第31話 2016年 リレー動画
【2016年1月】
コンビニバイトを辞し、晴れてニートとなった俺は――
「あっはっはっはっはッ! ひっ、ひぃー!」
YouTubeを見てバカ笑いをしていた。
「はぁっ、はぁ~。いやー、オチが読めてても面白いな……さすがだ……天才すぎる……才能の塊か?」
「あのさ」
「おっと、高評価つけないと! 地味に効いてくるからなこういうの!」
「なにしてんの?」
空気の読めん悪魔だな。
「Vtuberの動画巡回と生配信の視聴に決まってるだろ。見ろ、バーチャルぽちゃロリドラゴン皇女Youtuberおじさんのドラたまさんの出現から約二ヶ月。年末年始を経て増えたVtuberたちを。もうそろそろ1000人を突破するぞ。忙しいったらない」
一度概念を知ったオタクたちの行動は、前の世界と同じく早かった。技術力を持つオタク、流行りに乗るオタク、渾身のネタを披露するオタク。いろいろなオタクがVtuberという表現方法を得て輝き始めている。千差万別、綺羅星のごとく。
ああ、訪れたのだ。Vtuberの時代が……!
「さっきの動画のVtuberも面白いぞ! 見ろ! 推しだ!」
「えーっと」
悪魔は――首をかしげる。
「……どの画面の、どれが推し?」
「は? 全員推しだが?」
「ああ、うん……で、さっき笑ってたのは誰の動画?」
「メインモニタの右上だが?」
「ああ、それ。……画面がいっぱいあってよくわからないんだよ」
軟弱者め。Vtuber視聴にこの程度の複窓は序の口だろうが。
「……ああ、これ? この貴族っぽい男の人? でも2Dだしあんまり動かないけど……これもVtuberなのかい?」
「3DモデルだけがVtuberじゃない。バーチャルなら肉体は2Dでもよかろうが。トーカだって『ペラペラになってみた!』って動画でLive2Dバージョンを披露したことがあるぞ」
あんまウケなかったけど。
「表現力は落ちるが利点もいっぱいある。そもそも3Dモデルのアバターは動かすのが難しいからな……むしろつい最近FaceRigがLive2Dに対応したし、今アツい分野だよ、2DVtuberは」
Oculus DK2とか去年の10月に出荷終わったし。市販版のRiftは3月発売だし。というかなんかすでに予約締め切ってるし。HTC Viveは4月……ここでようやくハンドコントローラーが出てきてVR上の手が操作できる。
「3Dモデルを今やろうとするとなあ……Viveがまだだから、体を動かすには光学式のモーションキャプチャーに頼るしかないんじゃないか? そういえばKinectでVtuberをやる記事がバズってたが、それで店頭からKinectが消えてるらしいぞ」
古い方のKinectが。
……Xbox One用のを買う者もいるらしいが……本体も買ってあげてほしい。
「ともかく、2Dでだって面白ければ何も問題ない。始めるのは早いし何より安上がりだ。これからどんどん才能あるやつが出てくるだろう。それをサポートする企業の動きもあるし」
「ふうん」
「ちなみにこのお方はヨルニナルト・ヘガデル陛下と言ってな、イケメンでイケボなんだが動画の最後は放屁オチで締めるというのがお約束で、ネタ的にもこれはどうみても来るだろってところでくるのが回避不可避でわたしこいつすごいすきで推し」
「語彙力取り戻してくれる?」
「ヘガデル陛下は取り巻きも面白くてなぁ。いつの間にか
「そ、そう……楽しそうだねえ」
「楽しい!!」
楽しいに決まってる。俺の好きなものがたくさん出てきて、推しで尊いのが楽しくないわけがない。オタク、生きててよかった。いや一度死んでた。2周目入ってよかった!!
この勢いは止まらない。なんなら俺が加速させている。Twitterで推しを布教することの楽しさよ!
「はー! くそう、スパチャがあれば推しに投げまくるのに! まだ実装されてない! ううううう…………はぁ」
俺は机に突っ伏す。
「……陛下のとことか、混ざりに行きてえなあ……」
「えぇ……」
「彩羽根官庁長官とか言ってさあ……あるいはキバルト・デール校長とかいう完全に別の存在として……」
「女の子がそういうネタに走るのはどうかと思うよ」
「うるせえ私はおじさんだよ! 中身は!」
「そんなに言うならやればいいじゃないか」
「忙しいんだよ……」
案件動画の作成に忙しい。登録者数も増えるから区切りの企画もしないとだし、総再生回数がどうこうとか、なんかもうついていけなくない? 記念日とか数に囚われたら面倒くさいって本当だったんだな。
「くそ、せめて案件動画が減らせれば。誰だよ、こんなに仕事取ったやつ」
「君だろ?」
「そうだよ私だよ!」
だってコンビニバイトやめて無職になったからVtuber活動に使える時間が増えたし! そしたら期待に応えなきゃって思うじゃん!? それでいて、あんまり商売っ気を出したと思われるのも嫌だから普段の動画にも力入れたいし!
