第34話 2016年 あれとこれとそれのキメラ

【ご支援感謝】バーチャルラウンジの続報ですわ【生放送】


「みなさま、ごきげんよう。みなさまを天に導く、神望リリアですわ」


 茶髪の大きな三つ編みおさげを背にしたお姉さん――リリアが小さく手を振って挨拶する。


上位チャット:ごきげんよう!

上位チャット:ごきげんよう!

上位チャット:リリア様ー!

上位チャット:初生放送おめ!


「ふふ、見えてますよ。さて、まずはお礼を申し上げないといけませんね。以前みなさまにご支援をお願いした、ガブガブイリアル制作のバーチャルラウンジというソフトウェアについてです。初めての方に簡単に説明いたしますと、VR機器を使ってコミュニケーションの取れる基本無料のソフトですわ」


 ロゴを出して説明する。


「こちらですがなんと初日でイニシャルゴールを達成! スタッフが慌てて追加したストレッチゴールも次々に達成ということで、本当に感謝しております」


 ふかぶかと礼をすると、リリアの豊満な胸が谷間をあらわにする。リリアはスッと胸元を直しつつ背を伸ばした。


上位チャット:やったー!

上位チャット:めでたい

上位チャット:ゴール達成おめでとう!

上位チャット:みえ

上位チャット:エッッ

上位チャット:やば

上位チャット:昇天します


「また様々な企業から協賛をいただき、いろいろな話し合いが行われていると聞いております。その成果をすぐ披露するわけにはいかないとのことですが、今日は実装の終わった新機能についてご説明いたしますわ」


 スライドを宙に出す。


上位チャット:かっこいい

上位チャット:プレゼン回かー


「まずはそう、この生放送ですが、バーチャルラウンジの生放送機能で行っています。みなさまのコメントはこちらで読んでおりますよ」


 カメラを動かしてコメント欄を表示し、元に戻す。


上位チャット:おお

上位チャット:すでにこれがそうなのか

上位チャット:なるほどね

上位チャット:俺らがいる

上位チャット:読まれてる!!


「それではまず、そうですね、バーチャルラウンジはVR専用ソフトウェアと発表していたのですが、正式にデスクトップ版をご用意することになりました。VR機器のある方も、そうでない方も楽しんでいただける、ということですわね」


上位チャット:おお、やった!

上位チャット:たすかる!

上位チャット:HMD予約できなかったからこれはありがたい


「もちろん本領はVRだと思っているのですが、しばらく機器が手に入りづらい状況も予測できますし、それで機会を逃すことになったら申し訳ないですから」


上位チャット:本当手に入りにくい

上位チャット:高いし・・・お年玉でも足りない

上位チャット:PC用のじゃないとダメだからPCもねー

上位チャット:ちょ、それがあるなら無理して買わなかったかもだがwww

上位チャット:早く知りたかったかも


「ええ、そうですね。このためにVR機器をご用意いただいた、その気持ちを無碍にしないためにも、VRでよかった、と思えるクオリティを目指してまいりますわ」


上位チャット:了解

上位チャット:わかった

上位チャット:がんばって!


「はい。ありがとうございます」


 スライドを操作してリリアは話を続ける。


「次の項目ですわね。ここ数ヶ月でバーチャルYouTuberは本当に増えました。様々な動画がYouTubeで発表されていますが、やはり人気のジャンルの一つはゲーム実況でしょうか? というわけで、こうです!」


 リリアが操作すると、虚空にゲーム画面が表示される。


上位チャット:おお!?

上位チャット:すげーバーチャルっぽい

上位チャット:PS4だ!


「ウィンドウキャプチャ、表示機能ですわ。バーチャルラウンジの裏で実行しているウィンドウ、もしくは他映像デバイスの取り込み機能ですわね。これがどういうことかというと……」


 リリアは更に操作して、手にゲームパッドを表示させる。


上位チャット:コントローラーだ

上位チャット:きゅっって持ってかわいい

上位チャット:胸が寄ってry


「そう。わたくしがこの場でゲームしている画を作れるのですよ。というわけで、しばらくこちらのゲームの実況プレイをしていきますわね」


 そう言ってリリアはゲームをはじめる。


「まあ、綺麗ですわね。まるで絵画のようです。さすが最新ゲームは違いますわね……え? こちらリメイク作品ですの? まあ、それでこの描き込み……すごいですわね。あっ、もう操作していいんですの? これが攻撃で、これがジャンプ……はい。え、難易度ですか? えーと……」


 視聴者と喋りながらリリアはゲームをプレイしていく。見た目に反して難易度が高めということもあり、なかなかうまく進まない。迷う、負ける、焦って間違えて無駄に回復アイテムを使う。それでもリリアは視聴者に向かって語りかけ、相談し、アドバイスを受け、時に騙されつつも、楽しそうにゲームを続け――


「まあ、おいしそうなキッシュロレーヌですね。ええ、キッシュロレーヌというのはフランス料理の一つでして、フランスのロレーヌ地方の郷土料理と言われておりまして、省略してキッシュと呼ばれることが多いですね。わたくしはキッシュを食べるなら決めているお店が……――」


 いつの間にかゲーム中に登場する料理をネタに雑談が続いていた。


上位チャット:博識リリアちゃん

上位チャット:プレイはともかく喋るの上手い

上位チャット:話が途切れないのがすごい

上位チャット:おしゃべリリア

上位チャット:雑談楽しいけど時間ええんか?

