第40話 2016年 友達になって

【2016年 ヴァレリー・ローズ・ムグラリスの記録】


「アバタさん、大丈夫?」

「え?」


 え? じゃあない。ヴァレリーは机の向かい側に座るマネージャーに言う。


「顔色がよくないっていうか……ちゃんと食べてる?」

「ああ、まあ……」


 マネージャーは目を逸らす。


「……大丈夫ですよ。それより、ライブに向けてここが正念場なので、気を抜かずにいきましょう」


 食べてないな、とヴァレリーは判断した。


 人を減らしに減らして運転資金を節約し耐えてきたミチノサキプロジェクト。バーチャルYouTuberのブームが起きてなんとか収入が増えてきたものの、それがあまりに急すぎて、今度は人手不足に陥っていた。


 今までの反動か仕事がなくなるというトラウマゆえか、ガッツリ案件を受けた結果、採用活動がままならない。さらにそこへ、リリアのVRライブにいたく感銘を受けた上層部がこちらもライブをしようと言い出し、スタッフたちが軽いノリで「いいっすね!」とかいって走り出した結果、案の定リソース不足に陥り全員で息切れしていた。


 それを支えているのがヴァレリーのマネージャー――ニシバタタスクだ。誰よりも働いていて、己の身を削っている。この間は事務所で隠れるようにしてカップ麺を啜っていた。腹は膨れるだろうが、体にはよくない。


「少し休んだほうがいいんじゃ……」

「ご心配をおかけして申し訳ありません。しかし、自分は平気ですから」


 タスクは首を振る。


「いいですかヴァレリーさん。確かに少しばかり忙しいですが、これはヴァレリーさんにとって大きなチャンスです。このチャンスは誰がくれたものだと思いますか?」

「……スタッフさんたち?」

「いいえ。ミチノサキのファンの皆さんです。ファンがいて、望んでいるからこそ、ライブが開けるんです。ファンがいなければ、アイドルは輝けない。これはファンがくれたチャンスなんですよ。だったら、応えるしかありません」


 ファン。確かにサキのファンは増えた。そのことはとても嬉しい。もう一人の自分の活躍を見るのは大好きだ。つまり、ヴァレリーだってサキのファンだし、ライブは見たい。

 かといって、身近な人を犠牲にしてまで……?


「もちろん――自分も、スタッフの皆さんも、ミチノサキのファンです」

「あ……」

「自己管理はできています。ヴァレリーさんは、ライブの成功のことだけ考えてください」

「……うん、わかった」

「ではこのあとの予定ですが……」


 しばらく打ち合わせをすると、タスクは別の会議へと移動していった。ヴァレリーは少しの休憩時間となり、スマホをいじる。Twitterをエゴサすれば、サキのライブが楽しみなファンの言葉で溢れていた。


「……そうだね、うん。頑張らないと」


 事務所の仕事を手伝えるわけでもなし、ヴァレリーのやることは今日もサキとして活動し、みんなを楽しませることだけだ。


「……ん?」


 Twitterのタイムラインに、ひとつのつぶやきがリツイートされてくる。


@cyberne_to-ka

 すっごく先? でもないかな? 来年秋、すっごい企画をやります。見ててください、人類。VR機器を持って、バーチャルに来れるようにしておいてください!


 彩羽根トーカのつぶやきだった。めちゃくちゃふわっとした内容で、分かるのは時期とVR機器が必要だということだけだったが、それでもものすごい勢いで拡散されている。楽しみだの、待ってるだの、応援コメントがたくさんだ。いいねもリツイートも、自分のライブ告知以上。


 来年秋? ヴァレリーは悔しくなる。ミチノサキプロジェクトは明日さえ分からない。あんなにタスクたちスタッフが頑張っているのにだ。それが、トーカは来年の告知ができる。どれだけ巨大なバックがついているのだろう?


 だけど、負けない。サキはかわいいしおっぱいも大きい。あたしたちの信じるサキは、トーカにも負けないところを見せてやる。


@mitino----->>

 @cyberne_to-ka すっごい予告楽しみ! こっちも負けてられないよ! ちょっとサキにはサキのライブもあるから、見てよね!