「くそう……イラストもグッズも全部私が監修してるから休む暇がない……こうして作業の合間にVtuberの動画と配信を見るので精一杯だ……ハッ!?」
「何?」
「こうしちゃいられん! リリアちゃんの動画がアップされたぞ! 迷い子として見逃せねえ! 見るぞ!」
「あ、うん……」
ほえほう、タイトルは【黒ひげは飛ばしたほうが勝ち】危機を救えなかったので罰ゲームをすることに【わたくしが危機では?】ねえ!
「うへへ、罰ゲームかぁ。リリアちゃんのどんな恥ずかしいところが見れるのかなあ? いや、変化球でイヌ野郎ということも……? とにかく再生!」
動画を再生すると、黒ひげ危機一髪ゲームの正しい遊び方――飛ばしたほうが勝ちであるという正式なのにマイナーなルールを紹介し、リリアとイヌビスが対決する。なかなか精巧な黒ひげの3Dモデルを使って状況を再現し……勝ったのは――イヌビス。
『それでは罰ゲームとして、そうだな……Vtuberのモノマネをしてもらおうか』
『モノマネを!?』
『そうだな。キサマも動画はチェックしているだろう? ミチノサキのモノマネをやってもらおう』
『ちょっ、ええ!? あの小む……あの子の!?』
ぶへへ。焦るリリアちゃんかわいいねえ! 基本的に強気なんだけどこうして企画でルールに則って負けたとき素直なのと弱いところが見えてくるのがすきで推せる。
『罰ゲームにちょうどいいだろう。さあやってもらおうか。3、2、1』
『ッ……! いっ、いえ~い、みんなぁ、見てるぅ? ミチノサキだよ~』
『ククッ! ブフッ』
『イヌビス! あなたねえ!?』
『キサマが……クッ……、だよ~、とか……プッ』
『………~~~ッ!』
おそらく床に転げて笑っているのであろうイヌビス(宙に浮いてるのでトラッキングはひどいことになってる)を、リリアがバシバシと叩く。そしてエンディングは顔の赤いリリアが、そっぽを向きながらチャンネル登録と高評価を促して締め。
「はぁ……登録ボタン100回押すわ……」
「それ解除して登録し直してるだけだけど意味あるの?」
「ない。高評価も一回しか押せない。致命的なバグだ」
しかしいつにも増して楽しかった。他のVtuberネタというのもグッドだ。というかリリアによるサキへの言及って初めてだな。これは歴史的出来事……!
コラボ動画こそサキちゃんとドラたまさんの動画で徐々に広まってきたものの、自分の動画で他のVtuberの話題を出すことはあまり行われてきていなかった。それがこうも軽率に、モノマネなんてやってくるとは……箱感増してきたな!
……トーカがTwitterで推し事したり生放送でオタク語りしまくったりしたせいでそういう、他に言及しやすい雰囲気が出てきたんだろうなあ。よくやったぞ俺。鼻水切り抜かれたのは無駄じゃなかった、うん。
「よし……案件動画の作業に戻るか!」
◇ ◇ ◇
2日後。
「これはヤバイ」
「何が?」
俺がYouTubeを見ていると悪魔が横から口を挟んできた。……あ、心の声が漏れていたか。
「ミチノサキちゃんの新作動画なんだが」
タイトルは【サキはもっとかわいいよ?】バーチャルYouTuberのモノマネ?やるやる!【挑戦状!】。どこかの誰かにモノマネされた、と嬉しそうに話すサキ。下手くそな絵で描かれているのはたぶんリリアだろう。
『ズルい、面白いなって! だからサキもモノマネやりまーす!』
元気よく手を上げて、そして一転、スンッとなって体育座りをすると、平坦な声で話し始めた。
『ずぼらーびちぇ。北方少女モチです。かわいい、つよい、モチーチカって呼んでね――ぶははははっ! ひっ、ひぃー……!』
モノマネをやって自分で笑い転げるな。そもそもズドラーストヴィチェなのに言えてないぞ。あとモチーチカはそんなこと言わない。体育座りしたこともない。そのくせ声真似のレベルは高い。ツッコミどころが大渋滞だ。面白すぎる。良い!
