2015年 成れない
2015年4月。
「次は趣向を変える」
「……はい」
3回目の生放送のあと、社長さんは小会議室でそう言った。
「さすがに今のままでは伸びづらいだろうからな」
視聴者数はあれから全然増えていなかった。
なんなら今回は2回目より減っている。社長さんはシステム改修のために間が空いたこととか、内容が変わり映えしないことを理由に挙げていたけど……そうだろうか。
「雑談だけではない、というところを見せていくぞ」
「何をするんですか?」
正直、ちょっと助かる。2回目3回目と、話の尺を取るために台本が長くなっていって覚えるのが大変だったから。
「ゲーム実況だ」
「ゲーム……」
リエルってゲームするんだ。
「そもそもバーチャルアイドル事業を始めようと考えていた理由の一つでもある。ガブガブゲームスの作ったゲームを宣伝するための広告塔、それもリエルの役割だ」
「なるほど。……何をするんですか?」
「権利の関係上、自社パブリッシングのものしか使えん。できれば新作情報の先出し、と行きたいところだが……さすがにまだまだ人に見せられるレベルではないからな。ここは『The 倉庫スタッフ』でいく」
The 倉庫スタッフ。あれだ、トーカちゃんがやっていたゲーム。あの動画みたいなことがやりたいってことかな。
「わかりました。台本よろしくお願いします」
「……ゲームである以上、不確定要素がある。台本通りになるかはわからんが……」
「ちゃ、ちゃんと台本通りになるように練習しますから!」
「いや、練習というか……初プレイの生の反応を見せたほうがだな」
「ちゃんとリエルちゃんをやるためにがんばりますから!」
「……わかった」
◇ ◇ ◇
2015年5月。
「ゲーム実況は手ごたえがあった。コメントも多かったな」
「……はい」
確かにコメントは多かった。いつもより長い時間ということもあっただろうけど……まあ、プレイもスムーズにできたし、うまくゲームの魅力を見せられたのかも。
──けれど、視聴者数は大して変わらない。コメントをしているのもいつもの人たちだ。さすがにこうもメンバーが固定されていれば、嫌でも分かる。
「やはりバリエーションが重要だ。ということで、次の企画もこれまでと違うものにする」
「何をやるんですか?」
「バーチャルアイドルとは、アイドルだ。そしてアイドルと言えば」
社長さんはドヤ顔をする。
「歌だ」
「歌……」
「歌ってみたというやつだな。生放送で歌ってもらう。できるだろう?」
私が提出したデモテープには歌も含まれている。
歌は……嫌いじゃない。声優としていずれ、キャラクターソングを歌うことだって妄想してきた。
「やります! どんな曲ですか!?」
「いくつか良さそうな曲を見繕っておいた。キサマも希望があれば言うがいい」
そうして社長さんが渡してきた紙には、JPOPのヒットソングや有名なアニソンなんかが並んでいた。
……そっか。いきなりオリジナルソングというわけじゃないのか。
「えっと、どれでも大丈夫です。練習しておきます」
「ム……そうか」
◇ ◇ ◇
2015年6月。
「話の通じないヤツめ」
溜息を吐きながら、社長さんは電話を置く。社長さんのすぐ近くの席に配置されている私は、内容が嫌でも分かってしまう。
「交渉、うまくいかないんですか」
「法外な金を要求されているとしか思えん」
社長さんは腕を組んで唸る。
「おのれ、JASRAC……オレの道を阻むか……!」
ガブガブイリアルで開発している配信サイト、シンデレラスペース。社長さんはそこで歌を歌うことをやりたくて、そして権利問題でJASRACと泥沼のようなやり取りをしていた。なので、先月から話に上がっていた歌の生放送は実現していない。
「今後を考えれば包括契約は必要だが……クソ……アーカイブは今は残らないが……」
ぶつぶつ呟く社長さんの視界に入らないように、私は小さくなる。
リエルの声をやることの他に与えられた仕事は少ない。Twitterを運用してみて、とアカウントの情報を渡されているけど、リエルが何をするのか分からないし、何も投稿できていない。
こんなに何もしていないのにお給料をもらってもいいんだろうか。いや、そういう契約だし、収録の前に練習だってしているし、でも……。
◇ ◇ ◇
2015年7月。
「待たせたな。次回こそ歌の生放送をする」
「許可取れたんですね」
「今回用にだけだな……曲数も絞る。やれることをやって進めねばな」
久しぶりの話の進展に、私はホッとする。歌の話が進まないからと、他に変わった企画をすることもなく、いつもと同じような台本でお話をする放送しかできていなかった。
「最近はガブガブゲームスの方もゲームのリリースが近づいていて、なかなか放送に同席できなかったが、次回は必ず時間を作って立ち会おう。どうだ、調子は?」
「……ちゃんとやってます」
「ム……そうか」
正直、あまり見られたくない。
今の神望リエルが、社長さんの理想にかなっているのかどうか不安になる。私は、うまくやれているのだろうか?
