【コラボ企画】兵士長にお試ししてもらったらとんでもない結果に【仕事配信】

上位チャット:待機

上位チャット:プレミア公開!

上位チャット:コラボ嬉しい

上位チャット:Vバラ組が仲いいの好き

上位チャット:はじまる!


 カウントダウンの画面があけると、白Tシャツと藍色のジャージの男が現れた。Tシャツには「日曜日」と書かれている。


「どうもー! 九から飛んで六と書いて九六はなぬき曜星ヨウセイです!」


上位チャット:曜星くん!

上位チャット:声でかカレンダーマン!

上位チャット:収録は日曜か


「今日はゲストを呼んでのお役立ちツール紹介企画。それでは早速お呼びしましょう、この方です!」


 ヨウセイが脇に避けると、軍服を着た赤毛の男が画面に入ってくる。


大調和弊国だいちょうわへいこくより来ました。弊国の兵、アサカラ兵士長です」

「よろしくお願いします!」


上位チャット:兵士長キター!

上位チャット:弊国の良心

上位チャット:来たわねエリート


「いやーアサカラ兵士長、お忙しい中ありがとうございます!」

「いやいや、ヨウセイさんもいろんな企画で活躍中じゃないですか」

「アッ、お尻がムズムズする」

「そういう意図で言ってないから!?」


上位チャット:ヨウセイくん……?

上位チャット:?

上位チャット:何がかつやくするんですかねえ

上位チャット:過剰な弊国ジョークはNG


「えー置いといて、まーじーでお仕事が忙しいとか?」

「あーまあ、普通の仕事ならいいんですけど……働き方改革ってあるじゃないですか」

「報道されてますね。今年の四月からとかなんとか」


上位チャット:へー

上位チャット:ありますねえ

上位チャット:何が改革されるんだ……

上位チャット:人事にいろいろ言われて大変


「あれ関連で、リモートワークのテストケースをやってほしいって言われてて。それで自宅から仕事をしたりしてるんですよ」

「通勤なし! いいじゃないですか!」

「週1日だけとかだと、むしろ面倒なんですよね……取引先に説明したりとか……」

「お疲れ様ですッ!」


 ヨウセイは勢いよく頭を下げる。


上位チャット:草

上位チャット:さすがエリート

上位チャット:にじみでる有能さ

上位チャット:俺も自宅から仕事したいなあ


「さてそんな中途半端な状況にある兵士長ですが、ちょっとした悩みがあるとか?」

「中途半端て。いや、自宅で仕事すると、ちょっと気合いが入らないんですよね。仕事の効率が落ちているわけじゃないんですが、自分を律しないといけない分、余計に力が必要というか」

「やっぱり同じ場所で一緒に仕事をする人がいてこそ、適度な緊張感を持って仕事ができる感じですかね?」

「そうですね。そういう環境に慣れてるので、その方が集中できますね」


上位チャット:なるほど

上位チャット:わかりみ

上位チャット:自宅で仕事とかめっちゃサボりそう

上位チャット:そうかあ?


「はいっ。というわけでそんなアサカラ兵士長にオススメのバーチャルラウンジのスペースがあります! というか見つけました! 紹介させてください! こちらです!」


 ヨウセイはタイトルとオフィスの絵が描かれたパネルを取り出して説明する。


「その名も『バーチャル集中環境』。VR上で、PC作業に集中するためのシチュエーションを体験できるものです!」

「普通に有用そうなので楽しみにしてました」


上位チャット:バーチャル……何?

上位チャット:中華っぽいタイトル

上位チャット:あーこれかあ


「今日は実際にね、兵士長に仕事をしながら体験してもらおうと思います。ガチのやつです」

「ガチです。撮れ高とかなくていいと聞いてるので、普通に仕事しようと思います。まあ今日は休みだけど……溜まってる仕事はなくもないから……」


上位チャット:兵士長……

上位チャット:かわいそう……

上位チャット:忙しいのにコラボしてくれてありがとう


「はい! それでは行ってみましょう!」


 ヨウセイが大きな声で気合いを入れ──場面が転換して、白い空間にヨウセイひとりになる。


「というのは真っ赤な嘘!」


上位チャット:!?

