第10話 2005年 進む道

【2005年】


「どうだい、二度目の人生は」

「なんだよ急に」


 PCの前に座って、メールボックスに溜まっている翻訳の依頼を整理していると、別のPCで作業している悪魔が言った。


「18歳ともなれば日本人にとって一つの分岐点じゃない? 前の人生とはずいぶん変わったし、感慨深いんじゃないかと思ってね」

「ああ、進路とかな……そういう時期か」


 俺は進学しないことに決めている。大学とか前の世界では行ったことないし、ちょっと興味もあるが……学費を考えるとなあ。研究したいテーマもないし、それなら活動資金に回したい。

 転生した人生で大儲け……なんてうまい話はないものだ。翻訳業も取り掛かれる時間は限られるし、競合もいるから値上げもできない。今後の計画を考えると金は全然足りなかった。


「担任は進学させたいみたいだよ?」

「……ムラマツ先生が定年退職されたのは痛かったな」


 頭の白いムラマツ先生。俺がテストや実技でサボっていることを早々に見抜いて、黙認してくれた教師だ。その代わりに色々面倒事を押し付けられたものだが……見えないところで俺たちの防波堤になっていてくれていたらしい。

 在職の頃は目の上のこぶだとしか思っていなかったが……いなくなるなんて考えてもいなかった。いなくなって初めてありがたみを知るってこと、本当にあるんだな。


「あの担任……まさか母さんを呼びつけて説得しようとするとはなあ」

「あれは傑作だったね」


 今の担任は変なところで鋭くて、俺たちが手抜きしていることに気づいたんだが……それを手柄にしようと私利私欲で直情的に動くタイプだった。面談を受けた母さんも呆れて――


「『娘は自分の意志で進学しないんです。それがこの学校にふさわしくないというなら、退学しましょうか?』だもんね。あの時の驚いた顔といったら」

「覗きは良くないぞ」

「いや君が誘ったんだけど?」


 まあ、母さんに何かあったら嫌だったからな……あの担任、エロ教師って噂されてるし。うちみたいな庶民はさ……用心に越したことないだろ? な?


 こうして両親ともに味方をしてくれて、本当に感謝しかない。翻訳業の名義も貸してもらってるし……その儲けで学費や生活費やらは全部返済し終えた気がするが、まだなにか恩を返し足りない気がするな。


 ……ああ、そうか。父さんのことか。


 いや、あれは時期的にまだ先の話だ。今から対策を打っても無駄だし、やきもきさせているとは思うがもう少し待ってもらおう。大丈夫、上手くいくはずだ。


「で、話は戻すけど、どうなのさ? 前とはずいぶん違った人生だろう?」

「……まあ、個性的な面子に囲まれたとは思う」


 イジメを受けてぼっちだった前の世界とはえらい違いだ。毎日が漫画かラノベなんじゃないかと思う。


「……正直、お前の仕込みなんじゃないかと疑ったこともある」

「僕があの子たちを用意したって? さすがにそれはないよ。話した通り、僕の力では君の3つの願い……と僕をキャストに入れるので精一杯。あの子たちとの出会いはまさに運命さ」

「運命ねえ」

「いい運命だろ? 今回の人生は」


 悪魔はニヤニヤと笑う。


「かわいい子に囲まれて、頼りにされてさ。楽しいんじゃない?」

「……まあ」


 ヴァレリーはうるさい……が、元気なのはいいことだ。ルーニャは相変わらず学内ストーカーだが、あの顔面なら許せる。ラトナは胸がでかい。ヴァレリーに1割でも分けてやったらいいのに。カリーム? 知らん。

 1名を除いて頭も切れるやつらだし、今となっては子どもを相手にしている、という感覚は少ない。総合的に考えて……楽しいか否かの二択なら……。


「……面倒なことも多いけどな。あいつら、私に頼りすぎだろ。あれこれ手伝ってくれとか、もう少し自分でなんとかすべきじゃないか?」

「それだけ君が頼りになるってことじゃない? いいじゃないか、頼られるのも嬉しいだろう?」


 この世界には、未だに俺の求める娯楽はない。だから迷わずに技能の習得だけに打ち込んできた。おかげでこいつから才能を与えられていない言語の分野でも、そこそこやっていけていると思う。

 そうした努力を認められて、頼られるのは……まあ……成果が見えて嬉しいというか、悪くはない――ん?


