第146話 ヨエル様

 ミルヒの活躍で街道に戻ることができた俺達は、当初の予定通りに、雪原の町ヤホに向かって移動することにした。舗装された街道の上は、雪が積もっていても、森の中と比べたら歩きやすい。Izumoでオーダーメイドした寒冷地用の耐寒ブーツが、街道に積もって踏み固められた雪の上を歩いても滑りにくくしてくれているから、流石だと思う。


「あのマルディとか言うバカ貴族、ヤホに向かっていたみたいだよな。炎狼とスルナが追いついていると良いけど」

「うーん……どうかなぁ。もしかしたら、あのままテオに直行しているかも」

「そうなのか? ヤホに立ち寄ったりせず?」

「うん。ヴァルタリア様のご威光はノスフェル全土に届いてはいるけれど、どうしても地方の町よりも首都の方が影響力があるから、そっちの方が都合がいいんじゃないかな。人もお金も、すぐに動かしやすいもの」


 成るほど。首都テオは、ご領主様お膝元の町ってわけだね。


「それに今回マルディが主犯になっていた詐欺行為には、色んな犯罪組織が加担しているのが分かっている。中でも一番困ったのは――どうも【神墜教団】が、これに手を貸しているみたいだってところ」

「マジか」


 プレイヤーとリーエンの住人達、双方に共通の敵である【神墜教団】の存在は、プレイヤーである[無垢なる旅人]達の活動がリーエンの全土に広まるにつれて、活動性を増すようになっている。

 そういえばオデットの翼が撃ち抜いたのも、恐らく、銃の狙撃によるものしゃないか? リーエンの中で銃火器や機械を扱う組織と言ったら、第一に神墜教団の存在が思い浮かぶ。オデットが森の前になんとか降りてくれた後は、とりあえず遭難状態を回避することに必死で忘れていたけど、狙撃手は何処に行ったのか、不明のままだ。一応警戒しておかないと、危ないだろうな。

 ミルヒの背中に乗っている杠を間に挟んで歩きながら、俺と九九は低く唸る。


「……それとね、シオン。先に言っておくんだけど」

「うん?」

「私のお師匠……ヨエル様も、今は【神墜教団】の支配下にあるの」

「え、そうなのか!?」

「そんな……!」


 驚く俺と杠に頷き返し、九九は俯き加減になりながら、一房だけ三つ編みにしている髪の先を結ぶ青いリボンを、指先で撫でる。


「多分、本人の意思じゃない。一度、教団に獣人の子供達が捕まえられているところに助けに行って、ヨエル様が逆に教団に捕えられてしまったことがあるの。私達が救出に向かう前に、自力で脱出してきたって言うんだけど……その後から明らかに言動がおかしくなったから、何か暗示みたいなものを掛けられているんだと思う」

「……それは、大変なことね」


 信頼していた人が敵の手先になってしまっているのは、辛いよな。


「でも時折、短い時間だけヨエル様本人の意識に戻ることもあるんだ。その時に、自分から離れるようにってことと、教団も関わっている詐欺事件の首謀者が、ご領主の子息であるマルディだってことを教えて下さった」

「そうか……じゃあなんとかして、そのヨエル様にかけられた暗示を解かないとな」

「うん。だからマルディを捕まえて、ヴァルタリア様と謁見をする手段にしたいなって思ってる。ノスフェルで自由に動くには、ご領主様にお力添えしてもらうのが一番だからね」

「そうだな」


 顔を見合わせて頷きながら、俺達はヤホに続く街道を歩き続ける。

 うーん……比較的軽いノリで、新しい本拠地候補を見に行く気持ちでノスフェル行きを決めたはずだったのに……今回も、結構大事になりそうな予感がするよな?

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仮面は二枚被れ(書籍化『クエスト:プレイヤーを大虐殺してください』VRMMOの運営から俺が特別に依頼されたこと) 百瀬十河 @toka_no16

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