上位チャット:はい

上位チャット:知 っ て た

上位チャット:おっ?


「どうも改めまして九六曜星です。今日の本当の企画はこちら! 『知らずに推しと仕事してたらいつ気づくのか検証してみた!』、そう、ドッキリ企画、でッす!」


 チープな効果音と拍手と共に、タイトルロゴが表示される。


上位チャット:ドッキリかよwwww

上位チャット:マジか

上位チャット:これは期待

上位チャット:まてよ兵士長の推し……?


「それでは今日の仕掛人をご紹介します、この方です!」


 ヨウセイに合図されて現れる、頭の後ろに赤い大きなリボンを下げた少女。


「こんにちは、人類。彩羽根トーカです!」


上位チャット:うおおおおおおおおお

上位チャット:こんにちは!

上位チャット:えっ

上位チャット:トーカちゃんだああああああ

上位チャット:有能企画

上位チャット:やったじゃん兵士長!!!


「トーカさんありがとうございます!」

「いえいえ! こういう誰も損しないイタズラはね、楽しいですから!」

「いやーアサカラ兵士長、普通に羨ましいな?」


上位チャット:それな

上位チャット:確かに笑

上位チャット:むしろご褒美企画じゃん


「えー、というわけで今日使用する『バーチャル集中環境』の説明をしていきます。基本はまず、デスク周りが再現されたVR空間なんですよね」

「VRの中のモニタとPCのモニタが同期しているので、VRヘッドセットつけてPCが操作できますよ。マウスとかキーボードもカメラで取り込めば、位置もぴったり合わせられます! さらにVRだからモニタの増量、拡大も可!」

「いや便利ですねえ。でもそこはほぼほぼバーチャルラウンジの基本機能! 無料なのに!」


上位チャット:バーチャルラウンジは無料!

上位チャット:当たり前のように使ってるけど有料でもおかしくないよなあ

上位チャット:マルチモニタにするのスペック要るけどね


「でもね人類、『バーチャル集中環境』はそれだけじゃありません。それに加えて、集中できる環境を用意しているんですよ! 暖炉の音の聞こえる私室、ガヤガヤと喋り声や食器の音が聞こえるカフェ、電話のコール音や同僚の話し声がするオフィスなどなど!」

「そういった音だけ提供しているサービスはいくつかありますが、環境まるごと用意するのはすごいですよねえ……」


上位チャット:ありますね

上位チャット:あー

上位チャット:よく使ってる

上位チャット:自分はああいうの苦手

上位チャット:雨の音のが好き


「そしてさらに! カフェやオフィスに登場する人物、つまりNPCを、フレンドや公開されているアバターに変更できるというのも楽しいところです!」

「はい、というわけで、その機能を使ってドッキリをしかけていきまーす!」


 ヨウセイがカメラに向かって宣言する。


「自分がアサカラ兵士長を誘導して、トーカさんを登場人物に設定するようにしますので、そうしたらトーカさんにちょくちょく仕掛けていってもらう……という作戦です」

「わかりました!」

「よろしくお願いします! それでは仕掛けていきましょう!」


 アイキャッチが入った後、場面が変わる。


 薄暗い、深い絨毯の敷き詰められた部屋。向かい合うように設置されたソファーには、尻尾を揺らしてくつろぐ白猫。遠くからパチパチと火のはぜる音がし、影が揺らぐ。重厚な机の上にはモニタが置かれ、アサカラ兵士長はその前に座っていた。


『はい、というわけでアサカラ兵士長、まずは初期設定の暖炉のある部屋にやってきましたが、どうでしょう』


 ワイプ画面にいるヨウセイが呼びかけると、アサカラはゆっくりと辺りを見回す。


「あー、落ち着きたい時にはいいですね。音もリアルな感じで。猫もいるし」


上位チャット:いいね

上位チャット:暖炉好き

上位チャット:猫チャン!