「ねえ、君が2011年まで何もしないっていうのももったいないと思うんだよね。あの子たちとなら色々面白そうな事が起きそうだしさ、ちょっと進路について考え直してみない? 例えばさ、ヴァレリーと一緒に専門学校に行くとか――」

「ちょっと待て」


 携帯に届いたメールを確認する。珍しいアドレスだった。知っているが、連絡がほとんど来たことのないアドレス。

 そして、件名。


「……逝去のお知らせ……?」



 ◇ ◇ ◇



 葬式にいい記憶はない。


 意外と長命な一族の中にあって、俺が最初に経験した親族の葬式は、父さんの葬式だった。


 葬式のあと、母さんは塞ぎ込んで病気がちになり、俺はブラックな企業に使い潰されて疲弊していく日々。そこに差し込んだ光が、バーチャルYouTuberだったわけだが――


 とにかく、葬式は苦手だ。それも親しい間柄の人のものともなれば。


 縄倉大心。縄倉流とかいう謎の流派を掲げる古武術の道場の師範……師匠。それが、死んだ。


 確かに、師匠は老齢だった。初めて会ったときからすでに、武術なんてやってる歳じゃないだろって感じだった。

 しかし歳のくせに動きはキレッキレで、頭もしっかりしていて……だから、いつまでもそんなものだと思っていたのに。


「今日は来てくれてありがとう」

「いえ……」


 葬式のあと。俺と悪魔だけが道場の隣りにある師匠の家に呼ばれた。狭い和室で、ひょろっとしたスーツ姿の男と対面する。


「最後に師範と会ったのはいつになるかな?」

「半年前ぐらいですね。ちょっと鈍ってたので調子を見てもらって。その時は……お元気でした。組み手はしませんでしたが」


 確か彼の名前は……スズキヒカル……だったかな。師匠の大甥で、道場にも一時期通っていた。真面目に修行に取り組んでいた人だが、俺から見ても武芸の才能はなく、気づいたらいつの間にか来なくなっていたな。


「そうか。……実は師範の遺書に君たちのことがあってね。少し確認したいことがあって」

「師匠が私に……?」

「ハスムカイテルネさん、ナルトくん。縄倉流の師範になる気はある?」

「は?」


 なんだ急に。そんなこと一度も聞かれたことないぞ。


「お断りします」


 なんでそういうことになったのか知らないが、お断りだ。俺が目指すのはバーチャルYouTuberの親分であって、道場主じゃない。面倒事を勝手に押しつけようって話なら――


「そうか、よかった」


 俺が臨戦態勢に入りかけ――しかし、彼は予想とは違って説得してくることもなく、ホッと息を吐いて微笑んだ。


「なら、縄倉流は師範の代で終わりだね」

「……えっ? 道場は誰かが継ぐんじゃ」

「ああ、これは勘違いしないで欲しいんだけど、断ってくれてよかった、と思っているんだよ」


 彼は苦笑して顔の前で手を振る。


「元々、師範は道場を畳むつもりだったんだ。でも周囲にそれを許さない人が結構いてね……俺も跡を継ぐために、養子に入れられそうになったことがあるんだ」

「……どうして、あなたが道場を継がないんですか?」

「師範の粘り勝ちさ。強硬派のお歴々はみんなここ数年でお先にぽっくりいっちゃってね。最後に残った穏健派は『一番実力がある者が継がないならあきらめる』という約束をしてね。で、それは俺じゃなくて君たちだからさ」


 ………。


「本当に、気負わなくていいよ。特に俺個人なんて、君のおかげで早々に辞めることができたからね。感謝してるよ。俺、格闘漫画とかは好きだけど、痛いのは苦手でさ……養子に出されることもなくなったし、運命を変えてくれた、って言い方は大げさかな。ははは」


