第131話 同行者

 オーダーメイドのブーツが完成するまで、三日。ホルダにいる間にやらなければいけないことを考えたけど、手間がかかるものはそれほど多くない。冒険者ギルドの方にも挨拶はしたし、インベントリに入らない荷物はハヌ棟の自室備え付けのチェストに預けたので、これは他の国に行っても倉庫を使えば出し入れができるはずだ。

 粗方荷物の整理を終えて、他にやり残しはないか『雪上の轍』の面々にでも相談してみるかと、炎狼と連れ立って灯火亭の扉をくぐった俺の視界に、見覚えのある二人の姿が映る。


「……ゆずりは?」


 四人掛けのテーブルを囲む椅子に対面で座っていた二人のうち、呼ばれた名前に気づいて顔を上げた彼女は、柔らかい笑顔を俺に向けてきた。


「シオン! 久しぶりね」

「ひさしぶり。イーシェナから戻っていたんだな」


 杠は、ランクアップ解放クエストの時に、ヤシロ到着前の河原で一緒になったプレイヤーだ。あの時は山賊盗賊ペアのNPC二人の思惑もあって結局別行動になったけれど、スタンピードの後にホルダで再会した。河原で殺された他のパーティメンバー達は、ウドを除いた9人がホルダから再出発して、馬車と騎乗動物などの移動手段を駆使してなんとかイベント期間内に伝達クエストを終了させることができたらしい。


「昨日ホルダに到着したところよ。でも、私は本拠地をイーシェナに変えたから、戻って来たってわけじゃないけど」

「お、ついに本拠地をイーシェナに変えたんだ。もしかして、噂のサムライか和風職業目当て?」


 攻略組から回ってきた情報によると、イーシェナに所属していないと就けない上級職に、[サムライ]と[ニンジャ]があるそうだ。戦士からの派生とのことで格闘家の俺には縁が無いが、この情報が知られた時には、一気にイーシェナへの移籍者が増えたと聞く。


「それも少し考えたんだけど、色々検討した結果、当初の希望通りに[槍騎士ランサー]を選んだわ」

「そっか、杠には似合ってるんじゃないかな」

「フフ、ありがとう」


 微笑む杠の足元に置かれた得物は、細身の槍だ。室内なので穂先に袋が被せられているけれど、長い柄の全体に施された装飾がすごく綺麗だ。もしかしたらこれが、噂の[羽津護]だったりする?

 そして俺達の会話を聞きながら、彼女の正面でニヤニヤしつつジョッキを傾けている壮年の男性は、この前、ひょんなことから知り合いになったばかりの人物だ。


「そっちはスルナ……だったよな? なんでまた、ホルダに?」

「お、覚えていてくれたのか。嬉しいねぇ」


 ニギ村の宿屋で知り合った、冒険者のスルナ。あの時も酔っ払いだったけど、俺達が情報を集めるのを、さりげなく手伝ってくれた。地下のダムが崩壊してから一度はニギ村に戻ったけれど、その時はもう居なかったんだよな。


「調査が終わるまで、ニギ村の加工産業は中止になっちまったんだよ。だから、知り合いに顔を見せるついでにホルダに来たんだ。ホルダには美味い酒と飯を出す店が揃ってるからな。そのまま馴染みの店に飲みにきたら、綺麗なおねーさんが一人で居たんで、声をかけたってわけだ」


 スルナが手にしていたジョッキを軽く持ち上げると、相変わらず長い髪に編み込まれた大小の石が、じゃらじゃらと音を立てる。


「フフ、スルナさんはそういうけど、別に絡まれたとか思っていないわ。灯火亭に食事に来て、たまたま近くのテーブルになったから挨拶して、流れでスルナさんが旅慣れていると聞いたから、色々とお話を伺っていたところよ」


 まぁ、ニギ村でも食堂の看板娘さんに普通にあしらわれてたしな。うざ絡みはしないタイプの酔っ払いってところか。ふんふんと頷く俺の背中を、炎狼が軽くつつく。


「シオン、二人とも知り合いか?」


 あ、そっか。炎狼と二人は、面識がないよね。


「彼女は杠。イーシェナ行きの伝達クエストの途中で一緒になったんだ。んで、こっちはニギ村で俺達の情報集めをさりげなーく手伝ってくれた冒険者のスルナ。杠、スルナ。俺の友人で[剣闘士グラディアトル]の炎狼だ。炎狼も[無垢なる旅人]の一人だよ」

「そうなのね。初めまして、[槍騎士ランサー]の杠です」

「おいおい、ちょっとこっぱずかしい紹介のされ方だな? [剣士ソードマン]のスルナだ。ニギ村ではまぁ、何か調べてるんだろうなぁと思ったから、少し手助けしただけだよ」

「シオンに紹介された通り、[剣闘士グラディアトル]の炎狼だ。よろしく」


 炎狼は差し出された杠の手を握り返し、軽く手を振ってくれたスルナには、会釈を返す。『雪上の轍』の面々は不在なのかまだ食堂に降りてきていないだけなのか姿が見えないけれど、今日は俺達も、急ぎの用事ってわけじゃない。注文に来てくれたウェイターに二人分の定食を頼み、俺は杠の隣に、炎狼はスルナの隣に腰かける。