「ああ、歌の練習だが、経費で出るからカラオケを使って構わんぞ」
「わかりました。……じゃあ、やってきます」
私は逃げるように席を立ち、事務所の外へ向かう。
その途中で。
「リエルちゃんってどうなの?」
聞いてしまう。休憩スペースで雑談しているスタッフの言葉を。
「あー……がんばってると思うよ。まあ、伸びてはないけど……」
「社長も今回ばかりは見誤ったかね?」
「ゲームの方はセンスいいんだけどなあ。いまいち、バーチャルアイドルが面白いっていうのはわからないっすわ」
「二足の草鞋で大丈夫なのかな? 雪山も追い込み入ってるじゃん」
「リエルちゃんに雪山のPRやらせる計画だって聞いたけど、あの視聴者数じゃあなあ……」
「今まで突っ込んだ金で他のところに広報依頼したほうがよかったんじゃない?」
「そう思われるよなあ……」
──知らない。そんなこと知らない。
◇ ◇ ◇
「──……はい! 神望リエルで『Hey World』でした!」
歌いきって言うと、コメントがついた。
コメント:上手!
コメント:よかった
視聴者数はやっぱり増えない。もう数か月やっているのに、10人を超えればいいほう。いつも来てくれる人はいったい何で──
コメント:ダンまち、いいよね
「あ」
いいですよね、ダンまち、と言おうとして口を止める。そんなこと台本にないし、私の話なんてどうでもいい。
コメント:歌詞がいい
どうだろう。自分はこんな歌詞みたいに前向きになれない。アニメは好きだけれど、それは自分にできないことをキャラクターがやってみせてくれているからで──
「……ありがとう! 応援してくれて、リエルも嬉しい!」
──だからこうして、私にできないことを言うリエルを、私は……?
◇ ◇ ◇
「ご苦労だった」
収録が終わり、社長さんがやってくる。
「やはり歌はいい。交渉した甲斐があったというものだ」
「はぁ……」
「だが、やはりまだ硬いな」
社長さんは腕を組んで言う。
「もう少し雑談を挟んでみたらどうだ? アニメの話で盛り上がれそうな場面もあっただろう」
「……台本には書いていませんし」
「そこはアドリブでだな」
「アドリブって言ったって!」
あっ、と思ったときには言葉が止まらない。
「私はリエルじゃないんです。何を言うかなんてわかりませんよ!」
「いや、それは違う。神望リエルはキサマなのだ、クラノフユネ」
違う違う。私はこんなかわいくて明るくて元気な女の子じゃない。
「私はアイドルになんてなれない、ただの根暗なオタクなんですよ……!」
なれるもんなら、なりたい。でも、なれない。それが私だ。
「……今日は帰ります。お疲れさまでした」
気持ち悪い。気分が悪い。頭が痛い。
私は社長さんを振り返ることなく、荷物を持って家に帰った。
◇ ◇ ◇
2015年8月。
コメント:リエルちゃん、大丈夫? 元気なくない?
「ッ……!」
いつものシンデレラスペースの宣伝に加えて、ガブガブゲームスの新作ゲーム「The 雪山」リリースをお知らせする内容の放送。その途中に設けられたコメントの読み上げタイムで、私は止まってしまった。
会社は、最近休んでいる。
収録のある日だけ行って、リエルの声を演じる。そして次の収録の連絡を家で待つ。
仕事自体はそれで問題ないようで、社長さんも何も言ってこなかった。だから私は何も言わずにそうしている。
それで、問題ないから。私は元気じゃなくても、リエルは元気だから。
なのに──リエルに元気がない……?
「──みんな、いつもコメントありがとうね!」
そんなことない。リエルはこんなに元気だ。モニタの中で笑って、声だって。
「それじゃあ今日はこの辺で! 新作ゲームの『The 雪山』をよろしくね! ばいばい!」
台本通りこなして、収録を終える。
けれど、シンデレラスペースのコメント欄は、放送をしていなくても書き込める仕組みで。
コメント:リエルちゃんが心配です
コメント:何か悩みがあったら相談に乗りたい
いつも、ううん、最初からずっと、毎回放送に来てくれる視聴者が、そうコメントする。
コメント:次の放送も待ってますから!
──私は……。
「ご苦労だった」
顔色の悪そうな社長さんがやってくる。
「リリース作業に手を取られていてな。しばらく放っておいて悪かったが、ここから──」
「……ここから、どうするんですか?」
ここから?
「視聴者はいっつも同じ人ばっかり。全然人は増えない。こんなのに……こんなのを続けて、何になるって言うんですか?」
仕事として成り立てば自信を持てるかもしれないけど、私だって何も知らないわけじゃない。このプロジェクトにすごくお金がかかっていて、そして全然それを返せる見通しがないことぐらい、会社の中にいれば知っている。
「もう……もうダメですよ。皆さんの足を引っ張り続けて……」
「まだ始まったばかりだ。このプロジェクトは数年は成果を──」
「私じゃなくたっていいじゃないですか」
声優が私だということは明らかにしていない。私だって誰にも言っていない。
「そんなに続けたいなら、私じゃなくたって……別の声優さんを呼んで……」
「いや、キサマじゃなければダメだ。いいか、キサマがリエルなんだ。演者を、中身を入れ替えたって──」
「私はリエルじゃない!」
私は……私は……根暗で、どうしようもない人間で。
だから別の存在になりたくて、声優を選んで。
それなのに『私』をリエルにしろと言われたって──無理だ。
「……やめ……ます……」
「何?」
「やめます……この仕事……もう……」
無理なんだ。
「──……もうやってられません!」
「まっ」
手を伸ばしてくる社長さんを払いのけて。スタジオの扉を体当たりするように開けて。こっちに向かって歩いてきた美人な女の人を危ういところでかわして、走って……──
◇ ◇ ◇
「──……そうして、逃げて……電話してきた人事の人に言って、退職手続きをして……」
「ふうん」
長い話を聞いた弁護士のアサクマは、キザッたらしく笑う。
「なるほど、そんなことがあったんだねえ」
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