第127話 北へ

「まあ、ノスフェルもいいとは思うぜ」


 大皿に乗せられたハムの一切れにフォークを突き刺し、大口でばくりと咥えたダグラスが、行儀悪く肘をついたままテーブルの上に広げたリーエン全土の地図を指さした。ホルダから北に伸びる街道をなぞる指先を視線で追いつつ、俺もスライスしたハムに齧りつく。灯火亭の手作りハム、めっちゃ美味いんだよな。


 リラン平原で新しい変面リーエンを手にしてから、一夜明けて。

 俺は炎狼と一緒に連れだって、[雪上の轍]が本拠地にしている灯火亭を訪れていた。俺達が到着してすぐに連絡を入れておいた眠兎と、手を繋いだユージェンとアクア(まだ二人の関係聞いてないんだよね……?)も灯火亭にやってきて、食堂の一角を貸し切り、報告と相談をごちゃまぜにした宴会が始まった。

 一番の議題は、ホルダの冒険者ギルドを追放される俺の移籍先を模索すること。俺が最初から「ノスフェルはどうかな」と希望を口にしていたので、ダグラス達がノスフェルについて色々と教えてくれている。

 余談だが俺みたいにホルダの冒険者ギルドを【追放】となっても冒険者ランクが下がるようなことはなく、貯めた貢献度などはそのまま移籍先に持ち越されるそうだ。これにはちょっとほっとした。ちなみに、冒険者ギルドから下される罰則で一番厳しいものは冒険者ライセンスの【剥奪】になるとのこと。

 ホルダの冒険者ギルドから追放されるのは俺だけなのだが、何故か炎狼も「じゃあ俺も移籍するか」と言い出した。付き合う必要は無いと諭したのだけれど、のらりくらりと躱されて、結局俺の移籍先に付いてくることになってしまった。ほんと、良い男だよ。

 

 地図の上に記された『ホルダ』と『ノスフェル』の間をつなぐ街道の、ノスフェルに辿り着く少し前付近に『氷流移動』の文字が記されている。聞きなれない単語に疑問を感じていると、同じように地図を覗き込んでいたハルが「あぁ」と呟く。


「そういえば、そろそろ『氷流移動』の時期でもあるね」

「確かにな。移動を考えているなら、準備を急がないといけない」

「その氷流移動って、何なんだ?」

「そっか、シオン達はノスフェルにまだ行ったことないんだよね」


 俺の問いかけに、ハルは両手でお椀を伏せたような半円型を象って見せる。


「ノスフェルはリーエンの最北端にある国なんだけど、厳密には『地続き』じゃないんだ。半年に一度、一ヶ月間、ノスフェルはリーエンの大地から『離断』される」

「離断……距離が離れるってこと?」

「正しくは『海に出てしまう』かな」


 ますます意味が分からない。首を捻る俺の前で、ハルは半円型にしたままの両手をテーブルの上でスライドさせる。


「ノスフェルは、地面の上にある国じゃない。双子の創世神がリーエンの大地を作り上げる時に足場にしていた、太古の巨大亀[メグ・ツェド]の甲羅の上に築きあげられた国なんだ」

「えぇえ!?」

「亀の背中!?」


 なにそれ、凄い。どんだけ大きな亀なんだよ。

 驚く俺の隣で、炎狼も目を丸くしている。


「その亀、今も生きてるのか?」

「生きてる。だからこそ、半年に一回、食事の為に『海』に出るんだ。心配しなくてもメグ・ツェドは海に潜らないから、国が沈むことはないよ」


 いや、突っ込みどころはそこじゃないんだけど。


「メグ・ツェドが海に向かうと、リーエンの大地と甲羅を繋いでいた氷が剥がれて、海に流れてしまいます。その時に何らかの魔力遮断が起きるらしく、ホームをノスフェルに設定した状態で帰還石を使っても、リーエン側からノスフェルに戻れなくなるんです。その逆も然りで、海に出たノスフェルからリーエンに渡ることもできない。でもメグ・ツェドは、一ヶ月後に必ず同じ場所に戻ってくる習性がありますから、ノスフェルの国内に滞在する分には、そんなに危険でもないんですよ」

