黎明期の訪れ

第27話 2015年 知らない光

【2015年】


「ヤダーーーッ!」


 俺は悲鳴を上げた。


「ヤダヤダヤダヤダ!」


 ダイニングの床に転がった。


「絶対に見たくない!」

「またそれかい」

「とにかく嫌なのじゃ〜!」

「なんだよ、のじゃって……」


 悪魔がムカつく呆れ声を出すが、嫌なものは嫌だ。


「今度は何が嫌なんだい?」

「だってお前こんなの……ひどいよ、こんなのってないよ!」

「僕に言われてもねえ」


 そりゃそうだが、それでも……。


 俺はそろりそろりと身を起こすと、テーブルの上に置いたタブレットに目を向ける。ブログのタイトルとリンクが表示されていた。タイトルを見るだけで、動悸が激しくなる。


『キミはバーチャルぽちゃロリドラゴン皇女Youtuberおじさんを知っているか!?』


「はーっ、はーっ、……うっ、ううっ……」

「ええ……、ちょっと、大丈夫なの?」


 だいじょばない。胸が苦しい。


「これは、あれかい? 前の世界のバーチャルYouTuberなの?」

「……ちがう……いや、わからん……わからない……」


 可能性は高い。いや低い。同じ可能性は、センスとアンテナ。違う可能性は、性癖とタイミング。いや2015年にはすでにLive2Dで作品を作っていたはず……なら……?


 違っていてほしい。だが彼ならと期待してしまうオタクの自分がいる。それでいて彼に罪悪感を抱いてしまう自分も。感情がゴチャゴチャだ。俺はどうしたいんだ。こうならないために、ブームを前倒ししようとしていたのに、結局追いつかれてしまったのか?


「わからん……何も」

「じゃあどうするのさ」

「どうって」


 このまま悶えているのか? 知らないままでいられるのか?


「……記事より先に、動画を見る」


 見るしかない。この気持を抱えたままじゃ何もできない。


 チャンネルを開く。サムネイルだけで心臓がバクバクする。すでに動画が5本。1分もない最初の動画を再生する――



 ◇ ◇ ◇



【はじめました】ドラゴン娘はじめました【001】


 無料のアセットっぽい、チープな神殿を背景に、薄紅色のポニーテールの女の子が立っている。


 普通の娘ではない。頭の上には小さな王冠。こめかみのあたりからはねじりのある二本の長い角が生えていて、つるんとした大きな額には赤い不思議な紋章が描かれている。古代ローマのトーガをアイドル風にしたような、へそというか、ぷっくりしたお腹丸出しの衣装。


 そして背後に見える、太くて長いトカゲ――薄紅のたてがみの生えたドラゴンのしっぽ。


「こんっ……えー……おはようございまーす」


 かわいらしくも表情の動かない少女の顔から――成人男性の声がする。


「バーチャル……バーチャル、ぽちゃロリ、ドラゴン皇女、Youtuberおじさん……の、ドラたまでーす」


 手を上げる。腕が少し太い。体が動いてもポニーテールは揺れなかった。


「おっ、えっと……我はぁー……竜人の皇女……って設定でぇー」


 手持ち無沙汰に腕を動かす。いろいろ物が貫通している。


「あのー……ね。あの、バーチャルYouTuber的なことを……やったらできるかなって……で、できたので、ちゃんと収録しようと思ったんだけど……」


 ぴたりと動きが止まる。


「キネクトに向かって、あの、画面に向かって独り言言うのはこれ、けっこうきついなあっ……って、思いまし、思ったのだぞ」


 しばらく無言。


「……できたので、少し続けていこうと思うのだ。それじゃあ、さらばだぞ。……ばいばーい」



 ◇ ◇ ◇



「……僕も初めて見たけど、なに、これ。女の子からおじさんの声がしてたけど」

「それがいいんじゃろがい!」

「うわ急に何!?」


 硬直から抜け出して、俺は椅子の背もたれに深く寄りかかると、大きく息を吐いた。


「……違った」

「何が?」

「別人だ。聞き覚えた声と全然違う。バーチャルぽちゃロリドラゴン皇女Youtuberおじさんの中身は……知らないおじさんだ」

「えぇ……その長い名前で通すの? ……って、君、泣いてる?」

「うるさい」


 悲しみと誇らしさで感情がぐちゃぐちゃだ。


「自分はタイミングがよかっただけで、自分がやらなければいずれ誰かがやっていた……か」


 前の世界でその言葉を証明するすべはなかった。彼の謙虚な言葉は、この世界で、俺だけが正しかったのだと知った。誇らしくも、悲しい。国民に伝えたい。世界線はどうしてこんな収束をするのか……。


