第37話 2016年 楽曲提供
【2016年4月下旬】
「なんか毛色の違うタイアップ案件の依頼が来るようになったな……」
「面白いんじゃない? この探偵事務所とかさ」
「評判はどうなんだ?」
「そうだねえ」
悪魔は腕を組む。
「……うん、まあ大したことは検索に引っかからないね。悪くはないんじゃない? さっきの空手道場に比べたらクリーンなものさ」
「じゃあ受けてみるか」
悪魔が『検索』で出した結論をもとに、対応を決めていく。
……チートだなあ、という気はしているが、素行調査をやるように指示したら「めんどくさい」と自発的に検索するようになったので、便利に使わせてもらっている。まあ、前の世界でのことしか検索できないし、俺が関わることによって変わる未来は予測できないから……セーフだよな?
「で次はっと……コンビニ?」
コンビニのタイアップ案件だ。トーカに制服を着せたり、一番くじでグッズを出したいとのこと。ついにこういう案件も来るようになったかと思うと感慨深い。それに……――
「これって君がバイトしてたところの系列だね」
「そうだな」
店長は無事に店を移転した。この間ちらっと見に行ったのだが、客の入りもいいし順調そうだ。レジに立っていたのは他の店員で、店長の姿は見えなかったので、人員にも余裕がありそうだ。
「……受けるか」
「はいはい」
回りまわって店長のためにもなるだろう。グッズにつくイラストは全部書き下ろしにしたいな! いや、なんならトーカがバーチャル店員をやるとか……?
「お?」
そこで裏に常駐させていたチャットツールからの通知が来て、作業をしていた俺は姿勢を正す。
「ふぁっ!?」
そして叫んだ。
「えっ? あっ、えっ、えええ!? リッ、リ、リッリアちゃん!? あれ、このツールのID交換してたっけ……!?」
「リリア? ああ。そういえば君がバーチャルラウンジ体験会に飛び込み参加する交渉の時に、スタッフと一緒のチャンネルにいたよ」
「な、なるほどね」
メッセージは……そ、相談したいことがある?
「ふ、は、……スーッ、ハーッ!」
よ、よしよし、よーし落ち着け! とりあえず、そう、まず聞いてみよう! うん! 向こうが相談したいって言ってきているんだもの、推しと話したって何も問題ないよな!
『すいません。今よろしいでしょうか? トーカさんに相談したいことがあるのですが……』
『こんにちは。ちょうど手が空いていたところだから、大丈夫ですよ。なんですか?』
『ありがとうございます。通話させていただいてもよろしいでしょうか』
「フーッ!」
息を吐いて邪念を払う。
「汚いな、急になんだい」
「いやお前これだってさあ! 推しから一対一で通話したいって言われたらヤバいだろ……何……死ぬの? 心臓がやばい。どどどどうしたら?」
「話せばいいんじゃない?」
それが簡単にできたらおじさんなんてやってないんだよ!
「……ふー……はー……。よ、よし、とにかく落ち着いた。大丈夫だ、体験会の時だって話せたんだ。……通話するから静かにしてろよ」
「はいはい」
悪魔が肩をすくめて口を閉じるのを確認して、リリアとの通話を開始する。
「こっ、こんにちは、リリアさん。彩羽根トーカです」
『神望リリアですわ……って、収録でもないのに、名乗りですか?』
「あっ? あ、あはは、た、確かに? へっへへ……た、体験会ぶりですね!」
『あの時は本当に驚きましたわ』
しばらくあの配信について語り合う。よし本当に落ち着いてきた。
「――あの、それで! 相談したいことってなんでしょう?」
『それが……その』
肝心の話題になると、今度はリリアが口ごもる。
『……ファーストライブの件なのですが』
「ああ、バーチャルラウンジのクラウドファンディングのリワードのやつ! 私もバッカーなので、もちろん見に行きますよ! めちゃくちゃ楽しみです! リリアちゃんってやっぱり声がいいっていうかもう聞いていて聞きやすい声っていうかこれで歌われたらもうすごいなって思ってて」
神望リリアのファーストライブ。歌系動画をまだ出したことのないリリアの隠し玉だ。正直めちゃくちゃ楽しみにしている。
『楽しみ……ですか』
「もちろんです! 推しカラーのサイリウム用意してます!」
『ふふ、そうですか……』
「……えっと、何か問題が?」
『……これは、トーカさんだから言うのですが』
俺にだけ?