 それからしばらく彼の語りを聞き、最後に「師範も充実した晩年だったと思う。ありがとう」と言われて、俺たちは帰路についた。


「……おい、悪魔」

「なんだい?」


 帰り道。やけに澄んだ夜空の下、俺は悪魔に問う。


「前の世界では、どうなったんだ?」

「師匠のことかい? そうだねえ、検索してみようか」


 悪魔は顎に指をあてて宙を見る。


「……うん。師匠はもっと早くに亡くなってるねえ。で、さっきの彼が養子になって道場を継いでるよ。もっとも、ずいぶんと苦労するようだけど……やあ、君のおかげで彼らにもいい運命が訪れたようだねえ」

「そうか」


 ……そうなるのか。いや、分かっていたが……今まで本当に理解をしてはいなかったんだな、俺は。



 ◇ ◇ ◇



【2005年 ルカ・ウラジミルヴィッチ・スミルノフの記録】


 ルカ・ウラジミルヴィッチ・スミルノフは屋上に侵入した。南京錠程度、彼にかかれば合鍵を作る必要もない障害だ。


 ルカは太陽の位置を確認し、姿勢を低くして前進する。校庭を望むフェンスに近づくと、肩に担いだ荷物を下ろす。袋から取り出し、手早く組み立て、スコープを覗く。


 標的は校庭にいる。


 短い髪、化粧っけのない、それでいて凛とした顔。体操着から覗く手足に無駄な肉はなく、スラリと伸びる。


 蓮向テルネ。高校三年生、18歳。家族構成は平凡な両親と鏡写しのような姿形をした双子の弟。


 ルカはスコープを使い、照準をテルネの頭部に合わせる。距離、角度、風向き、風速。それらを計算し引き金に指をかける。弾着までは0.3秒、18フレーム。


「ッ」


 呼吸を殺し――引き金を引く。


 瞬間、標的がこちらを振り向いた。確実にこちらを見ている。足が止まる。


 放った仮想の弾丸は、テルネの背後の地面へと消えていった。


「やっぱりだめ」


 ルカは声変わりを経てなお少女のような中性的な声でつぶやき、スナイパーライフル――のモデルガンを畳んで袋にしまい込み、屋上から静かに姿を消した。 



 ◇ ◇ ◇



「おい、お前」


 昼休みのカフェテリア。その一角は、人目を惹く容姿をした五ヶ国の人間が集まるグループの指定席として噂されている。だから、空席があっても誰も近づくことがない。


 テーブルを囲んだ6つの椅子のうち、2つの空席。そこに座るべき双子の姉――テルネは今、少し離れて立ってルカのことを指していた。


「いい加減にしろよ」

「あら、何かされたんですか? テルネさんも愛されていますね」


 妖しく笑うのはインドネシア出身の華僑、ラトナ。長い髪を耳の上にかきあげながらティーカップを持ち上げる仕草は、貴婦人のような印象を周囲に与える。


「もちろんオレもテルネを愛している」

「黙れ変態」


 天然パーマが額の上にまとまってリーゼントのようになっている男子は、エジプト出身のカリーム。学内の女子からは石油王のようだともてはやされているが本人は石油王ではないし、このグループ内ではテルネが先ほど一蹴したような扱いである。


「えっ、何、何?」


 最近は長くなったブルネットの髪を大きなポニーテールにまとめているフランス出身の娘、ヴァレリーがそれを振り回しながら言う。明るい性格に美しい容姿だが、考えが足りない。双子の弟、ナルトが隣に座ろうとしてポニーテールの直撃を受けそうになり、しかめっ面をしながら手で防いでいた。


「こいつ、また今日の体育の授業で狙撃してきやがった」

「まあ……発砲を?」

「いや、実際は狙撃ごっこっていうか……こいつ、最近BF2にハマってるんだろ? それでFPS脳になってるに違いない。屋上から芋スナのマネしてきやがって、おかげで授業に集中できなかったじゃないか」