 ……いや、待てよ。


「……おい悪魔」

「なんだい?」

「この世界で人生二周目をやってるのは私だけなんだろうな? 物理演算を駆使する幼女とかいないだろうな?」


 ここまで似たような存在を生み出したのだ。俺と同じように未来を知っているやつが先取りしたという可能性は?


「ああ、そんなこと? はっきりさせておくけど、特別なのは君だけだよ。この世界には他の神魔も干渉できない。せいぜいが観察できるだけし、そもそも干渉なんて試しもしないよ」

「しない理由はなんだ?」

「こういう世界がいくつあると思ってるんだい? わざわざ若輩の僕の世界に目をつける理由がないね。それに、途中で見たらネタバレじゃないか」


 神様たちはネタバレが嫌いらしい。


「……まあ、いいだろう。そういうこととして……切り替えていこう」


 とにかく……彼ではない。彼のセンスを盗んだわけでもない。偶然似たような発想に至った別人。シンクロニシティ。


 であれば――遠慮は無用だ。


「ぐへへ、おじさんかわいいお腹してんじゃねえか! いいねえ、ふとましボディがそそるぜぇ……推せるッ! ふひひ、頭につけたハンドルは何に使うのかなぁ~?」

「うわぁ……」

「うぇひひ……ん、ゴホン。で、ブログで紹介されてバズったんだったな」


 ブログ記事から一日で1万人を突破し、5万人目前だという。余波でトーカの登録者数も同じぐらい増えている。

 とにかく、震源はブログか。記事を確認するとしよう……。



 ◇ ◇ ◇



【キミはバーチャルぽちゃロリドラゴン皇女Youtuberおじさんを知っているか!?】


 こんにちは、ポプラです。


 以前、当ブログでは「バーチャルYouTuber」の彩羽根トーカちゃんを紹介しました。


【記事リンク:バーチャルYouTuber彩羽根トーカとは!?】


 紹介当時と違って、トーカちゃんも活動の場が広がってきました。深夜でしたが地上波でソシャゲのCMもやりましたし、秋葉原のパーツショップのキャンペーンガールをやったり。

 4年前と違って、他企業のバーチャルYouTuberも増えてきましたし、「友達がほしい」と言っていたトーカちゃんの望む世界がやっと近づいて来たのかなと。


 そんな今後が楽しみなバーチャルYouTuber業界ですが、ここにきて異色の存在が現れました。


 それがこちらです。


【動画リンク:【はじめました】ドラゴン娘はじめました【001】】


 バーチャルぽちゃロリドラゴン皇女Youtuberおじさんです。


 たどたどしい言葉遣い、明らかに収録慣れしていない雰囲気、あやふやな語尾。そしてぽっちゃりでロリで竜人の皇女という性癖特盛のキャラクター。


 極めつけは声がおじさんだということです。


 やべえヤツです。


 トーカちゃんが中身オッサンとか言われてイジられているのとは次元が違います。だって本物のおじさんだもの。


 いったいバーチャルぽちゃロリドラゴン皇女Youtuberおじさんとはなんなのか。

 混乱する視聴者に投げつけられたのが、次の動画です。


【動画リンク:【自己紹介】皇女なのだぞ【002】】


 動画のタイトルこそキャラ設定を守っている感じですが、内容は赤裸々なおじさんの告白です。


 おじさんはゲーム会社に勤めていること。でも自分が作りたいゲームは作れない、年下の子に指示されるような下っ端であること。いつか自主制作のゲームで独立しようと思ってまず作った最初のキャラクターがこのドラゴン娘であること。バーチャルYouTuberがそんなにお金かけなくてもやれそうだから手を出してみたこと……。