「そして、ヤバイ」
「だから何が?」
「リリアの動画に対するアンサーだろ? てぇてぇわ……それに、サキちゃんがリリアとモチに言及するのも初めてだし、またひとつ歴史が生まれてる。そして一番大きなのは、アンサーでリリアじゃなくてモチをモノマネしたところがな――サキのモノマネ動画とモチのモノマネ動画……来るぞ悪魔!」
「何が?」
「リレーだよ!」
◇ ◇ ◇
翌日。
『ズドラーストヴィチェ。北方少女モチです』
モチの新作動画が発表された。タイトルは【そんなこと言ってない】モノマネですか、マジですか【受けてたつ】。モノマネゲームの勝負を仕掛けられた、と語るモチ。
頭上にはたぶんミチノサキっぽい棒人間の絵。
『モチは、モノマネしたことない……けど、やられたら、やる』
そしてムッと力を込めて、言う。
『おはようございまーす。……バーチャルぽちゃロリドラゴン皇女Youtuberおじさん、の、ドラたまでーす……――』
「うおおお、かわいいよモチーチカ! ぎこちない口調が最高!」
「そこまで……?」
「普段ゲーム実況とか、たまに歌動画が上がるぐらいの子がいきなり芸人ムーブを頑張るとかかわいいの極みだろが。しかもモノマネの対象に選んだのが、ドラたまさんだぞ? てぇてぇ……よっぽどこの間やったゲームコラボが楽しかったんだろうなあ……」
対戦ゲームでイキるおじさんをモチがフルボッコにするという内容だったが、実に楽しそうだった。
「フフフ……そしてナイスパスだ、モチーチカ!」
「パス?」
「今のところVtuberの登録者数トップ5は、下からモチ、ドラたまさん、リリア、サキ……そしてトーカだ。つまり……ドラたまさんがこのモノマネリレーのバトンを渡すとしたら、トーカしかいない!」
ゴールとしても適切だろう。トーカと他の登録者数は圧倒的な差がある。トーカならこの流れを終わらせても文句を言われまい。
「そう、つまり、トーカとドラたまさんの初コラボがはじまるんだ! ひゃっほー! うへへ、そういうことならいくらでも睡眠時間削って動画撮ってやるぜ! いや、まてよ、それならゴールとしてはこれまでの総まとめで全員のモノマネを……? それだ、天才!」
完璧な流れだ。あとはドラたまさんが動画を作るだけだな。ドラたまさんは個人だから少し時間かかるだろうし3日ぐらい様子見るか!
◇ ◇ ◇
3日後。
@dora-tama
知らない間にとんでもないことになっているんですが……どうしたらいいんですかこれ……
|
@hoppo-shojo_mochi
期待してる
|
@mitino----->>
よくわからないけど、女の子は度胸だよ!
|
@jinbo-lilia
もちろん次はあの方ですわよね?
「いいぞ!」
俺はTwitterを見て喝采をあげた。
「やらざるをえない空気だ! そして最後のリリアのアシストがナイス! これでリリアにバトンを返すという選択肢はない! フフフ……はっはっはっは!」
「うわ……悪い顔してる」
「ククク……あとはここで私が追撃だな。にっこり顔文字でも送りつければもうあとには引けまい!」
「なるほどね。……で?」
悪魔は首を傾げる。
「その追撃はいつやるの? ていうか同じセリフ昨日も言ってたけど?」
「……下書きはできてる」
「投稿したら?」
「いや、それは、だってお前」
フォローフォロワーの関係ではあるけどさあ。
「一度も表でリプ送ったことないのに、そういうノリで話しかけたら迷惑じゃね……?」
「えぇ……」
サキ、モチ、リリアとはTwitterで一度挨拶したことがある。挨拶以降絡んでないが。ドラたまさんはバズるまで存在を知らなかったから……今更挨拶するのもなって……だいぶ前からフォローされてたし……。生放送でコメントしてくれたのには反応できたけど、それとこれとは話が別っていうか。
「コラボをしようって誘ったことはあるんだろう?」
「それはその……実はスタッフを装ってたし?」
「……もしかして君、恥ずかしがってるの?」
「恥ずかしいというか自信がない」
失礼なやつと思われたらどうしよう。いちオタクが立場をわきまえろってツッコまれそう。推しに迷惑かけたくない。
「……ここは無言の圧力しかない! いいねボタンだっ!」
彩羽根トーカがこのツイートをいいねしました。
「頼むっ、フォロワー! この表示をキャプチャしてドラたまさんに投げつけてくれっ!」
「うわぁ……陰湿……」
