな?
上位チャット:知らないゲームだ
「これはですね、正体隠匿系のマルチプレイヤーゲームで、豪華客船に乗ったプレイヤー同士で暗殺を狙うゲームです。サーバーを立てているので、ちょっとどんな感じか紹介しますね」
ゲームが開始し、味のあるプレイヤーキャラクターが豪華客船の一室に現れる。
「この船の中にはたくさんのお客さんがいて、ほとんどがNPCなんですけど、その中にプレイヤーとして紛れ込むんですね。つまりNPCらしくない行動をとると、あいつプレイヤーだなって分かるわけです」
手早く船室をあさって武器を確保しながら解説する。
上位チャット:流れるような物色
上位チャット:あまりにも早い装備交換
上位チャット:俺でなくても見逃したね
「暗殺のターゲットをこっそり探して、他の人にバレないようにやっちゃうのがポイントです。で、これ、このいろんなメーター、これはプレイヤーに設定されている欲求で、例えばご飯を食べないと餓死しちゃうわけです。あと会話ってアクションを取らないと寂しくて死んじゃうとかもあります。欲求を解消させているとプレイヤーだとバレやすいので、その辺の匙加減が必要で……」
上位チャット:寂しいと死ぬのかこいつ
上位チャット:欲求の数多いな
上位チャット:なるほど、NPCの動きを覚えないとだな
上位チャット:トイレ、シャワー・・・私気になります!
ウロウロと船の中を歩き回るトーカ。
「えっと……武器の使用頻度に応じて、暗殺の報酬額が変わって……うーん、こいつ違う。えっと、マルチプレイヤーゲームなのでデモのために協力してもらっている人がいるんですけど……一番狭いマップにしたのに見つかりませんね……」
ターゲットが見つからず、船内を紹介しながら歩き回る。
上位チャット:誰だ?
上位チャット:どれがターゲット?
上位チャット:ていうか欲求がやばいね
上位チャット:おはな死しそう
上位チャット:ていうかトイレがやばい
上位チャット:お? トーカちゃんおもらしか?
「うーん、NPCと会話はできたけど……いや、いやいや、Vtuberたるものトイレ死はしませんよ! あっ、あっ、あいつだ! 今絶対NPCじゃない動きした! 追いかける――ダメ! ダメだ、トイレの距離的にいけない! 暗殺した後にトイレ死しちゃう! まずはトイレに行かないと! NPCは走らないので、自然な経路で――」
歩いてトイレに向かうトーカ。
上位チャット:間に合うか!?
上位チャット:放送事故か!?
上位チャット:お前ら・・・
上位チャット:いうてPCはむさいおっさんだろ
上位チャット:中身がトーカちゃんと思えば興奮する
上位チャット:BANされる?
「よしよし、到着! 間に合った、ふう――えッ」
個室に入りキャラクターが用足しのモーションを取ったとたん、ドアが開く。突きつけられる拳銃。
「ちょま」
軽い発砲音と共に、トーカのキャラクターはトイレの床に倒れた。
上位チャット:草
上位チャット:読まれ切ってた
上位チャット:草
上位チャット:草
上位チャット:これ相手配信見てるんじゃないのwww
上位チャット:これもまたトイレ死
上位チャット:相手Akuma、ってなんだよwww
上位チャット:トイレの悪魔
「ッ……くぅ~~~~! こっ、この~~~! ……はいっ、デモ終了!」
サーバーから退出しゲームを終了する。
上位チャット:大会には出れないけど買おうかな
上位チャット:ストアページがwww
上位チャット:トップページにShipがwwww
「はい! というわけで! このね、The Shipでゲーム大会をしようと思いま……へっ?」
上位チャット:やべーShipが急に売れてるwww
上位チャット:10年前のゲームやぞ
上位チャット:遊んでみようと思ったらどのサーバも満員で入れない
上位チャット:乗り込みすぎだろお前ら
「ええ、売り上げが急上昇? どのサーバーも満員……? あ、その、なんかすいません。あっ、あっ、そうだ、私が用意したサーバーは開放しておきますね、遊べるように。えっと……ひえ!?」
上位チャット:なんだ?
上位チャット:どうした?
「だっ、ダイレクトメッセージの通知がすごい数に!? これ……これは……えーっと……す……すいません! 土曜、日曜開催ということでスケジュールを組ませてください! えっと、各試合全部に私は参加しますので! そこはご安心ください! ほんと、その、あっ、ありがとうございます」
上位チャット:参加者が予想以上に来たっぽい
上位チャット:全試合参加とか大変そう
上位チャット:トーカ的には嬉しい悲鳴なのでは?
上位チャット:推しからDMがもらえるという巧妙な作戦だったのでは?
上位チャット:しっ
上位チャット:盛り上がってきました
「本日の生放送は以上で終了です。えっと、皆さんと遊べる日を楽しみにしています……それでは、また!」
◇ ◇ ◇
【2016年3月 西端匡の記録】
「本日はご足労いただき……」
「ああ、そういうのはいいから。座ってよ」
出鼻をくじかれたタスクは、目を白黒させながら向かいの椅子に座る男を観察する。
町中にいても目立たない容貌をしている。しかし内面からは自信というか超然としたものが感じ取れた。まるでこの場に集まる人間と自分は存在からして違うのだとでも言いたげな態度で――それに抗えない自分がいる。
いや、何を馬鹿な。緊張でおかしくなっているだけだ。
「それで、今日は町会議の打ち合わせだったっけ?」
「超会議です」
「そうそう、それだ」
ジョークのつもりだろうか。いや、ペースに飲まれるな。
「改めまして、ニコニコ超会議2016での今回の企画――『バーチャルトークタイム』の全体を仕切っている、ミチノサキプロジェクトのニシバタタスクと申します」
「同じくミチノサキプロジェクトの――」
「技術担当のガブガブイリアルの――」
部屋に集まるスタッフたちが名乗る。名刺を渡さなかったから変な気分だ。
「大勢だねえ」
大勢にもなる。この男と会うのは誰もが初めてだ。
「そちらは、彩羽根トーカさんのマネージャー……でよろしいですか」
彩羽根トーカ。
約5年前からバーチャルYouTuberとして活動し続ける巨大プロジェクト。その運営企業は誰も知らない。問い合わせても返答が返ってくることは稀で、大抵は無視されている。ガブガブイリアルにはバーチャルラウンジの仕様について長文のメールを送ってくるようなこともあるらしいが……とにかく、運営側の人間と現実でコンタクトするのは、おそらく業界でも初めてのことだろう。
「ああ、うん。そういうことになるね」
「お名前を伺っても?」
「ああ、名前ね。はいはい」
男はめんどうくさそうに名刺を取り出し、ぞんざいに渡す。
「……アサクマさん、ですね」
「そういうことになってるね」
言い方に引っかかるが、機嫌を損ねるわけにもいかない。すでに出演者情報は発表済みなのだから、ここで彩羽根トーカに抜けられては困るのだ。
「先日のイベントでは、うちのサキがお世話になりました」
「先日……?」
「彩羽根トーカ杯です」
正確には『船に乗れ! 第一回彩羽根トーカ杯』。豪華客船に乗って正体を隠しながらターゲットを暗殺する3Dゲームを使って行われたイベントだ。出場条件はVtuberであること。トーカが毎試合参加者に交じることで、トーカとのコラボが実現できる、という謳い文句だった。
「あれのおかげでいろいろと交流のきっかけになり、業界的にもいい空気に――」
「ああ、そういえば参加者リストにミチノサキがいたっけ。でもすぐ負けたんじゃない?」
「え、ええ、まあ……」
ソフトも安かったしスケジュールも空いていたし、何よりVtuberで最大の知名度のあるトーカとの共演のチャンス。サキも「トーカって子と競争できるの? よし、みんなのためにも勝ってくるね!」と乗り気で参加したものの……誰からも攻撃されず、それどころか誤ってNPCをキルしてしまいペナルティで牢屋送りになることを繰り返し、撮れ高も何もなく予選で敗退した。
