【姉妹ゲームコラボ】定時退勤を実況!【見守リエル】

(前略)


「いいですか、そもそもですね」


 画面の隅でコントローラーを持った、茶髪の三つ編みのおさげを揺らすお嬢様が、しっかりと言う。


「わたくし、ホラーというジャンルはまったく怖くないのです」

「そうなんですね」


 反対側の画面端、ワイプ画面に収まった金髪の少女が、うんうんと頷いて言う。


「それどころかくだらないと思っています」

「何でですか?」

「心霊現象をテーマにしたといっても、結局作り物ではないですか。開発者が描いたりモデリングしたりしたものでしかありませんし、幽霊の声や物音だってサンプリングしたもの。現実的に考えて、それを怖がる意味がないでしょう?」

「なるほど~」


 金髪の少女、神望リエルは頷き――


「それじゃあ、タイムカード切りましょうか!」

「なぜですか!」


 茶髪のお嬢様、神望リリアは抗議した。


「話を聞いていましたか? つまりですね、ホラーというのは怖さをウリにしているわけですが、本質を知っているわたくしにとってはまったく意味のないジャンルで……」

「そんなこと言ってこの場面から10分ぐらい動いてないですけど」


 画面には、10分間ずっと――古いタイムレコーダーに、プレイヤーキャラクターがタイムカードを入れようとする画が映っていた。


 ホラーゲーム、『定時退社』。ブラック企業に勤める毎日残業している主人公が、とある日から定時退社できるようになるのだが、日を重ねるごとに会社の様子がおかしくなっていく。

 そんな設定と、短時間で終わる長さがウケてVtuberたちの間で実況が流行っており、リリアも『罰ゲーム』としてプレイすることになったのだが。


「早くタイムカード切らないと進まないですよ」


 リリアは、動かない。


「……いいですか、これを進めたからといって再生されるのは結局人が作ったものでしかなく……」

「それ5回目ですけど」


上位チャット:草

上位チャット:冷静な指摘wwww

上位チャット:お姉さんも容赦なく刺していくぅ


「お姉さまってあれですか? 芸術とか無価値だー、ってタイプだったり?」

「そんなことはありません。芸術とは教養があってこそ成り立つもの。一つの作品から得られる刺激というのはまさに様々な価値のあるもので」

「ですよね。ならホラーゲームも芸術ですよね! 描かれた絵が実在してなくたって価値はありますよね!」

「………」

「さあ」


 リエルは誘う。


「マウスをクリックして進めましょう。大丈夫、何も起きませんから!」

「……何も?」

「まだ二日目なので、大したことは」

「大してないことは起きるのですね!?」

「起きたら怖いんですか?」

「怖くなどありません」


 キリッとしてリリアは言う。


「ですがいいですか、ホラーゲームというのはしょせん……」

「さすがに6回目は勘弁して欲しいです」


上位チャット:またw

上位チャット:リリアちゃんしぶとい


「はい、息を吸って、吐いて、覚悟を決めてクリックしてください。放送時間超過しますよ」

「う……すー……はぁ……くっ……」


 リリアは息を整える。


「……い、いきますわよ!? 本当にいきますわよ!?」

「はい。それをずっと待ってるので」

「………っ!」


 リリアは……それからたっぷり10秒ぐらいかけてマウスをクリックし――


 ガッチャン!


「キャァァァァァアアアア! アアアアアアアッアアアアァアア!」


 やけにデカい音でタイムカードを切る音が再生されたとたん、それをかき消す声で叫んでしゃがんで画面からいなくなった。


 特に心霊現象もなにも起こっていない画面に取り残されたリエルは――


「……あの、これ一年ぐらいかかる企画ですか?」


 ぽつりとそう呟くのだった。



 ◇ ◇ ◇



【2021年 蔵野冬音の記録】


「お疲れ様です……」


 蔵野くらの冬音フユネはティーセットを机に並べながらそう声をかけた。いつもは淹れてもらう側なのだが、さすがに今日は相手が疲労困憊のようだしと、見様見真似で準備したのだ。


「………」


 紅茶の入ったティーカップが目の前に置かれて、彼女は顔を上げて動き始める。背が高く美しい褐色の肌をした、スタイルのいいオリエンタルな雰囲気のある……実際、日本ではなくインドネシア出身の女性。ラトナ・アンゴド。


 彼女は憔悴した表情で、しかし美しい所作を崩さずに紅茶を飲み――


「不味いですわね」

「えぇ」


 容赦なく言った。


「紅茶の香りではなく渋みしか抽出できていません。どうやったらこんなことが?」

「……すいません、淹れたことなくって……」

「ククク、まあいいではないか」


 そんな様子を見て、もうひとり。天然のリーゼントヘアーをした男――ここ、ガブガブイリアルという会社の社長、カリーム・ジブリール・サイード・ジャウハリーが笑う。


「気付け薬としては上々だろうし、ミルクと砂糖を使えば飲めなくもなかろう。……オレの分はまだか?」

「あ、すいません。欲しかったんですね。じゃあ、はい」


 フユネは自分の分のカップをカリームに回した。味の評価を聞いては飲む気になれなかったのでちょうどいい。


「私たちはいつもストレートなので、ミルクとお砂糖はないです」

「………」


 カリームは渋い顔で紅茶をすすった。


「それにしても、おね……ラトナさんがホラーが苦手って本当だったんですね」

「苦手ではありませんが?」

「あ、やめときますこの話題」


 散々わめいてゲームの効果音をすべてかき消していた張本人が澄まし顔で主張するので、フユネは話題を変えることにした。


「逆に、ラトナさんってどんなジャンルが好きなんですか?」

「特にえり好みはしませんよ? 作品形態で分けるなら映画が好みですが」

「ああ、ぽい感じがします。アニメとか見なさそうだし」

「見ますよ? アニメも漫画も」

「えぇ、意外です……そんな感じ一切しないのに」


 ちょっと離れて見たら絵画に描かれたお嬢様という感じなのに、とフユネは思う。


「Vtuberをやっていてオタクではない、というのは難しいでしょう。わたくしはあなた方と違ってオタクを前面に押し出していないだけです」

「う……」


 フユネは言葉に詰まった。確かに身なりからして違う。スタッフ以外には会わないからと油断してキャラ物を身に着けている自分とは違い、ラトナはどこにいても認められるような、瀟洒な雰囲気を身にまとっていた。


「お、オタクなのがバレるのが恥ずかしい感じですか?」

「浅はかな」


 鼻で笑われて、フユネは撃沈した。今のは自分がよくない。


「やれやれ。仮にもわたくしの妹ということになっているのですから、もっと堂々としてほしいものですね」

「妹なのはリエルです……」

「わたくしはプライベートでも『お姉さま』と呼んでいただいても構いませんよ?」

「呼ばないです……」


 先ほど言いそうになったし、何度か言いかけたことがあるが、フユネはそれだけは断固拒否した。自分の中の何かがねじ曲がってしまいそうだ。


「わたくしはもっと仲良くしていいと思っていますけどね。せっかくの休憩時間ですし……では、最近のあなたのおススメ作品でも聞きましょうか」

「フム。いいな。コイツもなかなかデキるオタクだ。オレの把握してないモノが出てくるかもしれない」

「横からハードル上げるのやめて欲しいです……えーと」


 フユネはアニメタイトルをいくつか挙げる……が、カリームはおろかラトナにも『把握している』と言われてしまった。ならばとさらにディープに、Web小説で勝負を仕掛ける。数多の作品がひしめくWeb小説界隈はさすがに二人ともアンテナ圏外なものが多く、フユネは何作か続けて紹介をした。


「フム、興味深いな。それぞれ共通するのは『やりなおし』……『ループもの』か」


 カリームは指で机を叩く。


「最近ローグライク系のゲームが流行っているからな。狙い目かもしれん。いやオタクに言わせればあれらはローグライクというのは正確ではないのだが……」

「人間、誰しも後悔は大なり小なり抱えているものですから」


 ラトナは肩をすくめる。


「やり直したい、あの時ああしていれば……という気持ちを解消してくれるものは、常に需要があるのではないでしょうか? 軟弱なこととは思いますが」

「あれ。ラトナさんは嫌いですか、ループもの」

「あまり共感できないテーマですわね」

「やり直したいこととかないんですか?」

「今の生活を捨ててまで、ということはありませんわ」


 強い。フユネは小さく息を吐いた。自分なんかやり直したいことばかりだというのに。


「でもほら……例えば、人生を変えるきっかけ、ってあるじゃないですか? そういうのが起きなかったらどうなっちゃうんだろう……って思ったりはしませんか?」

「人生を変えるきっかけ、ですか……」


 ラトナは頬に手を当てて考え込む。


「……さて、ジャカルタ暴動が起きなければ日本に来ることはなかったですから、それが人生を変えるきっかけといえばきっかけですが……さすがに人生をやり直しても、アジア通貨危機を止めることはできませんね」

「話が大きすぎる……も、もっとちょっとしたきっかけはないですか?」

「そうですね……」


 ラトナは……カリームと目が合い、嫌そうな顔をしてお互い目をそらす。


「……まあ、学生時代に興味深い人物と出会わなければ、インドネシアに帰っていたでしょうね」

「フッ。オレは手を出す事業が変わったぐらいだろうな。オタクの奥深さも心得ずにな……」


 オタク? もしかして。


「二人が出会わなかったら、ってことですか!?」

「違う」

「違います」

「アッハイ……」


 まあこの二人がくっついてもなんか嫌だし、いいか……とフユネは高ぶりを鎮める。


「出会いといえば、それこそあなたではないですか?」

「えっ。わ、私ですか?」

「そうだな。アイツと会わなかったらどうなっていた?」

「それは……」


 ……コンビニでバイトして……ストーカーに……。


「まあその……助けてもらったとは思ってますけど、べ、別に悪魔さんなんかいなくたって、一人でなんとかして普通に生きていけましたけど!?」

「あらあら。別に誰とは言っていませんが?」

「うぐっ……!」


 ニヤニヤとするラトナとカリームに、フユネはぷるぷると震えて顔を真っ赤にする。


「――さあっ! もう休憩終わりですよ! せっかく合わせ練習に事務所まで来たんですから、しっかりやらないと!」

「……わたくし、さすがに今日は疲れたのですが……?」

「おね……ラトナさんが次事務所に来るの、だいぶ先じゃないですか。合わせもなしにダンスしてデュエットなんて無理ですからね無理!」

「仕方ありませんね、『お姉さま』が一肌脱ぎましょう」

「言ってません!」


 言いあいながらスタジオに移動する二人を、カリームはニヤニヤしながら見送り――


「……待て。これ、片付けはオレがやるのか……?」


 誰もいなくなった休憩室でティーセットを前に、きょろきょろと辺りを見回すのだった。

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