第38話 2016年 おじさんvsおじさん

【うろこてい国おうじょ放送】第三回公式生放送!ゲストもくるのだだぞ【ドラたま】


 きらびやかな宮廷風の背景を背に、竜の尻尾の生えた少女が――おじさんの声で挨拶する。


「あ、おはようございまーす。バーチャルぽちゃロリドラゴン皇女Youtuberおじさんの、ドラたまです。はい、なんかね、三回目でーす、なのだぞー」


 おじさんはおざなりに手を振る。


コメント:おはよう!

コメント:適当で草

コメント:なのだぞノルマ達成

コメント:かわいい


「それより気づきましたか? そう! 背景! これまでね、書き割りだったのがちゃんとモデリングされて3Dになったんですよ。カメラさん回り込めます? そうそう、こんな感じで」


 カメラが動いて部屋の中を映す。


コメント:おー、ペラペラじゃない

コメント:スタッフGJ


「いやほんとね、スタッフさんすごいなーって……ありがとうございまーす。あ、そう、あの玉座っぽいのもね、ちゃんと3Dになって。リアルの方でも椅子を置いたのでー……座れまーす」


 椅子に座るドラゴン娘をカメラが上から下に――


コメント:アッ

コメント:まずいですよ!!!

コメント:エッッッッ

コメント:みえ


「あっ、まずいまずい、角度! BANされるから! 公式なのにBANされちゃうから! そう、横からで、ふう……はい」


コメント:BANされるは草

コメント:公式放送でBANとか伝説か?

コメント:おしい


「まあね、万一映っても何もね、ないんで……はい」


コメント:履いてない?

コメント:履いてないんだなあ

コメント:確認しないと!


「えー、と」


 キョロキョロとあたりを見回して、皇女は頷く。


「はい。おじさんが一人で喋っていてもね、なんも面白くないんで……皆さんお待ちかねだと思うので。早速、ゲストをお呼びしたいと思います! ……彩羽根トーカさんです!」

「はーい」


コメント:うおおおおおおおお!

コメント:きちゃああああああああ!

コメント:トーカちゃん!

コメント:オタクだああああ!


 カメラの外から、頭の後ろに大きなリボンを下げた少女が歩いてくる。そしてカメラに向かって挨拶した。


「こんにちは、人類。彩羽根トーカです。今日はドラたまさんの生放送にお邪魔しにきました」


コメント:こんにちは!

コメント:待ってた!

コメント:かわいい!

コメント:人類として鼻が高いわ


 すぅ、と大きく息を吸う音がして、トーカはおじさんに向き直る。


「あー、本物だ……! はっ、初めまして!」

「あっ、あっ、ど、どうも」

「さっ、彩羽根トーカです!」

「あっ、ぞっ、存じ上げております!」

「あの、その、会えるのめっちゃ楽しみにしてて!」

「こここちらこそ、そのー、トーカさんはずっと前から拝見させていただいておりまして」

「あっ、ありがとうございます!」


 お互いペコペコと頭を下げあう。


コメント:なんこれwwwww

コメント:草

コメント:君たち?

コメント:お互いがお互いにオタクで草

コメント:限界ムーブ対決ファイッ!

コメント:限界バトル

コメント:いつものトーカちゃん

コメント:限界バトルは草

コメント:これだからVのオタクくんはさあ


「うわ、やっぱVRで見るとめっちゃ可愛いですね!」

「いやその、拙いモデルで申し訳ない」

「そんなことないです! すごくこだわりのあるモデルじゃないですか! やっぱ、あの、へへっ、おっ、お腹見てもいいですか?」

「あっはっ、はい」


コメント:オイオイオイ

コメント:トーカちゃん?

コメント:まずいですよ!

コメント:セクハラか?


