第33話 2016年 大丈夫?

【2016年2月 ヴァレリー・ローズ・ムグラリスの記録】


「ふんふふ~ん」


 ワンルームマンションの一室。ヴァレリーは暗い部屋の中で、部屋に対しては少し大きめなテレビでアニメを見つつ、布団にくるまりながらスマホをいじっていた。すでに深夜だが目は冴えている。アニメはリアタイ派であった。


「おっ! いいね! すき!」


 Twitterの投稿にいいねをつける。それは自分の――ミチノサキのイラストだった。でへへ、と頬が緩む。かわいいなあ、おっぱいでっかいなあ。


 ミチノサキとして活動して約1年。ヴァレリーはサキについてエゴサーチして過ごすのが日課になっていた。開始当初こそ評判を気にしてビクビクしながら、そして稀にある言及に一喜一憂していたものだが、最近は追いかけるのすら大変だ。『#イラストノサキ』タグだけでも毎日投稿がある。幸せすぎんか?


「おっとぉ……!」


 肌色成分の多いイラストが出てきた。ついているタグは『#イラストノサキ』と『#エチノサキ』。ファン発祥の住み分け用のタグだがたまにこうして健全なものと併用されている。


「まったくけしからん!」


 ヴァレリーは心の中のいいねを連打して画像を保存した。ついでに#エチノサキタグを巡回して回る。


「うへへ……むう」


 ズラズラ並ぶイラストにヘラヘラしているとふと、一枚のイラストが目に止まる。ついているタグは……#彩羽根トーカ、#エチノサキ、#百合。ミチノサキと彩羽根トーカがイチャイチャしているやつ。


「なーんであの子と一緒にするんだろ」


 サキとトーカの接点はほとんどない。


「……あの子より、サキの方がかわいいのに」


 一度だけ、トーカからTwitterでリプライを送られてきたことはあるが、それだけだ。自分より早く始めただけで、人気があって、登録者数もあって……負けてなんていられない。だからトーカについて、サキとして言及することはなかった。

 だというのに、どういうわけかこうして絡めて描かれることがあり、何故か自分が攻め側じゃない。もしかしてトーカ側で何か言及があったのだろうか? しかし確認しにいくのも悔しい。ヴァレリーは心の中のいいねを0.5回押して画面をスワイプした。


「おっ」


 次のツイートにはイラストが4枚もついている。出だしは「大丈夫? ヨシヨシする?」とこちらに向かって背伸びしているサキ。次は「大丈夫? 抱っこする?」と腕を広げているサキ。そして――


「こっ……これだぁー!」


 ヴァレリーは叫んだ。


 ドン! どご!


「スイマセン……」


 そして左右から壁ドンをくらい、テレビを消して布団に潜り込む。けれど、目はギンギンに冴えていた。



 ◇ ◇ ◇



【2016年2月 西端匡の記録】


「アバタさん! 一緒に収録しよ!」


 とヴァレリーに言われて、タスクは困惑した。


「ええと……撮影の付き添いなら、いつもしてますよね?」

「そうだよ。だから、一緒に収録しよって言ってるじゃん。あたし企画してきたから、アバタさんも動画に出て!」

「えぇ」


 どういうことだ。


「あの、ヴァレリーさん。アバタというのはですね、ミチノサキの方向性を探るために企画したもので……ミチノサキの人気が出てきた今は、もうそういうことはしなくていいんですよ」


 去年の夏の終わりごろ。ミチノサキの方向性も固まり、ファンも増え、動画制作体制もなんとか形にした。テストや練習に使っていたアバタの出番はそれでおしまいとなり、タスクはヴァレリーのマネージャーとして、プロジェクトの社外取締役としての仕事に専念している。


 なんていったって、忙しい。ギリギリまで踏みとどまるために泣く泣くスタッフたちの首を切って、役員報酬なし、つまりほぼ無給でやってきた。バーチャルYouTuberのブームが来て一転忙しくなったものの、そうなると今度は人を増やそうにも増やせない状況になっていた。採用に割く時間もなければ、他の様々な会社が技術者を採っているため、いい人材が見つからない。


 そんな状況でアバタの動画まで撮っていたら編集の時間が足りない。人件費的に考えても厳しい。ヴァレリーはそれを分かっているのだろうか?