 ◇ ◇ ◇



【2016年】


「あっ!? はっ!? うわっ、うわあああああああぁぁあ!? サッ、サキちゃ! サキちゃんからのリプだああああああ!?」

「うるさ、何?」

「推しが! リプを! 認知されっ! ふがっ」


 やばい、息が詰まった。


 いやだってさ……サキちゃんってほんっとにこれまで、全然絡んでくれなかったし言及もなかったんだよ。それが突然なんかこうライバルっぽい感じのリプ……えぇ? 尊い……尊すぎないか? てかやっぱライバル視されてた感じなの……? うごごごご、なんだそれ……関係性がアツすぎるぅぅ……。


「はっ! こ、こうしちゃいられん。えっと……もちろんライブ楽しみだよ、応援してるっ……と。ふう、秒で返せるようになったとは、私も成長したな!」

「10分ぐらいかかってたけど?」

「うっさい」


 まさか告知ツイートに絡んできてくれるとは思わなかった。まあ、前からサキちゃんのライブについては話題に出してたし、告知のリツイートもしてるから、こういうやりとりが問題になることもないだろ。ノーステマ。


「何やってるのさ……ああ、これ? 何なのこの告知は?」

「彩羽根トーカ20周年企画の告知だな」

「20……? 君がVtuberとして活動し始めたのは5年前だよね?」

「ジオシティーズにサイト出しただろ、1997年に。あれから数えて20年だよ」


 ジオシティーズの終了告知って2018年の秋だったかな。まあ何も更新していない、まさに『部屋』としてあるだけのサイトだ。これだけ彩羽根トーカの知名度が上がってもSEO的に弱すぎて検索してもめちゃくちゃ下位の方にあるから、発掘されるのは先のことだろうな。さすがになくなるのは嫌だし、そのころには移転の告知でもするか。


「ああ、そういえばそうだっけ。それで何をやるんだい?」

「バーチャルラウンジのアニメ制作機能を使って、アニメをつくる」


 せっかく機能が搭載されるんだし、ここは先手を打っていきたい。


「2017年の年末は、私にとって大切な時期なんだ。だからそこに合わせてな」


 前の世界でバーチャルYouTuberの黎明期がはじまった時期。俺が再び生きる気力を取り戻した日。そこに向かって恩返しをしたい。きっと多くの人を笑顔にすることが、それにつながる。


「これもなかなか大掛かりな仕掛けだぞ。交渉とかな、今から大変だからな!?」

「ああ、うん……わかった、手伝うから」

「いやあアガってくるな! しかし――まずはサキちゃんだな!」


 VRアニメにするから今のうちにみんなにVR機器を買わせておこう、と急ぎすぎた。バーチャルYouTuberブーム、そしてバーチャルラウンジのリリースからVR機器が日本で爆売れして品薄状態なんだよなあ……これでトラッカーが来たらどうなることか。

 と、いかんいかん。まずは目先のこと。サキちゃんのライブだな。


「サプライズゲストをやるからにはしっかり盛り上げないと……」

「君のライブでもないのに、気合入ってるねえ」

「推しのライブだぞ! 気合い入れないでどうするんだ!」


 そうだ、フラスタ注文しなきゃ。絵も描かないと。


「それに、あれだ……私の目的のこともある」

「目的……ああ、Vtuberの破滅を防ぐやつね」

「そうだ。トーカが輝き続けることは重要だが、トーカだけじゃダメだ。光り輝くVtuberは……信念を共にする人たちは多いほうがいい。特に、四天王と呼ばれるようなVtuberたちは……」


 ……あの背中に追いついただろうか。いつまでも追いつけない気がする。もう手が届かない輝きだからこそ。


「つまり、その、トーカひとりでは限界があるから……そう、これからは目的を共にする仲間を増やす……仲間になってもらう必要があるんだよ」

「ふうん。仲間ねえ?」


 悪魔はいやらしい笑いを浮かべる。


「トーカの初めての動画じゃ、『同じバーチャルの友達が欲しい』って言ってた気がするけど、君が増やすのは友達じゃないんだ?」

「それはお前……彩羽根トーカのセリフだろ」


 トーカとしては……あの自己紹介ではそう言うのが正しいと思ったからそうしただけだ。バーチャルにずっと一人だった子が欲しいのは友達だろうし……それに、そう言った方が視聴者に親しみを持ってもらえるだろう。


