【生放送】リスナー制作ゲームをやるのわよ【感謝】、他

「辺獄からごきげんよう」


 カツカツ、と暗闇から一人の女性が歩み出る。金と黒のメッシュの髪を背中でドリルにした、黒と赤を基調とした和ゴス、そして血走った目と片方にはドクロの眼帯。


「じ……ンンッ!」


 女性は咳払いする──その声音は男性であるが。


辺獄りんぼシビアわよ」


上位チャット:おい

上位チャット:草

上位チャット:なり替わろうとするな

上位チャット:ごきげんようわよ~

上位チャット:今日もかわいくってよ


「今日もこの辺獄に集まった亡者ども、ごくろうわよ。暇なのわよ?」


上位チャット:うるせえですわ!

上位チャット:はい

上位チャット:煽っていくぅ!

上位チャット:なぜかリリアちゃんと配信時間が被らないから見れるんだなあ


「亡者どもの熱意には日々驚かされるのわよ。今日の生放送も、そんなひとりの亡者の熱意を紹介するための枠わよ。なんと、このバーチャルラウンジで──バーチャルラウンジは無料!」


 シビアは突然弾かれたように叫び──何事もなかったかのように続ける。


上位チャット:!?

上位チャット:草

上位チャット:バーチャルラウンジは無料!

上位チャット:ガブガブイリアルありがとう


「このバーチャルラウンジで、ワテクシのためにゲームスペースを作ってくれた亡者がいるのわよ。なので生放送で紹介させていただくわよ」


上位チャット:待ってました

上位チャット:リスナーが自分を題材にゲーム作ってくれるとか新時代だな

上位チャット:すごいよなあ

上位チャット:楽しみ


「スペース名は『辺獄遊戯』。……塔に上るバトルアクションわよ? まあやってみるわよ。それでは移動するのわよ」


上位チャット:タイトルで草

上位チャット:ホアチャー!

上位チャット:え、何? どういうこと?

上位チャット:シビアちゃんそれは……


 シビアはUIを操作する。しばらくのローディングの後、移動した先は河原だった。黒く穏やかに蛇行する大きな川。赤黒い雲に覆われた、砂利で覆われた平坦な河原に、一枚の看板がぽつんと立っている。


「見慣れた辺獄の光景わよね。あの看板は……ゲーム説明わよ?」


 シビアはジャリジャリと歩を進める。


上位チャット:なんだここ?

上位チャット:不穏な空気

上位チャット:嫌な予感がする


「ああ、説明わね。それじゃ読んでいくわよ。えー……辺獄へようこそ。このゲームスペースでは辺獄シビアさんも幼少期によく遊んでいたという辺獄遊びを再現しました」


 ふむふむ、とシビアは読み進める。


「入室者には袋が配られます。左右どちらかの手に装備されます。うん、あるのわよ」


 シビアは左手にぶら下がる袋を上げてみせる。


「この袋には13個の石が入っています。この石を積んで高さチェックに成功するとゲームクリアです……は?」


 シビアはカメラを見る。


「……は?」


上位チャット:????

上位チャット:はい

上位チャット:草

上位チャット:クソゲーじゃねえか!

上位チャット:ゲーム……?


 ◇ ◇ ◇


「……とりあえずやっていくのわよ」


 説明文をある程度読み――細かい注意点は後回しにして、シビアは河原に屈む。


「まあインターネットが開通する前の、ワテクシの長年の遊びといえば紐無しバンジーかこの石積みだったのわよ。楽勝わよ。放送時間の尺がむしろ心配わよね」


上位チャット:まあ確かに

上位チャット:いや……

上位チャット:石積むだけじゃねえ


 袋から右手で石を取り出し、置く。そしてもう一つ取り出し、置く――


「アッ」


 ころり。


「ちょっと位置が悪かったのわよ」


 置き直す。


「アッ」


 ころり。


上位チャット:おっと?

上位チャット:これはwwwww

上位チャット:これはシビアだねシビアちゃん

上位チャット:審議中


「………」


 シビアは無言で置き直し――4回目で2段目の石を積むことに成功する。


「よし。コツは掴んだのわよ。あとは流れで」


 3個目の石を取り出し、上に――


「アッ」


 ころころり。3個目どころか2段目の石もつられて転げ落ちる。カメラに映る、積まれていない3つの石。


「……クソわよ」


上位チャット:wwwwwww

上位チャット:はい

上位チャット:クソわよいただきました

上位チャット:おい作者でてこいや!

