第134話 契約確認
ポロポロと涙を流しているチコラの前で、俺達は顔を見合わせる。
例えばここで俺達で金貨を出し合い、彼女が騙された金額を補填してあげるのは簡単だ。でも、それは根本的な解決にならないだろう。
「……チコラ」
俺は膝を折ってチコラと視線を合わせ、泣いている彼女の頭をポフポフと撫でる。
「一つ、俺から提案があるんだけど……聞いてみない?」
◇◇◇
それから数時間後。俺達は『雪上の轍』のメンバーに見送られてホルダを出発し、ノスフェルに続く街道を二頭のルンタウルフに跨って北上していた。白のルンタウルフ【ミルヒ】には、俺とミケ、その後ろに杠が乗っている。黒のルンタウルフ【エレン】には、炎狼とスルナ、そして炎狼の首に襟巻よろしく狐の姿で巻き付いている、ホルダの装具屋[Izumo]で出会った狐人族の少女、チコラだ。
チコラと出会って事情を聞いた後、俺達はすぐ冒険者ギルドに行って、チコラが遭遇した詐欺を報告した。長い尻尾で悔しそうに床を叩いた受付嬢メリナの話では、同様の被害報告が幾つも上がっているそうだ。メインターゲットにされているのは獣人族が多いが、それ以外にも地方から出稼ぎにきていた寒村の農民など、金貨に触れた機会が少なそうな相手が標的にされている。詐欺師は彼らに声をかけては、チコラの時と同様に古い金貨と変えてあげると言ったり、或いは荷物を軽くしたいから良い利率で換金してあげるよと言ったりして本物の金貨を巻き上げ、荒稼ぎをしているらしい。
そんなにたくさん被害が出ているなら、自警団や冒険者ギルドあたりが動いてやったらいいのにとは思うけれど、その詐欺では必ずと言っていいほど、証文を交わしてない状態で、その場での取引をしている。そうなると万が一捕まえてみたとしても、証拠不十分となったり、逆に名誉棄損で訴えられる可能性も出てしまう。彼らは何故か無駄に目利きが良く、冒険者達が一般市民を装い、金貨の交換を持ちかけられないか試してみても、するっと無視されてしまう。
「ふうん……その詐欺を解決する依頼とかは出てないの?」
俺が尋ねると、メリナはすぐに手元の大きな帳面を捲り、あります、と弾んだ声を上げる。
「金貨を騙し取る詐欺師の検挙。犯人の身柄と同時に、証拠も提出とのこと。ソリュエの町とミナ観測所の合同名義で依頼が出ています。詐欺をしかけてくる相手は冒険者に見えない商人風の相手だとのことですが、その背後にある組織がまだ不明ですので、クエストランクはDになっています」
「お、俺達でもぎりぎり受けられるな」
「そうなんだけど、スルナはCランクだろ? 下のランクの依頼って受けてもいいの?」
俺が問いかけると、メリナは大丈夫ですよ、と頷いてくれた。
「頻回に自分の冒険者ランクより低いランクの依頼を受け続けると注意喚起されることはありますが、数回程度なら問題になりません。それに、自分よりランクの低い冒険者達と共に依頼を受ける場合、行動指標は低いランクにあわせるのが定石です」
「成るほど」
俺達の冒険者ランクは、スルナはC、杠はヤシロでかなりソロクエストを頑張ったとかでD、俺と炎狼がEだ。もうすぐEの貢献度がカンストになりそうなので、次のランクDが楽しみでもある。
「よし、じゃあチコラ。ここからが本題になるんだけど、俺達が今から受けようと思っているこのクエストに『協力してほしい』んだ」
「協力……?」
冒険者ギルドの中そのものは、職員を含め、獣人達もかなり闊歩している。でもノスフェルから出てきたばかりのチコラにとっては、やはり圧倒される雰囲気だったみたいだ。メリナに詳細を説明する時もおどおどとしてしまったんだけど、すかさず杠が彼女の手を握って微笑んでくれたから、なんとか最後まで話を続けることができた。そんなチコラが杠と手を繋いだまま首を傾げたので、俺はクエスト内容が記された紙をメリナから受け取り、彼女の前で広げて見せる。
そこには今回の依頼である『金貨を騙し取る詐欺師の検挙』についての子細が書き込まれていて、冒険者以外に協力者を募る場合の規定もある。
「そういえばチコラ、文字は……?」
「……読めないのです」
しょぼんとチコラが肩を落とす。メリナがそっと俺に耳うちしてくれた話では、ノスフェル方面の獣人族は特に就学率が低いそうだ。チコラは兄弟が多いらしいし、そうであればこの年齢で既に働いているのも、よくあることの範疇に入るとのこと。
「そっか。じゃあ、俺がかいつまんで説明するね」
今回の依頼に関してだと『依頼解決に貢献した協力者に対する報酬は、貢献度に応じるが、最低でも成功報酬の一割以上を現金で支払うものとする』となっている。
「成功報酬から最低一割だから……メリナさん、このクエストの報酬ってどれぐらいかな」
「そうですね……詐欺師の確保と証拠の提示が前提条件ですが、逆にそれさえしっかり守って頂ければ満額支給になります。成功報酬は最低額でも30金ほどにはなるかと」
「お、いい感じ」
つまり、俺達が受けたクエストの手助けをすることで、チコラは最低でも3金ルキを手に入れることができる。俺がそれを噛み砕いて説明すると、チコラの表情がぱっと明るくなった。
「いわゆる囮捜査ってものになるから、詐欺師の後ろにいる存在によっては、チコラにも少し危険がある。でも、俺達が必ず近くにいて護るよ。だから、力を貸してくれないかな?」
「……はい!」
チコラが頷いてくれたので、俺達は改めてメリナに依頼を受託する意向を伝える。ホルダの冒険者ギルドから追放を受けている俺でも、所属ギルドに出来ないだけで、冒険者として依頼を受けることそのものは特に問題ないらしい。
パーティメンバーである俺と炎狼、杠、そしてスルナの四人が冒険者証を出して依頼を登録する一方で、協力者としてチコラの名前も受託者一覧に入れてもらった。文字が書けない彼女の為に、サイン代わりに肉球で拓本を取るのにはちょっと笑ってしまったけれど、それも立派な親切に入るんだろうな。
「チコラが馬車に乗ったのは、ミナ観測所からだよな。でも相手の行動パターンを考えると……ミナ観測所にまだ居るとは限らないよな。手前のソリュエで軽く情報収集して……そこで仕込みをしよう」
「仕込み?」
拓本を取ったチコラの前足を布で拭いてあげつつ、杠が不思議そうに聞き返す。
「……チコラを騙した詐欺師みたいな輩はね、一度騙した相手の顔は、結構覚えているもんなんだ」
それは当然、騙した相手から逃げることが主な目的ではあるけれど――時として、もう一度騙そうと、近づいてくることもあるんだ。
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