「トーカは友達が増えるかもしれない。でも私との関係はあくまで仲間だという……そういうことだよ。だいたい、推しと友達なんて恐れ多いだろ」

「ふーん。トーカは君なんじゃなかったっけ?」

「うるさい。気持ち悪い顔するな」


 ニヤニヤする悪魔の足を蹴る。避けられる。


「とにかく、サプライズゲストとしての大役を果たして、プロジェクト側のみならず、サキちゃん自身にもトーカに好感を持ってもらって、仲間になってもらうんだよ」


 ライバル視されているならそれでもいいが、目的は同じくしたいからな。


「そのためにも……」

「そのためにも?」

「サキちゃんと直接会ってもちゃんと話せるようにイメトレしておく……推しに会ったオタクは弱いんだ……」

「あぁ……そう」



 ◇ ◇ ◇



【2016年8月】


「やべぇ、現地盛り上がってるな……」


 俺はTwitterに張り付きながらつぶやいた。リアルで。


 今日はミチノサキのファーストライブ。Vtuber初……ではないが、それでも珍しいリアル開催のライブで、しかもサキちゃん主演ということでメディアも大きく取り上げていた。だがメディアよりはオタクの力だろう。Twitterのトレンド上位には既に#サキライブ2016のタグが登場していた。


 朝から現地に集うオタクたち、戦利品報告をするオタク、売り切れを嘆くオタク、突発オフになだれ込むオタク、カラオケで予習しはじめるオタク。オタクオタクオタク。オタク~~~!


「んあああああ! めちゃくちゃ楽しそう……混ざりたい。私が一番のオタクだよ!!」

「混ざれば?」

「出演者が観客に混じってどうするんだよ」


 世知辛い。まあ途中までライブは見れるし、その間は混ざってるようなものか。


 推しのオタクたちを追って心を潤わすことしばし。ニコ生も開場する。会場の様子が映し出されていた。動画に使われているいつものBGMが流れている。いやぁ……フリー素材もこうやって聴くといいものだな。


「始まるぞ」


 開場時間になる。フッと照明が落ち、スポットライトを浴びてスクリーンの前に現れたのは――


「またそうやってお前は私を喜ばせる!」

「ええ……何が? ただのマスクかぶった人だよね?」


『みなさま、大変長らくお待たせいたしました』


 ややこもった声でアナウンスするのは、ウサギのマスクをかぶったスーツ姿の男――世界初男性バーチャルYouTuberマネージャーだった。


『サキライブ2016~この未知の先へ~にようこそ。本日司会進行を務めさせていただきます、アバタと申します』


「実写のアバタ……リアルアバタ……リアバタじゃん。リアバタキタコレ!」


 弾幕に参加しとこ。それにしてもけっこう背が高くてスラッとしてるのな。というか細いわ。食べてるか?