上位チャット:え……今日はこの光景を見続けるの……?


 それからしばらく石と格闘するも4段目には一度も到達できない。


「クッ……ちょっと休憩、亡者の嘆きを見るのわよ」


 シビアはコメントを追う。


上位チャット:石の形がまずいんじゃね?

上位チャット:まず全部の石の形を確認してみたら?

上位チャット:ちょっとやらせてほしい

上位チャット:両手使ったほうがよくね?


「……なるほどわね」


 シビアは袋から石をすべて取り出すと、砂利の上に並べた。


「確かにこうして見ると、いろんな形をしているのわよ。これとかひらべったくていい感じわね」


 袋も砂利の上に置き、石を両手で掴む。


「お、両手いけるのわよ。これなら」


 平べったい石を積むことであっさりと3段目まで積む。


上位チャット:おお

上位チャット:いけるやん!

上位チャット:これは勝ったな


「4つ目……」


 平べったい石はもうない。次に積みやすそうだと判断したデコボコ石を手に取り、両手で慎重に。


「よし、乗ったのわよ」


 続けて5段目にも成功する。


「よし、ここまでで状況をチェックしてみるのわよ」


 UIから高さ判定のコマンドを呼び出すと、半透明な赤い立方体が石と重なった。


「5段と判断されているわよ。高さは……これなら足りそうわよ?」


 立方体の高さはシビアの身長ほど。


上位チャット:ここまで積むのか……

上位チャット:石の大きさ的に余裕はありそう

上位チャット:最後の方大変だな


「それじゃあ次の石を……と、向こうの方わね」


 シビアは石を取り出して並べた際に遠くにやってしまった石を取りに行く。


 ジャリジャリ、ガラッ。


「ガラッ……?」


 振り向く。4段目と5段目が崩れ落ちていた。


上位チャット:あれ?

上位チャット:!?

上位チャット:どうして


「えっ……さ、触ってないのわよ?」


 シビアは首をひねりつつも、石を積み直す。少し手間取りつつも5段に。そしてそのまま少し待つ。


「……安定してるのわよ?」


 してるよなあ? とシビアは周囲をぐるぐると周る――すると、足を踏み降ろした瞬間、ぐらりと石が揺れ、落ちた。


「は!? えぇ……?」


上位チャット:なんだこれぇ

上位チャット:欠陥住宅かな?

上位チャット:検証しないと安心して作業できないな


「そ、そうわね……確かめてみるのわよ」


 しばしリスナーとやりとりして検証した結果、砂利にも当たり判定があり、力が伝播して土台の石を揺らしていることが判明する。歩行によるわずかな振動だが、高く積まれた石には致命的だった。


「なるほど。……要は歩かなければいいのわよ!」


 シビアは手の届く範囲に全ての石を置く。


上位チャット:おお

上位チャット:かしこい

上位チャット:さすが!

上位チャット:いいね


「さあ、やるましてよ」


 ――1時間後。


「クソわよ」


 最高6段目まで積むことに成功するも、次で崩れる。それを繰り返すシビアは、ボソリとつぶやいてからコメントを眺めた。


上位チャット:苦戦してて草

上位チャット:いつ見ても画面が変わらないですがバグですか?

上位チャット:安定しなさすぎる

上位チャット:なんかこれ地面も平面じゃないな?

上位チャット:地面傾いてね?

上位チャット:1個ずつ積むんじゃなくて複数個で土台作ったら?

上位チャット:これが賽の河原か

上位チャット:3個ずつ積もう


「なるほどわね」


 シビアはさっそく不安定な石を3つ選んで三角に並べる。そしてその上に逆三角になるように石を積んだ。


「おお、安定してるわよ。これなら……って、石が足りないのわよ」


 残りの石は7個。これを全部1つずつ積んでも先程表示された高さ――シビアの身長には届かない。


上位チャット:ダメか

上位チャット:クリアできないクソゲーかな?

上位チャット:って届かんやないかーい!


「石をおかわりする方法はないのわよ?」


 看板を眺める。


『※スペースに入室した人それぞれに石は配られます』


「え……凸を待つしかないのわよ?」


上位チャット:開けてみようぜ

上位チャット:いけます!