上位チャット:あっ、やりたい


『仕事はできそうでしょうか?』

「いやー俺はこれは無理ですね。リラックスしすぎて寝そう」

『なるほど確かに。それじゃあ本命のオフィスに変更しましょう』


 ヨウセイが操作をすると、部屋がゆっくりと暗くなって消え、徐々に明るさを取り戻す。空間はいくつものデスクが並び、スーツ姿の社員が仕事をしているものに変化していた。


「おー」

『どうでしょうか兵士長。ちなみにこちらは一般的なオフィスの設定です。クリエイター向けオフィスとかだと、こう高いパーティションに区切られた感じになりますが』

「あ、これでいいです。すごいですね、オフィスっぽい。このNPCの動きもそれっぽくて」


 スーツ姿の男女は、各々自分の席でパソコンを操作したり、電話をしたり、立って歩いて集まったりして、適度なざわめきを生み出していた。


「あーでも、席はここじゃない方がいいかな。誕生日席とか落ち着かないんで」

『じゃあ中ほどに移動しましょうか』


 パッ、とアサカラの席が、端から中央へと移動する。


「ああ、いい感じです」


上位チャット:めっちゃオフィスっぽい

上位チャット:こういう会社あるわ

上位チャット:エリート、偉い席慣れてないんか

上位チャット:あえて中央選ぶお偉いさんもいるぞ

上位チャット:なるほど環境音だけじゃないってこういうことか


『ではちょっと使い勝手を試してもらうということで、1時間ほど仕事していただいていいですか? そしたら目玉の機能の説明をしますので、声をかけさせていただきます』

「ああ、いいですよ」

『わかりました。それでは1時間後に!』


 ヨウセイの声が消えると、アサカラはぐるりとオフィスを見渡す。


「オフィスの人、立ち歩きもするのリアルだな……よし、仕事するか」


 アサカラが椅子に座ってパソコンを操作し始め──1時間経過、という字幕が出る。


(テロップ:※この1時間の間に、トーカさんとの前説の収録や打ち合わせをしました)


上位チャット:なるほど

上位チャット:トーカちゃんも1時間待ってるのかと思ったw

上位チャット:効率的だな

上位チャット:さすがにパソコンの画面はモザイクかけるか


『アサカラ兵士長!』

「あ、はい。あ、もう1時間?」

『どうやらその様子だと集中できたようですね』

「んー、まあそうですね。ただ……」


 アサカラは首をひねる。


「……慣れてきそうな感じはしますね。結局、自宅でやるのと変わらないというか」

『なるほど。ではここで、目玉機能を使ってちょっと刺激を加えてみましょう!』

「刺激?」

『このオフィスにいる人たち、実はフレンドのアバターに置き換えられるんですよ』


上位チャット:仕掛けに行った!

上位チャット:なお実際にある機能です

上位チャット:猫も置き換えられるぞ

上位チャット:どうしてそんなことするの


「へえー、なるほど、面白そうですね」

『でしょう!』

「じゃあ誕生日席に陛下を呼んで、他の従業員は弊国民に……」

『いやいやいや兵士長、それは普通過ぎるというか、せっかくの機能なんだしもっと夢のある職場にしましょうよ!』

「陛下と一緒に働くとか、かなり夢みたいな環境ですが?」

『忠誠心すごいな!?』


上位チャット:草

上位チャット:誘導ヘタクソか?

