第15話 2014年 気づく者たち

【2014年2月 カリーム・ジブリール・サイード・ジャウハリーの記録】


「ではミーティングを始めよう」

「はい」


 小さな会議室。そこにぎっしりと人が集まったところでカリームが前置きもなく言うと、進行係がさっさと議題を進める。


「まずプロジェクト『Warehouse』の開発進捗ですが、ベータ版はスケジュール通り来月に……」


 淀みなく進む会議を見て、カリームは改めてこの会社――自分の創設した会社を心地よいと思う。


 株式会社ガブガブゲームス。大学時代に集めたメンバーで起業した、カリームが代表の会社だ。


 多くの兄弟と同じく、自分で新しい事業を起こすという課題を与えられたカリーム。親にあまり期待されていなかったが故に日本に送り込まれたのだと理解しているが、今はそのことに感謝していた。


 彼女と出会い、オタク文化の真髄に気づくことができた。そして、ゲームという総合芸術……それを己の好きに作る会社を作り上げられたのだから。


 ……最も起業してすぐにはうまく行かず、親から貰った資金も尽きて、に大量に株を買ってもらうなどという屈辱もあったのだが……その後はスマホ向けの小粒なゲームに早くから取り組んできた甲斐もあり、順調に業績を伸ばしている。


 そして、プロジェクト『Warehouse』だ。


「うむ、よくやってくれた」


 カリームは進行役の話が終わると、拍手して労う。


「我が社が初めて挑むPC向けの3Dゲーム。未経験の領域にも関わらず、遅滞なく進んでいるのは皆の努力あってのことだ」

「本当、感謝してくださいよ」


 古株のスタッフが軽口を叩く。


「全部のラインを集中して、人も無茶苦茶増やして……管理側の人間だって大変なんですからね?」

「本当本当。開発費でキャッシュがどんどん消えるし、これで売れなかったらやばいっすよ」

「売れるさ。我々の作るゲームは面白い」


 カリームは自信満々に言う。するとスタッフたちは――


「いやマジで売れないと駄目ですよ?」

「売らないといけないんですからね?」

「う、うむ」


 遠慮なくツッコミを入れた。


「分かっている……これが売れなかったら我が社は解散だ」


 延命する手段はある。技術力を活かして他の会社の開発を請け負うとか、派遣するとか。しかしそうすれば企画の自由は失われるし、そうまでして続けたいとはこの場の誰も思っていなかった。


「売れるためには広報も必要だ。どうなっている?」

「スマホゲームとは勝手が違うので、いろいろ他を参考にしながらやっていますが……」


 担当者がパラパラと資料をめくる。


「何はともあれそろそろ記事を書いてもらいたいので、タイトルを確定しましょう。英語タイトル『The Warehouse Staff』、日本語タイトル『The 倉庫スタッフ』、でいいんですよね?」

「うむ」


 カリームは堂々と頷く。


「実にチープな名前だが、それでいい。このゲームは一見ただの倉庫スタッフのシミュレーター……だと思わせておいて、ある事件から濃厚なミステリーに引きずり込む、というギミックが肝だからな」

「そのネタバレをやらないで広報するの難しいんですけどね……ま、それが面白いんですけど。えーと、記事を依頼する媒体がこのリストで」


 担当者が資料を出す。


「それから、ベータ版……ストーリーなし版を動画にしてもらう件ですが、企業サイトだけでなく個人のストリーマーにも依頼しようかと。Twitchで活動している海外の方に何人か……」

「ああ、Twitchか。最近はポケモンをチャットで動かすのが流行っているな」

「間違いなく今後も伸びていきますよ」

「異論はない。進めてくれ」

「でも大丈夫ですかね」


 スタッフが懸念の声をあげる。


「ストーリー無しだと結構薄味ですし、海外のストリーマーは正直だから、つまらなそうにプレイするかも」

「報酬を出すんだから少しは手加減してほしいけど、向こうもあんまりリップサービスすると信用に関わるんでしょうね」

「むう……ストーリーに触れてもらえばそんなことを言わせない自信はあるが……しかしそこのネタバレはな……」

「あ、あのう、なら」


 悩むカリームに、一人のスタッフが手を挙げる。


「この子はどうでしょう。TwitchじゃなくてYouTubeなんですけど……最近、なんかうちの過去作を全部紹介する動画を投稿してくれていて」

「最近、過去作を? 全部?」

「ええ。それも編集のクオリティ高いし、すごく楽しそうにやってくれてるんですよ」


 初期の頃……会社を初めたての頃の作品は、もちろん自信作ばかりだが、今見ると納得の行かないことも多い。それがポジティブに反応されているのは嬉しいことだ。


「ふむ、なかなか見どころのあるオタクもいたものだな。誰だ?」

「えっと、バーチャルYouTuberの」


 スタッフはスマホに画面を出す。


「彩羽根トーカちゃんって言うんですけど」

「バーチャルYouTuber……? 初音ミク、いや、ゆっくり実況みたいなものか……?」

「再生しますね」


 そして、カリームは声を聞く。


『こんにちは、人類。彩羽根トーカです!』

「!!!」


 声を聞き、ひと目見ただけで――カリームの心臓は高鳴った。



 ◇ ◇ ◇



「なるほど! バーチャルYouTuberか!」


 ガブガブゲームスのゲームを紹介するシリーズをすべて再生させ、鑑賞し……カリームは興奮を抑えられずに言った。


「これだ! よく見つけた! 褒めてやるぞ!」

「どうした急に」

「社長が壊れた」

「キサマらにはわからないのか、このエンタメ……いや、存在の革命が!」


 カリームは拳を握る。


「いや、このチャンネル登録者数からすると、気づいていない者が大半か……なんと愚かな。エンターテイメントのシーンが変わるというのに!」

「えーと、説明お願いします」

「いいだろう。そうだな……キサマらにも好きな漫画のキャラの一人や二人はいるだろう」


 スタッフたちは頷く。


「やがてその漫画がアニメ化して、キャラに声がついて動くようになる。嬉しいか?」

「うれしい」

「ではそのキャラがオレたちのゲームをプレイして感想を言ってくれるか? 言わないだろう。言わせたとして、それはタイアップ企画であってそのキャラの感想ではないよな? だが……見ろ、彩羽根トーカを!」