『それでは、ライブを開始させていただきます。皆さま、どうか大きな声で「サキちゃん」とお呼びください。それでは、せ~の、』


「サキちゃああぁぁ~~~ん!」

「うるさ」


『いえ~~~い!』


 スクリーンにサキちゃんが飛び込むように現れ、歓声があがる。一曲目のイントロが始まっていた。


『みんな~! 見てる~!?』

『見てる~!』

『やったー! 今日はミチノサキ、一生懸命がんばります! それでは聞いてください一曲目!』


 賑やかで楽しい曲を歌い出す。サキちゃんやっぱ歌うまいな。そしてオタクのコールも揃っててすごい。


『……はい、改めまして!』


 一曲目が終わり、息を弾ませながらサキちゃんが挨拶する。


『ミチノサキです! みんな、今日は来てくれてありがとう!』


 オタクたちがちらほら、「こっちこそありがとう!」と返している。うん、わかる。逆に感謝しかない。生きててくれてありがとう。拝んじゃう。


『この日のために、サキも、スタッフさんたちも、アバタさんも、みんな頑張って準備しました! その成果を見ていってくださいね!』


「うおおお! 見てるぞー!」

「君ほんと画面に向かって話すの好きだね」


 うっさい。そういう商売だろVtuberって。


『それではさっそく次の曲! どんどん先に進んでくぜー!』


「うおおおおぉぉ!」



 ◇ ◇ ◇



【2016年8月 ヴァレリー・ローズ・ムグラリスの記録】


 最後の曲を歌いきり、ヴァレリーはポーズを取る。トラッキング用のスーツと機材をつけた自分が、目の前の確認用モニタでは汗一つかいていないミチノサキとして、半透明に重ねて表示されている観客たちから喝采を浴びていた。


『皆さま、ありがとうございます』


 ウサギマスクをかぶったタスクがステージに出てきて、観客に礼をする。


『サキさん、最後の曲までよくがんばりましたね』

「みんなが応援してくれたおかげかなっ」


 ウォー! と歓声があがる。


「でもでも、アバタさん。なーんか時間が余ってない?」


 オオ~!? と煽るような声が湧く。


『はい。実はサキさんにサプライズプレゼントをご用意しています』

「えー、なんだろ!?」


 と驚いて見せるが、演出だ。この先の流れは分かっている。途中でも流したが、他のVtuberたちから残りのお祝いコメントをもらって、それでアンコール。アンコール曲は準備期間が足りなかったので、今日のセットリストからもう一回。


『はい。実は先程とは別のバーチャルYouTuberの方々からも、メッセージをいただいています』

「ええ! まだあったの!? なにそれ、楽しみ!」


 楽しみなのは本当だ。動画があるとは聞いているが、スタッフたちに中身は見てのお楽しみと言われている。ヴァレリーはぴょんぴょんと飛び跳ねながら催促した。


「早く早く! みんなも見たいよね!?」


 見たーい! と会場が一体となって返す。


『分かりました。それでは再生いたします』


 アバタが脇に引っ込み、ステージ上に立つサキの頭上に大きく動画が再生される。


『皆さま、ごきげんよう。みなさまを天に導く、神望リリアですわ』

「わっ、リリアちゃん!」


 会場とともにサキも驚く。大物だ。いや、ガブガブイリアルがこのライブにも協力してくれているし、そのつながりで?


『ミチノサキさん、わたくしに引き続き、フフフ、ファーストライブの開催、おめでとうございます』

「んんー! マウントされたぁ!」

『サキさんのエネルギッシュな姿はいつも動画で拝見させていただいていますわ。きっとその元気でライブの成功も間違いなしですね?』


 観客が歓声で応える。動画のリリアは、それを絶妙な時間待っていた。


『フフフ、聞くまでもなかったですね。それではサキさん、今度はぜひ、バーチャルラウンジを使ってコラボしましょうね』

「わー宣伝まで!?」


 客席が笑いに包まれる。それが収まった頃、次の動画が表示された。


『ズドラーストヴィチェ。北方少女モチです』

「モチーチカ!」

『サキさん。ライブ、おめでとう』

「ありがとーう! モチーチカもかわいいよ!」

『モチは、アイドルを目指しているので』

「うんうん!」

『ライブ。素直に羨ましい』

「いいだろー! わっはっは」


 サキは胸をそらして笑う。


『いつか、モチもライブする』

「お!?」

『そのときは……よろしく』

「圧かけられた!? 言われなくても応援するよぉ!」

『それじゃ、ばいばい』

「バイバーイ! いやー、すごいすごい! え、まだあるの!? 次は!?」

『こんにちはー』


 突如ライブ会場に響き渡るおじさんの声に、どっと笑いが起きた。


『バーチャルぽちゃロリドラゴン皇女Youtuberおじさんの、ドラたまです!』

「ドラちゃん! わあ! かわいい!」

『サキさん! ファーストライブ開催、おめでとうございます! 会場ゥ~、盛り上がってるかー!?』

「いえーい!」

『はい、あのね。こうして動画を撮っていると、あのー、初めて話をね、させていただいた時のことを思い出します。あれってリハなくて、あの、マジでぶっつけ本番でぇ……すごく緊張してました』