「二人とも食事に来たのか?」

「食事も目的だけど、灯火亭を根城にしてる『雪上の轍』のメンバー達に相談があって」

「あぁ、この前ニギ村で会った、勇者ダグラス達のパーティだな?」

「そうだよ。やっぱり『雪上の轍』って有名?」


 俺の問いかけに、スルナはエールの追加を注文しつつ、頷き返す。


「所属メンバーは全てBランク以上、クランに所属しない遊撃パーティでありながら、冒険者ギルドからの信頼がかなり高い。双剣[クロム]に認められた勇者ダグラスは、セントロの国王陛下が直々に勇者に推したことでも有名だ」

「まぁ、凄い」


 スルナの説明に、杠は目を丸くしている。


「そんな実力と経歴を持っているのに、決して驕ることなく、相手が誰であろうと対応に差をつけず、穏やかに接すると聞いている。たいした人格者だよ。あんまり面識はないが、俺からしたら、些か出来過ぎの面があると思うがな」


 あっ。そんなに心配しなくても、幼女勇者、ちゃんとダメダメな部分が過分にあるので大丈夫です……。

 多分同じ光景を思い浮かべているのか、俺と炎狼は遠い目になってしまう。そうこいうしているうちに頼んでいた定食が運ばれてきて、俺はミケを杠に預け、まずは腹ごしらえをすることにした。

 ちなみに今日の定食は、キャセロっていうキャベツっぽい野菜とカタラというモンスターの肉を挽肉にして作った肉団子の煮込みスープ、バゲット(お代わり自由)つき。灯火亭のマスター、肉料理のレパートリーめちゃくちゃあるよな……。


「そういえばスルナって、旅には慣れてる方?」


 良く考えたら、単純に旅の準備なら、忙しい『雪上の轍』の面々に尋ねなくてもいいわけだ。


「まぁな。俺は一か所にじっとしているのがあんまり好きじゃなくてなぁ。一つの町や村に滞在して暫く依頼を受けて、ある程度路銀が溜まったら、また別の場所に移動して過ごしている」

「へぇ、そんな冒険者スタイルもあるんだな」


 スルナの隣に座って定食を頬張る炎狼は、何処か感心しているみたいな声だ。


「結構多いぞ。ただ、転々としてしまう分、功績を蓄積させにくいから、なかなかランクは上がらないが。実際俺も、この年になってさえ、Cランクのままだ」

「前に聞いたけど、冒険者はCランク付近が多いのよね? どうしてかしら」

「そりゃあ、CランクからBランクに上がる際に突破しなければならない試験がかなり厳しいからだ。Aランクに上がるのはもっと大変だと聞くがな。それにランクが上がっていくと、危険な任務に就く必要も増えて来る。独り身の俺ならCランクのままでも十分食べていけるし、家族がいたとしても、コンスタントに採集任務を組み込んでいけば、そこまで危険なく家族を養える」

「成るほど」


 なんだか冒険者と聞いたら、全員がガツガツと高みを目指して活動しているような印象があったんだけど、そうでないパターンもありってことか。


「で、各地を転々としてるスルナに聞きたいんだけどさ、俺と炎狼、この後ノスフェルに向かう予定なんだ」

「ノスフェルにか。あぁ、でもあそこはそろそろ……」

「うん。もうすぐノスフェルは『氷流移動』に入るから、簡単にホルダに戻ってこれなくなるだろう? とりあえず耐寒装備は知り合いの装具士にオーダー中で、旅程中の食料と風雨氷雪対応テント類も確保済み。忘れ物を取りに帰るのも難しいだろうから、他に用意しておくものに心当たりはない?」

「心当たりか。シオン達が[無垢なる旅人]ならインベントリやらで大事な荷物を落とす心配はないだろうから、一番必要なのは道案内だな。誰かノスフェルに行ったことがある仲間はいないのか?」


 俺と炎狼は、二人そろって首を振る。『雪上の轍』のメンバーは経験があるだろうけど、今回の「異変」対応でホルダを離れられない。


「一応、ノスフェル行きの街道を辿れる地図はギルドで買ったけど」

「冒険者ギルドで売ってる地図は正確だが、初心者向けってわけじゃない。今自分が進んでいる道で「正しいか」を確かめながら進むためのものなんだよ」

「あら、そうなんだ」

「それと、オーダーしてる耐寒装備は何日後に出来上がる予定だ?」

「二日後かな」

「だったら、徒歩だと間に合わん。今期の『氷流移動』は早く始まりそうだと、今朝がた、ノスフェルから通達が出たはずだ」

「え、マジか」


 なんとも、出鼻をくじかれた心地。炎狼と顔をみあわせて「困ったことになったな」と互いに首を傾げる。徒歩でダメなら、何か他の足が早い移動手段を考えないとだろうか。定期馬車は『氷流移動』が近づくと運行停止してしまうらしいし、騎乗スキル持ちの動物は、俺も炎狼も持っていない。ハルはダグラスと一緒にホルダに待機する必要があるだろうから、無理に頼むのもダメだろう。