「いもすなって何?」

「待ち伏せするスナイパーってことだ。こいつ、屋上からモデルガンで照準あわせてきやがったんだ」

「まあ」


 ラトナはわざとらしく目を丸くする。演技力が足りない。「何か嫌がらせをしてやれ」という意見を出していた張本人だと、すぐにバレそうだ。


「本当ですか、ルーニャさん? そんなことを?」

「本当」


 ルカは頷いた。

 Battle Field 2というFPSゲームにハマッているのも本当だし、FPS脳も否定はできない。


「完全に当たるタイミングで引き金を引いた。けど、避けられた」

「そもそもどうやって持ち込んだんだよ、お前は」


 曲がりなりにもここはエリート校であり、セキュリティはある。モデルガンの持ち込みをテルネが疑問に思うのも当然だろう。ルカはしてやったりと答える。


「楽器ケースの中に隠せばバレない」

「フッ、ちなみにそのアイディアはオレが助言してやった」

「お前ら……」


 カリームは最近話しやすくなった、とルカは評価している。ゲームの話もよくしている。このアイディアは何かのアニメからだと聞いていたが、そちらにはあまり詳しくないルカだった。


「ところでテルネさんが避けたというのは? 実際に発砲はしなかったのでしょう?」

「弾道計算して当たるタイミングで引き金を引いた。でも、着弾地点から逃げられた」

「それは偶然では……」

「じゃない。これまで9回実行してすべて避けられた」

「……どうやって?」

「殺気が分かりやすいんだよ」


 こともなげにテルネは言う。


「殺気、ですか?」

「ルーニャが私を殺そうとした意志、だな。あんなの素人でも気づくぞ」

「なんですかそれ……」

「すごい! かっこいい!」


 ますますかなわなくなった、とルカは考える。


 テルネと初めて会ったあの日、ロシア語で話しかけられて彼女を祖国のスパイと判断し、ルカは制圧を実行し――返り討ちにあった。


 それからルカは、ことあるごとにテルネの暗殺を計画した。子どもに負けたなど、隊員や祖父には言えない。だから存在を消して事実を抹消しようとした。しかし数回の試みで可能性を見いだせないことを思い知り、それからはテルネの近くで彼女の隙を探し続けている。


 それが本来の目的を忘れたのはいつのことか。いつの間にか、ルカはこのグループの中で笑うようになっていた。


 しかしここ2年、ルカの心は落ち着かない。そこに来て、最近のテルネの行動がルカをより不安にさせていた。


「いい加減、嫌がらせはよせ。何が目的なんだよ」

「テルネは」


 いや。ここに集まっている4人全員が感じていることだ。


「――なぜ、ぼくたちから遠ざかる?」

「………」


 最近、テルネはこの集まりに同席しない。双子の弟、ナルトも同様だったが、彼はテルネについていっているだけだ。原因はテルネにある。けれど、その理由は「カリームの求婚についにキレた」ぐらいしか思いつかなかったし、それでヴァレリーとラトナとルカが巻き沿いを食らうのは納得いかない。


 しかし集まりに来るように言っても、メールしてもテルネは反応しなかった。そこで「ちょっと嫌がらせしたら来るかも」というラトナの提案にのって、仮想狙撃を実行したのだ。


「別に。遠ざかってなんかいないだろ」

「いる。ヴァレリー」

「テルネったら最近冷たいのよ! 話しかけても上の空だし、違う時間の電車に乗ろうともするし!」


 テルネはルカたちを避けている。通学経路が同じヴァレリーでさえ。それはこの数年間になかったことだ。


「理由。知りたい」


 ルカはじっとテルネを見る。テルネは……ふいっと視線をそらし、椅子に座った。それからしばらく沈黙して……ようやく口を開く。


「……お前ら、さ。私と会わなかったら、今頃何してた?」

「え? さっきご飯終わったから、えっと……」

「いや、今の話じゃない。ずっと昔から……私と出会ってなかったらってことだよ」


 急に変な話をし始めた。なぜ? と問いただす暇もなく、脳天気なヴァレリーが話題に乗る。


「え、どうだろ。うんと……たぶん、フランスにいるかも?」

「フランスに……?」

「だって。テルネと会わなかったらその……きっと、日本で友達ができなくて、帰りたいってママに言ったと思うから」


 ヴァレリーは顔を赤くして言う。


「えへへ。ね、ラトナは?」

「わたくしもインドネシアに帰ったでしょうね。もともと一時的な来日の予定でしたから……きっと今頃は、資産運用に頭を悩ませていたと思いますわ」

「フッ、オレはそう変わらないと思うが」


 誰からも話を振られていないのにカリームが語る。


「今後、手を付ける事業が違っただろうな。テルネの宝物を貰わなければ、観光事業に注目していただろう。だが今は違う、オレも気づいたのだ。アニメやゲームというのは総合的な芸術で――」