上位チャット:協力ゲームだったのか


「えぇ……? 本当に来るのわよ? まあ、開けるけどわよ……」


 シビアはUIを操作する――と、数秒しないうちに複数のアバターが入ってきた。


上位チャット:早

上位チャット:いつから待機してたんだよwwww

上位チャット:亡者ガチ勢こわ


「入れた!」

「あっ、あっ、シビアちゃん!」

「辺獄からごきげんよう」


 シビアはポーズを取る。


「辺獄シビアわよ。辺獄にようこそなのわよ」

「うわー! あっ、ありがとうございます!」

「あ、好き、スキデス……」

「えぇ……そ、そう……あ、ありがとうなのわよ」


上位チャット:草

上位チャット:わかる

上位チャット:おじさんだぞ

上位チャット:おじさんだからいいんだろうが!

上位チャット:トーカみたいなこと言うな

上位チャット:推しが目の前にいればこうもなる

上位チャット:シビアちゃんもファン増えたよなあ……

上位チャット:ファンサいいなシビアちゃん。推します。


 しばらく混乱が収まるのを待って、辺獄にやってきた亡者たちは作業を開始する。


「まずはそこに石を出すのわよ」

「はーい」


 亡者たちは素直に返事をして石を並べる。


「あれ? お前の石デカくね?」

「そういう君の石はデコボコしたのばっかりだけど」

「……? どういうことわよ?」


 並べられた石は確かに亡者達によって内容が様々だった。看板を確認するシビア。


『※入室者に配られる石はIDをSeedにしたランダム配布です』


「……? どういうことわよ?」

「あー、バーチャルラウンジのIDによって持ってる石が違うみたいです」

「つまり配布デッキが個別にユニークでバラバラってことか」

「そう考えると俺のデッキはクソデッキだな、平たいの一枚もないわ」

「俺の球体あるぜ。これ絶対使えない」


 ワイワイと己の石を確認する。


上位チャット:はえーなるほどね

上位チャット:これは人によってはクリア不可とかあるんじゃね?

上位チャット:IDがシードじゃ石ガチャできねえな

上位チャット:なんでガチャしようとするの


「とにかく似てる石を種類別に並べてみるのわよ」

「おー!」


 亡者たちはウロウロと動いて石をまとめる。


「できましたー」


上位チャット:素直な亡者たち

上位チャット:訓練されたリスナー

上位チャット:いいやつだな


「それじゃ積んでいくのわよ」


 シビアは石を3個ずつの段にして積み始める。が。


「アッ」


 ごろん。


「崩れたのわよ?」

「あっすいません、歩くの近かったからかな?」

「検証したほうがいいな」


 シビアの周りをウロウロして、亡者たちは石に影響を与えない範囲を探る。結果、シビアの身長の2倍以上を離れることとした。そこならジャンプしても石は倒れない。


「それじゃ、悪いけど見守っていて欲しいのわよ」

「お気になさらず!」


 シビアが石を積む様子を、亡者たちは行儀よく遠くから座って見守る。


上位チャット:遠いwwwww

上位チャット:遠くて草

上位チャット:見守られるシビアちゃん草


「よし……よし、順調わよ」


 高く積み上げ、最後の方で大きな石が尽きる。その上に平らな石をパンケーキのように一枚一枚積み上げ――


「できたのわよ!」


 最後に置いた石がシビアの目線を超える。ぱちぱちと拍手のエモートを送る亡者たち。


上位チャット:おおー

上位チャット:おめでとう

上位チャット:一時はどうなることかと思った

上位チャット:リスナーと協力企画のためのギミックか

上位チャット:なるほどね

上位チャット:粋なことするじゃん作者


「ふう、3時間ぐらいわよ? なかなか手こずらせてくれたのわよ。それじゃ高さチェックを呼び出して」


 シビアはUIを操作して半透明の赤い立方体を呼び出す。そしてそれは――


「ん?」


 シビアの目線の遥か上に頂点を示した。


「えっ? は?」


上位チャット:???

上位チャット:は?

上位チャット:なんで?


 シビアは目線を下ろす。下の方の大部分に、立方体が重なっていない。3つずつ三角に積んでいた段が……。


「……まさか」


『※高さ判定に加わる石は、接触している石が2個以下のものだけです』


「つ、つまり……」


上位チャット:は?

上位チャット:どういうことだってばよ?

