第125話 ※王宮地下(1)※
「やれやれ、嫌われてしまったものだね」
やれやれ、などと言う割にはちっとも困った気配もなく、笑顔のまま手元の資料を捲るマーリンに、隣のソファに腰かけたアルネイは大きく息を吐く。ソファの後ろに立って二人の背後を守る聖騎士ヴェルディも、苦笑気味だ。
三人が集っているのは、ホルダの王城地下に設けられた密談用の地下室だ。冒険者ギルドの職員専用フロアより更に強力な不可侵魔法が施された部屋は常に王城で働く使用人達すら存在場所を認識していない者の方が多いぐらいで、そこに辿り着くまでにかなりの手順を踏む必要がある。
しかし陽の届かぬ地下深くにあると言えども、誂えられた部屋は主の気品に沿うべく質の良い調度品で整えられ、居心地そのものは決して悪くない。
「すまん、会議が長引いた」
三人が部屋で寛ぎはじめて一時間程が経過した頃。革靴の音を弾ませつつ姿を見せたのは、金色の王冠を頭に乗せた壮年の男性――セントロの国王、ディラン=イニティム=セントリオだ。国王直属の近衛である
「かまわないよ、のんびりさせてもらっていたからね」
「最近は会議が長くかかるな……やはり『異変』のためか?」
アルネイの問いかけに軽く頷き返したディランは、王冠をぽいとテーブルの上に投げ出すと少しばかり乱暴な勢いでソファに腰を下ろし、背もたれにぐだりと身体を預けた。為政者としては些かどうかという行動だが、アルネイはディランの幼馴染であり、マーリンはどちらかというと師に近い。少しばかりがさつな行動を許されるのも、気心の知れた間柄ゆえんのものだ。
「異変のこともあるが、神墜教団の動きが何かと盛んだ。ノスフェル方面が相当にきな臭い」
「そうなのかい。でも、そろそろ『氷流移動』の時期が来る。今のうちに何かしらの手を打っておかないと、暫くの間、ノスフェルは孤立するよ」
「ギルドマスターも言っていたな。ノスフェル方面の依頼が、妙に増えていると」
しかもそれは、獣人関連のものがやけに多いとも。
「ギルドマスターと言えば……アルネイ、[ハロエリス]が何かやらかしたのか? ホルダの冒険者ギルドから追放者が出るのはさして珍しくない話だが、今回に限っては、ブライトから陳述書が上がっていた。[無垢なる旅人]関連なので色々とぼかした表現をしてあったが……ハロエリスに関わることなんだろう?」
今度はディランが問いかけると、アルネイは唇をへの字に曲げて視線を泳がせる。ランクS冒険者であり、ホルダ首長の長子であり、S級クラン[ハロエリス]のマスターであるアルネイらしからぬ、少し子供っぽい表情。それもまた、幼馴染達だけに見せるものだ。
「ハハハ、ちょっとばかり、ギルドマスターにお灸を据えられてしまったのさ」
「マーリン……今回は、あなたが悪い」
「フフ、だってねえ。まさか[ハロエリス]のメンバー達が、あんなに執着する[無垢なる旅人]が現れるとは思わないじゃないか。これはもう是非、うちに加入してもらいたいと思ったんだよね」
「……なんの話だ?」
「ほら、この前、報告に上がっていただろう? 魔王児……いや、今は【魔皇子】ロキに『虹オトラセ』を与えて、飛蛮将軍の命を救った[無垢なる旅人]がいると」
「あぁ、聞いている。確か、アルネイの[ハロエリス]で一ヶ月の間監視を行った後に、問題なしと見做して解放された……という話ではなかったか?」
「そうそう。彼らの素行は何も問題なかったんだけどね」
「……逆に言ってみれば、彼らの素行の良さが問題でした」
マーリンの説明を補佐するヴェルディの言葉に、ディランの背後に控えていた筆頭魔導士ウェンディが、表情の半分を隠しているフードの下から不思議そうな声を上げる。
「ヴェルちゃん、どういうことぉ?」
「……姉上。さすがにこの年になってまで、ヴェルちゃんは止めてください」
「あらぁ。でも、いくつになったって、ヴェルちゃんが私の可愛い弟なのは、変わらないんですもの。前みたいに、『お姉ちゃん』って呼んでくれて良いのよぉ?」
がっくりと肩を落とすヴェルディを他所に、ウェンディはほんわかとした雰囲気のまま『うふふ』と笑う。
「まぁ、ウェンのブラコンは置いといてよ、その[無垢なる旅人]の素行の良さと、[ハロエリス]の騒動になんの関係が?」