 ヤバイです。トーカちゃんをはじめバーチャルYouTuberといえば中の人はいない、あるいは秘密であるものなのに、このおじさんは素性どころか性癖までフルオープンで突貫してきます。


 しかもモデルから収録環境、動画編集まで自分でやる正真正銘の「全部俺」プロジェクト。



 ◇ ◇ ◇



「ん?」



 ◇ ◇ ◇



 トーカちゃんが「なんでも自分でやってる風」をうまく演技しているのとは違って、マジで全部一人でやっている個人プロジェクトなのです。



 ◇ ◇ ◇



「待て待て待て」


 俺はブログをスクロールする手を止めてツッコんだ。


「トーカもVtuber個人勢やろがい!」


 企画もモデリングも撮影も編集も全部俺だぞ。……いや正確には、小物のモデリングとか字幕の翻訳とかは、暇そうにしている悪魔にやらせたりはしているが……法人ではないし……Vtuber家族勢?


「え、なんだ? どういうことだ? ちゃんと出してる動画全部、『トーカがやりました』ってはっきりアピールしてるのに……?」


 トーカの紹介記事の方を見る……あ、これ見たことあるわ。でもそんなこと書いてないぞ。普通の紹介記事だ。


「なんで個人勢じゃないと思われてるんだ……?」

「さあ?」


 悪魔が小憎たらしく肩をすくめる。ムカつくが……さっぱり思い当たらない。


「……仕方ない。検索、するか」

「僕の力じゃ今の世界のことは――」

「そっちじゃない。人類の叡智の方だ」


 Googleに彩羽根トーカと打ち込む。ずらずらと並ぶ検索結果。YouTubeのチャンネル、ニコニコ動画のチャンネル、ニュースサイトの記事、ブログ記事、そして……。


「あれ? 全然リンク踏んでないんだね?」

「……まあな」


 ニコニコ大百科の記事、まとめサイトの記事……匿名掲示板のスレッド。これらを、俺は見ていない。


「なんで見てないのさ?」

「こういうのは本人が見る場所じゃないんだよ。Twitterとか、動画のコメントとかはそりゃ見るさ。だって相手が見てる場所だと意識して書き込んでるわけだし。でも、こういう……ちょっとアングラなところは」


 検索に出てくる時点でグラウンドにアンダーしてないが。


「相手が見てないと思って書き込んでるんだ」


 そんなもの、推しには見てほしくない。心無い言葉で心を病んでほしくない。


「……とはいえ、推しに知られずに意見交換をしたいというファンの気持ちも、分からなくはない」


 推しには自分の抱く汚い感情を知られたくない……しかし誰かと気持ちを共有はしたい。その気持ち、痛いほどわかる。「おじさんのお腹ペロペロしたいよう」なんて、本人には見られたくなさすぎるが、同志には「わかる。おへそほじほじしたい」と認めてもらいたい気持ち。


「だから見なかった……オタクのそういう場所を守るために……だけど」


 今日ばかりは見なければならない。すまない、許せ、オタク。せめて個人の認知はしないから……っ!


「………」

「どうだい?」


 ……ふむ、なるほど……なるほどね……?


「ふぅ〜……」


 ダンッ!


「お前ら行儀良すぎだろ……! 直接言えッ!」

「ええ……何なのさ」


 思わず机を叩いてしまった。……というか、なんか力が抜けたよ。もう突っ伏しちゃう。はあ、そういう理由だったのか……?


「……端的に言うと、彩羽根トーカはクオリティが高すぎて個人勢だと思われてなかった。どこかの大企業のプロモーションだと思われてるらしい……」

「へえ」


 大体、こういう認識をされていたらしい。


 俺の声→人気声優が名前を隠してやってる。もしくはボイチェンしたおじさん。

 そんなわけないだろ。おじさんなのは否定しないが。


 歌動画→声が違うので別人、歌のプロがやってる。

 俺だよ! 歌うときは声を張ったり原曲に寄せてるだけだよ! 素の声に近いのもあるだろ!


 ダンス動画→ダンスのプロに交代、もしくは手付けのモーションデータ。

 だから俺だって! 逆に手付けでモーションデータ作る方がめんどくさいが!?