上位チャット:普通に積むと上と下の2個に接触してるけど、土台を増やすとそれ以上になる

上位チャット:つまり1個ずつ積むしかないってこと

上位チャット:鬼畜か

上位チャット:作者出てこいや!


「――クソわよ」


 シビアは低く呻いた。


 ◇ ◇ ◇


 そしてまた1時間後。


「アッ」


 石が転がる。土台を作り石を厳選することで7段目まで到達するようになったものの、その先に記録が伸びない。


上位チャット:シビアちゃんもようやる

上位チャット:石積むだけで何時間配信してるんだwwww

上位チャット:それを見てる俺らもなんなんだよ


「あの、シビア様」

「何わよ?」


 亡者の一人が遠くから声をかけてくる。


「すいません、明日早いのでそろそろ失礼しますね」

「ああ、もうそんな時間わよ」


 時計はとっくに0時を越えていた。


上位チャット:そりゃあね

上位チャット:眠いもん

上位チャット:俺も寝るわ

上位チャット:まだ余裕


「来てくれてありがとうわよ。他の人も気にせず抜けていいのわよ」

「まだやります?」

「もちろん」


 シビアは頷く。


「このワテクシのために作られたゲーム、クリアしないわけがないのわよ」

「さすが」

「じゃあ、あとは配信で見守ってます!」

「アーカイブちゃんと消化します!」


 そう言って亡者たちは続々と消えていく。シビアはそれを手を振って見送り──


 ガラッ


「……ガラ?」


 振り返る。6段まで積んだ石が、崩れていた。


「は? え? 足は動かしてない……ん? 消え……?」


 あたりに散らばっている石の数が、足りない。


上位チャット:は?

上位チャット:えっ……

上位チャット:シビアちゃん説明チェックして!

上位チャット:あー……もしかして


『※石は所有者がログアウトすると消滅します』


 シビアは──ぽつりとつぶやいた。


「クソわよ」



 ◇ ◇ ◇



【感謝の石積み】辺獄遊戯【耐久#6】



 ──配信開始から6時間。



 シビアは石を積み──


「アッ」


 崩した。7段。あと少しで顎の下まで届きそうな高さであった。


上位チャット:惜しい

上位チャット:お前らよくこんな地獄みたいな配信見てるよな

上位チャット:おまゆう

上位チャット:耐久配信も6回目だけどクリアの兆しが見えませんなあ


 シビアは黙々と石を集めなおす。


上位チャット:さっきまで凸いっぱいいたけど、さすがにこの時間はいないな

上位チャット:丑三つ時やぞ

上位チャット:ていうかなんであんなにいたの

上位チャット:このスペース、ロックかかってて、シビアちゃんいないと開かないんだもん

上位チャット:ちょっとやってみたいって思ってもシビアちゃんいないとできないからな

上位チャット:そういう意味では耐久やってくれてありがたいわ


 シビアは石を積む。


上位チャット:今日も朝までコースかな

上位チャット:がんばるよなあ

上位チャット:対局配信とか通常配信もやってるのにな

上位チャット:もはや石積みは生活の一部だな

上位チャット:感謝

上位チャット:いや毒されてるよ早く終わってほしいよこんな地獄wwwww

上位チャット:そもそもクリアできるの

上位チャット:#3でクリアしてたぞ。一般人が

上位チャット:クリアすると昇天してこのスペースに入れなくなるの草だった

上位チャット:シビアちゃんがクリアするまで再入場できなくなるんだっけ。作者どんだけ鬼なの

上位チャット:でもクリアできるんならバランスはとってるんだなあ

上位チャット:石のバランスはなかなか取れませんけどね

上位チャット:だれうま

上位チャット:クリア者いわく神ゲー

上位チャット:そんなこと言うから作者容疑かかるんだよなあ違ったけど

上位チャット:あれ? ちょっと待って!


「ッスー……」


 シビアは息を吸い込む。


上位チャット:8段!

上位チャット:8段積んでる!

上位チャット:あと1個!


 8段であった。


 土台に平たい石3つを使い、残り10個を1つずつ積めば、判定に加わる9個──9段で高さが足りる。検証により導かれたその理論が、あと1個で証明されようとしていた。


上位チャット:おい狼煙上げろ!

上位チャット:寝てる場合じゃないぞ通知飛ばせー!

上位チャット:起こせ起こせ!