「メグ・ツェドが捕食しながら海上を移動する間に景色の移り変わりを楽しめたりもするんで、金持ち向けの観光ツアーが組まれたりもしてるしな」


 ハルの返事に、ユージェンとベオウルフも注釈を入れてくれる。

 それにしても、亀の背中に乗った国、か。うん、これはなんだか楽しそう。

 俺が隣に視線を向けると、ジョッキを傾けていた炎狼がそれに気づき、少し温んだエールを飲み干してニンマリと笑う。


「どう? 炎狼。俺は興味が沸いた」

「良いと思うぜ。俺もノスフェルにはまだ行ったことがないし、丁度良い」

「じゃあ、とりあえずノスフェル行きで決まりだな。件の[異変]が無ければ、俺も同行できるんだが」


 残念だと肩を落とすダグラスの頭に乗ったミケが、ぺちぺちと前脚で緑色の髪を叩き、慰めてやっている。「はうん、ミケちゃん……」と幼女勇者がデレデレしている表情は、ちょっと見えないふりをしておこう。

 ダグラスが口にした[異変]は、リラン平原で直径10mほどの円形をした【枯渇】地帯が発見されたと報告されているものだ。最近になってウェブハとイーシェナでも[異変]が見つかったと報告が上がっていて、ランクS及びランクAの冒険者は[異変]の調査結果が出るまで、クエスト中以外は本拠地での待機命令が出されているとのこと。詳しい状況はまだ未明、ってことだよな。


 ――まぁ、リラン平原の[異変]は、ソウルイーターのせいなんだけど。


「どちらにしてもノスフェルに向かうなら、まずは装備の準備だな。防寒装備をひと揃えしていかないと、ノスフェルに辿り着くこともできないぜ」

「あ、やっぱり寒い感じ?」


 なんとなく北極圏の国を想像していたけれど、その印象は正しいみたいだ。


「装備がないと、簡単に凍死するのは間違いないな。ノスフェルに向かうなら単純に分厚い服を着こむより、ちゃんと装具士に依頼して、防寒加工を施した防具を誂えた方が無難だぞ」

「防具かぁ」


 俺はちょっと考え込む。ホルダにある商業区の一角に、装具士達が軒を連ねている、通称【穴開き靴】通りがあるのは知っている。でも、オーダーメイドはまだ試したことないんだよな。店先に吊るされている防具でも[シオン]には充分だったってこともあるけれど、正直に言って良し悪しがあまり分からない。慧眼は発動が自由じゃないから、確実に判別させてくれるとは限らないしね。


「シオンくん。それなら、僕の知人に頼んでみませんか」


 ふんふんと頷きながら俺達の話を聞いていた眠兎が、軽く挙手をして俺に提案してきた。


「お、眠兎の知り合いに、装具士が居るの?」

「ええ。僕達と同じ[無垢なる旅人]出身のクラフターがいるんです。縁があって、先日、防具の店を構えたと聞いています」

「すごいじゃん」

「今も熱心に腕を磨き続けていると聞いていますし、耐寒装備程度なら、十分作れるレベルにあると思いますよ。それに素材を持ち込みにしたら、かなり喜んでくれるでしょう」

「成るほど」


 プレイヤー出身で既に店を持ってるとか、クラフター系の中では、かなりトッププレイヤーの部類に入るんじゃないだろうか。


「明日、早速行ってみますか?」

「いいね、賛成」

「是非!」

「へぇ、[無垢なる旅人]の店かぁ」


 諸手を上げる俺と炎狼を見守るダグラス達も、興味を持ったらしい。


「面白そうだな。俺達もお邪魔してみるか」


 そんな訳で俺達は、明日も今日と同じ面々で、商業区の防具屋に行ってみることになった。

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