 ゲーム動画→プロゲーマーのプレイ動画かTAS動画にアテレコしてる(倉庫と雪山だけはポンコツなので本人)。

 コントローラー操作が精密にできるようになって上手くなったし、前の世界でネタバレされてるから効率を知ってるだけなんだよ……!


 アクション動画→これスーツアクターの○○さんだよね。知ってる。

 誰だよ! ……まあその人の動きを完コピしたらそうなる……か?


 教育動画→塾の案件か。

 案件だったら苦労しないが? 無償だよ!


 お絵描き動画→○○さんかな? いや○○さんじゃね?

 俺だって! 人に迷惑かけるのやめろ!


 プログラミング、モデリング動画→スタッフさんお疲れ様です。

 俺! 俺! 俺! 俺! スタッフなんかいませぇん!


 動画の翻訳字幕→AIさんお疲れ様です。

 俺! と悪魔! 自動で書き起こして翻訳かけたクオリティじゃないだろ……!


 演奏動画→音楽会社のプロモーション。

 耳コピして一日で全部弾いて録音して編集することの何がおかしいんだよ……!


 結論→彩羽根トーカは名前を隠したプロたちの手柄を横取りしてイキッてる寒いプロジェクト。


「そりゃ……流行らんわ……」


 俺は椅子から崩れ落ち、床を力なく叩いた。いや、そういういろんなプロに支えられるVtuberだってイイものはイイし否定はしないが……。


「オタクはウソが嫌いだし、ぽっと出の空気読んでないやつがマネーパワーでぶん殴ってくるのも嫌いだ。寒いだろそんなの……。トーカは、それに全部当てはまると思われていたのか……」


 まあ……全員ではないだろう。こういうところに書き込む人たちがそう思っているだけで、直接コメントをくれる人たちや、サイレントなファンは信じてくれている……はずだ。たぶん。


「あっはっは、才能がありすぎたのも困ったものだねえ。どうする? トーカは個人プロジェクトなんだって訂正でも求めてみるかい?」

「それこそ寒すぎる」


 降って湧いたバーチャルぽちゃロリドラゴン皇女Youtuberおじさんブームに水をさすだけだし、今のトーカを信じてくれているファンに申し訳ない。


「スタンスは変えない。……そういうことも含めて、トーカの秘密のヴェールなんだ。いずれ本当に全部私がやっている……と分かってくれるだろう」


 とにかく……誤解されている理由はわかった。ブログの続きを読もう。



 ◇ ◇ ◇



 技術力がなくてゲーム制作がなかなか進まないとなげくおじさんの本領が発揮されるのが、次の動画です。


【動画リンク:【今日はなんの日?】ドラゴンなところを見せるのだだぞ【003】】


 11月20日はピザの日。おじさんはピザ作りにチャレンジ。


 どう見てもUnityのデフォルトの白いCubeオブジェクトを床に叩きつけて平たくし、「ドラゴンブレス! ……ファイヤー!(遅延)」の掛け声で尻から(尻から)赤いパーティクルを放出。白いオブジェクトが一瞬でアセットストアから買ってきた2ドルのピザに早変わり。


 しっぽが急に天を突いたり、パーティクル(粒子)が粗くて何もかも丸見えなのは、皆さんとの秘密です。


 そして最新の動画ではさらに衝撃の展開が。


【動画リンク:【黙っていてごめんなさい】すべてをお話しします【005】】


 チャンネル登録者数100人突破を祝うおじさん(記事執筆時の登録者数300人程度)。しかしその様子に元気がありません。


 なんとおじさん、100人もの(?)登録者を前にウソをつくのが辛くなったと告白。実はゲーム会社に勤めていたのは以前のことで、現在はいろいろなアルバイトを経て心が折れ、ニートをしていることを明かします。ついでに30過ぎの童貞だとも。


 ゲーム作りをしているのは本当ですが生計をたてられるとは思っていないこと。それでも作りきりたいと思っていること。今後はアルバイト探しと並行して、成果物を使って動画を作っていくので応援してほしいことを述べました。