上位チャット:そろそろ終わり?


「材料的にこちらはかなりシンプルな……ん? なんです? 時間……? はっ!?」


 キョロキョロとあたりを見渡し、リリアはぱっと立ち上がる。


「ご、ゴホン! でっ、デモンストレーションは以上ですわ」


 んっんっ、と咳払いする。


上位チャット:時間を忘れてたリリアちゃんかわいい

上位チャット:体感5分しかない

上位チャット:延長して

上位チャット:もっと話して


「ええと、申し訳ございません、巻きでいきますわね……今後の機能追加で……今はローカル、自分だけしかこの画面が見れないのですけど、バーチャルラウンジの別のユーザーも見れるようにするとか、計画しているそうですわ。ええ……はい」


上位チャット:画面共有はいいな

上位チャット:ゲーム以外にも使えそう


 話すうちに落ち着きを取り戻し――リリアは巻いていく。


「あと3つですわね。まず、バーチャルラウンジにアニメーション制作スタジオ、みたいな機能をつける計画があるそうですわ。モーションを録画したり、それをコマ送りして編集したりとか、すべてVR空間内でできるように。ストレッチゴールに追加されていますので、ご確認くださいませ。それからVR空間内でスペースのオブジェクトを編集したり、プログラムを追加したり、それを共有できる機能も予定していますわ」


上位チャット:何この高機能

上位チャット:ちょっとわかんないですね

上位チャット:いったい何を目指しているんだ・・・

上位チャット:これ実現したらすごいな


 スライドをパラパラめくり、最後の項目に行きつく。


「そしてリターンの一部に設定されている、わたくしのファ、ファーストライブ……ですわね」


上位チャット:ファーストライブ!

上位チャット:ライブの話だ!

上位チャット:めっちゃ楽しみです!

上位チャット:お歌楽しみ!


「こちら、デスクトップ版でもご視聴いただけるようになりましたのと……ニコニコ生放送でも配信が決定いたしました。該当するリワードを選択されている方には、もれなくこの生放送、およびタイムシフトの視聴券が追加されますわ」


上位チャット:間口広がるの助かる

上位チャット:うおおおおお!

上位チャット:ありがたい

上位チャット:あー、チケットだけ買おうかな?


「クラウドファンディングにご協力いただけなくても、直接この視聴券を買うことはできますが、価格的にクラウドファンディング経由のほうがお得になっていますので、ご検討くださいね」


 にこりと笑ってリリアは小さく手を振る。


上位チャット:おっ商売上手ぅ!

上位チャット:ちゃんとファンディングするんやで

上位チャット:迷い子としては当然だよなあ!


「それでは、生放送にお付き合いいただきありがとうございました。またお会いする日まで、ごきげんよう」


上位チャット:ごきげんよう!

上位チャット:いかないで

上位チャット:ごきげんよう

上位チャット:また雑談お願いします!!



 ◇ ◇ ◇



【2016年】


「お話に夢中になって放送時間忘れちゃうリリアちゃんかわいすぎんか?」

「ただのうっかりじゃないの?」


 侘び寂びのわからん悪魔め。


「いや、しかし、あれだな……思ってたよりVDRAWでAniCast MakerでNeosVRだな!」


 前世では数年後のソフトウェアだが……なんか思った以上にバタフライエフェクトってすごいな。


「しかも素体の規格まで決めてしまうらしいぞ。ヤバくないか?」

「何がさ?」

「素体、ボディが同じ形式でできてると衣装を着回せるんだよ。VRで服が売れるようになる」

「へえ。今日の放送では言ってなかったみたいだけど」

「私は一番お金払ってるバッカーだからな。ある程度そういう情報を先行して教えてもらえるんだ」


 素体の規格統一については慎重に各社ですり合わせている状況で、それで表に出さなかったのだろうな。


「いや、しかし、すごいなガブガブイリアル……未来を先取りしてひとまとめにしてる感じだぞ。ずるくないか? ずるいな? ……ずるい……ずるいだろっ!?」


 ドン!


