【大切なお知らせ】みなさんに知ってほしいことがあります

【蔵野冬音の視点】


 パソコンのモニタの前で。


 私は大きく息を吸って、吐く。


 鼓動と冷や汗が止まらない。すでに予定した時間は過ぎていて、YouTubeは配信開始までのカウントダウンを終えている。


『(仮)を待っています』


 すでに待機している人はいつもの10倍以上いて、コメントの流れも速い。11月のあの日から一度も配信してないというのに。


上位チャット:待機

上位チャット:神望リエルちゃんと聞いて

上位チャット:リリアちゃんの妹?

上位チャット:ここか

上位チャット:デフォ人形じゃん

上位チャット:あれ、まだ?


 ──ドームで行われた、彩羽根トーカを中心としたVtuberたちの公演。『私と推したちのステージ~Vtuber Fes~』で、私は神望リリアの妹、神望リエルとしてステージに立った。


 ステージは大成功だった、と思う。リリアさんとトーカさん、そして他のVtuberさんたちが盛り上げてくれたおかげで、私も失敗することなく歌いきった。けれど──


 そういうおめでたい舞台の後になれば、熱が冷めれば、リエルに対して冷ややかな意見も出てくるというもの。Vtuberの盛り上がりを見て戻ってきたイナゴだとか、リリアさんの人気に乗っかっているとか……エゴサーチすれば、そういう意見もちらほら見つかる。


 それは、いい。


 そう言われることぐらい、分かっていた。私だってオタクだ。5年間ずっと頑張ってきた推しがあのステージに立てないのに、初期にちょっとだけやっていた人間がカムバックしただけで出番を貰える……なんてことがあれば、複雑な気分になるのは当然だと思う。


 だからその批判に耐える覚悟はできている。


 それでも震えているのは……配信開始ボタンを押せないのは。Vtuber練習中の私。『練習中ちゃん』と呼んで応援してくれていた人たちの反応が怖いからだった。


 Twitterを見ても、彼らはあまり私の話をしていない。びっくりした、意外だった、知らなかった。そういう反応をした後は……特に話題にしていないように見える。配信告知のツイートをリツイートはしてくれているので、この配信を見に来てくれてはいるはず……。


「……はじめなきゃ」


 ……私は、もう逃げない。神望リエルでいると決めたんだ。また今日、一から始めることになっても、それが私の選んだ道。


 今日が『(仮)』というチャンネル名の最後の日。


 私は、配信開始のボタンを押した。



 ◇ ◇ ◇



「きっ……聞こえますか~」


 顔のないデッサン人形が、白い空間に現れて呼びかける。


「えっと……お待たせしました」


上位チャット:おっ

上位チャット:始まった


 次の瞬間、コメントがガッと流れる。


上位チャット:やあ

上位チャット:やあ

上位チャット:やあ

上位チャット:待たせたね

上位チャット:やあ、待たせたね

上位チャット:やあ

上位チャット:待たせたね

上位チャット:やあ

上位チャット:やあ

上位チャット:待たせたね

上位チャット:待たせたね


「………ッ」


上位チャット:なにこれw

上位チャット:草

上位チャット:原住民統制されてるなw

上位チャット:綺麗な流れを見た

上位チャット:やあ!


 顔のないデッサン人形は、息を吸い込み――


「いやその……待ってたのは皆さんですよね? 私、遅刻しましたし」


上位チャット:草

上位チャット:事実ゥ!

上位チャット:はい

上位チャット:いいぞwwww

上位チャット:えぇ

上位チャット:エモい何かかと思ったんだが?wwwww


「あ、す、すいません。遅刻しました」


 デッサン人形は頭を下げる。


「……それだけじゃなく、2か月近く、何の連絡もなくてごめんなさい」


上位チャット:待ってた

上位チャット:いいってことよ

上位チャット:もうそんなに経つのか

上位チャット:ええんやで

上位チャット:戻って来てくれてうれしい

上位チャット:察してた


「事情を知らない方も、もしかしたらいるかもしれません。だから、改めて……この場で皆さんに説明させてください」


 デッサン人形は胸に手を当てて深呼吸をする。


上位チャット:がんばれ

上位チャット:がんばって!

