第128話 穴開き靴

 商業区にある【穴開き靴】通りは、ホルダの冒険者ギルドからそう遠くない位置にある装具士の店が立ち並ぶ一角だ。通りの入り口で昨日【灯火亭】で過ごした面々と落ち合った俺達は、眠兎に連れられて【穴開き靴】通りの中に足を踏み入れる。まだ早朝とも言える時間だというのに、通りの中を行き交う冒険者達の数はかなり多い。


「いつ来ても人がいっぱいだよなぁ」

「武器と防具は、冒険者にとって命綱だからな。新調するにしろ手入れをするにしろ、縁が切れることはない」


 ダグラス曰く、クエストを受託して出発する前に、武器や防具の手入れをしてから出立する冒険者達はそれなりに多い。だから朝という時間帯は、実は装具士や鍛冶師達にとっては書き入れ時なんだそうだ。

 成るほどと思いながら歩いて行くと、通りの中央付近に一際目立つ大きな店舗が目に入る。王宮認可のゴールドプレートを掲げた店は、老舗【茨の盾】だ。王宮認可と聞くとランクの髙い冒険者だけを相手にする格調高いハイブランド店と思われるかもしれないが、【茨の盾】は完全にその逆で、老舗ならではの積み重ねたノウハウを利用して、駆け出しの冒険者や低ランクの冒険者向けのスタンダードな装備を大量生産し、安価に提供してくれている。冒険者ギルドが出しているパンフレットにも「最初の店」として紹介されていて、俺も何度もお世話になった。ちなみにオーダーメイドも出来るらしいが、それこそ、ダグラスクラスの冒険者でないと頼めない。


「着きましたよ、ここです」


 眠兎が足を止めたのは、こじんまりとした印象を受ける、細長い三階建ての建物の前だ。間口があまり広くなく、入り口側には扉と通りに面した陳列窓が一つあるだけだ。建物の奥行きそのものは他の店と変わらないみたいだから、長方形の敷地を持つ店なんだろうな。軒先のサインブラケットに吊るされた看板に刻まれた屋号は[Izumo]。陳列窓に何も置かれていないこともあってか、ぱっと見た限りでは、何の店か判別がつけられない外観だ。まぁ、まだ店引き継いだばっかりだって言ってたし、仕方が無いのかも。

 案内してくれた眠兎が店の扉を開けると、小鳥を模したドアチャイムが可愛い音を奏でた。同時に店の奥から聞こえていた何かの機械音が止まり、「いらっしゃいませ!」と若い女性の声がかけられる。


「こんにちは、シマ」

「その声は眠兎くん? いらっしゃい!」

「昨日連絡したお客さんをお連れしましたよ」

「わ、本当!? ありがとう!」


 扉を潜って店の中に入ってみると、予想通りに縦長の形をした店内には、まだ品物がそんなに沢山は置かれていない。それでも並べられていた革手袋を一つ試しに手に取ってみると、【茨の盾】で置かれているものより柔らかく、それでいてしっかりとした縫合が目に入る。眠兎が「腕前は確か」って言ってたから、期待できそう。

 俺達がぞろぞろと全員で店の中に入り終わったころに、生成りのセーターにエプロンをつけた女性がいそいそと姿を現した。


「冒険者の皆様、はじめまして。[Izumo]の店主、シマです」


 にっこりと微笑みかけてくれたのは、ブラウンの髪を背中でざっくりとした三つ編みに纏めた、柔和な顔立ちの女性アバターだ。ちょっと困ったように下がった眉と、目尻が下がった大きな瞳。丸い縁の眼鏡が乗った鼻先に良い塩梅で散らばったソバカスが、なんとも親しみやすい雰囲気を醸し出している。ただ、エプロンの胸元をこれでもかと言うほど押し上げているサイズ感の主張が激しいものに関して、どうしても視線がそこに向いてしまうのは自然の摂理なのだが。


「はじめまして、格闘家のシオンだ」

「俺は剣闘士グラディアトルの炎狼。よろしくな」

「シオンくんと、炎狼くんね。よろしくお願いします! 眠兎くんから聞いているけれど、二人とも[無垢なる旅人]なのよね?」

「あぁ、シマさんもだろ?」

「そうよ! あ、遠慮なく[シマ]って呼び捨てにしてね。親しみやすいお店を目指してますので!」


 俺達に次いで[雪上の轍]のパーティメンバーと、相変わらず手を繋いでいる(後でユージェンに関係聞こう……)ユージェンとアクアがシマに自己紹介をすると、勇者の称号やAランクパーティの肩書きに、シマは目を丸くしてしまった。


「……眠兎くん、凄い人達とお知り合いなのね?」


 そっか、いつも気軽に絡んでくれるからすっかり忘れがちだけど、ダグラス達は俺達より遥かに上のランクに到達している高位の冒険者だ。いっつもミケにデレデレしてる姿ばっかりみてるから、本当に忘れがちだけど……。


「正しくは、シオンと炎狼の知人ですよ。今回は、二人の耐寒装備をオーダーしたくて来たんです。お願い出来ますか?」

「耐寒装備かぁ。ノスフェル方面に向かったりするとか?」

「察しが良いですね。その通りですよ」

「成るほど。じゃあまずは、採寸しながらお話を聞くね」


 微笑んだシマに促され、俺と炎狼は店の奥に設けられた採寸用のスペースに向かう。ダグラスとハルが付いてきてくれて、残りの面々はのんびりと陳列されている商品を見ておくとのこと。

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