上位チャット:あれ? でも


「ついにここまで来たのわよ……さあ、最後の1個を」


 シビアはかがんで石を拾おうとし──


「あれ?」


 石がなかった。キョロキョロと辺りを見回す。そして。


「え゛ッ」


 汚い悲鳴を上げた。最後の石──9段目に積むべき石が、石の塔を挟んで反対側、手の届かないところに落ちていた。


「う、クッ……さっき回収をしわすれたのわよ……?」


上位チャット:マジか

上位チャット:草

上位チャット:誰か拾って

上位チャット:だめだ俺のフレ誰も起きねえwwwww

上位チャット:そもそも積んでるのに近くて歩けねえよあれは

上位チャット:フルトラなら移動できるんじゃなかったっけ?

上位チャット:それだ!


 何度かの検証の結果、ハンドコントローラーのみを使った移動では自動で足が動いて振動が起きてしまうが、フルトラッキング──10点トラッキングを行ってそっと四つん這で進めば、振動が起きないことが分かっていた。シビアの足元ににじりよった不敬な亡者により判明することとなった仕様である。


「……今日はフルトラじゃないのわよ」


 石を積む精度は両手の動きに左右される。フルトラッキングをしているとむしろ体が揺れて精度が落ちてしまうので、シビアは早々にこの耐久配信をヘッドセットと両手コントローラーのみで行っていた。


「う、ぐ……ここまで来て……?」


上位チャット:いまからフルトラにしなおす?

上位チャット:無理だろ

上位チャット:そもそもあの変態ムーブを今の体力でできるのか?

上位チャット:誰か来てくれー!

上位チャット:間に合わなくなっても知らんぞー!

上位チャット:ちょっと待って本当に誰か来てない?


「えっ」


 シビアはログインしたユーザーが出現する場所を見る。確かに誰かがこのスペースをローディングしていた。


「でかしたのわよ! そこの亡者ッ! ワテクシに石を貢ぐのわよ!」

「あ、はーい」


 応じたのは──頭の後ろに大きな赤いリボンを下げた少女。


「うわ! 8段積んでる! え、クリア直前ですか!?」

「えっ、あっ、えっ……さっ……彩羽根トーカさんわよ!?」

「はいっ」


 トーカはにこりと笑う。


「こんにちは。彩羽根トーカです」


上位チャット:!?

上位チャット:うおおおおお!

上位チャット:こんにちは!

上位チャット:キター!

上位チャット:こんな時間にwwwwww

上位チャット:どうしてこんな地獄に来たwwww

上位チャット:気軽すぎるV界の魔王

上位チャット:だけどちょうどいいぞ、トーカってフルトラだろ

上位チャット:助けてトーカちゃん!


「おっ、コメント盛り上がってますね! いや~、私もね、シビアさんの石積み配信を見て、いつかやってみたいなと思ってたんですけどなかなか忙しくて時間が合わなくて。今日やっとスペースが開いてるのを見て、思わず突撃しちゃいました。ちょっとコメント読みますね……ふむふむ」


 固まるシビアを置いて、トーカはコメントを読み返して状況を把握する。


「なるほど……あと1個! 分かりました、シビアさん、任せてください!」

「トーカさん……頼むのわよ!」

「石を投げ渡す、って出来るんですよね、それでいきましょう!」


上位チャット:それだ

上位チャット:その方法があったな

上位チャット:投げ渡しの方が確実だな

上位チャット:トーカならコントロールミスもないだろ

上位チャット:這ったほうがよくない?這おう?ね?トーカちゃん!

上位チャット:うるさいぞ変態


「では私の石をっと」


 トーカは左手の袋から石を取り出す。


「って丸いですね」


上位チャット:まっっっっっる

上位チャット:でた、レア石の真球

上位チャット:完全な水平取らないと置けないやつwwww


「えーと、次つぎ……よっ。え、また丸い?」


上位チャット:二連続真球wwwwww

上位チャット:クソデッキかな?


