第22話 2015年 世界初

【2015年8月】


「嫌だ嫌だ! 見たくない!」

「なんでだよ……」


 俺が拒絶すると、悪魔はムカつく顔でため息を吐いた。


「君が新しいVtuberを見つけたら教えてくれって言ったから、そうしてあげてるんだけど?」

「言ったけど!」

「名前も読み上げたし、なんなら冒頭を僕だけで聞いて確認してくれっていうから、やっただろう?」

「やらせたけど!」

「それで問題ないのに見たくないってどういうことなのさ!?」

「嫌でフゥゥゥ~!」


 ぬるめにクーラーの効いた部屋に、俺の叫びが響く。


「フゥゥ〜ってなんだよ……あのさ、ここまでやらされておいてやっぱりなし、っていわれても納得できないんだけど?」

「そりゃそうだろうけど」

「せめて理由を教えてくれない? これまでそういうことなかったじゃんか。何なんだよ、冒頭の挨拶が『ハイハイハイハイ』じゃないか確認しろって」

「大事なことだろうが!」


 俺と悪魔が揉めているのは、最近ひっそりと始まったYouTubeチャンネルだった。


 チャンネル名は――『世界初男性バーチャルYouTuberマネージャーアバタ』。


「駄目だ……私には見れない。世界初はお前じゃなきゃ駄目なんだよ……!」

「はぁ? ……ああ、前の世界のこと?」

「そうだよチクショウ! なんて残酷なことをするんだ!?」

「よく分からないけど、これが君のもたらした影響の結果だよ」


 だからって『世界初男性』ってつけたやつが出てくるか? いやめちゃくちゃ安易なネーミングだからありえるな!?


 クソ、出現を封じるためにダミーでもいいから男性アバターを使ったVtuberを先に出しておけばよかったのか……? 世界線はなんでこんな収束をもたらすんだよ!


「くそう……くそう……」

「えっと、理由はなんとなく分かったけど、どうするのさ? 見なかったことにするかい?」

「……いや。見る」


 落ち着け、決別しろ。もうここは前とは違う世界なのだ。とっくに流れは変わっている。前の世界と同じVtuberは現れない……多分。


「よし……さっ、再生するぞッ!」

「とっととしなよ」


 動画を再生すると――安っぽいスーツ姿のアバターが表示された。どこかの無料のアセットで見たことがある。唯一無料素材ではないのは――頭部だった。


『皆さま、はじめまして』


 白いウサギマスクの頭部をした男はゆっくりと会釈する。


『えー、世界初……男性、バーチャルYouTuberのマネージャーの、アバタと申します』


「の、が余計についてるぞ」

「たどたどしいねえ」


『私はミチノサキさんのマネージャーをやっておりまして……こう、バーチャルYouTuberのことをもっと知らないといけないな、と思って? こうしてチャンネルを開設させていただきました』


「ミチノサキちゃんのところなのか……確かにミチノサキプロジェクトが運営元って書いてあるな」

「それにしては、ミチノサキと比べてモデルが雑だね」


『このチャンネルでは、サキさんにやってもらうことの検討というか、事前に、この私が身をもって体験して、マネージャーとして企画に許可をするかしないかという内容になる予定です』


「ふーん。実験目的ってこと?」

「そうだろうな……」


『私のことはともかく……概要欄にサキさんのチャンネルをリンクしておきますので、サキさんのチャンネル登録をよろしくお願いします』


 一礼。立った耳が揺れる。動画終了。


「はぁ~……」

「なんかすごい疲れてるね。2本目の動画も上がってるんだけど?」

「見る」


 次の動画は実際に企画をテストするという内容だった。ウサギのアバタが『バーチャルYouTuberなら海でもスイスイ!?』という企画を事前審査するため、戸惑いながら床に横になり、スタッフに向きを細かく指示され、ジタバタとクロールらしき動きをする。……めちゃくちゃ泳げそうにないなこの人。最後は雑に海の一枚絵と合成されていたが……。


『この企画ですが――サキさんにまだ水着は早いと思うので、再考でお願いします』


(テロップ:サキちゃんの水着が最高?)