上位チャット:ヨルアサ派歓喜

上位チャット:まあ経緯が経緯だけにね


『いやいやもっと自分の欲望に忠実に行きましょうよ、たとえば──』


 ヨウセイは少し言葉に迷ってから──真っすぐに言った。


『隣の席が、トーカさんだったら……とか!』

「ッ!?」


上位チャット:ド直球wwwwww

上位チャット:ヨウセイ君さあ

上位チャット:不器用で草


「え……エッ? い、いいんですかそれ? これ公開する動画ですよね?」

『いいんですよ!』

「いやでも、迷惑かかったら悪いし」

『録画だから後で確認とって、最悪兵士長が気持ち悪くてもカットで!』

「気持ち悪いか!?」


上位チャット:動揺がすごい 

上位チャット:気持ち悪い兵士長見てみたいわw

上位チャット:推しへの迷惑を考えるの分かる


「いや、いやいや、でもなあ」

『おや、エリートな兵士長でも、推しが隣にいたら仕事に身が入らない?』

「は? いやそんなことはないでしょ。フィギュア置いてるのと同じことだし」


上位チャット:そうかぁ?

上位チャット:フィギュア飾りまくってる机周りの写真思い出した

上位チャット:あれはちょっと気持ち悪かったな笑


『いやー、VRだと分かりませんよ? いろいろギミックもありますし』

「いや、仕事は別なんで」

『じゃあ平気ですね?』

「全然平気ですよ」

『ようし、ならやってみようじゃないですか!』


 ヨウセイは強引に押し切る。


『それじゃこっちで設定しちゃいますよー。隣の席をトーカさんに……と』


(テロップ:送り込まれる仕掛け人!)


 ヨウセイの左隣の席にいた、地味なスーツ姿の女性が、大きな赤いリボンを頭の後ろに下げた少女に変わる。


上位チャット:キター!

上位チャット:違和感しかないwwwww

上位チャット:姪っ子が仕事場に遊びに来たのかな?


「お、おお……」

『それじゃ兵士長、ガチでお仕事するということで、お邪魔するのもアレなので自分は退出しますね。終わりごろ連絡ください。自分の反応がなければそのままインスタンスを終了してもらってもいいんで』

「えっ、行くの?」


上位チャット:wwwwwwww

上位チャット:情けない声で草

上位チャット:なんで弱ってるのwwwww

上位チャット:兵士長?


『いや、そういう予定でしたよね?』

「あ、ああ、そう……そうだった。大丈夫です」

『動画は撮ってるんで、一人だからって変なことしないでくださいよ?』

「誰がするか!」

『じゃあ抜けまーす』


 アサカラが天井に向かって叫ぶと、ヨウセイはさっさと通話を切り上げ──


『はいまあ、抜けるというのは嘘なんですけどね』


 この音声はアサカラ兵士長には聞こえていません、というテロップと共に言葉を続ける。


『さあここからはこのモニタールームから、ターゲットの動向の実況と、仕掛け人への指示を出していきたいと思います』


上位チャット:本番開始

上位チャット:来たぞ

上位チャット:どう仕掛けていくんだ?


『さてアサカラ兵士長の様子ですが……』


 アサカラは、机に向かって座ると──


 チラッチラッ、とトーカの方に視線をやった。


『いやめっちゃ気にしてるじゃん』


上位チャット:草

上位チャット:字幕入れられてて草

上位チャット:チラッチラッ

上位チャット:見てるwwwwww


「ふぅー……」


 アサカラは伸びをし、椅子を机に寄せて前のめりになる。


『あ、画面に寄って視界に入れないようにした? 弱いな兵士長?』


上位チャット:兵士長?

上位チャット:小学生かな?


『いやしかし、トーカさんの動きがNPCと見分けつかないですね……すごいな』


 アサカラの横のトーカは、他のNPCたちの動きを完全に模倣していた。


上位チャット:本当にトーカ入ってるのこれ?

上位チャット:NPCのマネがうますぎる

上位チャット:The Ship回を思い出すな

上位チャット:なつかしい話を


『さあ、そろそろ仕掛けていきましょう! トーカさん、コピー機を使いに行ってください!』


 ヨウセイが指示を出し、トーカがスッと立ち上がり──


「っ!」


 ガタッ、と音を立ててアサカラが身をよじった。


「……あ、あー、びっくりした……」

『いや効きすぎでしょ』


上位チャット:wwwwwww

上位チャット:草生える

上位チャット:めちゃくちゃ気にしてるwww


「……んんっ」


 トーカがコピー機を操作して紙束を持って自席に戻ると、アサカラは咳払いをして椅子に座りなおす。


上位チャット:なんだその咳払い

上位チャット:兵士長?