「うんうん、あたしも!」

『きっとステージに立つって、それより緊張することだと思うので……すごい、すごいなって、おじさん尊敬してます、あの、動画もいつも見てます、ファンでーす』

「ふふっ」


 やばい、ちょっとうるっときた。同じ道を歩んでいる人から認められるのは、サキが、なによりスタッフの頑張りが認められたことでもある。


『サキさんの動画を見て、おじさんも頑張ろうって思えるので、これからも応援してます! サキちゃんはようやく走りはじめたばかりだからな……この未知の先をよ……!』

「ちょっ、打ち切らないー!」

『以上、おじさんでしたー』

「のだだぞ、って言えー!」


 まったく、最近のおじさんは全然設定を守らないのが面白くてずるい。ともあれ、いい締めだった。会場も笑っている。これならアンコールはあの曲を……。


『ザ……ザザ……』

「ん?」


 動画にノイズが走る……動画? まだ続きが?


 次の瞬間、画面には頭の後ろに大きなリボンを下げた女の子が出てきた。会場が歓声で爆発する。


『こんにちは、人類。彩羽根トーカです』


 トーカちゃん! 待ってた! やっぱりか! そんな声が会場から聞こえる。


『ミチノサキちゃん。ファーストライブ開催おめでとうございます!』

「あ、ありがと……」


 バーチャルYouTuberの始祖。圧倒的なチャンネル登録者数で他を寄せ付けない。今や案件を持ち込むことすら難しいといわれているVtuber界の大御所。それがなんで自分のライブに?


『私、サキちゃんにずっと伝えたいことがあって』

「な、なにかなー?」


 飲まれるもんか。今日の主役はあたしだ。


『私はバーチャルに生まれてからずっと一人で……人類のみんなと動画でやりとりできるようになってからも、長い間一人でした。そこに、初めて、同じバーチャルの仲間としてサキちゃんが来てくれたんです』

「う、うん……」

『それがとても嬉しくって。今日まで活動してくれていることに、感謝の気持ちを伝えたいんです。サキちゃん……ありがとう!』


 サキは――ヴァレリーは混乱していた。トーカって、こういう子……なの?


 実は、ちゃんと動画を見たことがない。恵まれた先駆者で、勝手に対抗心を燃やして、ムキになっていた。きっと大企業のバックアップを受けて余裕綽々の、お気楽な演者なんだろうと決めつけていた。しかし……。


『それと、アバタさん! アバタさーん!』

『……あっはい!』


 ステージに慌ててアバタが戻ってくる。


『マネージャーとして、サキちゃんを支えてくれてありがとう! これから先もずっとサキちゃんのマネージャーでいてくれるかな?』

『………』

『こら! そこはとりあえずでもハイって言っておくとこだぞ! 虚空に送るな!』

『え? あ、はい、すいません。もちろん、マネージャーを続けさせていただきます』


 アバタがペコペコと頭を下げる。会場からも、そうだぞしっかりしろ、サキちゃんを任せたぞ、という声が上がり、そちらにもアバタは頭を下げる。


『サキちゃん、私、彩羽根トーカはVtuberオタクなんだけど……サキちゃんのファンでもあります!』


 ……トーカが? あたしの?


『それでね、ひとつお願いがあるんだけど……ああもう、もどかしい!』


 急にトーカはかぶりを振ると身を乗り出した。


『直接伝えたいから、ちょっとそっちいくね!』

「えっ?」

『よいしょお~!』


 動画の枠を持って、トーカは――枠をまたいで乗り越えると、くるりと1回転してサキの隣に降り立った。


「え? え?」

「んっん……こっ、こんにちは、サキちゃん!」

「え? どどど、どういうこと?」

「ドッキリ大成功! 実はさっきのお祝い動画は、動画じゃなくて……生放送でした!」

「ええええ!?」

「あっ、ごっ、驚かせてごめんね!?」


 驚いた。会場もどよめいている。なんだこれは。


「えっと、そっ、それでね、サキちゃん!」

「あ、うん」

「お願いっていうのはね、そのぉ……んんっ」


 トーカは咳払いをしてから、顔を上げる。


「私と、とっ、とっとっ……友達になってくれませんか!」


 ……え?


