2018年 年に一度の気持ち

【ヴァレリー・ローズ・ムグラリスの記録】


 2018年11月。


「あ~、さっぱりしたぁ」


 テルネたちと朝のランニングを終えたヴァレリーは、シャワーで汗を流してからダイニングに移動する。


「やあ、おかえり」

「あ、ナルト~、今日の朝ごはんなに?」

「大したものは作ってないから期待しないでよ。まったく、なんで僕が料理係なんて」

「えー、あたしナルトのご飯も好きだよ!」

「はいはい」


 ヴァレリーは自分の席に着く。


「さっきは何か仕事してたみたいだけど、終わったの?」

「一区切りってところさ」

「大変だね、弁護士さんも」

「全くだよ」


 ナルトは料理をしながら肩をすくめる。


「こんなことなら、あんなあやふやな契約をするべきじゃなかったと思うね。まったく僕も詰めが甘い」

「? 契約トラブルの仕事?」

「ああ、昔の話さ。最初のね」

「ふーん」


 ヴァレリーは首を傾げる。ナルトの話はよく分からなかった。


「そんなことよりさ、聞いてよ!」


 が、それはいつものことなので考えるのをやめて次の話題に移る。


「テルネがひどいの!」

「ふうん、何をやらかしたんだい?」

「トーカのお誕生日をお祝いしよう、って言ったら嫌だって言うの! 区切りがどうのとか、自分はいいんだとか、そういうことばっかり言って! ランニング中も不機嫌そうだったし!」

「誕生日……ああ、なるほどね。確かに来月はトーカが生まれた日とも言えるか」


 ナルトはぼんやりと応える。


「まあ、本人がやらないって言うならそれでいいんじゃない? あれで結構今の生活を楽しんでいるみたいだし、そんなことが必要ないぐらい充実してるんでしょ。はVtuberのことを面と向かって語り合う相手もいなかったし、ましてやリアルの友達なんていなかったわけだからねえ」

「えー! でもでも、せっかくトーカの誕生日なんだよ!? ファンだってお祝いしたいはず!」


 20周年の時はすごかった、とヴァレリーは思い出す。わずかな期間で様々なVtuberたち、そしてファンの企画がいくつも立ち上がり、当日はトーカを祝う動画や絵、3Dモデルや楽曲などで溢れかえっていた。日本のみならず海外でもオタクのトレンドはトーカ一色になり、さらにトーカが広く知られることになった。


「去年みたいな大ごとにしたくないんでしょ」

「それは……」


 少し分かる。確かに、祝う方も大変だろう。去年集まったあの作品たちは一朝一夕でできるようなものではなく、愛と情熱がこれでもかと詰め込まれていた。あれを毎年やれと言われたらみんな疲弊してしまうだろう。ミチノサキだって、ファンには無理をしないように言っている。


 しかし、だからといって祝う機会をトーカが自らなくす必要はないだろう。祝うも祝わないも、その人の気持ち次第なのだから。


「……そうだよね、うん、そっか。あのねナルト、やっぱりあたしはお祝いしたい。だから、勝手にお祝いする!」

「ふうん」

「何の話です?」

「あ、ラトナ! 聞いて聞いて!」


 離れで身なりを整えてきたラトナに、ヴァレリーはこれまでの経緯を話す。


「なるほど、テルネさんの機嫌が悪いと思ったら、ヴァレリーさんのせいでしたか」

「ええー、違うよ! 機嫌はなんか見てた夢のせいだってば!」

「切り替えて欲しいものですね。それはともかく、誕生日ですか。確かにテルネさん自身の誕生日でさえ淡白な感じですからね。ましてやトーカさんだとそういう考えにもなるのでしょうが……気に食わないですね」

「そうそう! だからあたしたちが勝手にお祝いして、誕生日っていいなぁ、って喜ばせちゃうの! で、何かいい企画ないかなって」

「さて、あのVtuberオタクのことですから何をやっても喜びそうなものですが」


 ラトナは頬に手をやる。


「それは裏を返せば何をしても結果が変わらないということで、癪に障ります。いっそ、そういう態度をとったことを反省するぐらい感情を揺さぶりたいですわね。普通にやってはそれなりの結果に終わりそうですし」

「うんうん、すっごく喜ばせたいよね! どうしたらいいかなあ」

「話は聞いた」


 そこへスッ、とルカが入ってくる。長身にも関わらず、気配が分かりにくい。いつからそこにいたのかヴァレリーは気づかなかった。


「あ、ルーニャ」


 が、そんなことは子供の頃から慣れっこなので驚きはしない。


「組み手終わったの?」

「今日は、なし。テルネは、瞑想」

「めいそう?」

「庭で、座禅。煩悩をなくす、らしい」

「いやなくならないでしょう……あの人から煩悩を取って何が残るんです?」


 ヴァレリーは想像してみた。……確かに何も残りそうにない。


「トーカの誕生日。アイディアある」

「お、なになに? 聞かせて!」


 ルカはぽつぽつと、しかし真剣な目で二人に語る。


「テルネは、みんなの負担になりたくない。だから、祝う機会を減らしてる」

「うん」

「それなら」


 ルカは微笑む。天使だな、とヴァレリーは思った。


「ぼくたちだけで、やればいい」

「そっか!」


 ヴァレリーはパン、と手を叩く。


「あたしたちでやればいいんだね!」



◇ ◇ ◇



神望リリア @jinbo-lilia

 本日はイブの演奏会にお越しいただきありがとうございました。たまには演奏しないと腕がなまってしまいますわね? そうそう、この後はモチさんのチャンネルで動画が公開される予定ですので、ぜひそちらもご覧になってくださいね。

 午後11:10・2018年12月24日


ミチノサキ @mitino----->>

 わー、忘れてた! あのね、かわいいかしこいモチーチカのチャンネルで、この後動画が公開されるの! みんな、見てねーーーーー!!!

