第130話 クラフタープレイヤー

 ダグラス達も交えた話し合いの結果、俺と炎狼が仕立ててもらうブーツのオーダー料金は、15金ということになった。これでも十分安価な方に入るのだけれど、眠兎が、生地への耐寒効果付与に必要な素材である「赤サソリの甲殻」を俺達への餞代わりに提供してくれたので、そこで折り合いをつけた感じだ。まずは7金を前払いして、残りの8金は品物が完成してから支払う取り決めになる。

 前金を受け取ったシマが、カードサイズの引換証を俺と炎狼にそれぞれ手渡してくれた。三日後の現物完成時に、これと残りの料金と引き換えに、耐寒効果が付与されたブーツを渡してもらえる仕組みだ。


「この店はね、前のオーナーさんが装具屋を急遽引退することになって、店舗の譲渡先を探していた時に、偶々用事で商業ギルドに来ていた私にギルドマスターが声をかけてくれたことがきっかけで、幸運にも譲り受けたものなの」


 一通り注文が終わった俺達は、刺繡が施されたハンカチと型紙付きのぬいぐるみに夢中になっている女性陣を他所に、椅子を持ち寄ってカウンターを囲み、シマが淹れてくれたお茶を啜りつつちょっと早めのティータイムと洒落こんでいる。

 俺がシマに聞いてみたかったのは、彼女が【穴開き靴】通りに店を構えるに至った経緯だ。リーエン・オンラインでは冒険よりも生産業を楽しむ、いわゆるクラフターのプレイヤーもそれなりに多い。初期から参加しているプレイヤー達はかなり高度なクラフトレシピまで解放に至っていると聞くが、それと商売とはまた別の話になる。

 小さな店とは言え、【穴開き靴】通りは一等地だ。俺みたいに偶然が重なって[カラ]の方で荒稼ぎをしてしまっている場合はともかく、通常のクラフターでは、この店舗を買い取るほどの資金はさすがにまだ得ていないだろう。

 だけど誰かに「譲られた」のであれば、それも可能な話だ。もしかしたら、ちょこっと裏で運営が絡んでいる可能性も感じたりする。でもシマ自身は、そこ辺りには気づいていないかもしれないけれど。


「そりゃまた、幸運だったもんだな」


 珍しい、と感心したような声で呟くベオウルフの言葉に、シマは「そうなんです」と頷き返す。


「こちらの店舗は、装具屋と言ってもメインは靴下や手袋、あとは小物入れやタオルなどを販売する小規模店舗の予定で設計して、前のオーナーが建てたものだったと聞いているわ」

「あ、じゃあ店舗は一階だけで、二階と三階は住居?」

「本来はね。でも私はもう少し装具士として取り扱う品目の幅を増やしたかったから、二階は扉を外して、倉庫兼仕事場にさせてもらってる。三階が住居よ」

「へぇ、良いねえ」

「さっき店頭に出ていた品物を見せてもらったけれど、君の腕前は確かみたいだから、コツコツと続けていれば固定客もついてくるんじゃないかな」

「本当ですか? 嬉しいな」


 ハルに太鼓判を押されてニコニコとするシマに、だけどね、とハルは注意を重ねるのも忘れない。


「今はまだあまりお客さんが居ないからいいけれど、出入りが多くなってきたら、護衛の冒険者を雇うか、少し腕の立つ従業員を入れるかした方が無難かな。この店は、外から中が見えにくい」

「あ、それは俺も思った」


 ハルの忠告に、炎狼も同意している。


「間口が狭い分、奥に広い縦長構造なのは分かるけど、入り口側の半分が扉で半分がショーウィンドウだからな。店の奥で何か異変があっても、表の通りから見つけてもらい難いだろ? 取り敢えずの対策としては、扉を開けっ放しにするか、ショーウィンドウ部分に背の高い商品を置かずに、ガラスから店の奥が見えやすくするかしておくといいかも」


 現実世界の店舗なら、警察に通報できる非常通報装置とかありそうだけど、さすがにリーエンにその仕組みはないだろう。いや、あるのかもしれないけれど、一般的に普及している様子はない。


「成るほど……うん、後で対策してみるわ」


 頷いたシマはポケットからメモ帳を取り出して、二人の忠告を真剣な表情で書き留めている。

 うん、悪い子じゃないんだよなぁ。オーダーメイドの金額を安く設定したのも、出来るだけ冒険者達の助けになりたかったって気持ちの現れではあるだろうし。ただ、リーエンの中で実際に生活しているNPC達とか、これからゲームを始める後発プレイヤーのことを考えたら、採算無視の商売は頂けないし。逆に、ここら辺を商業ギルド側で指導してもらえたらいいんだけど。しかし俺が[カラ]で口出ししようにも、宿屋は商業ギルドとは畑が違うだろうし、何を企んでるのかとか思われそう。ただでさえ、冒険者ギルド側からは精霊石の問題でマークされてるだろうしなぁ。

 ここら辺の危機管理に関しては、そこそこ冒険を重ねて危険性を把握している冒険者タイプのプレイヤーと、生産を主体としているクラフトプレイヤーとの意識の違いになるか。

 何はともあれ、一旦俺はノスフェルに向かうことになるのだから、そこでも商業側と冒険者側の違いを確認してこようかな。何かしらヒントが得られるかも。


 そんなことを考えていた俺は、絶海を漂うノスフェルで、もっと大きな問題に巻き込まれることになるなんて、予想もしていなかったのだ。



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