オリヴィアが軽く頭を傾ければ、重そうな甲冑が鈍い音を立てる。彼女が身に着けている白銀の鎧は、上級魔法の直撃にすら耐えうる耐魔導加工が施された特注品だ。その分、組み込まれた術式の煩雑さに負けない精神力と体力が無ければ、常人ではものの数分で心身に支障を来すという、曰くつきの代物でもある。それでもリーエン唯一の
「二人が[ハロエリス]に加入した時、クランメンバー達は、彼らを歓迎していませんでした。[無垢なる旅人]達の中には、やたらと横暴だったり尊大だったりする冒険者が多いことも聞いていましたし、実際[ハロエリス]も、言いがかりをつけられたりしていました。彼等も加入当初は「有名クランに入れて嬉しい」と言った趣旨の発言をしていましたので、なおさらです。それで、クランメンバーの意向もあって、監視対象の二人の加入時期を一ヶ月のみと定め、経過後には、クランメンバーとの交流も行わないと条件をつけたんです」
「……それはまた、用心深いことだが……別に、悪くはないだろう」
確かに多少やりすぎ感は否めないが、クランを守る立場から見れば、間違ったことではない。ディランの感想に、マーリンは緩く頭を振る。
「それがねぇ、ディラン。多分それは、全部、あの子達の策略だったんだよ」
「……は?」
「二人には、クランメンバー達から雑用が押し付けられたんだ。私も、監視対象ではあるが、それぐらいは手伝ってもらっていいだろうという考えで、クランメンバー達の行動を止めたりはしなかった。でも[無垢なる旅人]の二人はそれを嫌な顔一つせずに引き受けて良く働き、クランハウスの中を居心地が良い空間に変えてくれた。更には、杜撰だった[ハロエリス]内の運営部門にも気が付いて、徹底的にテコ入れをしてくれた」
「凄いよねぇ。私もあんまり経理には詳しくない方なんだけど、かなりのコストダウンが出来たみだいよ。それに加えて何を外注するべきか、何処に外注するべきか、という案も出してくれてね」
「代表的なものだと、製薬部門だ。……冒険者の親を亡くした子供を預かる、孤児院があるだろう? ホルダにも幾つか孤児院があるが、何処も満員だ」
「あぁ……国からもそれなりに支援が出てはいるが、何処も資金繰りが厳しいとは聞く」
「二人は、[ハロエリス]所属の錬金術師が使う薬草の栽培を、孤児院に依頼したらどうかと提案してくれたんだ。高級な特殊薬草の栽培には確かに気を使うものが多いが、一番多量に使う基礎の薬草はそこまで管理が難しくない。栽培期間も十日間程のサイクルだし、それこそ、家庭菜園でも十分なレベルだ」
それを、纏めて孤児院に依頼してみてはどうだという提案だ。万が一失敗したとしても、その時はそれこそ冒険者ギルドに依頼を出して薬草を調達すれば良いだけなので、大きなリスクにはならない。物は試しだと始めてみたそれは、結果的には大成功だった。
「孤児院には元々、自分達が食べる為の野菜などを栽培する為の畑があるところが殆どだ。依頼した薬草は、どれも良質なものだった。それが[ハロエリス]に納品されると知った子供達が、憧れのクランに納品されるものだと、心を込めて世話をしてくれたらしい」
子供達の代表が納品の為にクランを訪れた時も、可愛かった。緊張にカチコチになった子供はまだ幼く、それでも孤児院の子供達の中では年長者に当たるのだろう。慣れない敬語で懸命に挨拶をしてくれる姿は、少しばかり驕りに傾いていたクランメンバーの心を容易く解かしてくれた。
「今では月に三回の納品日に、薬草栽培を依頼している三つの孤児院から子供達の代表が来てくれるんだ。子供達同士の交流にもなっているし、彼らを歓待するクランメンバーの楽しみにもなっている。薬草の仕入れも安定しているから、錬金術師達も大満足だ」
「それはまた、良い結果になったものだな……」
「あとは、商業ギルドに対する素材供給の取り決めと、生活物資の定期購入に対する割引の提案などなど……まぁ、数えだしたらキリがない。とにかく、彼ら二人が滞在してくれた一ヶ月で、[ハロエリス]はかなり変わった。『良いほう』に」
ハロエリスのメンバー達とて、愚かではない。この変化が、[無垢なる旅人]の二人が齎してくれたということぐらいは、しっかりと理解が出来るのだ。
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