上位チャット:トーカの動きが上手い

上位チャット:こんな子と働きたい人生だった


『えー、じゃあね、もっと攻めていきたいと思います。トーカさん、お茶汲みして、兵士長にひと声かけてもらってくれます?』


 トーカはアサカラに見えない位置で頷くと、スッと立ち上がる。


『さあトーカさん二回目の離席は……目で追うぐらいで耐えてますね』


上位チャット:手が止まってるぞ兵士長

上位チャット:兵士長仕事しろ

上位チャット:集中環境とは?


『さて時間を空けて、兵士長が忘れていそうなタイミングで戻ってきました。トーカさんからお茶の差し入れです。横からソッと行ってください!』


 トーカは湯飲みを載せたトレイを持ってススーッと移動し──


「オツカレサマデス」

「ッ!?」


 一声かけて湯飲みをアサカラの机の上に置いた。ガタッ、と音を立ててのけ反るアサカラ。


上位チャット:wwwwwwww

上位チャット:動揺しすぎで草


「あ、ありが……あー」


 アサカラは言いかけて……トーカが何の反応も返さずに他の席へお茶を配りに行く背中を見つめる。


『お礼を言いかけて、相手がNPCだと思いだしたようですね。まあ本当は本物なんですが』


 やがてトーカが自席に戻るのを確認すると、アサカラは頭を掻いて呟いた。


「……あーびっくりした。アバターがトーカさんだとトーカさんの声に聞こえるもんだな……」

『いえ間違いなく中身は推しですよ兵士長。幻聴じゃないです』


上位チャット:草

上位チャット:本物だよ!

上位チャット:いるわけがないと思い込んでるwww

上位チャット:声も騒音で聞こえるやつに寄せてるから分からないだろうなあ

上位チャット:トーカちゃん安っぽい声のモノマネ上手すぎる


『まだバレてないようなので、もうちょっと攻めましょうか。トーカさんお願いします』


 指令を受けて、トーカがみたび動いた。


「ハンコオ願イシマスー」

「んェッ!?」


 トーカに書類を差し出され、アサカラは変な声を出す。


上位チャット:面白すぎるwwwww

上位チャット:兵士長かわいい

上位チャット:トーカの棒読みが上手いな


「え、ハンコ? え、これどうするんだ?」

『はい、もちろんこのスペースにハンコとか用意されてないです。こんなことされたら集中できませんからね。さあアサカラ兵士長はどうするのか』


 アサカラは左右を見渡し──


「えっと……」


 笑顔のトーカと書類を交互に見て──


「……は、はい」

『押したフリだー!』


 空中で指で何かつまんだものを、紙に押し付ける仕草をする。


「アリガトウゴザイマス」

「あ、いえ」

『固いぞ兵士長!』


 トーカはお辞儀して席へと戻る。


『さあ、明らかにおかしな場面でした。兵士長もさすがに気づいたか?』


 ヨウセイが煽り、アサカラは──


「……こういうイベントもあるのか」

『気づいてなかった!』


上位チャット:納得してて草

上位チャット:兵士長……?

上位チャット:うそやろ

上位チャット:さすがにこれは怪しいよwwww

上位チャット:押したフリかわいい


 しかし呟いたきり、アサカラは前を向いて仕事を再開する。


『えー……そろそろ気づいてもらった方がね、動画的にもいい感じなんですが。こうなったらギリギリの線をついていきましょうか』



(テロップ:鈍感なターゲットに、ネタバレ上等で挑む仕掛け人!)



(テロップ:しかしターゲット、まったく気づく気配を見せず!)



上位チャット:おいwwwww

上位チャット:きづかんのかい!