「ルーニャさんはいかがです?」


 ラトナが水を向けてくる。ルカは考えた。


「……たぶん」


 テルネに負けなかったら。工作員としての自分は――祖国のためにと。


「うまく……やってると思う」

「……そうか」


 テルネは深く息を吐きだす。


「まあ……避けてたよ。それは認める。でもさ、それって悪いことか? どうせあと半年なんだぞ? 卒業するまで」


 卒業。高校生活最後の一年は、もう半年もない。


「私たち、進路はバラバラだろ? ヴァレリーは専門学校だし」

「うん! アニメの声優になる!」

「ラトナとカリームは大学に行くが、経済学部と経営学部で少し違うし」

「多少は顔を合わせそうでうんざりしますわ」

「オレのセリフだが?」

「私は就職、こいつは法学部」

「え?」

「で、ルーニャは帰国するんだろ?」


 帰国する。祖父からそういう命令が出ていた。これまで何度も作戦期間を延長してきたが、さすがにもう限界だった。


「いずれ道は分かれるんだ。みんな、そろそろ自分の道を歩くことに集中したほうがいい」

「でも」

「私には人生をかけた目標がある」


 テルネは……はっきりとルカの目を見て言う。


「そのためにはすべてを捧げる必要があるんだ。だから……お前らに構っている時間は、もうない」

「そんな!」


 ヴァレリーが叫ぶが、テルネは首を横に振る。


、と思ってるよ」


 テルネの言葉が、カフェテラスの中にシン、と響いた気がした。


「人にはそれぞれに人生ってものがある。それが私のせいで思わぬ方向に行ってしまったことは……本当に申し訳ない」


 しかし、とテルネは言う。


「だからこそ……私は目標を必ず達成するために動かなきゃならない。私は私の道を行く。お前たちもお前たちの道を行くべきだ。どうせ道はいつか分かたれるんだ。それが早いか遅いかだけの違い……いや、遅いぐらいだ。お前たちは、私になんて構ってる場合じゃないんだよ。だから」


 テルネは……大きく息を吸ってから、絞り出すような声で。


「この集まりには、もう来ない」

「そんなぁ」


 ヴァレリーが顔を真っ赤にしてくしゃくしゃになって涙を流す。だが、テルネはプイッとそれから目をそらした。


「なかなか勝手な言い草ですね」


 冷たい声を出したのは、ラトナ。


「わたくしたちのことも、ご自分のことも勝手に決めて」

「……悪かったよ」

「はぁ」


 ラトナは溜息を吐くと、冷めた紅茶をすする。


「いやテルネ、間違っているぞ。確かに道は一時的に分かれるだろうが、結婚すればまた一つになる。むしろもう籍は入れられるな。よし、役所へ一緒に行くとしよう」

「黙れ変態、誰が行くか。そういう話じゃなかっただろうが」


 いつものようでいて少し違う、テルネとカリームのやり取り。


 それを聞いてルカは――


「……な、なんだよ。泣いてるのか?」

「……ない」


 ルカは顔を俯けた。


 テルネに批難の視線が集まっている気配がする。


「……な、泣くなよ。泣いてもなあ、私は発言は……撤回しないからな。くそっ……」


 席を立って近づいてきたテルネは、ルカの頭をぐしゃぐしゃっと撫でる。


「あー、もう」


 ルカが座っていてなお、テルネは腕を高く上げる必要があった。


「顔は変わらないのに、図体だけでかくなりやがって、調子が狂う……ちゃんと食べてるのか? ガリガリじゃないか」


 出会った当初は誰よりも背が低く、ことあるごとに抱きしめられていたルカ。しかし高校に入ってから急激に背が伸びて、今や誰よりも背が高く、抱きつかれる側になってしまった。そんな自分の変化が、ルカは嫌だった。不安だった。そのうえ……。


「テルネ……離れないで」


 祈るように言う。答えは、一言だった。


「……すまん」

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