第61話 テイマーギルド

 テイマーギルドの中は、当然といえば当然だが、従魔を連れた冒険者達で溢れかえっていた。ハルとシグマの近くも同様に人が多かったのだが、歩み寄った俺の肩にぴょんと飛び跳ねて帰ってきたミケには、何故かやたらと視線が集まっている。俺が首を傾げているうちに、ハルがカウンターの奥から一人の女性を連れてきた。

 ウェーブのある黒髪を腰まで伸ばした、眼光の鋭い、ワイルドな魅力のある大人の女性だ。年頃は、四十代後半ぐらいだろうか。右肩には鷹を乗せていて、落ち着きのある表情を裏切り頬を大きく切り裂いた傷跡も、肩から手首までを覆っている鮮やかなトライバルのタトゥーも、彼女に良く似合っている。


「……わ、カッコいい人だ」


 思わず俺の口をついた言葉は、ハルだけじゃなくて、本人にも聞こえてしまったみたいで。慌てて口を塞ぐ俺を他所にハルはぷっと噴き出し、彼女は一瞬目を丸くした後で、薄い皺の刻まれた目尻を緩ませてカラカラと笑う。


「す、すみません!」

「ハハハ! なぁに、褒めてもらうのは幾つの年になっても気分がいいもんさ。ハル坊、この子は新しいビーストテイマー希望者かい?」

「ハル坊は止めてくださいよマスター! 彼は、シオン。残念ながらビーストテイマー希望者じゃなくて、そこのミケちゃんのペット登録に来た冒険者です」

「フン、非力を嘆いてパーティから逃げ出す子なんて坊やで十分さ。……シオンと言ったね、私はゼイネプ。テイマーギルドのマスターを務めているよ。さて、ペット登録に来たそうだが、親密度審査は終わってるかい?」

「はい、ここに」


 俺がナンファに貰った封筒をそのまま差し出すと、ゼイネプは受け取った封筒の中身をその場で開き、「おやまぁ」と感嘆の声を上げる。


「神官ナンファのサインじゃないかい。あの胡散臭い神官が担当だった割には、良い結果を貰っている」


 あ、うん。胡散臭いのには同意。それにしても、やっぱりあの水の動きはミケと俺の親密度が良好と示してくれていたみたいだな。それからはミケと何処で出会ったかとか、ペットの面倒を見る最低限の知識があるかとか、簡単な質問を幾つかされたけれど、どれも問題なくパスすることができた。


「じゃあ最後に簡単な身体検査をするから、その仔を預かっても良いかい?」

「身体検査、ですか」

「特に痛いこととかはないよ。変な魔法にかかってないか、病気を持っていないかを鑑定してもらうだけさ」

「そうですか。あ、じゃあこれは一旦外しておきますね」


 俺はミケの首にかけっぱなしになっていた金色の鈴を、迷子札と一緒に外した。実は何の価値があるか未だに判らないのだけど、ベロさんとニアさんがくれた鈴だ。ミケにとっての名付け親ゴッド・ファーザーである妖精の二人が授けてくれたもの。何かしらの魔法が付与されててもおかしくない。

 ゼイネプが少し瞳を眇めて、そんな俺の手元に視線を落としている。


「シオン、それは何?」


 タイミング良くハルが声をかけてくれたので、俺は手にした革紐から[迷子札]をつまみ上げ、ハルに向って差し出してみせる。


「これ、俺の魔力が登録されてるんだ。ミケを連れてイーシェナに向かう前に、ペット登録してない状態で連れ歩くと良くないからって、門兵さんがくれたんだ」

「あー、外出する子供に持たせるやつだね」

「うん。迷子札みたいなやつだって聞いた」

「……成るほど、そういうことかい」


 軽く肩を竦めて頷いたのはハルではなくゼイネプの方で、俺は一応きょとんとして見せたのだが、彼女はそれ以上追及することもなく、さっさと俺の腕からミケを抱き上げてカウンターの上に置かれた小さな籠の上に乗せる。

 ミケが乗せられた籠は薄いグリーン色に輝き、何やら小さな文字の羅列が籠の上に浮かびあがり、カタカタとタイプライターのような音を立てて宙に文字を綴っていく。


「うん。特別な魔法反応はなし、病気や感染症もなし。ペットとして飼う分に、問題はないのだが……一応、言っておくとね」


 籠から抱き上げたミケを俺の所に戻したゼイネプは、困った表情をして、器用に片眉を下げる。


「その仔は、[三毛猫]で、しかも[雄]だ。この意味が分かるかい?」

「えぇと確か、珍しいんですよね?」

「その程度の認識かい。困ったね」


 三毛猫の雄が珍しいことは、俺でも知ってる。でも、リーエンの世界ではもしかして、それ以上の意味があるのだろうか。ミケの頭を撫でる俺の近くに黙って立っていた炎狼が、不意に少し距離を詰めてきた。振り返りかけた俺の頭に軽く手を置き、前に視線を向けさせたままで、背後に立つ炎狼がぽそりと呟く。


「全部ではないが――幾つか、嫌な気配があるな」

「……嫌な、気配?」

「見張るような……値踏みしてるみたいな、気配だ」


 え、何それ。


「あのね、シオン。ビーストテイマーの中では有名な話なんだけど、[三毛猫]は人に懐くことが極端に少ないんだ」


 ハルの言葉と同時にゆったりと四肢を動かして炎狼の後ろに移動したシグマは、俺達と他の冒険者達の間に陣取り、低く警戒の唸り声をあげる。


「理由は分からない。でも、一つはっきりしてることがある。ステータスみたいに、数値には現れなくても――[三毛猫]は必ず、主人のところに【幸運】を運んでくるって言われてる」

「……【幸運】」

「特に[雄]は、その力が強い。【幸運】が高いと、ピンチの時に何かしらの光明を見いだせたり、ドロップ品にレアが増えたりするそうだよ。実は僕も、三毛猫の主になった人を見るのは初めてなんだ」

「あぁ、成るほど」

『……呆けている場合ではなかろうが、若いの』


 説明を受ける俺とハルの会話に割り込んで来た別の声は、ゼイネプの右肩の上から聞こえてきていた。俺が視線を向けると、美しい翼を持つ声の主は、嘴でかりかりと翼の付け根を掻く。


『あらレレイ。あなたが誰かに声をかけるなんて、久しぶりね』

『この状況では仕方がない。おい、小童。ミケとか言ったか』

『はぁい!』


 ゼイネプの肩に止まった鷹は、レレイと言うらしい。シグマの言葉に溜め息をついたレレイに名を呼ばれ、俺の頭に上ったミケは、元気に返事を返している。


『まだ幼いのに言葉を話せるとは感心よの。良いか、ミケとやら。そなたは[三毛猫の雄]という、少しばかり特殊な存在だ。そなたは主人に[良いこと]を運びやすい。それは冒険者として働く主人の大きな助けとなるだろうが、残念なことに、その逆もまた然りなのだ』

『え、ど、どうしてですか?』

『ミケちゃんみたいな特殊スキルを持っているペットは、みんな欲しがるのよ。でも、ミケちゃんはシオンちゃんがご主人様なのが良いでしょ?』

『はい! 大好きですから!』

『そうよね。ミケちゃんが[幸運を運ぶ]のは、あくまで大好きなご主人様のところだわ。他人に無理やり奪われても、その効果を発揮出来ない。だったら次に考えられるアクションは、一つなのよね』

『お主の主人である人間の[シオン]を懐柔するか、支配するか、傀儡とするか……いずれにしても、主人の方に何かを仕向けてくる可能性は高いな』

『えぇえ――!』


 驚きのあまり、爪の出たミケの手が、ぎゅっと俺の頭をつかんでしまっている。

 髪の毛越しとは言え、ミケさん、ちょっと痛いです。


『そんなのだめです――!』

『ダメと言っても来るものは来るのだ。だから備えを怠るなよ、小童』

『大丈夫よミケちゃん。いざとなったらハルちゃんやダグちゃんを頼ったら良いわ。あの子達、それなりにランクの高い冒険者パーティーのメンバーですもの。事情は判っているから、牽制してくれるわよ』

『或いはお前の主人がどこぞの大手クランに所属するのも一つの手だな。所属組織があれば、手出しがされにくい』

『でもそこで利用されないって保証が無いのが難しいところね。見極めが肝要よ』

『ふにゃあ……』


 んんん、難しい話してるからミケがショート寸前みたいだ。ちなみに、当の俺は置き去りですが……!

 まぁ、ミケ以外には聞こえてないふりしてるから、仕方がないけど。

 とりあえず、ミケが何かと人気のあるブースト効果を持ったペットだってことは判った。それをペットにした俺を狙う輩が出てくるだろうってことだね。今後、何かと気を付けよう。


「さぁ、何はともあれ、まずはペット登録の仕上げだ。冒険者証を持っているなら、それにこの子の主人という刻印を登録してしまうから、出しておくれ」

「あ、はい」


 俺は首から下げていた冒険者証を外し、ゼイネプに差し出した。彼女がそれをカウンターの中で待っていた職員に渡したかと思うと、ものの数十秒で再び俺の手元に返される。冒険者証を裏返してみると、名前と拳のマークが刻まれた冒険者証の裏面の片隅に、今度は[ミケ]の文字が追加されていた。

 これで、ペット登録は無事に終了ってことのようだ。

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