「あれは大変だったよ。たくさん参加者が来るもんだからさ、僕も手伝わされたし。スケジュールの調整とか、大会の進行とか。思ったより長時間になったのもね……まあ、本人が望んでやったことだし、実際楽しそうにやってたから、それはいいんだけど」
本人。トーカのことか。口ぶりからするとあのVtuber大好きっぷりは本物らしい。まあVtuberにキルされるたびに「ありがとうございます!」と喜色を交えて叫んでいたし、偽物のわけがないか。
「ああ、そういえばトーカは、アバタさんにも参加してほしかったそうだよ。伝えておいてくれるかな?」
「……わかりました」
微笑を浮かべて見つめてくる男に、タスクはなんとかうなずき返した。
タスクがアバタであることは、スタッフたちの間でも暗黙の了解だ。タスク自身はバレても構わないのだが、この界隈で中の人に言及することは無粋だと分かっている。魔法が解ける、と表現したのは確かトーカだったか……この男もトーカの運営だけあって、そのあたりの感覚は同じらしい。
「それより早く本題に入ってくれる? そのイベントへの出演方法についてだっけ? 何か問題でもあるの?」
「問題というか、ご相談です」
「あのっ! トーカさんに現地に来ていただくことは本当に無理でしょうか?」
ガブガブイリアルから来た技術担当者が絞り出すような声で言うと、男――アサクマは眉をひそめた。
「遠隔、リモートでの参加でも構わないって話だから受けたんだけど、ひっくり返すのかい?」
「もちろんリモートでも不可能ではないですが……難易度が高くなるというか……」
バーチャルトークタイム。人気バーチャルYouTuberと抽選に当たった観覧客の間で一対一の対話の時間を設けるイベントだ。遅延なく客とやり取りを確実にする……となると、リモート参加はリソースの面からしても厳しい。
「トーカさんの……演者さんのプライバシーについては必ず秘匿することをお約束します」
タスクは技術者を援護するため、説明をはじめた。会場入口から演技をするためのスペースについて。トーカ側のスタッフのみが演者と接触し、他のスタッフは一切関わらないこと……。
「工夫するのはわかったけど」
アサクマはつまらなさそうに頬杖をつく。
「100%ってわけじゃないんだろ? トラブルがあればトーカのいるスペースにスタッフが来ざるを得ないよね?」
「それは……まあ」
「トーカからはリモート参加じゃないと認めないと言われている。これは絶対条件だよ。というかそもそも、それでいいって言ったのは君たちだよね? とりあえず頷くフリをして、後で直接会って言いくるめようってやつかい?」
「いやその……」
「申し訳ありません」
技術者が泡を食って何か言おうとするのに先んじて、タスクは頭を下げた。
「そのように受け取られても仕方がありません。しかし……許していただけるなら、打ち合わせを続けていただけないでしょうか?」
「ああ、別に怒ってはいないよ」
アサクマはヒラヒラと手を振る。
「楽をしたいのは人間のサガだからね。あきれるほど見てきたし……いや、最近では久しぶりかな? ま、ともかく、リモート参加でいいんだろ? せっかくバーチャルラウンジなんて便利なものができたんだから、活用しないとね」
「もちろんです。ただ、いくつか確認事項があります」
タスクが目を向けると、技術者が気を取り直して口を開く。
「回線についてです。当日トーカさんがサーバーに接続できないようだと……」
「ああ。回線は二重化してるし、それぞれ帯域保証もついてる。ネットワークトラブルの可能性は考えるだけ無駄じゃないかな」
「……わかりました。それで、何かトラブルがあったときのために、現地にスタッフを一名置いてほしいのですが」
「心配症だねえ。ま、僕が行くことになると思うよ」
アサクマは肩をすくめる。
「後の細かい仕様についてはこちらです」
「ふーん。まあトーカに聞いておくよ。それで?」
「そうですね、あとは当日の段取りなのですが……――」
