配信アーカイブ

私と推したちのステージ~Vtuber Fes~(3)

 天から降りてきた顔のないデッサン人形は、羽根に包まれて立ち上がり、光に包まれて姿を取り戻す。


 金髪ショートカットの、露出の多い青色の服を着た少女──神望リエル。


 ドームの中は戸惑いに揺れていた。いかにVのオタクたちとはいえ、もはやVtuberの数は万を超える。約4年半前に姿を消した、公式には一切アーカイブの残っていない彼女のことを知るものは、相当コアなVtuberファンか、神望リリアファンか──


コメント:誰?

コメント:新キャラか

コメント:なるほど

コメント:リエルちゃん! やっぱりリエルちゃんだったんですね!

コメント:???

コメント:ここで新キャラ発表とはやるなあガブガブ

コメント:トーカちゃんは知ってるっぽいが

コメント:あーリリア様の妹ってやつか


 舞台に降り立った少女は、ゆっくりと目を開く。

 ドームを埋め尽くす、人、人、人。しかしその目は、戸惑っている。彼らの持つサイリウムは、赤と白とオレンジ。リエルの衣装に使われている青色は一つもない。


「ど、どどどっ、どう……あっ、ちが……こ、こん……あれ、えっと」


 リエルは、小さく手を振る。


「みっ、みなさま~、ごきげんよう~……? みなさまを、天に導くぅ……神望……リリエァ……ッスゥ……」

「わたくしのモノマネをして景気づけにすると決めたなら、やりきっていただけますか?」

「でぇっ、いや、いやいや無理無理無理ですよぉ! ここに何人いると思ってるんですかぁ!?」

「言い忘れてましたが、あなたのマイクミュート機能は切っていますからね」

「えぇ!?」


コメント:草

コメント:スゥ……は草

コメント:ミュートできないwwwww

コメント:面白いな


「あ、わ、へぁ……」

「さあ覚悟を決めなさいな。やると決めたのでしょう?」

「……ッ」


コメント:?

コメント:すっげー喉の音したwwww

コメント:ゴクリッ

コメント:がんばれw


 リエルは、周囲を見渡して──観客に向き直り、胸の前で手を組んだ。


「ど、どうも。あの、神望リエルと言います。あの、その……聞いてくださいっ!」


 ざわめいていた会場が静かになる。


「わた、私は……5年前。ガブガブイリアルの運営していた、シンデレラスペース、という配信サイトで、イメージキャラクターとして放送をしていました。でも、その、しゃっ……運営の人とうまく……お互いうまくやりとりが、できなくて……それで、プレッシャーに耐えられなくて、神望リエルであることをやめてしまいました」


コメント:そうなん?

コメント:存在は知っていたが初めて見た

コメント:ニコニコに上がってるのとはずいぶんイメージ違うな

コメント:そうだったんですね……


「その後、私のお姉さんとしてリリアさんががんばっていることも知らないまま、ずっと……逃げていました。でもあるきっかけから、また……Vtuberを、神望リエルをやろうと決めたんです。それは、こんな私でも、待っていてくれる人がいるって知ったから」


コメント:ほーん

コメント:練習中ちゃんかこれ! 悪魔ニキのおかげなんやな……

コメント:よくわからん


「こうして戻ってきたことに、思うところがある人もいるかもしれません。でも……それでも、私は……私のためにリエルになりたい。そしてリエルを応援してくれる人に恩返しをしたい」


コメント:泣いてるの?

コメント:泣かないで

コメント:待ってこれ泣いてるのトーカだぞwwww

コメント:おいwwwwwww

コメント:膝から崩れ落ちて泣く人初めて見たwwww


「こんな舞台を用意してくれた皆さん、ありがとうございます。今日は精一杯がんばります……聞いてください。『シンデレラスペース』」


 トーカが肩を叩かれて、リリアと共に応援席に移動する。


「──……

 何もない部屋で 私はひとり

 かぶらせて 魔法のティアラ 鏡の向こうへ


 ホログラムのドレス 電子の靴を履いて

 ここでは誰もがシンデレラ

 ……──」


コメント:ええやん

コメント:歌良いな

コメント:やりおる


「──……

 12時の鐘 逃げ出した私

 あなたを信じられなくて


 靴さえ残さず 消えた私

 自分に自信を持てなくて

 ……──」


コメント:声震えてる

コメント:がんばって


「──……

 ボロボロの服を着て 裸足で

 ここに立つ あなたが待つこの場所に


 シンデレラにはもうならない そのかわりに

 魔法はもう 解けないよ

 ……──」


 会場でゆっくり揺れていた、青いサイリウムが、曲の終わりとともにわっと振られる。


「ウッ、グスッ……しっ、シークレットゲストの、神望リエルちゃんで、『シンデレラスペース』でした。おかえり……ありがとう……よかった」

「あっ、うっ、その、はい……あの、いいんでしょうか……こんな私で……」

「いいんだよ! どんな形でも! 推しが! 存在してくれるなら! ですよね、人類!?」


 会場から大きな歓声が返り、リエルは深く頭を下げた。


コメント:トーカ必死で草

コメント:推しは存在するだけで神(by魔王)

コメント:推していこうな……

コメント:帰って来てくれてありがとう


「ありがっ……ありがとう……ございます……」

「あらあら、まったく手間のかかる妹ですね。それではトーカさん、また後で」


 リリアが手を振り、リエルと揃って消えていく。


「ズビーッ!」


コメント:草

コメント:おいwwwwwwwww

コメント:ミュートしろwwwwww

コメント:女の子がさあwwwwww

コメント:トーカちゃん?


「あ、失礼しました。……うん! それではね、次の方に登場していただきましょう、どうぞ!」


 バンッ、とステージ上にスポットライトが当たる。


 金と黒のメッシュの髪を背中でドリルにし、服は黒と赤を基調とした和ゴス、そして血走った目と片方にはドクロの眼帯。


「この流れでワテクシって辛くないわよ?」


コメント:wwwwwwwww

コメント:草

コメント:シビアちゃんwwwwww

コメント:シビア様がんばって!

コメント:神望ファミリー勢ぞろいや!


「辺獄からごきげんよう」


 笑いに包まれた会場の中で、彼女はキリリとやりきる。


辺獄りんぼシビアわよ。ここからは楽しい曲をお届けするのわよ。じゃ、ミュージックスタート!」


 急に南国めいたポンポコ太鼓の叩かれる音楽が始まり──シビアは両手にマラカスを持つ。


「ウ~~ッ! リンボ!」


コメント:ひどいwwwwwwwww

コメント:あのエモい空気を返してwwwwwww

コメント:草しか生えない

コメント:やったッッッ!

コメント:やりやがったwwwwwww

コメント:リンボッ!

コメント:ファンメイドのやつwwwww

コメント:本人歌唱キタコレ


 ディスプレイに『リンボ de マンボ』と曲名が表示される。そしてシビアは目を見開き──


「ハァッ!」


コメント:野太いwwwwww

コメント:低音やめてwwwww

コメント:草


「──……

 辺獄の 大河から ネット繋ぎ 準備して

 いざ配信 開始して 突然の! 宅配が! ハァッ!

 ……──」


コメント:あったあったwwww

コメント:はい

コメント:三途の川便さん!


「──……

 だ か ら 聞けわよ リンボ マンボ!

 ク ソ ゲ クソわよ リンボ マンボ!

 ……──」


コメント:ひどい歌詞だwwwww

コメント:ファンの作ったものを本人が歌ってくれるのっていい文化ですね(ニッコリ)

コメント:リンボ!


 チャカポコした曲をバックに歌いきり──シビアは最後にぽつりとつぶやく。


「なんなのわよ、コレは」


コメント:草

コメント:知らんがwwwww

コメント:シビア様ほんといい人

コメント:よくやったぞ!

コメント:いやー使いたいって連絡あった時はマジビビったわありがとうwwww


「とりあえずノリと勢いでバトンを渡して退場するのわよ。次は! ヨルニナルト・ヘガデル陛下わよ!」


 ステージのモニタにきらびやかな謁見室が広がる。中央にある絢爛豪華な椅子から立ち上がる、豪奢な金髪に氷の瞳を持つ、軍服のイケメン。


コメント:陛下!

コメント:陛下ー!

コメント:へ!いか!

コメント:キターーー!

コメント:セット豪華だな


 ヨルニナルト・ヘガデルは朗々と歌い上げる。曲名は『弊国よ、永遠に ~Η πατρίδα για πάντα~』。


コメント:これ何て読むの?

コメント:ギリシャ語

コメント:お飾りギリシャ語

コメント:日本語と同じ


「──……

 黄土の大地に 黄金が広がる

 我らの堆肥が 弊国を強める


 おお 大調和弊国 調和の国よ

 おお 大調和弊国 弊国の民よ

 ……──」


コメント:あっ

コメント:堆肥……

コメント:黄金……

コメント:ひどいwwwwww

コメント:おかしいどうしても意味が違って聞こえる


 ヨルニナルトは歌いきり、フゥと深く息を吸い込み──


「ムッ!」


 カッと目を見開いた。


「いかん……! 封印されし高貴こうきが……!」


コメント:おいやめ

コメント:やめろぉ!

コメント:高貴はヤバいですよ!

コメント:トーカwwwwwwww

コメント:トーカちゃんうちわに「へい塞して」って書いてあるwwwww

コメント:HEY!即して!

コメント:煽っていくう!


「いけません、陛下!」

「なりませんぞ、陛下!」

「こらえてください、陛下!」


 腹を抱えて小刻みに震えていたヨルニナルトに、三つの影が飛びつく。


けいらは……!」

「内側調査局、アツベ局長きょくちょう!」

「ポンペ教司祭、ナイ司教ですぞ!」

「弊国のへい、アサカラ兵士長!」

「お前たちっ……! 余のために……!」


 サングラスをした面長の男が、禿げた丸い目の僧侶が、赤毛の軍服の男がいい笑顔を見せ──


「あ」


 ぷぅわぁぁ~ぉ


コメント:おいwwwwwwwwww

コメント:音wwwwww

コメント:ひどいwwwwww


 四人の姿が黄色い霧に包まれて──曲が始まる。


「大調和弊国!」

「国歌斉唱!」


 テッテレーテレテレー、と明るくチープな音楽が始まる。霧が晴れて、横並びになった四人が歌い始めた。


「──……

 高貴と陽気を併有へいゆうする

 ここは平和へいわの国 大調和弊国

 

 弊習へいしゅうを改め 弊国民は

 平俗へいぞくを愛して 生きている


 平穏へいおんな日々を 平滑へいかつに過ごそう

 閉口へいこうせずに 並行へいこうしよう 


 (アッソ~レ!)

 平均所得はそ~こそこ

 平均寿命もそ~こそこ


 今日も平時へいじで飯がうまい

 Yo-Hey! 高貴なる国 大調和弊国

 ……──」


 ポーズをとった4人にファンファーレが鳴り響き、曲が終わる。


「ブラボー!」


コメント:草

コメント:ブラボーじゃないがwwwww

コメント:トーカちゃんが楽しそうでよかった

コメント:アッソーレでダメだった。なんでドジョウすくいやるんだよwwww

コメント:振り付けも完璧だったな!


「アッ、ありがとうございますトーカさん! このアサカラ──」

「はい、行きますよアサカラ殿」

「失礼いたします、トーカさん」

「フッ。また会おう」

「ありがとうございましたー!」


 アサカラ兵士長がズルズルと引きずられて行き、ステージ上にはトーカだけが残る。


「はい。大調和弊国だいちょうわへいこくのみなさんで、『大調和弊国、国歌斉唱!』でした。いやー、いつか行ってみたい国ですね、人類?」


コメント:くさそう

コメント:くさそうだし……

コメント:平和なのはいいよね

コメント:でもくさそうだし……


「ですが人類、バーチャルで有名な国と言えばもう一つありますね?」


コメント:おっ

コメント:なんだ?

コメント:帝都か!?

コメント:あれは日本だぞ


「それでは登場していただきましょう! ドラたまさ~ん!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る