上位チャット:えぇ……


(テロップ:誰もいない誕生日席に謝りに行くトーカさん)


「申シ訳アリマセン! 申シ訳アリマセン!」

「へー……」


上位チャット:シュール

上位チャット:気づいて

上位チャット:めっちゃペコペコしてる


(テロップ:女子社員の立ち話に加わるトーカさん)


 アサカラから少し離れた場所で輪になっている女子社員に割り込むトーカ。


「モー本当ニ、大変デサー」

「!?」


上位チャット:これはどうだ!?

上位チャット:気づくか?

上位チャット:露骨ゥ!


「あっはっは!」

「!?」


上位チャット:笑い方wwww

上位チャット:ゲームのモーションみたいな笑い方しとる

上位チャット:でも笑い声はトーカだぞ


 しかし──アサカラはその時目線をやっただけで、仕事に戻る。


上位チャット:ってきづかんのかーい!

上位チャット:推しがここにいるわけがないという心理……


(テロップ:コピー機の不調を訴えるトーカさん)


「スイマセン、コピー機壊レチャッタンデスケド」

「あっ、あー……え?」


 紙束を抱えるトーカが、アサカラに訴える。


「……え、行って操作するやつ……?」

「オ願イシマスー」

「ああ、はい……」


(テロップ:いちおうコピー機のところに行ってみる兵士長)


上位チャット:明らかに会話してるだろ!wwwww

上位チャット:なぜ気づかないのか

上位チャット:律儀だな兵士長


「……いや操作するようなところないよな……? これでいいのか?」


 アサカラは首をひねりながら自席に戻る。


(テロップ:自分の席でスマホを使って通話しだすトーカさん)


「コンニチハ。ウン、ウン……ヘェー! ソウナンダー!」

「………」


上位チャット:気 づ い て

上位チャット:聞いてないのかな?

上位チャット:いやおかしいだろ……


(テロップ:スマホゲームでガチャを引いちゃうトーカさん)


「ヤッター! SSRダ! 見テクダサイヨ!」

「え? あ、あー……うん」

「推シハ尊イ!」

「すごいセリフ用意してるな……」


上位チャット:wwwwwwwww

上位チャット:もうwwwww

上位チャット:おかしいでしょwwwwwww


(テロップ:兵士長の背後でラジオ体操しはじめるトーカさん)


「オイッチニーサンシー、オイッチニーサンシー」

「………」

『どうしてこれが一番動揺しないのか』


上位チャット:これがわからない

上位チャット:うちの社内のオッサンよくやってるわ

上位チャット:おっさん臭いモーションで草


(テロップ:退勤するトーカさん)


「お先に失礼します! お疲れさまでした!」


上位チャット:いかないで

上位チャット:いかないで!

上位チャット:あれ棒読みじゃないな


『声を作るのをやめましたが……気づきませんねえ!』

「お仕事頑張ってくださいね!」


 トーカがオフィスの出口から身を乗り出して手を振り、アサカラは──


「いいな……」

『そうだな、いいな! 嘘だろ!?』


 ぼんやりとそう呟いて手を振り返すのだった。


上位チャット:いいな

上位チャット:いいなは草

上位チャット:えぇ……?

上位チャット:かわいい


(テロップ:そして……)


 白い空間に、ヨウセイとアサカラの二人だけの画になる。


「はい、というわけでね! アサカラ兵士長には時間いっぱい『バーチャル集中環境』を試していただきましたが、いかがでしたでしょうか!」

「捗りましたね。なんかちょくちょくイベントがあって、適度に緊張と緩和があっていい感じでした」

「……なるほど! ところでその、何か気づいたところはありましたか!?」

「え? さあ……普通によかったけど」


上位チャット:もうお腹痛い

上位チャット:そのイベント、イベントじゃないんですよ

上位チャット:マジかよwwwww


「……トーカさんがいて集中できなかったんじゃないですか!?」

「いや別に。よくできてて驚いたぐらい?」

「その程度ですか、トーカさんがいても!」

「うん?」

「トーカさんがいても!?」


上位チャット:押すなwwwwww

上位チャット:強引に行った!