 どうしようかと考え込んでいると、灯火亭の入り口あたりから、何か騒がしい気配が近づいてきた。


「シオン、炎狼!」


 俺と炎狼を見つけ、大股で近づいてくる精悍な青年の姿。


「あれ、ダグラスだ」


 見かけないと思ったら、既に宿の外に居たんだな。


「おはよう、ダグラス」

「おはよう! 二人とも、来てたんだな。おや、そっちに居るのはスルナじゃないか。それと……」

「俺の友人の、杠。スルナは、ちょうどホルダに来てたんだって」

「そうか、杠も[無垢なる旅人]か? 俺はダグラス、よろしくな」


 まだ好青年の化けの皮が剥がれていないダグラスから微笑みかけられて、杠はちょっと緊張した面持ちで頭を下げて「シオンの友人で、[槍騎士ランサー]の杠です」と言葉を返す。


「それで、本題なんだが。今朝になってノスフェルから『氷流移動』の時期が早まる兆しがあると連絡が入ったんだ。このままじゃあ、移動が間に合わないだろう?」

「うん。ちょうどいま、その話をしてたところ」

「お、そうか。じゃあ都合がいい。二人とも、表に来てくれ」


 俺も炎狼も定食を食べ終わったところだったので、ダグラスに促されるままに灯火亭の外に出る。興味を持ったのかスルナと杠も一緒についてきて、外に出た俺達四人を表通りで出迎えてくれたのは、白と黒の、二頭の大きな狼だった。


「わ、かっこいい!」

「狼か? すごく大きい」

「でも何か、人懐っこそうね」


 興味津々で二頭を囲む俺と炎狼と杠を見上げ、お座りの姿勢を取ったままの二頭の尻尾が、ブンブンと振られる。あ、二頭とも機嫌がいい感じ。


「へぇ……ルンタウルフだな」

「ルンタウルフ?」

「雪原に住む狼だ。本来は気性が荒いんだが、人に育てられると良く懐くし、スキル持ちなら騎乗も出来る。寒冷地で狩りをする猟師達に重宝されている」


 スルナの説明に、ダグラスが軽く頷いている。


「はは、先に説明されちゃったな。ハルの伝手で、騎乗スキル持ちのルンタウルフを探してもらったんだ。今期の『氷流移動』前に猟師を引退して、ホルダ在住の息子夫婦と一緒に暮らすことになったって人がいたんで、最後までしっかり面倒を見るという約束で二頭一緒に売ってもらってきた」

「ええっ、買ったの?」


 なんか話聞いてると、結構高額な気がするんだけど。俺と炎狼でも支払い出来るかな。

 おそるおそる二頭の値段を聞いてみると、ダグラスが顔の前で「ないない」と手を振る。


「こう見えても俺は勇者だから、ルンタウルフを二頭買うぐらいは、ポケットマネーの範疇だ。面倒見るって約束したのに二人についていけない分、この子達に護衛してもらってくれ」

「そうは言ってもさ」

「大丈夫だって。ノスフェルについたら、とりあえずは騎乗動物用の畜舎に預けたらいい。その後でシオン達が育てるのが難しいなら、ハルが育ててくれる約束だから、心配いらないよ」


 うーん。勇者の財力、恐るべし。

 でも今は他に方法が見つからないし、ここはありがたく受け取っておくかな。


「ありがとう、ちゃんと可愛がるよ」

「俺も大事にする!」


 ダグラスが二頭に出していた「待て」を解除すると、尻尾を振っていた二頭のうち、全身が真っ白の方が俺の傍に寄ってきて頭を太腿に摺り寄せ、真っ黒の方は炎狼の掌に鼻先を押し付ける。なんだか自然と、どちらがどちらを選ぶか決まってしまった。


「ダグラス、この子達の名前は?」

「えーと、確か黒の方が『エレン』で、白い方が『ミルヒ』だな」

「そっか。ミルヒ、よろしくな」

「エレン! 良い名前だな。よろしく」


 ぱたぱたと尻尾を振って鼻を鳴らす二頭を撫でていると、俺達の様子を見守っていたスルナが暫く考え込んだ後で、ふむと呟き、緩く顎を摩る。


「シオンに炎狼、これで足は確保できたから、あとは道案内だけだな?」

「うん、そうだな」

「じゃあ、俺に任せてみないか? ノスフェルには何度も行ったことがあるから、道案内は務まるだろう」

「え、スルナが?」

「あぁ。心配なら、ギルドを通して依頼の形にしてもらってもいいぞ。そのサイズで騎乗スキル持ちのルンタウルフなら、二人乗りができるはずだから追加の移動手段を考えなくても良いし」


 思ってもいないスルナの申し出に、俺と炎狼は少し躊躇う。悪い相手じゃなさそうだけど、付き合いはまた短い。どうしたものかな。

 そんな心地で悩む俺と炎狼の背中を後押しするみたいに、今度は杠が手を挙げる。


「……二人が良かったら、その旅に、私も同行させてもらえないかしら? 実は私も、次の目的地をノスフェルにする予定だったの」

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