 午後11:16・2018年12月24日


北方少女モチ @hoppo-shojo_mochi

 ライブ、楽しかった。シベリアに飾る錦が増えた。みんな、お疲れ。この後、日付が変わったら、動画を公開する。よろしく。

 午後11:42・2018年12月24日


ドラたま @dora-tama

 こちら参加してます。 RT @hoppo-shojo_mochi …

 午後11:48・2018年12月24日


北方少女モチ @hoppo-shojo_mochi

 毎日、誰でも、一年に一度使える動画。 https://youtu.be/...

 午前0:00・2018年12月25日



 ◇ ◇ ◇



【誕生日】毎日、誰でも、一年に一度使える動画【おめでとう】



 バーチャルの中でリアルに表現されたリビングルーム。大きな机の一席からの固定カメラ。


 ヴァイオリンの穏やかな音色が響く中、机の上には5人分のごちそうが並べられ、壁には飾り付けがされている。その中にはハンティング・トロフィーのように飾られている包帯を巻いた犬の頭部も。


「はじまったー?」


 画面外からサキの声。


「始めた」


 左奥の席に座る、ダッフルコートを着た銀髪の少女、モチが応える。


「じゃあ行くねー」


 画面奥から金髪ツインテールに青薔薇のシュシュをした少女、サキが、少しいびつな形のケーキを手に持って移動してくる。


「真ん中に置けばいいよね?」

「慎重に。他のと重ねて置くと、吹き飛ぶ」

「えー、やだ怖い! ここ? ここでいい? 大丈夫?」

「オッケー」


 二人で位置を確認してケーキを置く。吹き飛ばなかった。サキは左手前の席に座る。


「それじゃ、リリアちゃんも来て!」

「はいはい」


 ヴァイオリンの音色が止み、長い茶髪を三つ編みにしたオレンジのワンピースの少女、リリアが右手前の席に座る。


「ではロウソクに火をつけましょうか」

「バーチャルだから、マッチ熱くなくていいね!」

「マッチである必要もないと思いますが……」

「えー、でもカチッてやるやつは風情がないじゃん!」

「そういう話ではないのですけど」


 わざわざマッチ棒を箱でこすって火を点け、ロウソクの先端に接触させて火をつける。マッチの持続時間が短いこともあり、二人は何度かマッチを点けなおしてすべてのロウソクを灯した。


「できた! ドラちゃん、電気消してー!」

「あ、はーい」


 おじさんの声がすると、部屋の電気が落ちてケーキに灯ったロウソクの明かりだけになる。揺らめく火の明かりの中、角と尻尾の生えた少女が、スーッとがに股で滑って右奥の席に座る。


「そろったね! それじゃあ」


 サキたちは、カメラの方を向く。


「お誕生日おめでとう!」

「おめでとうございます」

「おめでとう」

「おめでとうございまーす」


 パチパチ、と拍手が鳴り響く。


「今日は一年に一度のお祝いの日! だからね、みんなでお祝いしたいの! 見て見て、このケーキはね、あたしとリリアちゃんで作ったんだよ!」

「ええ、大変でしたね。わざわざ切ってフルーツを挟んだりしなくても、バーチャルなんだから描いてしまえばとも思ったのですが」

「でもそういうのが面白いんだなってわかったよね!」

「否定はしませんわ」


 オブジェクトを挟んで少し傾いているケーキを眺めて、リリアは微笑む。


「動画の編集は、モチーチカが担当だよ!」

「の、予定」

「いや、分担でしょう。ちゃんとやってくださいね?」

「がんばる」


 モチは神妙な顔で頷く。


「ドラちゃんには、色々アドバイスをしてもらったよ! あと、お部屋の飾りつけとか!」

「やらせていただきましたー」


 ドラゴン皇女のおじさんはフリフリと手を振る。


「うんうん。すごいんだよ。これ全部みんなでやったんだから!」

「アシスタントの手も、事務所の手も借りていませんからね」

「この4人だけ」


 うんうん、とお互い頷き合って、そして全員でカメラの方を見る。


「ね、今日は特別な日だよ。一年に一度しかない、あなたの日!」


 サキが囁くように言う。


「だから、おめでとう。生まれて来てくれて、ありがとう」


 モチが続く。


「今日はみなさんには内緒にして、わたくしたちだけでお祝いしてさしあげますね」


 リリアはくすぐるような声で言う。


「はい、それじゃあ~? せ~の」


 ドラたまが音頭を取り──


「Happy birthday to you~」


 歌いだす。


「──Happy birthday, dear ふん~ふ~」


 クスクスと笑い合って。


「Happy birthday to you ──おめでとう!」


 全員で拍手をし、サキがケーキをカメラの方へそっと近づける。


「はい、息吹いて! フーッって! ね!」


 そして画面はゆっくりとフェードアウトし、『誕生日おめでとう』という文字が表示され……──

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