「コミュ障おじさんにはこれが限界なんだよッ……!」
なんならTwitterだってヘタクソだ。いまだにサキちゃんには話しかけてもらえないし……。
「いや、いける! これで十分! これでバトンは私に回ってくるぞ! そうしたら自然と、そう、ごく自然と絡みを増やしていくことが可能……! 完璧だ! はっはっは!」
◇ ◇ ◇
【今はこれが】おじさんのモノマネ見て楽しい?【精一杯】
『おはようございまーす。バーチャルぽちゃロリドラゴン皇女Youtuberおじさんのドラたまでーす』
おなかのぽっちゃりした竜尻尾の生えているロリが挨拶する。
『はい。まあ、ね、さすがに噛まずに言えるようになりますよ。えーと……そう、今日はァ! モノマネをするなのだぞ!』
目線の入った、銀髪の少女の絵が表示される。
『えー、なんかね、ありがたいことに、我ぇ……なんかのね、モノマネをしていただいて。ありがとうございます。あの、でもね、我おじさんなので。あんまりこう……ね? はい。えー……本当はこう、ゲーム作りの進捗ー、とかやるべきなんですけど、作ってる途中ってホント見せるものがなくて……ネタ振り、ありがとうございます!』
ふかぶかとドラゴン皇女は頭を下げる。
『で、これ、ルール的な、いやルールはないと思うんですけど、暗黙の了解的なね、やつで……たぶん同じ人のモノマネやっちゃ駄目なんですよ。で、じゃあどうしたらって……はい、やります!』
スウ……と息を吸うと、ぽちゃロリは右手を腹に、左手を背に当てて腰を折った。腹を腕が貫通している。
『皆さま、ごきげんよう。世界初男性バーチャルYouTuberのマネージャー、アバタと申します』
いつもよりやや低い声でおじさんは言う。
『ミチノサキさんのマネージャーをしています。よろしくお願いします』
長い間。
『……はい! 終わり! ……なんなんですか、なんなのだぞこれは! おじさんがカッコつけて言うようなセリフじゃないって……本物しか似合わないからコレ!』
ひとしきり地団駄を踏むおじさん。
『あ~……まあ、ね、いろいろ、はい。言いたいことはわかるし、我もぉ、外野だったらね、期待はするんですけど……あの、大御所のモノマネをするとかね、恐れ多いので。だっておま、おまおまえさあ、自分がやると思ってみなさいって……! 見られてるんですよ!? 本人に!』
ハァハァと息切れするおじさん。
『はい、というわけで……いろいろそのー、忙しいんですが、ゲームは作っているので……またね~なのだぞ~』
◇ ◇ ◇
「ふぁーっく!」
「机を叩かないでよ、うるさいな」
「くそ……くそう。その手があったか……!」
モノマネリレーでドラたまさんが選んだのは、同じ? 男性バーチャルYouTuber、サキのマネージャーの兎頭サラリーマン、アバタだった。
登録者数はアバター……外見の姿が男性の中ではトップ。対象として選んでも問題ない。ゴールとしてもふさわしいだろう。実はアバタはしばらく前から動画を上げておらず、サキの話にたまに出てくる程度なのだ。
つまり、投げつけてそこで止まってもそれはそれで活動休止中だから仕方なし。もしアンサーを出してくれれば久々の動画になって、アバタファン大歓喜で大金星。
「完璧……完璧だよ、ドラたまさん! 隙のないムーブ……おそるべき采配……!」
「そこまで考えてないんじゃない?」
とにかくこれで、この突発コラボは終わった。
「くそう……てぇてニウムは滅茶苦茶補給できたが……なんだよ大御所で恐れ多いって。こちとら同じおじさんだぞ……? いいじゃんかよ……バトン回してくれてもぉ……」
「他の人から見たらそういう評価ってことでしょ」
「それはそれで寂しい。もっと気軽に声をかけてほしい……」
「君から声をかけないと駄目なんじゃない? モノマネ動画なら別に、それはそれでやったら?」
「それはそれでなんかさぁ……ウザい先輩みたいにならないか? オタクたちへの紹介でもけっこうギリギリの気がしてるんだが? 推しに圧をかけるみたいにならないか?」
「やり方ってもんがあるでしょ」
やり方……やり方ね。
「……考えとく……」
とりあえず動画に高評価を押して告知ツイートをRTいいねして感想ぶらさげて……今日のところはこれぐらいで勘弁してやらあ! ううッ。
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