第129話 装具屋[Izumo]

 シマに促された俺と炎狼は身に着けていた装備と靴を脱ぎ、目盛りが刻まれた床の上に立つ。俺達が足を乗せているプレートが小さな音を立て、小さな光が現れたかと思うと、そのまま足の輪郭をなぞりはじめた。どうやら、自動的に足の形を象りしてくれる機械みたいだ。

 おぉと感動している間に、シマは首にかけていた巻き尺メジャーで俺と炎狼の手足の長さや太さを計測しては、手元のボードに数値を書き込んで行く。その途中にオーダーメイドの理由を尋ねられ、俺達の目的地が北のノスフェルであることを聞かされると、シマは手に持っていたペンの尻を顎に押し当てて、うーんと悩む素振りを見せる。


「シオンくんが格闘家で、炎狼くんが剣闘士グラディアトルかぁ。どちらも前衛職だから、動きやすさは絶対だよね。ノスフェルまで魔法職の人が同行する予定はある?」

「今のところはないな」

「だったら、魔法で防寒対策をしてもらうことは出来ないね。かと言って、あんまり厚みがある服だと身体が重くなっちゃうから、やっぱり魔法効果を付与した素材で仕立てることになると思う」

「ふむ」


 シマはカウンターの奥にある作業場の方に一旦引っ込んで、俺達の前に幾つか装備をもってきて見せてくれた。ぱっと見た限りではどれも普通の冬服やもこもこしたムートンブーツに見えるものだけど、防寒効果が高まる素材が織り込まれているらしい。試しにブーツの中に手を入れてみると、店の中なので元から寒くはないけれど、確かに指先がほんわかと温かい感触に包まれる。


「ここにあるのは、あくまでも通常の『防寒装備』なの。温かいけれど、動きやすいとは言い切れないから、冒険者には向かないかな。前衛職なら尚更ね」

「確かにね」

「本当は全身を耐寒装備で揃えるのが一番なんだけど、さすがに全部をオーダーメイドすると、時間も素材も足りない。私のお勧めはとりあえず『靴』を耐寒装備にすることかな。後は、外套マントで補う。耐寒効果付きのマントは標準サイズの在庫があるから、新しく作らなくてもすむし」


 ちなみに今俺が履いている靴は、柔らかい布製の編み上げブーツ。格闘家は攻撃に蹴りも使うので、足回りの動きやすさは肝要だ。布の靴はその点、動きやすいし軽くて良いのだけれど、反面、耐久力がかなり低い。炎狼の方は、半身の脛当てと丈夫な革靴だ。剣士だと鉄製の膝当てポレイン脛当てグリーブ鉄靴サバトンという鎧の応用タイプを身に着けている冒険者が多いけれど、炎狼の剣闘士グラディアトルは身軽さが技に繋がってくるタイプの前衛なので、装備も軽鎧に近いものになっている。


「単純な移動だけなら、多分それで大丈夫。本格的にノスフェル周辺で活動する時は、現地で防寒装備を追加する形でどう?」

「まぁ、道中ではそんなに戦闘する予定もないしな」

「まずは現地に着くのが先だろうしね」


 うんうんと頷く俺と炎狼の前で、色々と細々とした測定が終わったらしいシマが、パンと軽く手を叩く。


「じゃあ、決まりね。靴のオーダーメイドは、諸々込みで10金、ということにしようと思うんだけど。大丈夫かな?」

「……安くない?」

「安いと思うが」

「おい、シマさん……だよな? それは駄目だ、安すぎる」


 俺と炎狼の台詞に重ねて、ダグラスが駄目出しをしてくる。シマはきょとんとしているが、だいたい現実世界での1万が1金ということを換算して考えても、フルオーダーの靴が10万はちょっと安すぎだろう。耐寒効果を付与する素材とやらの調達も必要だろうし、製作経費で店の方に赤字を出すのは勘弁してほしい。


「シマ、あなたの悪い癖ですよ。価格を安く設定して皆が喜ぶ顔を見たいのは分かりますが、それはあなた達のようなクラフターの為にもならないし、冒険者達の為にもなりません」


 多分同じようなやりとりをしたことがあるのだろう、眠兎が溜息とともにメガネのブリッジを押し上げる。


「でも、必要なんでしょう? それに私、まだ駆け出しだもの」

「シオンも炎狼もそれなりに冒険者として活動しているのですから、あなたの店でフルオーダーの靴を手にするぐらいの稼ぎはありますよ。駆け出しでも、ちゃんと耐寒効果がある靴を仕立てている以上、標準の価格を設定しなくては、後進の方が苦労してしまいます」

「……うん」


 眠兎の言うことは当然だ。いくら喜んでもらえるからと言って、相場より安すぎる価格で物を売り続けて儲けが無くなってしまっては、まずは店そのものがつぶれてしまう。更には、他に同じ装具を売って商売している相手にも迷惑がかかる。相場崩れを起こしてしまうことに繋がるからだ。


「駆け出しだからと、ある程度の割引をしてもらえるのは喜ばしいことです。でも、半値に近い価格はよろしくない。それでも安価に設定するならば、せめて、付与効果の素材を受けた場合に限るとか、条件をつけなくては」

「眠兎の言う通りだよ。それに素材持ち込みでも、よほどのレア素材じゃない限りは、割引しても二割程度にしておいたほうがいい。装具士は技術職。僕達冒険者は、君達の作り上げるものに感謝して、それに見合った金額を支払う。そのバランス感覚は、大切に持っておこうね」

「……はい。ありがとうございます」


 ハルにも優しく窘められ、シマはようやく、こくんと頷いてくれた。

 うーん、こんな微妙な感覚が左右する問題も、売り手がプレイヤーならではのものだよな。何かうまく調整できるものがあればいいんだけど。

 

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