アサクマとの打ち合わせは続く。タスクは背中にじっとりと汗をかきながら、その場を円滑に回すことに集中した。
◇ ◇ ◇
【2016年3月 ニコライ・ダニーロヴィッチ・ポロンスキーの記録】
「問題はなくなりました」
ニコライが言うと、天使――ルカ少佐は首を傾げた。
「強く、現地でのオペレーションを要請されたと聞いた」
「そうだったんでけどね」
バーチャルトークタイム。ニコニコ超会議というオタクの祭典の一つで企画されたVtuberの合同イベントに、北方協働に所属する北方少女モチも参加を呼びかけられていた。
モチの正体が天使であることを知られるわけにはいかないが、知名度の拡大、アイドル活動に向けて格好のイベントでもある。リモート参加でもいいなら、と返答したところ、いったんそれでOKが出た。
ところが上の方で動きがあったのか、イベントの確実性を求められて技術者が悲鳴を上げた。要件を満たすためには全員現地でモーションキャプチャーされることが好ましい。北方協働に対し、どうにか現地に来てくれないかと相談が寄せられた。
すでにモチが出演することは発表済み。ここで取り下げれば何らかのトラブルがあったと言うようなもの。出るか蹴るか。ニコライは考えた末、今後も似たようなことがあるならいずれ同業者には裏側を見せる必要があると判断し、ルカに最終的な判断を委ねていたのだが――
「彩羽根トーカの運営から、リモート参加でなければ降りると即答されたそうです。それで、上の方も考えを改めて、当初の予定通りリモート参加でいいと。……まあ、トーカちゃんが呼べなきゃ失敗ですからね」
「……確かに」
登録者数的に、トーカが最大の目玉であることは間違いない。
「……またトーカに助けられた」
「また?」
「トーカ杯」
「ああ」
ニッチなゲームでの大会。北方少女モチももちろん参加した。しかし予選でプレイミスをして襲撃者に正体がバレ、追い詰められていたところ……その襲撃者をターゲットとしていたトーカが華麗にキルし、そこでタイミングよく試合終了。結果、トーカのおかげでスコアを維持して決勝へと進めたのだった。
そのことをこの天使は借りだと思っている。……おそらく優勝できなかったのも影響しているだろう。トーカ杯に触れるとむくれる天使が愛らしい。
「ま、問題がなくなってよかったですよ」
「……ぽちゃロリさんは」
「ん?」
「ぽちゃロリさんは、現地に来る?」
「そう聞いてますよ。まあ、彼女は中身がおじさんであることを隠していませんし。もちろんファンに姿を見せることはないでしょうが……」
天使は黙っている。何を考えているのだろうか?
「……なんでもない。リモートでいいなら、よかった」
「はあ。そうですね」
天使は去っていく。呼び止めて問いただそうか……いや、ニコライも忙しい。北方協働の技術班として、やることは山ほどある。
「差し当たっては、MMDモデルを仕上げないと」
彩羽根トーカによる突然のMMDモデルの無料公開は驚いた。あれだけコストのかかっているモデルを、軽量版とはいえ無料でユーザーに公開するなんて考えられない。悪用されるに決まっている、そうニコライは考えていたのだが……実際はまるで逆だった。
トーカが歌って踊るMMD動画が、ニコニコのランキング上位を一週間近くも占めた。寸劇やMAD動画なんかも作られ、Twitterに貼られて拡散していった。トーカを、Vtuberを好きなオタクが、道具を与えられて嬉々として創作していた。
乗るしかない、このビッグウェーブに。オタクの愛の奔流に。
というわけで北方少女モチのMMDモデルも間もなくアップロードできる。他の運営でも似たような判断で、MMDモデルを出そうとしているとは聞いているが――
「まったく動きの早い業界だ」
二番手は渡せない。
ニコライは端末に向き直り、仕上げの作業に移るのだった。
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