「彩羽根トーカ、大聖母化計画が台無しだっ!」

「だい……なに?」

「みんなのママ化計画と言ったほうが分かりやすいか。あるいは、マパと言っても」

「いや一切わからないけど」


 アンテナの低い悪魔だな。


「バーチャル界隈ではな、キャラデザした人をママと呼ぶんだ。一部では3Dモデリング担当をパパと呼び、両方を兼ねるとマパになるという風習もある」

「ふーん」

「彩羽根トーカ大聖母化計画とはな、VRSNSのリリースに合わせて、改変可能な3Dモデルを安価で売り出すことだ。このモデルを使うということは、つまり私がママになるということ。バーチャル界のママになるチャンスだったわけだ。だが……」


 バーチャルラウンジに無料でキャラクタークリエイト機能がつくならなあ。


「思ったより売れないだろうし、いずれみなバーチャルラウンジ製のオリジナルアバターへと巣立って行ってしまう流れが見える。というかそれが正しい。すばらしいソフトだ」

「そこまで?」

「自分のアバターの権利を自分が持っている、ということこそが重要だ。自分の体を自分の自由にできる……そうあるべきなんだよ」


 よし、彩羽根トーカ絶賛! 動画を作って推しまくっておこう。推しを失うオタクを減らすためにも。


「だから私がモデルを販売してもな……バーチャルラウンジで作ったほうがいいじゃん、ってなるし、いずれ親離れしていってしまうんだ。悲しい」

「無料にしたら対抗できるんじゃない?」

「金を出さないと価値を感じられないだろうが」


 無料アバターなんて手に入れたら、大半の人はそれっきりで触られもしない。金を出したからこそ使おうと、大事にしようという気になるんだ。


「それにバーチャルラウンジと争う気はない。そもそもトーカが無料で出したら、その流れに固定されちゃいそうだしな……今後3Dモデルの販売で食っていくという道を閉ざす気にはなれん。なので大聖母化計画は凍結だ」

「君が気にするようなことでもない気はするけど」


 悪魔は肩をすくめる。


「まあ好きにしなよ。無料でも有料でも。今はだいぶ資金に余裕が――」

「あ、『彩羽根トーカ』のモデルは無料配布するぞ」

「なんで!?」

「いやあ、遅すぎるぐらいだ。トーカもだいぶ二次創作をするファンが増えてきただろう? で、一部でトーカの3Dモデルを作ってる気配がするんだよ、3Dの二次創作をしたい人たちが」

「勝手に作ってくれるなら、させておけば?」

「いや、やっぱりそこはこっちから3Dモデルを提供したい」


 ファンの中には野生のプロなんかもいるが。


「3Dモデルの完コピは難しいから、言っちゃ悪いがトーカの海賊版みたいなものになっても困る。だから先回りして正式なモデルを公開するのさ……ポリゴンを削って軽くした、MMDモデルをな」

「えむ……なんだいそれ?」

「MikuMikuDanceの略で、初音ミクの3Dモデルを踊らせるソフトなんだが、他のモデルも使えるしむしろ今や映像制作ソフトだな。ニコニコ動画を中心にユーザーがいて、毎年このソフトを使ったコンテストなんかが行われている」


 ひとつの文化と言ってもいいだろう。手軽さから初心者も手を出しやすい。


「トーカのMMDモデルを出すことで、トーカは二次創作をしたいというファンに応える、という表明をする目的だな。あとは……今後バーチャルラウンジなんかのVRでトーカを見れるようにするということは、ユーザー側のクライアントにトーカのデータが載るわけで……何らかの方法でデータ抜き出しとかされたら、それこそ本当に海賊版になるしな。先んじて手を打っておこうというわけだ」

「本音は?」

「他のVtuberもMMDモデル出してくれたら勝手にユーザーがVtuber同士のてぇてぇやつ作ってくれるんじゃないかなと思って。ポリゴン削って軽くしたら一度にたくさん出せるし」


 やめろ悪魔そんな目で見るな。


「しょうがないだろ、案件消化に忙しくてぜんぜんコラボとか企画できないし……」

「案件ねえ……そういえばCMはやっても、テレビ番組とかは出ないんだね?」

「あれは基本現地に来いだし、リハに待機にと時間がかかりすぎる。そもそもオタクたちは芸能人とか興味ないし……バーチャルYouTuberならではのことをやるべきだからな、うん」

「ふうん? で、そののことに、コラボは含まれないんだ?」

「うぐ……」


 そらした話題を持って帰ってくるなよ。


「……コミュ障おじさんに、コラボしましょ~、とか声をかける勇気があるわけないだろ……? 推しに声掛けとか恐れ多いし! しかもこっちの都合でめちゃくちゃ時間指定が厳しいとか、失礼だろうが!」


 いくら体とアバターが女の子でも魂はおじさんなんだよ……!


「じゃあずっと一人で活動していくのかい?」

「それはそれで嫌だ」


 寂しいじゃんそんなの。そんな寂しい親分嫌だよ。


「……4月のイベントでVtuberが集まるやつがある。今年はリモート参加でもいいと言われたから出るが……それもお客と一対一なやつで、バーチャル同士では絡まないんだよな……」


 だが、そろそろ……バーチャルラウンジもリリースされることだし、Vtuber同士の共演のイベントに呼ばれてもおかしくない。バーチャルラウンジを使用した案件なら、むしろこっちから出たいところだ。


「……よし、やはりあの企画をやるか! 他のVtuberたちからトーカに話しかけるというシチュエーションにならざるをえない企画を……!」

「後ろ向きに前進してるねぇ……」

「うるさい、こういうのは段階を踏むんだよォ!」


 見せてやるぜ……陰キャの巧妙な作戦をな!

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