『は?』


 無言でゆっくり左右を見るアバタ。


『……え?』


 動画終了。


「どうだった?」

「ミチノサキちゃんの水着が見たい!」

「そっちじゃなくて」


 わかってるよ。


「私の知っている世界初と方向性がだいぶ違ったので安心した」

「あぁそう……」

「スタッフにいじられるポンコツという感じ……そしてスタッフのボケを潰していくスタイル……いいな。推せる!」

「なんでも推してない?」


 少しだけ、前の世界の『世界初』の事を考えてしまうが……大丈夫、受け入れられる。


「いいぞ、アバターが安っぽいのも実にいい。やっぱ気合入ったモデルも見ててすごいと思うが、チープなのは安心感があるよな。いや親近感か。雑に扱ってもいいんだなって感じがさあ」

「クオリティを落としたものをわざわざ出して大丈夫なのかい?」

「いいんだよ。まあ……なんというか……ミチノサキちゃんも伸びてないからな……運営が方向性を模索しているんだろう」

「お、余裕のお言葉だね」

「うるさい」


 実は、彩羽根トーカはそろそろ登録者数10万人が目前だった。『The 雪山』の動画シリーズで爆発的に伸びたのだ。ガブガブゲームスの新作の力に頼った感はあるが……とにかく、伸びたものは伸びた。

 あまりに急だったから数万人記念動画なんかやってる暇なかったのは嬉しい悲鳴だが、さすがに10万人記念動画は作りたい。


 ……増えた客層は海外のゲーマーがほとんどで、Modのやり方を教えてくれというコメントが殺到したので解説動画を上げたのだが、それは伸びなかったのが印象的だな。


 何はともあれ10万の大台に乗るのは嬉しい。彩羽根トーカだけを考えれば十分成功したと言えるだろう。


 しかし、バーチャルYouTuber全体で見れば、まだ足りない。


 トーカの抱える客層がほぼ海外勢のため、日本でトーカ以外のバーチャルYouTuberを追っている人がほとんどいない。トーカの日本人ファンも、いまだオタク層にリーチしていないため波及してくれない。


 現状、トーカの次に位置するミチノサキちゃんでさえ……チャンネル登録者数は4桁。あの再生数の収益では法人はやっていけないだろうし、各Vtuberの運営がどれだけ本気で続けてくれるか……。


「Vtuberブームは未だ訪れず……か。バーチャル……VR機器もコンシューマ向けは、この時代まだ出てないからなあ……」


 開発者向けでないヘッドセットが出てくるのは来年以降だ。俺は開発者向けのをどうにか手に入れたので、定期的にVRってすごいぞ~という動画を出していたりはするのだが……まだまだキラーコンテンツがないし。


「ブームの芽は出てきたんじゃないかい? ほら……なんとか町会議とかいうのには出たじゃないか、4月に」

「ニコニコ超会議な。まぁ……あれは映像出展だったからなあ。ライブトークとかでもなければ、ヲタク的にはあまり……」


 この4月に行われたニコニコ動画の祭典、ニコニコ超会議。そこに出展しないかと声をかけられたのだが……こちらの都合で、単なる技術出展みたいな形になってしまった。普段より長い動画なのでそれで見てくれた人が満足してくれたらいいが。


「ライブトークも提案されたのに断ったのは君だろ」

「現地に来てくれと言われたら断るしかない。向こうの事情はわかるが――」


 インターネットを使えば会場の様子をこちらから見ることも、こちらの映像を会場に送ることも可能だ。しかし会場で使える帯域は限られており、トラブルが起きる可能性は大きくなる。現地にいるならその場でトラブルシューティングできるが、配信越しなら音信途絶だ。だからリモートではなく現地に来てくれという話で、イベント開催側の立場では非常によくわかる話なのだが――