 ニートの童貞おじさん、ドラゴン娘になる。


 ラノベのタイトルっぽいですが現実です。すげえ時代になってしまったなと思います。


 個人でもバーチャルYouTuberはやっていけるのか。バイトは決まるのか。ゲームは果たして完成するのか。

 おじさんの今後に注目です。



 ◇ ◇ ◇



「300人から……このブログ記事がバズって5万人目前か。このペースなら年内10万人は堅いな」


 SNSを追えば、「やべえヤツ」としておじさんが紹介され、「バーチャルYouTuberとはなんだ」という話になり、「他にもバーチャルYouTuberはいるぞ!」とそれぞれの推しを動画の切り抜きとともに紹介していく流れができ、それがまとめサイトで取り上げられ、画像がおもちゃにされて――


 トーカだけでなく、バーチャルYouTuber全体が伸びていた。


 最初のバズ……テレビに紹介された時には、バーチャルYouTuberはトーカしかいなかった。横に広がる余地が一切なくて、伸びが継続しなかった……それが、今回は違う。


「……これは、そうか」


 SNSでは「これはどういう技術なのか」「自分でもできそう」「このクォリティでいいなら」「ニートのおじさんにできたんだし」と、いい意味で侮る発言がいくつか見られる。やりたい、やれるかも、やってみよう、そういう流れが見てとれる。オタクたちの衝動が感じ取れる。


「は、はは……そうか……Vtuberを増やすには……完璧な親分じゃ駄目だったのか……」


 自分にもできるかも、と自発的に思わせるものが必要だったんだ。初めから高いハードルじゃ、飛ぼうとさえ思わない。そういうことなんだ、きっと。


「トーカじゃダメだった……」

「そう? 君のことを取り上げてくれている人も多いよ。だいたい、雪山の動画をオススメしているね」


 本人プレイだと勘違い……いや本人なんだが……プロじゃなくてトーカの中の人がプレイしていると思われている動画が伸びた理由は、そういうことなんだろう。完璧じゃないものが必要だったんだ。つまり、俺の初見プレイにおけるポンコツっぷりが受けたわけで。


 ……ということは、俺の魂の輝きって、ポンコツ成分なのか? いまいち納得できないぞ? ただのギャップじゃないか?


 そもそもポンコツぶりを見せようと思ったって……どうしたらいい? 今後出てくるゲームだって全てプレイ・視聴済みだから……初見となるとドマイナー海外インディーゲームとか? そんなクソ……微妙ゲーでポンコツムーブできるのか? そもそも、つまらんゲームを楽しく実況できる気はしないぞ。あれ? 詰んでる?


「いや。私のことは――今はいい」


 今バズっているのは、バーチャルぽちゃロリドラゴン皇女Youtuberおじさん。


 そして、オタクたちが盛り上がっている。手を出そうとしている。


 あの綺羅星の前触れが、見える。


「来るぞ……バーチャルYouTuberブームが!」


 結局俺には起こせなかった流れ。この世界でもひとりのおじさんが切り拓いた未来。


「――いや! おじさんだけの結果じゃない。私だってこの流れには関わっている。前の世界より2年も早い。それは私がいたからこそだ……私の成果なんだ……!」


 そこまで腐ることはない。はずだ。


 ――そんなことより!


「こうしちゃいられん!」

「おっ、何をするんだい?」

「決まってる!」


 俺は作業部屋に駆け込みながら、悪魔に答えた。


「SNSでオススメVtuberを布教していく流れだろ! ズルいぞ! ――私にも推し事させろ!」


 俺は!


「前世繰り越して、この世界で最古のVtuberオタクは私だぞ!」


 お前らの誰よりも古参!


「こいつらの紹介文とか、切り抜きとか、全然なってないね! こんなのじゃ魅力の百分の一も伝わってない! 待ってろよオタクども! 私が! Vtuberの沼というものを教えてやる!」


 取り急ぎTwitterに連投だ! 拡散してくれフォロワーたち! 切り抜き動画とか紹介動画も作るぞ! サキちゃんモチちゃんリリアちゃん! アバタもイヌビスも! 大も小も! 余すところなく!


「私が一番うまくVtuberを推せるんだ! このバズを加速させる! 界隈を盛り上げて、そして!」


 ここまで来たんだ。勇気を出す時だ!


「――おじさんの童貞を貰うのはこの私だ!」

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