第117話 帰路

 ユージェン曰く。ここから帰還石を使ってホルダに戻ってしまっても、今回のクエスト報告先はサウザラのリリに指定されているので、結局は再度ホルダから南下してアグラ湿地帯を通過する必要があるらしい。

 だから可能であればもう一度ヤマトに甘えさせてもらって、地上の何処かに運んでもらい、そこでダグラス達と連絡をとる。そして炎狼達が待っている村に戻って彼等と合流してリリに向かうのが、一番効率が良いそうだ。

 俺がその旨をヤマトに伝えると、彼は長い身体を緩やかにくねらせて『お安い御用』と頷いてくれる。

 精霊蛇の元女王と双子の姫君に挨拶をして、再びユージェンが作る防御膜の中に入るのかなと思ったら、ヤマトは俺達が立っている高台の上に頭をひょいと乗せて、羽毛の生えた鱗に覆われた自分の背中に乗るように促してきた。


「え、吞み込まれなくて大丈夫?」

『うん。シオンとユージェン、落とさない、出来る』


 精霊蛇の王となったことでスキルがかなり増えたヤマトは、従魔の騎乗スキルに近いものも使えるようになったらしい。魔導書グリモワールのアマデウスをベルトのホルダーに入れたユージェンが先にヤマトの背中に跨り、俺は再びミケに入ってもらったバックパックを背負ってから、同じように大きな背中の上に腰を下ろす。


『行くよ』


 俺達二人が跨った状態で、ヤマトはゆっくりと動き始めた。確かにかなり斜めの体勢になっているはずなのに、ベルトで固定されたみたいに、身体が安定している。


『シオン、ユージェン、また会いましょう!』


 元女王の優しい声に手を振り返しながら、ヤマトに背負われた俺とユージェンは、精霊蛇の住む地底湖を後にしたのだった。


※※※


「……という感じで、無事に『水不足』の原因は解明できたと思うよ」

「良かったじゃないか。水脈に水が戻るなら、アグラ湿地帯の旱魃も徐々に改善されていくはずだ。そうなったら、エヌとコナーの村も助かる。頑張った甲斐があったってもんだ」

「うんうん」


 並んで歩く炎狼にニギ村についてからの経緯を説明した俺は、額の真ん中に張り付いている[スケイル・ペイント]を指先で撫でる。玉虫色の小さな鱗は、額にあってもそれなりに存在感を主張していた。どうしようかとぼやいていたら、炎狼がちゃっちゃと俺の前髪をセットしなおしてくれて、今はかなり目立ちにくくなっている。器用な男だ。


「この鱗は貰いすぎだと思うんだけどな」

「そうでもないさ。シオンの能力が無ければ解決できなかったのは事実なんだし、堂々としておいたほうがいい」

「……まぁ、せっかくの厚意だしな」

「そういういこと」


 ヤマトに背負われた俺とユージェンは、水の流れを直角に近い角度で遡ったり逆に急激に下ったりと遊園地のウォーター系アトラクションを10倍にしたような心臓に悪い移動の果てに、最後は滝の上から水と一緒に滝つぼに向かって落下するというお決まりのコースを経て地底湖から地上に戻ってきた。

 送ってもらった場所は位置的にニギ村の近くにある渓谷の一角に当たったみたいで、地底湖に戻るヤマトを見送ってからユージェンが連絡を取ると、すぐにシグマに乗ったダグラスとハルが駆け付けてくれた。

 ニギ村の方はダムが壊された後に少し大きめの地震に見舞われたらしく、結構混乱していたけど、家屋に被害が出たり誰か怪我をしたりとかはなかったとのこと。これから冒険者ギルドとサウザラの王立騎士団から調査が入るらしいから、神墜教団との関係も詳しく調べられていくだろう。拳聖シリトは、一足先にリリの冒険者ギルドに戻っている。

 俺達は予定通りにアグラ湿地帯の畔にあるエヌとコナーの村に戻り、村長にことのあらましを説明してから、村で待機してくれていた炎狼達と合流して、改めてリリに向かっている最中だ。


「しかし、シオンもこれで上級職だな。もう、転職する職業は決めてるのか?」

「うん。一応、拳闘士ストライカー志望かな」

「お、いいね」


 既に剣闘士グラディアトルを選んでいる炎狼は、にっこりと笑う。


「なんだかんだ言っても、やっぱり攻撃特化型って楽しいよな」

「同感」


 格闘家から派生する攻撃系の職業は、戦士ほどではないが、幾つか種類がある。

 俺が選ぼうとしている拳闘士ストライカーは、炎狼の剣闘士グラディアトルと同じように、攻撃系のスキル比率が高い職業だ。もうちょっと回復スキル系が多かったりすると修道僧モンクだったり、対人戦に特化したグラップラーになることも可能だ。

 しかしどれを選んでも武器はナックル系かトンファー系に限定されてしまうし、剣よりは攻撃力に劣るので、最初の職業に格闘家を選ぶ人が少ない。つまりは、ちょっと玄人向けの職業とも言えるわけだ。でも俺は好きなんだよな、格闘家の戦い方。何より、格闘家派生の職業は、攻撃特化型の拳闘士ストライカーであっても、ソロで活動出来るスキルがそれなりにそろっているんだ。


「あとはこの『ペナルティ』に、どんなものが課せられるかだな」


 おそらくインターフェースのステータスを確認しているであろう炎狼が、難しい表情を浮かべる。俺達がホルダで請け負った【水運び】のクエストを放棄したことを示す、赤い警告アイコン。これはリリに赴き、クエスト放棄を正式に報告するまでは、消えない仕様なのだそうだ。


「うーん。一応旱魃の原因究明も手伝えたし、炎狼達が助けた村からの感謝状も持ってきてるし、ダグラス達も擁護してくれるらしいから、そこまで気に病むことないと思ってるんだけど」

「……それだと、良いんだけどな」


 しかし、眉根を寄せて呟いた炎狼の心配は。

 しっかりと、的中してしまったのだった。

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