「アバタさんはそう思ってるかもしれないけど、でもファンは違うんだよ!」

「ファン……?」

「ほら!」


 ヴァレリーがスマホを押しつけてくる。そこにはいくつかのツイートがまとめられていた。


『そういやアバタってもう動画投稿しないのかな』

『昔はのう、世界初男性バーチャルYouTuberという兎がおってな……』

『虚無の時間を提供するウサギもいなくなると寂しいもんだ』

『アバタは早すぎたんだ。視聴者が虚空を認識できていなかった』

『てきとうな名前なのに忘れられない』

『天然ボケ兎また動画投稿しないかな。またウナギを鮮やかにつかんでほしい』

『アバタァ! サキちゃんのオヤツちゃんと買ってこいよ!』

『動画つまんないけど嫌いじゃなかったよ』

『サキちゃんの運営はアバタのこと捨てたのかな?』

『アバタなら俺の隣で寝てるよ』

『結局同じ事務所なのに、直接共演はしなかったよなサキちゃんとアバタ』

『ドラたまからのバトンも虚空送りにしたし、アバタも虚空にいるんだろ』

『能力のないラプラスの魔は草』


「ほら、こんなにアバタさんの話題があるでしょ。みんなアバタさんが好きなんだよ!」

「そうですかね」


 よく見ればツイートはかなり広い期間に渡って集められている。同じ人の発言も多いし。


「ドラちゃんからのバトン、やっぱりやったほうがよかったってば!」


 ドラたまさんの動画が出た際に、そういう意見は社内でもあった。しかし結局リソース不足で実現には至らなかった。


「アバタさんだって、撮影が嫌なわけじゃないでしょ? 楽しいでしょ?」

「それは……まあ……いや、やはり、リソースが足りませんよ」


 撮るのも編集するのも時間がかかる。自分がちょっと面白いな、と思った程度では、金にならないものに割く時間はない。


「今はミチノサキの動画を作るので精一杯で……」

「うん、だからさ、言ってるじゃん!」


 ヴァレリーが輝くような笑顔で言う。


「一緒に収録しようって! あたしの……サキの動画に出演してよ、アバタさん!」



 ◇ ◇ ◇



【癒し】究極の励まし方を試してみた!【初コラボ!】


「いえーい! 見てるー? ミチノサキです!」


コメント:見てるー!

コメント:みてっぞ!


 金髪ツインテールの巨乳美少女がポーズを決める。


「今日はねなんとね! ゲストがいるよ! たぶんね、みんな待ってたんじゃないかな? うんうん、楽しみだよね? 気になる? よーしさっそく呼んでみよう! ゲストはこの人です!」


 ぱっとカメラが切り替わり――ビジネススーツをきた兎頭の男を映す。


「みなさま、ごきげんよう。世界初男性バーチャルYouTuberのマネージャー、アバタです。……ご無沙汰しております」


コメント:誰かと思ったらwwww

コメント:予告見て来ました帰ります

コメント:兎やんけ!

コメント:兎生きてたんか!

コメント:誰これ


「アバタさん! 久しぶり~!」

「はい」

「元気してた?」

「……?」


 アバタは首を傾げる。


「……サキさんのマネージャーなので……いつも付き添いしてますよね?」

「そうだけど~!」


コメント:そういうことじゃあないんだなあ

コメント:フリを虚空に送るな

コメント:いつもの


「ほらっ、視聴者のみんなは心配してたかもじゃん!」


コメント:してないぞ

コメント:してたぞ

コメント:誰これ?