上位チャット:うん

上位チャット:待ってる


「私は……5年前、ガブガブイリアルに所属するVtuberでした。けれど当時、運営の人とうまくコミュニケーションが取れなくて、辞めて逃げ出してしまったんです」


上位チャット:うんうん

上位チャット:伝説の存在だったな

上位チャット:知らなかった

上位チャット:5年前とかトーカさえ知らなかったよ……


「でもその後、トーカさんの活躍を知って……その。あまり褒められた話じゃないんですけど、ちょっと生活が苦しかったので、Vtuberって儲かるのかな? って思って……」


上位チャット:草

上位チャット:ぶっちゃけたw

上位チャット:わかる


「それで、相談させていただいたのが、悪魔さんでした」


上位チャット:悪魔?

上位チャット:?

上位チャット:聞いてるか悪魔ニキィ!


「悪魔さんに色々教えてもらって、逃げ出してしまったVtuberに……もう一度なるためにこのチャンネルで練習を始めました。そうなんです、最初はすごく自分本位で、勝手で……とても、みなさんに知られたら応援してもらえないような動機で始めたんです」


上位チャット:うんうん

上位チャット:せやろか?

上位チャット:そんなことないよ!


「でも、こうして皆さんと話すうちに、Vtuberって楽しいなって思って……それから、本当に……本当に、私のことを……私以上に待っていてくれる人がいると知って。私は、私と、その人たちのために、以前のVtuberに戻ることに決めました」


上位チャット:なるほどね

上位チャット:がんばって


「この決断に思うところがある人もいるかもしれません。この配信を始める前まで、すごく不安でした。でも……皆さんのことを信じないといけないですよね」


 デッサン人形は、顔を上げる。


「今日をもって、私は……名無しのVtuberではなく……ガブガブイリアル所属の、神望リエルになります!」


 デッサン人形が発光し、光の羽根を纏う。それらが風に吹き飛ばされて消えると──そこには金髪ショートカットの、露出の多い青色の服を着た少女がいた。


上位チャット:うおっまぶし

上位チャット:うおおおおおおおおお!

上位チャット:きたあああああああああ

上位チャット:かわいい

上位チャット:ありがとう……

上位チャット:エッッッッ

上位チャット:おお~


「……あ、あの。改めて。えーと……神望リエルです!」


上位チャット:やあ

上位チャット:かわいい

上位チャット:あたふたしてて草


「えっと、それで……えーと、そう、この配信終了後に、チャンネル名は『神望リエル』にしますね。えーと、えーとそれで……」


 少女──リエルは手を口に当てる。


「あッ! ……ど、どうしよう。話すこと、これしか用意してない!?」


上位チャット:草

上位チャット:あれぇ?

上位チャット:おいwwwwww

上位チャット:これは草

上位チャット:終わりかwwww


「えっ、あっ、すいません、こ、この発表することだけで頭がいっぱいで」


上位チャット:笑う

上位チャット:しゃーなし

上位チャット:事務所所属になるの?

上位チャット:わかるわ


「あ、えっと、私の場合はお仕事の窓口にガブガブイリアルが追加されるだけで、あとは個人と同じだと思ってもらえれば……雇用されたわけじゃないので、その、お仕事欲しいです! 大歓迎!」


上位チャット:そうなのか

上位チャット:犬は養ってやれよ!

上位チャット:基本フリーランスってことね

上位チャット:まあ練習中ちゃんなら一人で編集もできるし大丈夫でしょ


「えーとえーと……あとはどうしたら……」


上位チャット:落ち着いてw

上位チャット:悪魔ニキ来てくれー!

上位チャット:悪魔召喚の儀

上位チャット:悪魔ニキに相談しよう


「あ、そ、そうだ。悪魔さん。み、見てます!?」


上位チャット:悪魔ニキ!

