第118話 ※狂戦士※

 リーエンには、勇者の称号を持つ冒険者が12人存在する。

 勇者の称号を得るには、純粋に高い戦闘力を有しているというだけではなく、冒険者達の模範となる人格者であることと、リーエンという世界そのものへの貢献が必要だ。

 ゆえに、勇者達には、物語がつき纏う。

 彼らが【勇者】となるべく歩んできた茨の道程が、必ず存在する。


 勇者ダグラス。

 彼も、そんな【逸話】を持つ1人だ。


 ダグラスは騎士の息子だが、貴族の出身ではない。彼の父親は地方の士官学校出身の元平民だ。剣の腕は確かではあったが、高みを望んで野心を抱くよりも、家族の安寧を第一にと考える人物だった。辺境伯の騎士団に配属となったダグラスの父は、町娘と恋に落ち、やがて二人の息子に恵まれる。

 父の背中を追いかけ、騎士を目指す長男のギュンター。兄が騎士になるなら自分は冒険者になりたいと自由な希望を抱き、幼馴染のハルと一緒に野山を駆け回っていた次男のダグラス。

 そんな穏やかな生活は、ダグラスとハルが12歳となった時に、突如として辺境の街を襲った災難により、脆くも崩れた。

 ――双子の魔族、イダスとリュンス。

 街を破壊しつくした双子は、家宝である双剣【クロイ】を渡せば、住民達の命だけは助けてやると辺境伯に交換条件を出した。辺境伯は、迷いなく二人に【クロイ】を差し出した。

 双子の魔族は嘲笑い、一振りずつ手にした【クロイ】で辺境伯を刺し殺し、街に暮らす住人達の全てをギリギリに切り刻んだ。


 ダグラスとハルは冒険者になりたての頃で、偶々その日は、二人で請け負った配達依頼の為に辺境の街を離れていた。出先で街を襲った災禍を知り、慌てて駆け戻った二人が目にしたのは、地獄絵図だ。

 老若男女、幼児に至るまで。止めを刺されないまま切り刻まれ、簡単に死ぬことも出来ず、藻掻き苦しむ住人達の姿。二人よりも先に各地のギルドから駆け付けた冒険者達や王宮から派遣された騎士団などが到着して救助に当たっていたが、負傷した住人達の数が多すぎて、とてもではないがすべてに手が回らない。

 魔獣の飼育を生業としていたハルの両親は、動物達を全て逃がした後で、長年可愛がってきた蛇の毒牙に最期を委ねた。夫婦を安らかな死に導いた小さな蛇は、帰って来たハルの無事な姿を確認してから、自ら炎に飛び込んだ。

 ダグラスの父は辺境伯を守ろうとして双子の魔族に殺されて、母親と騎士見習いの兄ギュンターは、他の住人達と同様に死に瀕している。


 幼い二人は嘆き、憤った。

 必ずあの双子の魔族を討ち、家族と住人達の苦しみを晴らすと誓い合った。


 それから、6年。

 ダグラスとハルが18歳となった歳に、ついに二人は、双子の魔族と対峙する機会を得る。信頼できる仲間達にも恵まれ、イダスとリュンスを追い詰めたダグラスのを敏感に感じ取った双剣【クロイ】は、狼狽える双子の手から勝手に抜け落ち、地面に突き刺さって抜けなくなった。

 双子の魔族を切り捨てたダグラスが近づくと、双剣【クロイ】は声を上げ、手を伸ばしたダグラスを諭すように詠った。


『――我らのあるじに相応しき力ある者よ。汝が力を求むるならば、我らをその手に掴むべし。汝が安寧を求むるならば、我らを残し、朽ちるに任せよ。心せよ、力ある者。我らは人と神の狭間を司るものなり』


 人の身に余る力は、それこそ災禍を齎す。

 双剣【クロイ】はそんな運命を持ち主に与えてしまうのだと、自らダグラスに警告してくれたのだ。

 しかしダグラスは首を横に振り、心配には及ばないと、緩く微笑む。


「大丈夫だ。万が一にでも俺が理性を無くして誰かを傷つけそうになった時は、俺を殺してでも止めてくれる仲間がいる――俺は、仲間を信じている」


 そう宣言したダグラスの手が柄を掴むと、地面に突き刺さったまま、双子の魔族が引き抜こうとしてもびくともしなかった双剣は、簡単に引き抜かれた。

 そうして双剣【クロイ】は、ダグラスの剣となった。


 ダグラスは双剣【クロイ】と共に活躍を重ね、20歳はたちを迎えた時に、セントロの国王ディラン=イニティム=セントリオから推薦されて、勇者の称号を得る。

 しかしそれは、ダグラスが『勇者』としての資格を十分に備えていたからだけではない。勇者の称号を得ることで、ダグラス自身が、双剣【クロイ】のに負けないように――そんな願いが込められた称号だ。


 ※※※


 セントロの中心部、ホルダの中央冒険者ギルドは、今日も朝から賑わいを見せている。

 しかし、そんな早朝の喧騒に満ちていたギルドの中は、たった一人の男の来訪と共に、水を打ったように静まり返ってしまった。


「え? 何ごとだ?」

「……なぁ、あれって、ダグラス、だよな?」

「うん……多分」


 遠目にヒソヒソと言葉を交わす冒険者たちを他所に、一歩一歩、床を踏みしめるようにギルドの中央まで歩いてきたダグラスは、ぐるりと視線を巡らせる。彼は視界の中にギルドマスターの姿がないことを確認すると、少しだけ落胆の表情を見せてから、すぐに受付に向かう。


「すまないが、ギルドマスターに話がある。繋ぎをとってくれ」

「っ……ダグラス、さん……? なのです……?」


 たまたま受付を担当していたメリナは、カウンターに手をつく青年を見上げ、思わず、彼が本人かどうかを確かめた。それほどまでに、ダグラスから漂う気配が、いつものとは違いすぎる。


「――っ、ダグラス」


 連絡を受けてカウンターに駆け付けたギルドマスター・ブライトは、予想していたことではあるが、怒りを滲ませたダグラスの表情に大きく息を吐く。ダグラスの周辺に青白い小さな光が弾けて見えるのは、彼が憤怒とともに人と神の狭間を司る双剣【クロイ】の性質に引きずられ――狂戦士ベルセルクの片鱗を表に出している証拠だ。それでもまだこの程度であれば、ダグラスの理性で抑え込める範囲では、あるのだろうが。


 ブライトの姿を目にしたダグラスは、唇を歪め、壮絶な笑みを浮かべる。


「――さぁ、聞かせてもらおうか、ギルドマスター。いくら【無垢なる旅人】出身とは言え、冒険者ランクも低く、上級職への転職も終えていないシオンに課せられたペナルティが――ホルダの冒険者ギルドからの【追放】となったことについて」

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