「ああ、はい。元気です」

「ホントに~?」

「え?」

「長いことみんなの前に姿を見せなかったし、病気とかじゃないの~?」

「いえそういうことは。単に、仕事が忙しいからですよ」

「忙しい!?」

「ええ、まあ。ありがたいことに」

「忙しいと疲れちゃう!?」

「え? いえ、いや、そんなことを言ってられるような――」

「疲れちゃうよね!?」


 ぐいっと下から覗き込んでくるサキの圧にアバタが負ける。


「ええ……まあ、疲れはしますね」


コメント:虚空送り失敗

コメント:サキちゃん強い

コメント:意図を読めよ兎


「そうなんだ!」


 アバタの答えを受けて、サキの笑顔がアップになる。


「大丈夫!?」


 勢いよく、さらに顔がドアップに。




「おっぱい揉む!?」




「………」




 アバタは身動きしなかった。


コメント:草

コメント:なんとか言えよ

コメント:サキちゃんwwwww

コメント:代わりに俺が揉む!

コメントへの返信:おまわりさんこっちです

コメントへの返信:おさわりまんこっちです


「アバタさん!」

「……はい?」

「聞いてた!?」

「あ、はい……」

「大丈夫アバタさん!?」


 サキの顔が再びアップになる。




「おっぱい揉む!?!?」




「……え?」


 アバタは右を見て、左を見る。


コメント:アバタwwww

コメント:困ってるwwwww

コメント:草生える

コメント:サキちゃん!?

コメント:ファンアートのやつじゃんwwww


「大丈夫? おっぱい揉む!?」

「……えぇ……?」


 スタッフの助けが得られないと知ったアバタは、ようやくサキに向き直り……思わず視線を胸に向けた。豊満で、はちきれそうな、ばるんばるんのやつに。


「えぇ……?」

「どうしたのアバタさん!」

「いや、その……」

「大丈夫!? おっぱい揉む!?」


 無限に天丼されるサキの顔面ドアップ。


「あの、これどうしたらいいんですか?」

「どうしたのアバタさん! 収録中だよ!?」

「はぁ」


コメント:揉め!

コメント:これはセクハラでは~?

コメント:アバタ代わってくれ!


「大丈夫!? やっぱりおっぱい揉む!?」

「……どうやって……(小声)」

「どうやってってこう」

「やめなさいはしたないですよ」


コメント:どうやっては草

コメント:「どうやって」って言った

コメント:サキちゃんの手つきがいやらしい

コメント:手にモザイクが必要


「サキの心配してくれるの? でもサキはアバタさんのことも心配だな! みんなもきっとそうだよ! だからさ」


 サキは頬を赤らめて言う。


「大丈夫だよ? おっぱい揉む?」


 その言葉に、兎頭は――


「すいません、これどうしたら終わるんですか?」


 かなり本気で情けない声で、スタッフに向かって呼びかけるのだった。


コメント:負けた兎

コメント:アバタよわよわで草

コメント:これは虚空に送るべき

コメント:どうやったら揉めますかお金はいくらでも出します



 ◇ ◇ ◇



【2016年2月】


「ついに来たか! アバタの復活! そしてサキちゃんとアバタのコラボ!」

「ああ。同じ事務所なんだっけ? むしろ初めてなのが不思議だね」

「色々あるんだろ。しかし『おっぱい揉む?』か……うらやまけしからん。前の世界ではもうちょっと後に流行った気もするが……いや、それよりアバタの活動再開を祝うのが先だ! この火を絶やしてはならない……Twitterで追い打ちだ!」

「火……?」

「貴様にはアバタファンの歓喜の声が聞こえんのか」

「いたの? 彼にファン」

「あらゆるボケを虚空送りにする天然兎だぞ。動画の空虚ささえウリだ。一周回って頭おかしいファンがついてる」

「えぇ、本当に?」

「『久しぶりに姿を見て安心しました、次の動画も待ってます』……よしこれだ! これぐらいならいける! 失礼じゃない、大丈夫だ! 送れる! はっ……くっ……ぅおおっ! よし、いけ! 拡散して次の動画も出さざるを得ない空気にしろぉぉ!」

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