上位チャット:リエルちゃんを導いてくれえ

上位チャット:頼んだぞ!

上位チャット:えぇ……

上位チャット:悪魔ニキー!

上位チャット:おるやんけ!

上位チャット:悪魔いた!

上位チャット:いたぞ!!!

上位チャット:悪魔もよう見とる


「あっ、悪魔さん! わ、私どうしたら!?」


上位チャット:いや、あとは自由にやりなよって言っただろう?


「言ってましたけど! でも、もう見ないよとか言ったわりに見に来てるじゃないですか!」


上位チャット:草

上位チャット:ばらされてて草

上位チャット:なんだこの悪魔ツンデレかぁ?

上位チャット:ただの保護者で草

上位チャット:えぇ……


「お願いします! 悪魔さんだって、私のリスナーじゃないですか!」


上位チャット:別に君のファンってわけじゃあないんだけど


「えぇ!?」


上位チャット:草

上位チャット:おっ?

上位チャット:これは悪魔ですわ

上位チャット:いや、深い事情を知ってる僕が君のファンとか嫌だろ?


「確かにちょっと気持ち悪いと思いました」


上位チャット:草

上位チャット:wwwwwwww

上位チャット:悪魔ニキ……元気出せよ

上位チャット:顔も好みじゃないしな

上位チャット:君らね……。とにかく、君が相談する相手はもう僕じゃない。ここにたくさん話を聞いてくれる人がいるじゃないか。それに、僕は忙しいんだからね。わかるだろう?


「……そう、ですね。確かに悪魔さんは忙しい……忙しくなきゃいけないですから。分かりました」


 リエルは目を閉じて頷き……ゆっくりと目を開く。


「そ、それじゃあ……皆さん、私、この配信、あと何すればいいでしょう? お、終わっちゃいます?」


上位チャット:草

上位チャット:いかないで

上位チャット:オレクロの話しようず


「アッ、すいません、オレクロは忙しくて見てなくて。そのうち録画見たらやるので今はネタバレ禁止で、えっと」


上位チャット:ファンネーム決めるとか

上位チャット:挨拶決めるとか

上位チャット:ファンアートタグも欲しいぞ!


「あっ、そ、そうか、今までなかったですもんね。うわ、どうしよう!?」


上位チャット:ゆっくり決めていこう

上位チャット:だな

上位チャット:5年前もそういうのはなかったですからね

上位チャット:個人的にはもうちょっとエモが欲しかった

上位チャット:わかる

上位チャット:まだ悪魔おるかもしれないし、悪魔への感謝の気持ちを述べるとか?

上位チャット:いいね!

上位チャット:やってほしい。感謝の手紙!

上位チャット:悪魔ニキを泣かせようぜ!


「え? は? む、無理無理無理ですよぉ! なんでそんな恥ずかしいことしないといけないんですかぁ!?」


上位チャット:おっ

上位チャット:恥ずかしいと思うほどには何かある!?

上位チャット:てぇてぇ


「だいたい悪魔さんに涙があるとは思えないんですけど! 無理難題ばっかりで泣きたいのはこっちでしたけど!」


上位チャット:草

上位チャット:ひどいwwww

上位チャット:冷血漢か

上位チャット:おっ、愚痴の方がありそうだな!

上位チャット:よし悪魔ニキへの文句をぶつけてみようぜ!


「それいいですね。聞いてますか悪魔さん! あのですね、最初からどうもちょっとおかしいなとは思っていたんですよ。いいですか、そもそも普通の人間にはですね……──」



 ◇ ◇ ◇



【蔵野冬音の視点】


 翌日。「神望リエル、スパルタ教育を訴える」というタイトルの切り抜き動画がバズっていた。


 再生する。私が悪魔さんに、スパルタ教育について文句を言って、その内容に草がはやされて。


 ──最後に、私が泣きながらお礼を言っているところが流れて終わる。


 私はひとつ深呼吸をして……


 ……動画の投稿者に連絡をして、自分のチャンネルにそれを逆輸入するのだった。

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