第110話 水の流れ

 結構ドン引きした俺とは真逆に、ユージェンに大蛇の提案を伝えると「なるほど、名案ですね」と頷かれた。本気ですか。


「えーー……わざわざ呑み込まなくても、口の中に咥えるとかは?」

『移動中、うっかり吐き出すと、二人とも、怪我する。あと、うっかり、毒が出るかも』

「そのうっかり、怖いな??」


 本音を言えば俺は飛蛮フェイマン将軍からもらった『毒耐性S』があるから、多少の毒をもらっても大丈夫だと思うのだけれど、それを言ったらまた説明が面倒なことになりそうなので、ここは大蛇とユージェンの意見に合わせておこう。


「心配しなくても、僕が防御魔法を使います。そうしておけば、彼の胃袋に入った状態でも、消化されたりしません」

『俺も、移動、急ぐ』


 一人と一頭から太鼓判を押されてしまったからには、俺も同意するしかない。あ、でも危なくなるなら、ミケはダグラスかハルに預けて行った方がいいのかな。

 俺は背負っていたデイパックを胸の前に回して口を開き、中で大人しくしてくれていたミケに声をかけた。ちりん、と鈴の音を立てて俺の肩に飛び乗ってきたミケに、大蛇が驚いた様子で一瞬頭を遠く離したが、すぐに再び、そろそろと近づいて来る。


『人間、それは、何』

「俺のペットで、仔猫のミケだよ」

『こねこ』

「あぁああぁん! ミケちゃああぁああんーー!」

「あ、あの雄叫びは無視して良いから」


 目敏くミケの姿を見つけた幼女勇者が全力アピールしてきてるけど、とりあえずスルー。大蛇は丸い瞳をぱちぱちした後で、長い舌を伸ばし、ちょんとだけミケの毛皮に触れる。ミケは怖がることもなく、大蛇の舌に肉球でタッチしてから、みゃん、と可愛い声で鳴く。


『ふわふわ』

「そうだな、フワフワだな」

『……人間。こねこ、母さんにも、見せたい』

「おや、気に入っちゃったのか」

『ふわふわ。きっと、母さんも、触ってみたい』

「うーん。ミケも連れて行って、大丈夫かな?」


 俺に問いかけられたユージェンは、こくりと頷いてくれる。


「大丈夫ですよ。防御魔法は、僕とシオンくんの周りに、球体の障壁を作る形になります。一緒に居るなら、ミケちゃんもその障壁内に入ります。その大蛇だったら、獲物を丸呑みする程度のサイズなので、苦にはならないでしょう」

『うん、大丈夫』

「そんなものなの?」


 大蛇凄いな。


「じゃあ、方針も固まった所で行動しよう。まずハルとシグマは、地上に出て待機だ。村から離れた場所だし水脈は渓谷側なので大丈夫だとは思うが、万が一村の方に被害が及びそうな時は、速やかに避難させてくれ」

「わかりました」

『任せて!』

「俺は壁の破壊。ダグラス、補佐を頼めるか」

「はい」

「ただ、壁を壊して水が溢れだしたとしても、卵がある湖に水が到達するまでどれぐらい時間がかかるか分からない。ユージェン、シオン。二人はそっちの大蛇と一緒に移動をすることになるが、最初にを見てからな」

「流れ?」


 また分からない言葉が出て来たな。


「僕やアクアみたいに水属性を得意とする魔導士は、ある程度の距離に本物の【水】があれば、自分の魔力を媒介にそれを呼び寄せることが出来るんです。ただそれには、イメージが重要になります。たとえば【停滞してる水】は動きが少ないので、呼び寄せるのが難しい。シリト様が壁を壊してくれたら、あそこにある水は【流れ出す】でしょう。そのを呼び寄せることが出来れば、卵がある湖に、優先的に水を戻すことが出来ます」

「えぇ、そんなことできるんだ。魔導士って凄い」


 素直に感心する俺に、ユージェンは少しだけ照れくさそうに視線を泳がせた。


「それでも、距離が遠ければ遠いほど、難しくはなりますが……今の僕には、アマデウスが居ますから」

『そうだよユージェン! 君には、この僕が付いている! 大船に乗った気分でいてくれin good hands!』


 さっきの銃撃戦あたりではさすがに大人しかったアマデウスも、ユージェンの台詞に嬉しそうに反応している。なんかリーエンで暮らす意志を持った動物とか道具とかって、感情豊かだよなぁ。


 大蛇とミケを抱っこした俺とユージェンとが、大蛇達が通り道にしていた岩盤の隙間に移動したのを確認してから、オリフィスゲートより下に降りていたシリトが、巨大な壁の前に立って、静かに呼吸を繰り返す。

 一つ、二つ、三つ。長く息を吸って、長く吐く。かなり離れた位置に居る俺達にでさえも、その呼吸と共に、シリトの全身に何かが練り上げられて行くのを感じ取ることが出来る。


「――ハッ!!」


 大声で技名を叫ぶことも、独特の構えを取るようなこともなく。空手の正拳突きに近い姿勢で繰り出されたシリトの拳が、貯水池の壁に打ち込まれた。ズン、と響くような共鳴が外壁側に居る俺達の足元にまで伝わってきて、次の瞬間、シリトの拳が当たっている部分から、壁に放射線状の亀裂が走る。


「うわぁ……!」

『すごい』


 目を見張る俺と、興奮して尻尾でタシタシと床を叩く大蛇が見守る前で。

 ピシピシと鋭い音を立てて広がっていく亀裂の隙間から、強い勢いで水が溢れ出す。すぐに飛び退ったシリトとダグラスの後を追いかけるように、水圧に押された貯水池の壁は、勢いよく溢れ出る大量の水と共に、崩れ落ちて行った。

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る