『わたくし……その、音痴、なのです』
「え」
音痴。
「……それは、歌が下手くそってこと?」
『ええ……』
「なんでそれでファーストライブをリワードに?」
『エジプト……いえ、運営が勝手に……反対はしたのですが、押し切られて』
「なんだと……」
リリアちゃんと運営の対立。
知りたくなかった。この世界でも、こんなに早くから問題が起きていたなんて。
企業と演者の対立……前の世界でVtuber文化が閉ざされた要因のひとつ。それに、リリアちゃんが苦しんでいる。
許 せ ん。
「……教えてくれてありがとう、リリアちゃん。辛かったよね。大丈夫、私は絶対、リリアちゃんの味方ですよ!」
『えっ? あ、はい』
「運営をパワハラで告発する? そうなると地固めが必要ですね。大丈夫、安心してください。実はそういう問題を専門にする弁護士が知り合いにいて――」
『ちょ、ちょっと待ってください! 違います、そういう意図ではなくて……ライブについては最終的に自分も了承しましたし、そのことに不満はないのです。ただ、成功させたいと思っていて……期待してくれているみなさまのためにも……それで、歌のうまいテルッ、トーカさんに、何かアドバイスがもらえないかと!』
「リリアちゃん……」
なんていい子なんだ。ファンのためにそこまで。
推しで良かった! これからもずっと推す! ズッ推しだョ……!
「わかったよ。そういうことならおじさん全力でサポートするよ!」
『お、おじ……?』
「とりあえず、どれぐらいの腕前なのか……どこに問題があるのか知りたいから、一曲歌ってもらっていいですか?」
『あ、はい』
リリアちゃんの歌声を独り占めだぜうへへ……なんて言ってられない。俺は真剣に、リリアの歌声を聞いて思考を回した。
『……以上です。その、いかがでしょう?』
「……リズムは完璧でしたね。何か楽器とかやってます?」
『あっ……はい、ヴァイオリンを少々』
ヴァイオリンか。思い出すな。
「懐かしいなあ。私の昔の友達にも、ヴァイオリンが得意なのに音痴だって子がいましたよ」
『! そっ、それは!』
「うん、それは今は関係ないですね、ごめん」
『は? ……えぇ……?』
ラトナのことはまるで関係ない。今はリリアのことだ。
「問題は声で音程が取れてないことだから……リリアちゃんは、歌ってあまりプライベートでも歌わないほうですか?」
『………』
「リリアちゃん?」
『……あ、はい。そうですね』
音痴を否定しなかったからショックなのかな。けどライブのためには現実を知ってもらわないと。
「楽器が問題ないなら、音は聞こえてるはずだし……声の使い方の問題だと思いますね。とにかくボイストレーニングするしかないけど……あまり時間もないですよね」
『そうですわね……』
「反則っぽいけど、事前に録音して音程調節して流すって手もあるけど……」
『それは……ファンの皆様に嘘をつくわけにはいきませんわ』
さすがリリアちゃん。こんないい子に悲しい思いをさせたくない。
「わかった。それならまず、なんとか一曲仕上げましょう。セットリスト決まってますか?」
『実はまだ……』
「じゃあここで決めちゃいましょう。いろいろ権利手続きもあるし、早くしないといけないから。で、曲はあまり難しくないやつで……これとかどうですか? セリフっぽい歌詞だからけっこうごまかしが効くと思うので」
一曲決めて練習するように言う。
「それから、二曲目はヴァイオリンソロにしましょう」
『えっ? ら、ライブですよ?』
「音楽ライブなら別に歌じゃなくてもいいでしょう。もちろんみんなは、ライブといえば歌ってことで、リリアちゃんの歌に期待してると思います」
迷い子たちは何を歌うのか予想して盛り上がっている。
「でも現実問題、何曲も仕上げるのは難しいですよね。だから二曲目はヴァイオリン。大丈夫、そんな特技があったんだ! って、みんな驚いてくれるから!」
『そうでしょうか……』
「絶対そうですよ!」
現に俺が知って嬉しいし。
『……わかりました。ヴァイオリンソロ曲は自分で考えます』
「うん。それで最後の曲はですね」
『えっ? 最後? ……まだ二曲しか決まっていませんが』
「うん、全部で三曲にしましょう」
『それはその……大丈夫でしょうか?』
「歌をなんとかするのは難しいから、トークとか企画で間をつなぐしかないですよ。大丈夫、リリアちゃんのお話は面白いので! その代わり、ライブのクオリティを高くして、曲数が少なくても満足してもらえるようにするしかない」
