第24話 2015年 それぞれの足掻き

【2015年8月 ルカ・ウラジミルヴィッチ・スミルノフの記録】


「ズドラーストヴィチェ。北方少女モチです」


 ルカは暗い部屋でひとり、Webカメラに向かって挨拶する。パソコンのモニターの中で、テルネ――の面影のあるダウナー系の美少女の口が、ルカの言葉に同期して動いた。


「それじゃ、今日も、ゲームで、サバイバルしていきます」


 ルカはあまり喋るのが得意ではなかった。遺伝のせいか、現実の自分はどんどんと背が伸びて大男になってしまったのに、ウィーン少年合唱団もかくやといわんばかりの細い声はずっとそのままで、聞く人を驚かせ不気味がられる。端的に言って、自分の容姿も声も好きではなかった。


 けれど、今は。


「今日は、物資を集める。手持ちが不安」


 ゲーム画面の横にモチがいる。モチが喋る。それはとてもこの声と合っている気がした。


「そろそろ街。ポイントを確保」


 ルカの操るキャラクターが地図を確認して大きく迂回し、山の中へ。


「ドラグノフ……」


 愛用の狙撃銃を取り出し、スコープを覗いて伏せる。


「………」


 そして待った。30分程だろうか。きっと編集ではカットされる。


「撃つ」


 銃声。


「当たった。回収しに行く」


 街ではなく山の方へ向かう。約1キロの道のりを移動し、倒れ伏した死体――街に来る人間を狙っていたスナイパーから物資を頂戴する。


 幼少からの訓練がこんなところで役に立つとは、当時の自分は思いもよらないだろう。あの頃はいつか作戦で本物の人間を撃つのだと思っていた。だが実際は、こうしてゲームの中で狙撃をしている。美少女に扮して。


「……すかんぴん」


 他のプレイヤーから消耗品を奪い取りたかったのだが、あいにくこのスナイパーも消耗していたようだ。ステータスを確認。空腹の度合いがひどい。次の獲物を探す時間はない。


「仕方ない。街に行く」


 慎重に移動して街の中へと入っていく。


「ゾンビ……少し多い」


 街中を徘徊するモンスター……ゾンビ。その知覚範囲を的確に避けて、ルカは目的の建物に侵入した。ここなら食料や薬があるはず――


「!」


 音。階下を確認。


「発煙筒……待ち伏せされてた」


 どこに隠れていたのか、他のプレイヤー……もしかしたらスナイパーの仲間だろう。それが建物に赤く発光する発煙筒を投げ込んできていた。ゾンビがそれに反応して建物に押し寄せてくる。


「……二階に上がる」


 どういうわけかこのゲームにおいてゾンビは壁を透視する。ルカに気づいて襲いかかってくるのは時間の問題だった。かと言って建物から飛び出せばプレイヤーが待ち構えている。ゾンビの侵入経路を限定するため、ルカは階上へ移動した。


「撃つ」


 最初に階段を上がってきたゾンビの眉間に、ハンドガンを叩き込む。一発で倒せるが、さらに無駄うちを重ねる。音に反応したゾンビが寄ってくる。ルカはまるで初心者のように無駄撃ちをし、ハンドガンの弾をあらかた放出した。


「グレネード」


 階段から離れ、スモークグレネードを投げる。おそらく敵グループにスナイパーはもういない……いたら建物に近づく段階で撃たれているだろう、と考えられたが、それでも窓に注意して移動する。煙が視界を奪う中、今度は普通のグレネードを階下へ連続して2つ。爆発音。


「マチェーテ」


 煙の中で長いナタのような近接武器――マチェーテを取り出す。グレネードの爆発を逃れたゾンビがやってきたのを、煙の中で一撃。スモークグレネードをもう一個。それからマチェーテで音を立てずにゾンビを処理し続ける。ドロップアイテムに期待するが……ゴミしかない。


 やがてスモークが晴れる。ゾンビももうやってこない。ルカはそれでも、身動きせず待ち続けた。長くはかからないだろう……。


「素人め」


 やがて初心者を装ったルカの死を確信した襲撃者がノコノコ姿を現したのを、予備の武器で冷静にヘッドショットした。数人をあっという間に片付けるとお仲間が逃走しはじめたので、ゾンビがドロップした空き缶を嫌がらせに投げつけたところ、運良く後頭部を直撃して仕留めてしまうのはご愛敬だ。


「まあまあ」


 すばやく物資を回収するが、あまりめぼしいものはなかった。とはいえ、食料は充分に確保できた。


「……撤収する」


 そしてルカの操るキャラクターは、山中へと姿を消していった……。



 ◇ ◇ ◇



【2015年8月 ニコライ・ダニーロヴィッチ・ポロンスキーの記録】


 東京都内の雑居ビルの一室。ニコライは送られてきたデータを前に唸っていた。


「調子は」

「うわわああああ!?」


 部屋には誰もいないはずだった。気配は全く感じなかった。だから、耳元で囁かれてニコライは悲鳴をあげ、椅子から落ちかける。


「ニコライ、なまっている」

「それは否定しませんよ……おはようございます、少佐」


 ニコライは背後に現れた細身の大男――もとい天使たるルカ少佐に挨拶する。


「何と言っても、ここは平和ですから。秋葉原に通っているような日常で、背後を警戒しろと言われましてもね」

「それは否定できない」


 天使も秋葉原には頻繁に通っている。見かけても気を利かせて――そして外部に怪しまれないために無視するが。


「それで」

「少佐からいただいた動画データを確認していました」

「何か問題が」

「いえ、トレダカは豊富でした。しかし……こういうことを言うのも何ですが、最近収録しているゲームが偏り過ぎではないかと」


 天使は首を傾げて――口を開く。


「じゃあ次は、L4D2を」

「同じゾンビシューターじゃないですか!」

「…BF4?」

「シューターから離れてください」


 ニコライはため息をつく。


「自分もこんなことは言いたくないんですが、会社として存在する以上、収益はあげないといけません」


 今のところ、カモフラージュのために設立したこの会社――『北方協働』は、人材派遣を行って糊口をしのいでいた。ニコライ自身も、週の半分は別のシステム会社に行って仕事をしている。


「ルサールカ作戦の最終目標は、オタクたちをアイドルに――モチちゃんに沼らせ、祖国への好感度を植えつけることです。分かっていますか?」

「わかっている」

「アイドルは血なまぐさいゲームばかりしません!」


 天使が自宅で撮影してきた動画は、すべて銃で何らかを撃つゲームで遊んでいるものだった。


「たまに見せる一面としてならいいですが、そればかりというのはいただけないです。かわいい小さな少女がFPSをやるのは確かにギャップ萌えで良いですが、そればかりでは愛想をつかされてしまいますよ! 現にチャンネル登録者数は全然伸びてないんですからね!?」

「う……」


 伸びていない。


 現時点の登録者数でYouTubeから得られる広告収入などスズメの涙だ。はっきりいって赤字であり、これが特殊部隊としてでなく会社として判断するなら真っ先に見捨てるであろう部門になる。正直、会社としては人材派遣に専念したほうがよほど儲かる。会社の財政の足を引っ張っているのは天使だけだ。


「……歌の練習はしていますか?」


 ニコライは少し椅子をずらして、パソコンのモニターを見えるようにする。その編集途中の動画では、北方少女モチがモーションデータの通りにちょこまかと可愛らしく踊っていた。あとはこれに天使の歌声を合わせるのだが……。


「……していない」

「恥ずかしがらずにやってください。今はダンスをモーションデータでごまかしていますが、キャプチャー環境が整ったら少佐が踊るんですからね」


 今のところ北方協働にキャプチャー環境はない。そのためモチのモデルはトーカやサキと違って顔だけしか動いていなかった。そろそろ全身を使った動画も作成したい。


「……歌と踊りは」


 天使はモゴモゴと口を動かす。


「トーカみたいに、別の人にやってもらえば」

「彩羽根トーカ? 少佐、トーカが代役を用いているという噂を信じているとしたら間違いです」


 ニコライは少し熱くなって語った。


「自分も疑って解析してみましたが、彼女は確実に自分で歌っています。ダンスモーションやその他については確証はないですが、歌に関してだけは確かに本人です。疑うのでしたら『【手描き完コピしてみた】これが私のシンフォギアだ!【突然歌ってみた】』をチェックしてもらえばわかりやすいかと」

「……詳しい」

「先駆者の分析は必要ですからね」


 そしてメインオペレーターの分析も。


 天使はモチになることやゲームをすることは好きなようだが、いまいち歌や踊りに積極的でない。どうやら自分に自信を持てていないようだ。こればかりは本人にやる気を出してもらわねば。


 別に、ルサールカ作戦の成否についてはニコライは気にしていなかった。祖国と隠居老人の狂気に真面目に付き合う道理もない。アイドルひとりで領土をもぎ取れるものか、と冷めた目で見ている。


 しかしそれはそれとして、天使の美しい姿は見たい。


 めちゃくちゃ見たい。


 ルサールカ作戦は、天使にそれを要請できる素晴らしい口実だった。だから、本気で取り組んでいる。


「とにかく少佐、レコーディングまでにカラオケで練習しておいてください。スタジオを借りるのもただではないのですから。なんなら同行して自分が指導を――」

「いや。わかった。練習する」

「そうですか」


 ニコライはそれでも難癖をつけて同行しようかと考えたが、これ以上は忠誠心を疑われかねないと判断して引き下がった。


「わかりました。レコーディングの日までお待ちします。それはともかく、動画にバリエーションを増やしましょう。トーカの動画は、尺こそ短いもののジャンルが多岐にわたっていますよ」

「……レースゲームとか」

「ゲームもいいですが、企画系もほしいですね」


 天使の美しさに視聴者が心奪われるような。ターゲットはオタク……オタクといえば秋葉原……。


「メイド修行と題して、『おいしくな~れ萌え萌えキュン』を言ってみるというのはどうでしょう!?」


 瞬間、室内の気温が氷点下になった。


「……ニコライ技術少尉」


 ニコライは天使の顔を見る。


 おそらくそれは怒りを司る冬の天使だった。



 ◇ ◇ ◇



【2015年10月 ???の記録】


「Unityなんもわからん……」


 男はカーテンを閉め切った部屋の中で突っ伏した。デスクの上のモニタでは、Unityエディタがよくわからんエラーを吐いている。


「ほんとわからん……」


 言いながらも、死んだ目で手を動かす。キーワードにエラーメッセージのそれっぽいところを突っ込んで検索。何件かヒット。とりあえずトップから。


「あー……」


 一発目で当たりだった。なるほどね、とコードを修正する。無事に動いて一息。


「……こんなことで完成するんだろうか」


 ゲームを作ると決めてどれだけ経ったろう。そしていつこの作業に終わりは見えるのだろう。完成したとして、その先はあるんだろうか?


「しかしこの人の記事、わかりやすいな……フォローしておこう」


 エディターの名前は……彩羽根トーカ?


「なんだこれ」


 プロフィールを見に行くとYouTubeへ誘導された。流れるまま動画を再生する。


『こんにちは、人類。彩羽根トーカです』


「……へえ」


 ギィ、と椅子を鳴らして姿勢を変える。


「なるほど3Dキャラを動かして、YouTuberみたいなことをやっているのか……」


 ぽちぽち、と動画一覧を見て興味のあるものをさらっていく。意外とUnityやプログラミングに関する動画があった。


「学習にかわいいキャラを使う……いや違うな。かわいいキャラになってやるのか。いいかも。というか、Unity……これUnityで動かしてるんだな」


 サブモニタに映したエディタを見る。


「……Unityなら俺も使ってるな」


 アセットに取り込んでいる3Dモデルを見る。


「……3Dのキャラも、一体だけだけどできてるな」


 ゲームのヒロイン的キャラだけど。この彩羽根トーカに比べたら全然へっぽこいモデルだけど。


「これ、俺でもできるんじゃないか?」


 思いつき、さらに調査を進める。


「動きは……あーKinectか、持ってるな。ちゃんとIKを設定すれば……マイクもあるし……」


 本題から横道にそれるとどんどんそっちの方が進んでいく。


「よしよし、なんとかできそうだぞ」


 いつの間にか目的が変わっていることも気にせずに、男は手を動かし続けるのだった。

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