「あれー! また球? まただ!? あれぇ!?」


上位チャット:おいクソデッキすぎるぞwwwwwwww

上位チャット:何しに来たんだこの魔王

上位チャット:これまでの統計で出現率1%切ってる真球さんがwwwww


「……あの。球じゃないやつこれしかなかったんですけど、要ります?」


 トーカは両手でやっと抱えきれるかどうかの巨岩を持ち上げて問い──


「無理わよ」


 冷静に拒否された。


上位チャット:草

上位チャット:残当

上位チャット:この巨岩を一段目にしたら勝ち確じゃんwwwww

上位チャット:高さ普通の石の3つ分ぐらいはあるな

上位チャット:トーカのレアデッキすぎるだろwwww

上位チャット:これ上に置いたら確実に崩れるわ

上位チャット:いや世の中には変なバランスで立ってる奇岩っていうのもあるし

上位チャット:無茶言うな


「仕方ないですね……それじゃ、シビアさんが落とした石を拾いにいきますか」

「よろしく頼むのわよ」

「わかりました! では、いざ!」


 トーカはぬるりと這いつくばると、イモリのように動き始めた。


上位チャット:キモ

上位チャット:きんも

上位チャット:動きがヤバいwwww

上位チャット:スムーズすぎて気持ち悪い

上位チャット:女の子の足元を這いまわるなんて……!


「おじさんどう……おじさんはセーフ! 頼まれたからセーフ!」


上位チャット:おじさんやぞ

上位チャット:セクハラの言い訳ですね

上位チャット:童貞臭い言い訳するなおばさん


 視聴者から煽られながらも、トーカは石の塔を崩すことなく移動する。


「よしゲット!」


 落ちていた石を拾うと、片手でそれを持ち上げたままシビアの足元へ。


「あったよ! 石が!」

「でかしたわよ!」


上位チャット:草

上位チャット:息があってて草

上位チャット:でかしたじゃねえんだwwww

上位チャット:片手使わずに安定してるのホント鋼の体幹

上位チャット:動きヤバ


「それじゃあいくのわよ」


 シビアは両手で石を構える。すでに石の高さは目線よりも上。接地面が見えない中で置かないといけないという、これまでにないシチュエーション。


「くっ……重心が……」

「がんばってください!」


上位チャット:がんばれ!

上位チャット:いけー!

上位チャット:今北。間に合った!

上位チャット:地獄から抜け出せるのか!?

上位チャット:もう終わっていいんだよな……?

上位チャット:視聴者の方が昇天しそうな感じで草

上位チャット:深夜だけどやっちまえ!


「たぶん……ここ……いくのわよ!」


 ぷるぷると震える腕を下ろし、石から手を放す。


 石は──


上位チャット:あっ

上位チャット:揺れ

上位チャット:あああああああああああ


「シビアちゃん高さチェック! 倒れる前に!」

「ッ!」


 不安定な動きを見せる石の塔を前に固まりかけていたシビアが、トーカに言われてUIを操作する。赤い半透明な立方体が──重なった。


 りんご~ん♪


「や……やったのわよ!」

「おおっ!」


 間抜けな鐘の音が響き、石の塔が光に包まれて天に昇る。


上位チャット:おおおおおお!

上位チャット:おめでとう!!!

上位チャット:これで解放される!!

上位チャット:鐘の音草

上位チャット:やったーーー!


「やったのわよー!」


 そして勢いよく天に両拳を突き上げて叫ぶシビアも──光に包まれて上昇して消えていった。


上位チャット:ちょwwwww

上位チャット:あれ?

上位チャット:待って

上位チャット:いかないで

上位チャット:草


「えぇ……」


 残されたトーカはカメラの方を見る。


「……配信カメラがここで……配信画面……うん。あ、はい」


 トーカはメッセージを確認して頷いた。


「えー、シビアちゃんは勢い余ってVRコントローラーを天井に突き刺してしまったとのことで」


上位チャット:草

上位チャット:どうして

上位チャット:天井wwwww

上位チャット:コントローラ……

上位チャット:昇天したのはハンコンだった


「締めを任されたので、配信締めちゃいたいと思います! それでは人類、じゃなかった、亡者のみなさん! シビアちゃんによる石積みチャレンジは無事終了したということで! また次の地獄配信でお会いしましょう!」


上位チャット:またねー

上位チャット:地獄なのか(困惑)

上位チャット:次も地獄確定にされてて草

上位チャット:シビアちゃんとならどこでも辺獄だよ

上位チャット:トーカちゃん来てくれてありがとう

上位チャット:作者です。おめでとうございました。静止してない石は高さ判定に含まないようにアップデートします。

上位チャット:あっ

上位チャット:ずっと見てたのかこいつ……?

上位チャット:当然ですが?

上位チャット:こわっ

上位チャット:ファンではあるんだな一応……

上位チャット:?

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