上位チャット:どうだ!?


 アサカラは──首をひねる。


「……いや、あれは別にアバターだし、フィギュアと一緒──」

「驚きの鈍さ!」

「は?」


上位チャット:節穴兵士長

上位チャット:どうしてなの

上位チャット:わざとじゃないかと疑うレベルwwwww


「……あの、そのですね」


 地面に向かって叫んだヨウセイは、そろそろと顔を上げて説明を始める。


「本来の『バーチャル集中環境』には、お茶をくれるとか、ハンコを押すとかないんですよ」

「……?」

「コピー機が故障するとか! 隣でスマホゲー始めるとか! そういうことは起きないんです!」


 アサカラは動きを止めて──


「……!?」


 びくりと体を動かす。


「は!? え、は!? え、どゆこと!?」

「はい、ドッキリ大成功! 大成功です! 大成功を通り越して大事故だよチクショー!」


上位チャット:や っ た ぜ

上位チャット:や っ と か

上位チャット:これは大事故

上位チャット:いやあ兵士長は強敵でしたね……別の意味で


「は!? ドッキリ!? え、何が!?」

「いたんですよ隣に! トーカさんが!」

「えっ!? 本物が!?」

「そ う で す!」

「マジ……」


 一字一句、区切るように叫んだヨウセイ。アサカラは……弱々しく呟いた。


「えぇ……いや……いや確かに、今思い返してみるとちょっと変だなとは……」

「ラジオ体操とかめちゃくちゃ変でしょ!」

「いや、ああいうのはよくやってるオッサンがいるって聞くから、そういうモーションかなと」

「どういう職場だ!?」


上位チャット:本当だよwwwwww

上位チャット:うちの職場だよ! マジ勘弁してほしい

上位チャット:ゴルフおじさんもいるぞ!

上位チャット:野球おじさんヒア!


「はぁ~……えぇ……そうなの……あッ! じゃあ、この後トーカさんが登場する流れに!? えっ!?」

「なる予定だったんですけどね!」

「は? よ……予定……?」


 喜色をにじませたアサカラは、不穏な空気を感じ取ってトーンダウンする。


「実はですね。ネタバラシをしてアフタートークを撮るの、もっと早い時間の予定だったんですよ」

「……つまり?」


 ヨウセイは息を大きく吸い込み、一息に言った。


「忙しい時間を縫って収録に来ていただいたので! 退勤の後、約束の時間になったのでお帰りになりました! トーカさんありがとうございましたあぁぁぁ!」


 ガタン、と音がして、アサカラが地面に倒れ込む。


上位チャット:!?

上位チャット:え

上位チャット:どうした!?


「えぇ!? だ、大丈夫ですか、アサカラ兵士長」

「大丈夫じゃない……」


 倒れたまま、身動きせずにアサカラは言う。


「え……嘘だろ……俺、トーカさんとあんなに近くにいたのに……? 声もかけてもらったのに……?」

「兵士長?」


 ギリギリギリ、という異音がアサカラのマイクからする。


「そんなの、俺、すごい幸せ野郎じゃん……なのに気づいてないとかどれだけ……数時間前の俺が許せない……」


上位チャット:怖

上位チャット:兵士長……

上位チャット:ヒェ


「ギリギリギリギリ……ウウウウウゥゥゥ」

「はいというわけで、ドッキリ企画! 『知らずに推しと仕事してたらいつ気づくのか検証してみた!』、結果は企画終了まで気づかない、でした! それではまたー!」

「ああああぁぁあああああああー!」


上位チャット:歯ぎしりは草

上位チャット:魂の叫び

上位チャット:兵士長元気出して

上位チャット:かわいそうと思ったけど、よく考えたらトーカと共演してるんだよな……

上位チャット:お茶ももらってるんだよな……

上位チャット:同情しなくてよくね? はい解散

上位チャット:いやー笑ったわwwww

上位チャット:トーカちゃんコラボありがとう

上位チャット:次も期待してるぞ!

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