「だが彩羽根トーカはリアルには出ていかない。中の人を知る人間は、たとえ他の演者側のスタッフであろうと許容しない。トーカはそういう存在なんだ」


 いろいろなスタイルのVtuberがいた。俺はそのどれをも愛そう。ただ、トーカはこのスタンスでいく。それだけの話だ。


「今のところ君が一番有名なバーチャルYouTuberだ。それがそんなにイベントに非協力的な態度で、後にブームは続くのかい?」

「うっ。……わからん……わからんが……だからといってスタンスを変える気はない」


 彩羽根トーカは秘密のヴェールまでが個性なのだ。そう決めている。


「ていうか、そもそもの話をするなら、私が要望通り女声の出せる男だったらな? 行けたんだぞ?」

「まあまあ、過ぎたことはね」


 こいつぅ……。


「……とりあえず、メディアへの露出を少しでも増やそう。ちょうどニュースサイトからインタビューの依頼があったよな、あれに返事しておくか……。まだVR機器もVRチャットソフトも普及していないから……テキストチャットかボイスチャットで受け付けるという条件で」

「いいんじゃない。って、どこ行くの?」

「……バイトの新人が無断欠席でな、ピンチヒッターだ」


 俺はのろのろと腰を上げて、なまぬるい部屋に別れを告げた。


「あれは遠からず辞めるやつだな……人手が増えん……バイト行ってくる」



 ◇ ◇ ◇



 変わり種YouTuber、彩羽根トーカさんインタビュー 2015年9月の記事


 テレビに次ぐメディアとして注目されつつあるYouTube。そこに動画を投稿して広告収入を得る人々のことをYouTuberといいます。海外ではすでに多数のYouTuberが動画で生計をたてており、その流れは日本にも来つつあります。すでに日本でも何人か登録者数10万人を超えるYouTuberがいますが、その中でも「彩羽根トーカ」ちゃんという異色のYouTuberをご存知でしょうか。


(トーカの動画のサムネイル)


 彼女は3Dキャラクターで、自称バーチャルYouTuber。動画を投稿しはじめたのは2011年からというこの世界ではかなり古参のYouTuberです。そんな彼女のプロフィールについてインタビューしてきました。


 ――自己紹介をお願いします。


彩羽根トーカ(以下トーカ)「こんにちは、人類。バーチャルYouTuberの彩羽根トーカです」


 ――YouTuberをはじめたきっかけは何ですか?


トーカ「これまでバーチャルの世界で生きてきたけど、私と同じようなひとは全然いなくって。YouTubeに投稿したら仲間が増えるかなと思ってはじめました」


 ――年齢はいくつですか?


トーカ「ずっとこの姿だからなあ、いくつに見えます?」


 ――かわいいです。


トーカ「ありがとう(笑)」


 ――YouTubeにはどんな動画を投稿していますか?


トーカ「歌とかダンスとか、ゲーム実況とか、いろいろです。やれることはなんでもやりますよ!」


 ――おすすめの動画を教えてください。


トーカ「全部です。でもまずは『5分でわかる彩羽根トーカ』を見てくれるといいかな? それで面白いと思ったら、毎年一年の動画を振り返る傑作選をやっているので、それを見てほしいですね」


 ――将来の目標を教えてください。


トーカ「みんなにもっとバーチャルYouTuberを知ってもらうことです。人類と楽しんでいきたいな!」


 ――ファンの方にひとこと。


トーカ「人類のおかげで私の毎日は楽しいです。バーチャルの世界にも早く来てくださいね!」


 ――ありがとうございました。


 いかがでしたか? YouTuberにもいろいろな形があるようですね。彩羽根トーカちゃんの今後の活躍に期待です。



 ◇ ◇ ◇



「なにこれ」

「私が聞きたい。技術的な話になるかと思ったんだが……いろいろ語ったんだが……そのあたりはバッサリカットして、『彩羽根トーカ』に対するインタビューしか載ってないな。ファンに対しては新情報はなにもないし、新規に対してはよくわからんという記事になっている……」

「どうしてこうなったのさ?」

「警戒させすぎたかもしれん。声優は誰なのかとか訊いてきたから、トーカはあくまでトーカなので、中の人に関する質問はやめろと言ったんだが……これじゃただのフィクションのキャラクターに対するインタビューだな」

「取材元もメディアとしてあまり強くなさそうだし、慣れてないのかもね」

「やはりこの時代、バーチャルYouTuberはまだまだ理解されない概念なのか……うぐぐ」

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