正直あの音痴レベルだと、もう一曲追加したら破綻する。だから、最後の曲は隠し玉でないといけない。
「だから最後の曲はですね……リリアちゃんのオリジナルソング!」
『は? え? オリジナル……?』
「楽曲提供、By――」
俺は相手に見えないにも関わらず、胸元に親指を突き立てた。
「――彩羽根トーカ!」
◇ ◇ ◇
【VR】神望リリア、バーチャルラウンジにて初のVRライブを敢行、体験レポート / インターネット系ニュースサイト 2016年5月の記事
4月にリリースされたVRSNS『バーチャルラウンジ』を運営するガブガブイリアル所属の神望リリアが、バーチャルラウンジのクラウドファンディングで約束していたファーストライブを、バーチャルラウンジ上で行った(バーチャルラウンジについては【こちら】の記事を参照)。
バーチャルラウンジはコミュニケーションソフトだが、部屋|(スペース)の設定を編集することでライブ会場のようにチケット制にしたり、侵入禁止エリアを作ったり、音声を制御することができる。そのデモンストレーションも兼ねた催しだ。
……世界初のVRを使った最先端のオンラインライブ。その取材……というのは建前で、筆者はどうしてもリリアちゃんのライブが見たかったので自費で参加した。結論から言うとすごくよかったので、その内容を記していく。
(中略)
――……おしゃべり好きのリリアちゃんに終始会場は和やかな雰囲気につつまれていた。しかし、その空気もライブ終了10分前に急変する。ヴァイオリンソロという隠し玉を披露してくれたリリアちゃんだったが、ここでさらにもう一曲歌ってくれるというのだ。
この時点で会場は盛り上がっていた。それがオリジナルソングと発表されてみんな変な声が出ていた。そして――その楽曲提供が、バーチャルYouTuberの祖にして圧倒的な登録者数を誇る、彩羽根トーカからということが発表されたとき、何人かは声を枯らしていた。筆者も奇声を上げて家人に心配されていた。
(画像:ステージに立つリリアと、その後ろのスクリーンに表示されるトーカ)
トーカちゃんからの応援メッセージと、曲名紹介の動画が流れたあと、リリアちゃんが歌い始める。曲名は『Free Talk!』。明るい曲とともにリリアちゃんから渡されるコール、自然とファンは一体となってレスポンスを返す。まるでリリアちゃんのおしゃべりを歌にしたかのような、そんな曲だった。歌詞の一つ一つにこれまでのリリアちゃんの歩みが反映されていて心が震えた。部屋の中でサイリウムを振り回し、壁に穴も開けたが後悔していない。トーカちゃんとリリアちゃんで作詞したとか、尊すぎる。トーカちゃん絶対リリアちゃんのこと大好きだろ……いやそこはVtuberオタク・トーカとして当然だったか。
オリジナルソング、しかも彩羽根トーカちゃんとのコラボというサプライズに、VRを通して会場が一体になった。これがVRライブか、と未来を感じる一夜だった。
(後略)
◇ ◇ ◇
「リリアちゃんめっちゃ可愛かったわ……」
「まさか観客も、トーカが同じスペースにいたとは思わなかっただろうねえ」
「まあそうだろうな。しかし、いいライブだった。これの感想が広まってVR機器の普及に繋がればいいが……そうしたら、私も初のバーチャルYouTuberオリジナルソングをリリアに譲った甲斐があったというものだ」
「そういえば君の5周年記念配信でやる予定だったんじゃない? オリジナルソング」
「推しと話題がかぶって影響与えるのもなんだし……ってことで、5周年記念はまったり雑談にした。ていうか、他の案件も増えてきてそれどころじゃなかったのもある」
「そういえば、企業コラボじゃなくて次のコラボは他のVtuberとだっけ。推しに会うのは緊張するとか、順番がどうこうとか言ってたくせに……どういう心境の変化だい?」
「リリアちゃんの体験会に勢い余って突撃してから、多少吹っ切れたんだよ。もちろんめちゃくちゃ緊張してるんだけど……私がオタクの立場だったら見たいと思うし、それなら気合を入れるかって……」
◇ ◇ ◇
【Vtuber】バーチャルYouTuberについて語るスレ 362【推せっ】
128 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
そういえばリリアちゃんのライブ、観客にトーカいたよな
129 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
マジ?