「お~、ほらこれですよこれ。ぽちゃっとしたお腹! 特にヘソのライン! 突っ込みたくなるおヘソですよ!」

「きょ、恐縮です」

「ここすごい手が込んでますよね、ふへっ、おじさんのお腹は何ポリゴンなのかな~?」

「ええーとー」


コメント:何ポリゴンなのかな~ は草

コメント:これはひどいwww

コメント:おじさんがおじさんにおじさんしとる


「衣装もねー、可愛い。これスカートの下どうなってるか見てもいい? さっきチラッと見えたけど……履いてないよね?」

「あっ、そ、えっと」

「ははーん、なるほどなるほど、ケモセーフってやつですね。いやー、おじさんのえっち!」

「ええ……スカートに頭突っ込みながら言いますそれ……?」


コメント:トーカちゃんwwwww

コメント:草

コメント:ひどい絵面

コメント:おじさんの女の子にしていいことじゃないぞ! もっとやれ!

コメント:おじさんだからねむしろご褒美でしょ

コメント:トーカちゃんもたいがいオジサンだな


 興奮するトーカが落ち着いて、お互い椅子に座って対談が始まる。


「はい、というわけで改めまして、ゲストの彩羽根トーカです。今日はドラたまさんの生放送にお邪魔しに来ました。どうやってかというと、この放送はバーチャルラウンジを使っているんですね。なのでお互い別々の場所から、こうしてバーチャルで収録しているわけです!」

「自分はスタジオにお邪魔してるんですけど、そうですね、そんな感じです」

「ですね。現地に行かなくても収録できるってバーチャルの強みですよね」

「そうそう」

「みんなもバーチャルラウンジを体験してみよう! とスポンサーにアピールしたところで……」


コメント:バーチャルラウンジは無料!

コメント:宣伝乙

コメント:リリアちゃん、イヌビス、見とるか?

コメント:離れてても会えるのはいいよなあ


「今日はね、私、ドラたまさんにいっぱい質問持ってきましたよ!」

「あっ、はい」

「この放送はね、やっぱりドラたまさんのファンが見に来てくれてるのがメインですから、私はあまり出しゃばらないようにして」

「いやいやゲストがそんな気をつかわなくても、はい」


コメント:てい国民だけど人類でもあるぞ!

コメント:どっちもすこ

コメント:トーカちゃんから来ました

コメント:おじさん初見です。すでに面白い

コメント:おじさんすこ


「一応、もしかしたらね、ドラたまさんのこと知らない、初見の人もいるかもしれないので。そうですねー、まず、ドラたまさんの名前の由来ってなんですか?」

「あーその、はい、あのですね、昔、昔のライトノベルに『ドラまた』、ってあだ名のキャラクターがいまして。ドラゴンがまたいで通るっていう」

「うんうん」


コメント:なつい

コメント:おじさんさあ

コメント:ここにはおじさんしかいませんね?

コメント:トーカちゃん?


「それをね、あのー、ネトゲのチャットでタイポして、ドラたまって書き込んじゃって。そのー、それが定着した感じです、はい」

「あるあるですね」


 トーカはニコニコと頷く。


「でも、ドラゴン娘が好きだからドラたま、じゃないんですね。でもドラゴン娘がおじさんの性癖なんですよね?」


コメント:性癖wwww

コメント:ぶっこんでいくwwww

コメント:草

コメント:まあそうだろうな


「ええー、まあ、嫌いじゃない、いや、好きな方なんですけど」


コメント:言い訳が童貞臭くて草

コメント:おじさんさあ


「これはそのー、ゲームにね」

「ドラたまさんが個人制作されているゲームですね!」

「はい。そのゲームのキャラクターとして必要なので、作った感じです。でぇ、その、本当は変身、ドラゴン形態がある設定で、そっちの方がー……なんですけど、ゲームをね、売るってことを考えたら、優先度はやっぱりかわいい女の子じゃないですか」

「一般人に寄せてきたと。じゃあドラたまさんは、ドラゴン形態の方が好みなんだ」

「アッ、はい、まあそうです。ただその、ただのドラゴンってわけじゃなくて」

「んー、もしかして、もっと業が深いやつですか?」


コメント:トーカちゃん?

コメント:おっ?

コメント:オイオイオイ

コメント:踏み込んでいくぅ!


「あっ、その、わか、そうですね」

「じゃあ車の方に……?」

「あっ、そっちの方じゃなくて」

「あ、そうなんだ」


コメント:違うのか

コメント:車じゃないのか


「あのー、車を見てね、思わずのしかかっちゃうんだけど、でも自分は男の子じゃなくて女の子なのに……でもあらがえない、悔しい! っていうシチュエーション萌えって感じで」

「あー……それはそれで業が深いですね!」


コメント:おじさんwwwwwwww

コメント:車????

コメント:ひどいwwww

コメント:業が深いぞ!

コメント:悔しい! じゃあないんだよwwww


「っていうか、何なんですかこの会話! 全世界に向けておじさんの性癖を暴露されてる! 需要はあるのか!?」

「えー、ありますよ、ねえ?」


コメント:ある

コメント:たすかる

コメント:ありますねぇ!

コメント:もっと晒していけ


「ほら、コメントもあるって言ってますよ」

「おまえら~~~」


 トーカはクスクスと笑う。


「じゃあ次です。どうして皇女なんですか? 女王とか皇帝じゃなくて?」

「あー、まあ……ゲームの設定っていうのもあるんですけど……自分が王とか、さすがにそれを名乗るのはちょっとな~って」

「ええー、巷では四天王とか言われてるらしいじゃないですか」

「いや、そんな、身に余るというか」


コメント:謙虚なおじさん

コメント:おじさんが四天王だよなあやっぱ

コメント:四天王の紅一点

コメント:胸を張っていいと思うわ


「それこそね、トーカさんっていう……自分なんかより、トーカさんこそ王でしょ、四天王の上のところに位置する感じの……」

「えっ!? わ、私が!?」


コメント:わかる

コメント:登録者数、文字通り桁違いだしな

コメント:魔王かな?

コメント:オタク魔王


「そうですよ。そもそも全然キャリア違うじゃないですか。トーカさんこそ諸王の王、キングオブキングスってやつでぇ……」

「私も四天王じゃないの!? 私、サキちゃん、モチちゃん、リリアちゃん、ドラたまさんで」

「なんで五人も四天王になるんですか?」

「正論……!?」


 トーカは頭を抱える。


コメント:どうして四天王を五人にしたいのか

コメント:なんかあったな。クロ高だっけ

コメント:まあいろいろある


「ううっ、なぜ……羽ばたきの影響……? そういう収束を……? ええ……やだ、私もみんなに混ざりたい」

「いや自分が決めたことじゃないんでなんとも……」

「……ですよね……仕方ない。その話はやめにしましょう!」

「えぇ……」

「はいやめやめ! じゃあ次です! ドラたまさん! ズバリ! 制作中のゲームの進捗どうですか!?」

「進捗だめです!」


コメント:だめです(キッパリ

コメント:おじさん・・・

コメント:まあ忙しいやろしなあ


「やっぱりお忙しいですか」

「いやー、まあ、まだニートなんですけど……こう、生活費にと思って、こういうね、案件の活動を入れると時間が……」

「わかります!」


コメント:コラボとかめっちゃあるしなー

コメント:おじさん、トーカの次ぐらいに案件多い気がする

コメント:そこまではないと思うけどまあ忙しそうやね

コメント:熱い同意


「あとまあ」


 おじさんは乾いた笑いをする。


「ぶっちゃけおじさんが一人で作ってるゲームより、こういう活動の方が求められてるのかなって、ね。自分がえんえんとこう、完成しないな~ってやってるだけなんかのゲームより――」

「それは違いますよ!!」


コメント:!?

コメント:なんだ?


 トーカは強く叫んで身を乗り出した。


「ドラたまさんのファンって、たぶん、境遇とか中身に共感した人たちが多くて、そういう人たち、少なくとも私は、ドラたまさんのやりたいことを応援しているし、その成果がみたいんです!」

「えっ、あっ、はい」

「もちろんこういうエンタメも、ドラたまさんすごくうまいから見たいなと思いますけど、だっ、だからって、っく、やりたいこと、をぉ、やらないでいるのはっ、だめですっ……」


コメント:泣いてる

コメント:泣かないで

コメント:女泣かせのおじさん

コメント:トーカくん・・・


「あー、あの、その」

「ずびっ……すいません、ちょっと、ファン精神が漏れ出してしまって……あの、何が言いたいかというと、好きに活動する姿を見て好きになってくれる人を、増やしていけたらいいなっていう……自分のやりたいことのために生きてほしいっていう、私の持論です、はい」

「あ、はい。その、参考になりました」


コメント:漏れたのか

コメント:好きに活動する、か

コメント:初期トーカを知ってると感慨深い

コメント:せやな・・・人気商売だけどやりたくないことまでやってもらってもな

コメント:推しが生きてれば幸せだよ


「すいません、変な空気になっちゃいました。言うことじゃなかったですね……あの、いつでも技術的な相談とか乗りますので」

「あ、は、はい。あの、いつもQiita参考にしてます、はい」

「あっ、ありがとうございます。書いてて良かったです!」


コメント:何?

コメント:え、あれ自分で書いてるの?


「えっと……それじゃ空気を切り替えて! ドラたまさんが好きなぽっちゃり具合を当てようゲームをしましょう!」

「急ハンドルすぎない!?」


コメント:おいwww

コメント:草

コメント:どうして?


「さあここにぽっちゃり体型のマネキンを作ってきましたので――」


(後略)



 ◇ ◇ ◇



【ルカ・ウラジミルヴィッチ・スミルノフの記録】


「ぽちゃロリさん……」


 ルカは暖炉の火の弾ける薄暗い部屋で、映画館かと見間違えるような巨大なスクリーンを見上げてつぶやいた。スクリーンの中では、バーチャルぽちゃロリドラゴン皇女Youtuberおじさんのドラたまさんと、彩羽根トーカが楽しそうにディープな話をしている。「おじさんよ美少女になれ」とか言って意気投合している。


 もちろんここは現実ではない。部下のニコライに作ってもらった『北方少女モチの私室』というテーマのバーチャルラウンジのスペースで、現実はワンルームでVRのヘッドセットをつけているだけだ。――四六時中こうしてVR空間にいるので、もはやルカにとってこちらの方が自室という感じだったが。


「楽しそう」


 モチもぽちゃロリさんとコラボしたことはある。しかしその時よりもぽちゃロリさんが自然体に見えて、正直うらやましい。ニコライに言ってまたコラボの計画を立ててもらおう。自分もバーチャルラウンジで配信を重ねるようになって、だいぶバーチャル空間に慣れてきたし、いい企画が作れるかもしれない。


「………」


 しかし、今に限っては、ルカはぽちゃロリさん以外のことも考えていた。彩羽根トーカ、世界初のバーチャルYouTuberが言った言葉を。


 好きに活動して、それを好きになってもらえ。


 似たようなことを言われたことがある。かつての憧れ、自分勝手に振る舞い押し通す幼馴染に。その時はあまり深く考えなかった。けれど今にして思えば。


「トーカは……テルネ」


 言葉遣いこそ違うが、確かにテルネだ。よく考えればあのキャラクターの造形は、その昔、自分が彼女にいじられた髪型に似ている。


「これが、テルネのやりたいこと」


 自分たちとの繋がりを断ってまで作りたかった場所。

 ルカは己の、北方少女モチの小さな手を見る。暗い部屋の中を見渡す。ぽちゃロリさんに様々なぽっちゃり体型のマネキンを投げつけるトーカを見る。笑い声。……トーカだけでなく、自分の。


「テルネ……トーカ」


 ルカは――モチは笑う。


「……なかなか、やる。……また、遊ぼう」



 ◇ ◇ ◇



【2016年】


「はーっ、緊張した! 何言ったのか全然覚えてないわ……」

「いつもそう言ってる気がするね」

「推しとコラボとか、おじさんにはもういっぱいいっぱいだよ……」

「はいはい。ああ、これ届いてたよ」


 ダイニングの机に突っ伏していると、悪魔がA4サイズの封筒を置いていく。


「ああ……そういえばそんな時期だったか」

「お金ってのは強いね。普通こういう情報は本人にしか渡さないんだろ?」

「まあ金もあるが、普通に身内だからってのもあるだろ」


 封を切って中の書類を確認する。


「……ふむ。もう十分かな」

「そう?」

「ああ……そろそろ話していいだろう」


 俺は書類をまとめると、予定表を確認した。


「会って話すべきだよな。……よし、この日に、実家に帰るぞ」

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