第16話 2014年 きっかけ
【2014年5月】
「支えてくれるファンに感謝する……ってよくアイドルが言うじゃないか?」
「なんだい急に」
俺はもやし炒めに入れたか細い油揚げを悪魔から守りながら言う。
「前の世界では実感がいまいちなかったんだよな。百万も登録者がいたら、ファンなんてただの数としてしか考えられないんじゃないか……登録するだけして何もアピールしないファンのことなんて気にするすべがないんじゃないかって。だけど」
立場が変わって分かったことがある。
「ただの数じゃない。これは特別な数なんだ。いつでも感謝を伝える用意がある……そういう人たちがどれだけいるか、という……」
「何が言いたいのさ?」
「……例え数が少なくても、私には……彩羽根トーカにはファンがいる、ということだ」
増やすことばかり考えて、そのことに気づいていなかったかもしれない。3桁に行ってなくたって、2桁ものファンがいるということに。
「だったら……ファンのために活動してもいいんじゃないか? プロYouTuberになんかならなくても、今の私を応援してくれるファンのために……趣味としてのYouTuberでいいんじゃないかと」
5日に出したYouTube活動3周年を記念する動画。それには簡潔な言葉ながらも、祝福と応援のコメントが数件ついた。
「最近『新作』のゲームも出てきたし、それを遊んで動画にする、そういう趣味的な活動でさ……」
「ああ、なんか最近はゲームの動画が多いね? あれはとうしたんだい?」
「だから、『新作』なんだよ」
前の世界からずっとオタクをやってきた。だから古今東西のゲームを知っている。どマイナーゲームを発掘してくるVtuberとかも好きだったからな。
だが、そんな俺でも知らないゲームがこの世界には存在した。
「前の世界には絶対に存在しなかったと思うんだ。ガブガブゲームスっていう名前のインディー系の開発会社なんだが」
「ふうん。……うん、確かに存在しないねえ」
どういう蝶の羽ばたきの影響か分からないが、ゲーム業界にはささいな変化が起きていたらしい。
「やっぱりな。ブラック勤めの頃は気づかなかったが、結構前から活動しているらしい。どうあがいても私はオタクだからな……新作ゲームがあると知れば心が弾む。ガブガブゲームスのどんなゲームでも愛おしいよ」
まだ会社の規模が小さいためか、アイディア勝負の低価格・広告モデルのスマホゲームしかリリースしていなかった。だがそれがいい。リリース期間が短いのは嬉しいことだ。
「その会社のゲームを紹介してる動画も楽しそうにしてるね。それにしても、そんなにかい?」
「新作補正もあるが、荒削りながら『わかっている』ゲームを作っていると評価しているぞ」
オタクのコレ遊んでみたい! を刺激する企画にあふれている。ニッチかもしれないが、楽しいから遊べよ、というパワーに溢れているのを感じる。
「だから紹介動画を投稿して応援したいわけだ」
「ふーん。そのわりに他の会社のゲームも動画にしてるよね?」
「一社だけに集中したらステマだと思われるだろ」
カモフラ用の動画も新作のためと思えば辛くない。
「今月発売した『The 倉庫スタッフ』もいい感じだぞ。もう少しプレイしたら編集してシリーズものの動画にするつもりなんだが」
The 倉庫スタッフ。ガブガブゲームス初のPC用ゲームだ。何のシンプルシリーズだよという感じのタイトルだが、そのチープさを逆手に取った仕掛けが待っていたのには驚かされた。
「巨大ECサイトの倉庫スタッフになるゲームでな、顧客の注文から商品をピックアップして梱包するんだが紛らわしい商品が並んでいて難しい。そのうえタイムアタック的な要素もあって、つい無限にスコアアタックをしてしまう。だが本番はストーリーモードだろうな。極貧の主人公、商品をちょろまかす先輩、やがて主人公も空腹から盗みに手を出さざるを得なくなる。そしてある日奥まった場所にある商品をピックアップしようとして見つけてしまうんだな、箱詰めされた少女の死体――」
「つまりさ」
悪魔は白けた顔でもやしをフォークに巻き取る。
「オタカツができるようになったから、もういいやって諦めたのかい? 親分になるって目標を」
「ッ……」
俺は……拳を握りしめる。
「……諦めてなんか……いない」
目標は変わらない。突き進まなければならない。
真のタイムリミットは2016年6月30日。ここまでに蝶の羽ばたきを十分に巻き起こせなければ、きっと世界線は収束する。前の世界と同じ親分が誕生し、俺はよくて始祖呼ばわりされて推しの間に挟まる邪魔者になるのだ。
それは分かっている。しかし、分かっていても、覚悟を決めていても、無傷というわけにはいかなかった。わずかな傷の積み重ねが、心を摩耗させていく。
「諦めていないが……弱音だって吐きたくもなる。未だに再生数も登録者数も3桁ない弱小チャンネル。たまにつくコメントもスパムか冷やかし……3年やってこれだぞ?」
前の世界では1年だった。その3倍の時間をかけて、何も成していない。
ただのVtuber大好きおじさんが技術力と芸能の才能を得ても、世界を変えることはできないのか……?
「まだ……まだやれる……いや、やり続ける。だが、何をどうしたらいいんだ」
折れない。その気持ちはある。しかし、タイムリミットもあるのだ。
「キャラが悪かったんじゃない? 別のキャラを作ってみるとかさ。いろいろやってみなよ」
「別キャラは絶対に駄目だ」
彩羽根トーカこそが俺のアバターなのだ。
「別キャラなんてやってみろ。もしバズったとしても、その後でトーカを流行らなかった前世として持ち出される。そんな親分は嫌だ。私は、トーカが、親分になるんだ……ん?」
「君はワガママばっかりだなあ」
悪魔はじとりとした目で睨んでくる。俺は――それを見返さない。
「いいかい、僕は力を得るために君に協力しているんだ。君にお願いした立場ではあるけど、君が非協力的だというなら僕にだって考えが……」
「待て」
見返さない。
悪魔を見ている場合じゃない。
「ん?」
口を閉じて、悪魔も気づいた。机を揺らす異音。その発生源――俺のスマホに。
「うわ、何? 止まらないけどアラームかい?」
「いや、違う。これは――通知だ!」
チャンネル登録者数が増えるとスマホに通知が行くようにしていた。これまで、時折思い出したかのように震えるだけだったスマホが――バイブレーションが止まらない。
ガガガガガガガガ!
「な、なんだ!? なんで今だ!?」
「え、何!?」
「バズだ! このスマホ、飛ぶぞ!」
「バイブレーションでスマホが飛ぶわけがないだろ!? えーと」
悪魔が自分のスマホを操作して事態を追う。
「ふむふむ……はぁ、なるほどね」
悪魔はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる。
「やあ、どうやら朝のテレビの、『今流行のYouTuber特集!』とやらで取り上げられたらしいよ。普通の人間の中に混じって、色物として彩羽根トーカが数秒だけ出てきたって」
「YouTuber特集……? っ、そうか!」
2014年5月。YouTuberと超有名男性アイドルグループの共演がテレビで放送された。これをきっかけにテレビ側でも大きくYouTuberが扱われるようになる。
その余波が、彩羽根トーカに訪れたのか? バーチャルYouTuberを名乗っていたがゆえに、異色のYouTuberとして取り上げられて。
「バーチャルYouTuberとしての紹介じゃないのは癪だが……贅沢は言うまい」
この時代、テレビの視聴者数は下り坂とはいえ巨大な影響力をもつ。そこに彩羽根トーカが映し出された……露出した。まともにやろうとしたらいくら広告費がかかるか分からない。
「なんで私を選んだのかは分からないが……棚ぼたとはいえチャンスには違いない!」
俺にはできなかったことが、今起こっている。現実に登録者がどんどん増えているのだ。
「よし、明日の動画は差し替えだ! タイトルは『テレビデビューしました!?』か!?」
SNSを漁れば放送のキャプチャ映像が出てくるだろう。もちろんそのまま使うと無断利用で訴えられるから、再現映像を作って……。
ピロピロピロピロ〜。
「――出勤!」
「え?」
「……バイトの時間だ」
忘れてた。今日はバイト、朝からだった。通知のバイブレーションで止まらないスマホをなんとか操作して、アラームを止める。
「……スマホは置いていくしかないな、これ。しばらく操作できん」
「今日ぐらい休んだらどうだい?」
「バカ、そんなことできるわけないだろ!」
バイトとはいえ責任というものがある。それに。
「私が休んだら店長が死ぬんだぞ!」
「ええ……大げさな」
いや、店長は俺のブラック勤務以上に働いているからな……俺が休んだら店長しか代わりがいないし、ただでさえ病弱な店長が無理をしたら絶対に倒れる。ていうか前例がこの3年で腐るほどある。
「店長が倒れるとシフトが崩れて、でも本部からは店を閉めるなって言われているから、そうなると店長が高熱を出しながら――」
「ああ、はいはいわかったよ、でもいいのかい? せっかく注目を集めてるのに」
「……よく考えたら、あんまり急に反応するのもなんかイヤラシイ気がする」
彩羽根トーカはバーチャルYouTuberの親分になるのだ。それが安易に「テレビさんありがとう」なんてやったらどうなる? この時点で格付けがされてしまうじゃないか。そしてテレビは雑にVtuberを扱うようになる……。
「そうだ、駄目だ駄目だ! ありがとうなんかじゃない。もっと毅然としないと!」
へえ、見る目あるじゃん。動画の無断利用、事前連絡さえなかったけど、今回ぐらいは許してやるよ。……これぐらいの心持ちじゃないと。
「テレビで紹介されたことはネタにしつつ、さらっと流す感じの動画にしよう……うん。よし」
俺は顔を上げる。
「バイトしながら台本考えてくる。帰ったら寝ずに撮影だ」
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