130 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
声がトーカっぽいのがいるとは話題になってたな
131 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
いやTwitterに客席からのスクショ上がってるし
132 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
マジか俺隣だったっぽい? 気づけよ・・・
133 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
まああの場の主役はリリアちゃんだしね
134 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
そもそもエンドロールでバッカー一覧のトップにデカデカとトーカの名前出てたし
135 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
バーチャルラウンジのクレジットにもいたな、トーカ
136 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
楽曲提供コラボとか本当尊い
137 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
だよなあ・・・トーカ自身のオリソンより先にリリアのために曲を作るとか・・・
138 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
トーカのオリソンも早くほしい
139 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
俺はもっとコラボが見たいオタク
140 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
でもトーカは忙しいだろ。企業案件とか全然途切れないし
141 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
そんな忙しい中でもVtuber布教活動には余念がないんだよなあ・・・
142 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
最近の海外向けVtuber布教動画シリーズな。あれはすごいわ
143 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
あれ各国語、台本はあるんだろうけど、スラスラ言えるようにどれだけ練習したんだろう
144 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
各国語のスタッフもいるんやろね、Twitterでたまに海外ファンにリプ返してるし
145 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
昔から動画の字幕もついてたからなあ・・・もしかしてGoogleが母体なんじゃないか?
146 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
Google運営説は初めてだなwwww
147 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
は? お前らVトークタイム見てないの?
少なくとも中国語とドイツ語は喋れるぞ?
148 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
そうだよ。トーカちゃんはマルチリンガルなただの女の子だよ
149 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
ただの女の子・・・?
150 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
少なくともプロ並みに歌って演奏できる時点でただものじゃあないんだよなあ・・・
151 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
しかも絵が描けてモデリングもできてUnityもできるらしいですよ奥さん
152 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
しかも作詞作曲できてブラック企業の内情にも詳しい・・・そんな人間がいるか!
153 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
トーカちゃんはバーチャルだし(目そらし
154 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
絵といえばイラスト提供も多いよなトーカ
なんかファッション誌にモデルとして参加したやつも全部書き下ろしなんだろ?
155 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
なんだろ? って、そうだよ
156 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
買えよ、女性ファッション誌
157 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
3Dモデルのやつの方がよかったな、あれは。イラストもよかったけど
158 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
Vtuberなのにファッションモデルとかw
って思ってたけど意外としっかりした仕事だったよな
159 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
Vtuberって動画だけが仕事じゃないんだな
160 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
次があれば背景から3Dでやりたいとかいってたがそれは作業量・・・トーカ運営なら余裕?
161 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
おいトーカちゃんの告知来たぞ!
162 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
お前らオタクのTwitter見ろ!
163 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
コラボキター!
164 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
うろこてーこくの次回ゲスト!?
165 名前:名無しさん@推しがいっぱい 2016/05/15(日)
トーカとぽちゃロリ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます