第126話 ※王宮地下(2)※
更に[無垢なる旅人]の恩恵はまだ続く。監視対象の二人のうち、上級職への転職が可能となっていた戦士の[
どんな状況に強いのか、逆に不利だと感じる場合はどんな時か、武器の利便性はどうか……一つ一つ疑問点を挙げては確認を繰り返し、自分の理想とする上級職の姿を目指そうと試行錯誤する行動は、ある意味とても正しく、真っ当な冒険者本来の姿だ。
自分達が、遥か昔に置いてきたもの。忘れ去って、しまっていたもの。
その上、試しにクランハウスの敷地内にある訓練場で稽古をつけてみれば、長物を扱うセンスはかなり高い。かと言って、戦闘の雰囲気に呑まれすぎることもない。強敵相手にも、対多数戦にもうまく立ち回れる広い視野の持ち主だと分かる。いわば今の彼は、粗削りな原石だ。
前衛攻撃職に就いているクランメンバー達は、彼を弟子に迎えたいと密かなアピール合戦を繰り広げたのだが、最終的に炎狼が選んだのは、
シオンは自分の転職はもう少し先の話だからと炎狼のバックアップに回り、クランメンバー達の有り得ないお洗濯事情や丼勘定の経理に口元を引き攣らせながら一つ一つ指導を入れてくれた。最初は「また[無垢なる旅人]が何か言い出した」と嫌な顔をしていた仲間達も、結果が目に見えてくるとその忠告を聞き入れざるを得ない。それが感謝に変わるのにさして時間は掛からず、クラン滞在の最終日付近になると、シオンの周りは常にクランメンバーの誰かが居て、何かを教えてもらっている状況になっていた。
「ねぇ、きっとこれだよね。あのお告げはきっと、これを言っているんだよね?」
ハロエリスのクランメンバー達は、自然とそんなことを口にするようになっていた。[無垢なる旅人]達がリーエンに降り立つ前に、神官長『アビリ』と『ゼイネ』の双子が国王ディランに伝えた、双子神からの神託。
“彼等と共に暮らし、共に学び、共に戦い、見極めよ”
一緒に、暮らしたい。もっと教えたいし、教わりたい。肩を並べて戦う日が来るのが、待ち遠しい。これこそが、神託が告げていた、本当の福音だ。おそらく、すべての[無垢なる旅人]が神託の指し示す存在ではないのだろう。だからこそ、見極めよとも言われるのだ。でも、この二人は間違いない。
だけど、だけど自分達は二人がクランハウスを訪れた最初の日に、あんな誓約を交わしてしまった。
【二人が[ハロエリス]に在籍出来る期間は、一ヶ月のみ。一ヶ月後に除籍する】
【二人はランクA冒険者になるまで、[ハロエリス]のメンバーとは『友誼の絆』を交換しない】
こちらから出した条件である以上、彼らが不満を訴えない限り、それを覆すことはできない。どうにかして、[ハロエリス]にそのまま居続けてもらえるように出来ないものか。
クランメンバー達はそれこそかなり露骨に「このまま[ハロエリス]に残りたい」と二人が口にするようにと誘導していたのだが、炎狼とシオンは定められた一ヶ月を終えると、元気な挨拶一つを残して、ニコニコしながらクランハウスを出て行ってしまった。
残されたメンバー達の虚脱感と言ったら、それこそ、半端が無い。
「……悪い状況を脱却した時は、ほっとするものさ。その後は、士気も上がるだろう。だがその逆は、
最後まで目を通した資料をディランが置きっぱなしにしている王冠の横にぽんと投げ、マーリンはくすりと笑う。
「良い環境が続いた後に、明らかなその『原因』を手放すという行動は、かなり堪えるものだよ」
「あぁ……なんとなく、わかるな。マーリンはそれを、二人が計算づくでやったものだと考えているのか?」
「まあ、全部が全部ではないだろうけど、大まかな主旨はそれを狙ったと判断しているよ。そうでなければ、監視対象とは、もう少し大人しくしているものだ」
だけど二人は、動いた。それこそ最初に約束した一ヶ月が経過したら、[ハロエリス]のメンバーとは不干渉が保障されているのだ。怖がる必要などない。
散々甘やかして、しっかり依存させておいて、さらりと、その手を離したのだ。
「――頭が良い子達だ。もしかしたら、彼らだけで考えついたことではないかもしれないけれど、それを実行出来るだけの行動力があるのは間違いがない。手元に置いて育てたら、きっと楽しいだろう」
だからマーリンも、裏で手をまわした。炎狼の次に転職を迎えるであろうシオンの師匠が、ハロエリスの中から選ばれるように根回しをしたのだ。
そうしたところが、シオンは準緊急クエストを放棄したペナルティとして、ホルダの冒険者ギルドを追放されてしまったのだ。課せられたペナルティだけを耳にすれば、未熟な[無垢なる旅人]が身の丈に合わぬクエストを受けた因果応報だと取ってしまうだろう。
しかし、事情を知っている当事者達には、その意味合いが十分に理解できる。これは、権力を振りかざした[ハロエリス]に対する、純然たる戒めなのだ。お前達の持つ影響力を考えろと、お前達の為に潰された若芽を理解しろと。
「クランメンバー達は、皆意気消沈としていたよ。自分達のせいで、シオンがホルダの冒険者ギルドから追放されると分かったから」
「思い切ったことをするよね。さすがに私も驚いたよ」
だからもう、炎狼とシオンの二人に、これ以上の干渉はしないと決めた。二人がランクAの冒険者に駆け上がってくるまで、[ハロエリス]をもっと良いクランにして待つつもりだ。
「S級クラン[ハロエリス]を変えた[無垢なる旅人]か……それは、成長が楽しみだな」
「まぁ現状、嫌われているとは思うけどね! ハハハ!」
「マーリン……笑いごとではない」
ちっとも気にしていない様子で笑うマーリンに、アルネイはまた肩を落としている。ディランも苦笑を返しつつ、マーリンがテーブルの上に置いた資料を手に取って軽く目を通す。炎狼とシオン、[無垢なる旅人]の二人は、どうやらこれから、ノスフェルに向かう予定を立てている様子だ。
「彼らは、ノスフェルを目的地にしているのか」
「シオンくんの移動先を模索しているみたいだね。ノスフェルは時期を逃すと、暫く渡れなくなる。今のうちに行ってみよう、という単純な考えかもしれないけどね」
「ふむ……まぁ、神墜教団と関わったりしない限り、そこまで危険はないと思うが」
「オリヴィア、確か【一閃】の子達も、ノスフェルに入っているんだろう?」
「あぁ、一分隊行ってるな。ユベで遭遇した[カラ]の生家探しだ」
ディランが視察という名前の息抜きでオリヴィアとウェンディを伴って訪れた砂漠の町ユベで出会った、蜂蜜色の瞳を持つ青年[カラ]。物腰が柔らかく、言葉も丁寧で、親しみやすい雰囲気を持っていた。
身分を隠した世間知らずの坊ちゃんかと思いきや、冒険者の宿[コーコン]では惜しみなく金をばら撒き、無礼な態度を取った
唯一の特徴は彼が持つ蜂蜜色の瞳で、それはノスフェル方面の貴族に多いものだ。だからオリヴィアの直轄部隊である【一閃】の何人かは、彼の生家を探しに、既にノスフェルに滞在している。
「二人のことを伝えて、それとなく気にかけてもらうことは出来るかい? 危険に巻き込まれそうな時は、守ってもらえるように」
「あぁ、問題ない。伝えておこう。――『異変』のこともあるしな」
ウェブハで、奴隷を薬漬けにして狂う様を楽しんでいた官僚の一人が、消し炭のようになった姿で発見された。
イーシェナで、呪殺を生業とする一族の館が、陸地にありながら、水没した姿で発見された。
そして、ホルダ近郊のリラン平原にも。
――ある『異変』が、発見されていた。
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