 ばしばし、とスマホの画面を叩く。


「仮想のキャラクターが生の反応をくれる……面白いだろう? そう、反応だ。今まで仮想のキャラクターというのは、反応しなかった……ゲームでさえ、反応はあらかじめ決められていた。だが、コレは違う。本物の反応があるんだ」


 カリームは熱を込めて語る。


「いずれこのタイプのストリーマーは増えていく、いや、エンタメの中心になっていくに違いない……そうだ、乗り遅れるな! まだ注目を集めていない今こそ好機だ。我が社も始めるぞ、バーチャルYouTuber事業を!」

「おぉ……」


 急な話に動揺するも、スタッフたちから反対の声は上がらなかった。なんたってカリームのこういう口車に乗って集まったオタクたちなので。


「えっと、その新事業の話は後にするとして……では、この彩羽根トーカちゃんにも先行プレイ動画の依頼をしますね」

「いや、待て! ……それは駄目だ」

「えぇ、なんでですか?」

「よく見ろ、我が社のゲームの紹介動画を。実に楽しそうではないか」

「ええ、だからこそ適任かと……」

「いいや、だからこそ駄目だ」


 カリームは首を横に振る。


「オタクとしてどう思う? ファンとして活動していただけなのに、その対象から金を渡されて宣伝してくれなんて言われたら……急に自分だけ特別扱いされたら?」

「あ……」

「もちろん……こんなハイクオリティな動画を毎日投稿するような組織だ。仕事としてきっちりやってくれるだろう。しかし……彩羽根トーカは、今までのような気持ちではいられなくなるに違いない……そんな思いをさせたくはない、そうだな?」


 スタッフたちは頷いた。オタクの複雑な気持ちに配慮する者たちであった。


 それからしばらくして、会議が終わる。続けて新事業の会議に入ることが決まっていたが、さすがに小休止となった。


「バーチャルYouTuber……まずは何から始めるか……最終的にはどうする……」


 カリームはぶつぶつ呟きながら、自席の窓から狭い空を見上げる。


「フ……テルネよ。オマエがオレの存在に気づく日も近い」


 高校の卒業式から姿を見なくなった想い人。彼女の写真を懐から出して、カリームは挑戦的に笑う。


「テルネが好きだと言うもの……それをオレが作っていると知り、感動してこの腕の中に飛び込んでくる日も秒読みと言うわけだ。ハッハッハッハ!」

「また社長がキモい笑いしてる」

「例の幼馴染だっけ。一途なのはすごいけど、度が過ぎると怖いよね……」



 ◇ ◇ ◇



【2014年5月 番組制作会社スタッフの記録】


「オタクくんさぁ」


 ディレクターの男が、ぷはぁ、とタバコの煙を吐きつける。アルバイトとしてこの会社に勤めるスタッフは、顔をそらした。


「インターネットとか詳しいでしょ。だからパパッとまとめておいてよ」

「いやでも僕、ジャンル違うっていうか……それに、あの、今からだと権利確認とか、間に合わな」

「いいって、そんなの。だってネットに無料で公開してるんでしょ。無料のものを使って何も悪いことなんてないの。むしろ感謝してもらうべきだよね、テレビに使ってもらえてさあ」


 古い考えだ。スタッフは嫌悪した。しかし逆らうような気概も権力もない。


「じゃ、よろしくね」


 ディレクターが去っていく。残業が確定したスタッフは、吸いもしないタバコの匂いの染みついたシャツにうんざりしながら、パソコンでYouTubeを開いた。

 ここからいくつか動画をみつくろって編集しないといけない。本来なら許可を取るべきだ。だが時間はない。スタッフは良心を殺して作業を始めた。


「あ」


 スマホから通知。その内容にスタッフは少し頬を緩ませた。唯一登録をしているYouTubeチャンネルからの最新動画のお知らせ。毎日90秒の癒やしの時間。


 たったの90秒だし、とスタッフは動画を再生した。今日はフィットネスに挑戦する内容だった。ちょっとアングルが嬉しい。なかなかキツめのメニューにかかわらず呼吸が全く乱れないことに、期待を裏切られた気持ちよりも先に感心してしまった。


 今日は当たりの方……というか最近は普通に面白い。以前まではかなりズレた感性をしているなー、という目で見ていたが、今は親戚のちょっと変わった女の子を観察している気分になる。


「……そういえば、この子もそうなんだよな」


 YouTuberだと名乗ってる。企画の趣旨に一致はしないが的外れというほどでもない。


「よし、入れとくか」


 興味のないチャンネルをひとつ探す手間が省けた。毎日を癒やしてくれて、仕事まで助けてくれる。天使か? 天使だろう。天使なら――無断使用しても許してくれるはずだ。


 偶然見つけたこのチャンネル、技術力もデザインも優れているのに全然流行っていない。コメント欄も過疎、スパムか冷やかしばかり。おかげで語り合う同志も見つからなかった。これで少しは語る相手が増えればいい。


「さて、まだ尺があるぞ……」


 スタッフはとりあえず赤いリボンの少女の動画を、いちばん助かったシーンで一時停止して別ウィンドウにし、作業を継続するのだった。

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