「……と、ともだち?」

「え? あッ、ちがっ」


 トーカはぶんぶんと両手を振る。


「その、えっと、そう、仲間、仲間って言いたくてェ! これからバーチャル界隈を盛り上げる仲間ってことでその」

「友達って言ったよね?」

「……あっ、ヴッ……アッハイ……その、友達ですゥ……」


 トーカが、あたしと友達に?


「う、うう……な、なんだこれ、恥ずかしい……こんなこと言っちゃったの初めてなので……」

「え、はじめてなの?」

「あ、う、はい。まあ、そのぉ……私コミュ障なので」

「へぇ~!」


 驚きから立ち直った反動で、なんだかヴァレリーは気が大きくなった。


 なんだ、トーカって普通の女の子じゃん。


 勝手に対抗心燃やして身構えてたのは自分だけだったらしい。自分のファンだって言うし。うんうん、よく見たらなかなかかわいいじゃん。おっぱいはともかく。


「そうなの!? あたしはけっこう誰にでも、友達になろうー! って言う方だよ!」

「そうなんですね」

「まあそれでうまくいったことあんまないんだけど! あっはっは!」

「ああ~、逆に」

「そうそう。あ~、うん、でもそうだね~」


 誰かにはうまくいったかもしれない、と思い返し……あまり成功していないことに気づく。それどころか。


「あ~……そういえば、私のはじめての友達には、友達になろっ、てちゃんと言ったことないかも」

「あ、そうなんだ」

「うん……」


 言ってないかもしれない。いつのまにか、友達だと思っていた。けれど。


「……あっちから友達だって言ってもらったことないし……もうずっと会ってないけど……お手紙だしても返事こないけど……」

「ええ……?」

「あたしは友達だと、思ってるんだけど……もしかして」


 もしかして?


「迷惑、だったのかな?」


 テルネ。どうして何も言ってくれないの。


「えっと、あ~……その!」


 サキが黙り込んでしまい、トーカが慌てて口を開く。


「ぐ、偶然ですね! 実は私も似たようなことがあって!」

「……そうなの?」

「あっと、でもその、立場が逆っていうか……私が返事を返してない方なんですけど……」

「ええ!? ひどい、なんで!?」


 やっぱりいい子じゃないかもしれない。


「友達じゃないの!?」

「……わからないんです」


 トーカはぽつりと言う。


「その子のことは……心配はしてる。もし近くにいたら助けてあげたい、と思う。でも……別に……私から友達だって言ったことはないし、それに……その子には夢があって」


 トーカは頭を掻いて目を逸らす。


「それは私とは違う夢だから……力になれないと思うし、それなら私なんかに構うより、もっと周りの人と仲良くやって、夢を叶えてもらいたいというか……」


 夢。目標。


「だから、私のことなんて忘れて、自分の道を歩いてもらいたい……かなって」


 不器用な優しさだ。相手のことを考えているようで考えていない。


 そして、そういうことをするやつに、ヴァレリーはすごく心当たりがあった。


「……ずるいよ。忘れるわけ、ないじゃん」


 ずっと先にいた。近くにいた。助けてくれていた。


「そうかな」

「そうだよ」


 心配してくれてるなら、それならそうと言ってほしい。


「友達だよ、それって」

「そう……なんですかね。はは……なら、ちゃんと言えばよかったのかな。もう遅いけど」


 ――いや、今からでも遅くない。


「それじゃあ」


 ヴァレリーは震える声をなんとか支え、鼻水をすすって、涙をぬぐいながら言ってやった。


「あたしたちは、ズッ、ちゃんと友達にな゛ろ゛ぅ?」


 ウォオ! と会場が歓声を上げる。戸惑う相手に、ヴァレリーは半ば涙声で呼びかけた。


「ね゛っ、テルネ!」

「!?!?」










『そっ、そうだね! ! うん、なってる!』

「う゛ん!」

『もう私たちとっくに友達になってるね! ねー!』

「うんうん! なってるー! あっはっはっは!」

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